学位論文要旨



No 118275
著者(漢字) 畑,直樹
著者(英字)
著者(カナ) ハタ,ナオキ
標題(和) ウイルス感染によるIFN-α/β遺伝子発現増幅系の遺伝学的解析
標題(洋)
報告番号 118275
報告番号 甲18275
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2082号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 河岡,義裕
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 高木,智
内容要旨 要旨を表示する

 感染に対する迅速な応答が生体防御には必須である。近年この複雑性に富む応答を制御する遺伝子発現調節の解析が著しく進展している。中でもI型インターフェロン(Type I IFN、IFN-α/β)遺伝子の発現誘導は自然免疫系の活性化に重要な役割を果たすことから、精力的にその制御機構の解析がなされてきた。I型IFN遺伝子の発現は細胞にウイルスが感染した際に一過的に誘導されるため、解析の対象はウイルス感染時の局面が主体であるが、I型IFN遺伝子の発現はウイルス非感染時においても認められることが報告されている。その発現量はウイルス感染時と比べると微量ではあるが、その微量のI型IFNを介した弱いシグナルの生体防御系における重要性が示唆されている。また、それを支持する最近の知見として、ウイルス非感染時に産生される微量なI型IFNがI型IFN受容体を介したシグナルのクロストークによって、IFN-γやIL-6刺激によって伝達されるシグナルを増強することが報告されている。本研究では、ウイルス非感染時に微量に産生されるIFN-α/βを介した弱いシグナルによって、ウイルス感染時におけるI型IFN遺伝子の発現誘導が効率的に増幅される機構を明らかにした。私はこれまでにウイルス感染依存的なI型IFN遺伝子の発現誘導には、Interferon regulatory Factor(IRF)と呼ばれる転写因子群(IRFファミリー)に属するIRF-3とIRF-9が必須であることを見出すとともに、その誘導様式として、IFN-α/βシグナルによって活性化されるIRF-9を介した経路がIFN-α/β遺伝子それ自身の発現誘導の増強に必要であることを見出してきた(ポジティブフィードバック機構)。一方で、本研究で着目したウイルス非感染時に産生されるIFN-α/βに関してはウイルス感染時の場合と異なり、IRF-3及びIRF-9を介さない経路で制御されていることが明らかとなった。また、ポジティブフィードバック機構を担うエフェクター分子としてIRF-9依存的に誘導されるIRF-7の関与が示唆されていたが、今回IFN-7遺伝子欠損マウスを作製してそれを証明した。またこのことは、ウイルス非感染時の弱いIFN-α/βシグナルによってIRF-7の発現を維持することがウイルス感染時のI型IFN遺伝子の発現誘導の増幅に重要であるということを支持する結果であった。本研究により、ウイルス非感染時に産生されるI型IFNシグナルを介して、生体はウイルス感染をはじめとした生体防御系において迅速かつ強力な応答ができる環境を細胞レベルで維持していることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ウイルス感染時に誘導されるIFN-α/β遺伝子の発現誘導が、ウイルス非感染時に産生されている微量のIFN-α/βを介して増幅されることを遺伝学的な解析をもとにして明らかにし、下記の結果を得た。

1.IRF-3非依存的にIFN-α/β遺伝子の発現誘導を制御する経路には、ISGF-3によって誘導されるIRF-7が必須であることをIRF-7遺伝子欠損マウスを用いて証明した。

2.ウイルス非感染時に産生されている微量のIFN-α/βがウイルス感染時のIFN-α/β遺伝子の発現誘導に寄与していることをIFN-α/β中和抗体を用いた実験で明らかにした。また微量に産生されているIFN-α/βのうち、IFN-βを介したシグナルがウイルス感染時に誘導されるIFN-α/β遺伝子の発現誘導に大きく寄与することを示唆する結果を得た。

3.ウイルス感染時に誘導されるIFN-α/β遺伝子の発現にはIRF-3及びIRF-9を介した経路が必須であるが、ウイルス非感染時の微量なIFN-α/βの発現はIRF-3/IRF-9非依存的に制御されていることを明らかにした。

4.脾細胞におけるウイルス感染依存的なIFN-α/β遺伝子の発現誘導はIRF-3を介した経路よりもIRF-9を介した経路が大きく寄与していることを明らかにした。このことから細胞種によってはIRF-9からIRF-7を介した経路が重要であることが示されたと同時に、これらの細胞群ではウイルス非感染時の弱いIFN-α/βシグナルがIRF-7の発現維持に重要であることが示唆された。この帰結の妥当性はIRF-7遺伝子欠損脾細胞を用いて証明された。

5.IRF-3は脾細胞においてIFN-α/β遺伝子の発現誘導に殆ど寄与していないことがIRF-3欠損脾細胞を用いた結果から示されたが(前述)、IFN-α遺伝子のサブタイプコントロールには脾細胞においても寄与していることを見出した。

 以上、本論文は転写因子ファミリーの一つであるIRFファミリーに着目し、ウイルス非感染時に産生される微量なIFN-α/βがウイルス感染時に誘導されるIFN-α/β遺伝子の発現誘導の増幅に寄与していることを明らかにした。本研究により、ウイルス非感染時に産生されるI型IFNシグナルを介して、生体はウイルス感染に対して迅速かつ強力な応答ができる環境を細胞レベルで維持していることが示されたと言え、学位の授与に値する研究であると考えられる。

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