学位論文要旨



No 118276
著者(漢字) 船水,博文
著者(英字)
著者(カナ) フナミズ,ヒロフミ
標題(和) 高頻度経頭蓋的磁気刺激によるラット脳損傷の効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 118276
報告番号 甲18276
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2083号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 助教授 細井,義夫
 東京大学 助教授 中川,恵一
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 本論文は脳損傷モデルラットを用いて、高頻度経頭蓋的磁気刺激が損傷を受けた神経細胞とグリア細胞に対してどのような作用を及ぼすかについて組織化学的な手法で研究を行ったもので、5章より成る。第1章では、経頭蓋的磁気刺激の発展と歴史から、動物実験の重要性について述べた。第2章では、経頭蓋的磁気刺激の効果について神経毒であるMPTP(1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine)を用いて脳損傷モデルラットを作製し、刺激周波数が25Hzの高頻度経頭蓋的磁気刺激を暴露することで得られる効果について黒質および海馬領域において得られる神経細胞の変化について解析した。その結果、脳損傷ラットにおいて磁気刺激は損傷を受けた神経細胞を回復させるもしくは損傷の影響を軽減する効果があるということを組織化学的に明らかにした。第3章では、あらかじめ磁気刺激を施した後にMPTPを投与して脳損傷に対する磁気刺激の前処理的効果を検討した。ここでは2章での結果を踏まえて、磁気刺激による損傷を受けた神経細胞に対しての効果は細胞修復なのか保護効果なのかをより明確にするために検討した。その結果、高頻度経頭蓋的磁気刺激による脳損傷に対する効果は神経細胞の保護効果と神経細胞の回復効果の両方の効果をもつことを明らかにした。第4章は考察で、第2章、および第3章での結果について総合的に論じた。第5章では本論文をまとめ結論とした。

 第1章では高頻度経頭蓋的磁気刺激の歴史を述べ、高頻度経頭蓋的磁気刺激が基礎の研究のみならず、治療へも応用可能であり、鬱病やパーキンソン病など神経系の疾患の治療への応用が期待されているにかかわらず、その基礎になる脳損傷モデルに対する磁気刺激研究が十分に行われていないことを指摘した。

 第2章では高頻度経頭蓋的磁気刺激がラット脳損傷に及ぼす効果の検討(本章での実験を実験1とする)を行った。

2.1.目的

 ラット脳の海馬においては高頻度経頭蓋的磁気刺激によりc-fos、GFAP、BDNFなどのmRNAやタンパク質を発現すると言われている。本研究では、神経毒でありParkinsonismをひきおこすといわれているMPTP(1-methyl-4-Pbenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine)を用いて脳損傷モデルラットを作製し、刺激周波数が25Hzの高頻度経頭蓋的磁気刺激を暴露することで得られる効果について黒質および海馬領域での神経細胞とグリア細胞の形態的変化を組織化学的手法により解析することを目的とした。

2.2.方法

 MPTPをラット腹水に2時間間隔で一日に4回注射し、最後の注射から48時間後にラット頭部から11mmの高さに円形コイルを固定し25Hz、1.13T、(コイルの中心の刺激強度)238μsec、8secx10trains=total 2000plusesの高頻度経頭蓋的磁気刺激を施行した。その後72時間後に還流固定により脳を取り出し、ニッスル、クリューバーバレラ、HEの組織染色およびGFAP、BDNF、NeuNの免疫染色を行い黒質ドーパミンニューロンや海馬CA1,CA3,CA3cの領域について組織学的な検討をした。

2.3.結果

 黒質ドーパミンニューロンにおいてニッスル染色と抗NeuN抗体により損傷を受けた細胞について割合を比較検討した結果、磁気刺激群のほうが約17%損傷を受けた細胞の割合が少ないという結果が得られた。rTMS群とsham群において有意な差が認められた。また、抗GFAP抗体の免疫染色ではrTMS群で陽性部位がやや多かったが、アストロサイトの強い活性化は見られなかった。抗BDNF抗体による免疫染色ではsham群とrTMS群で顕著な違いはみられなかった。また、海馬の神経細胞については黒質でみられた以上に明らかな違いがみられた。rTMS群ではCA3領域で48%、CA1領域で53%損傷を受けた細胞の割合が少なかった。いずれも有意な差が認められた。また、抗GFAP抗体の免疫染色ではrTMS群が陽性部位が多くアストロサイトの活性化もみられた。抗BDNF抗体による免疫染色ではsham群の方が陽性が強く、染色部位に違いがみられた。このことから高頻度経頭蓋的磁気刺激によって脳損傷ラットにおいて神経細胞が修復もしくは保護される可能性が示唆された。

 第3章では前処理的な高頻度経頭蓋的磁気刺激がラット脳損傷に及ぼす効果の検討(本章での実験を実験2とする)を行った。

3.1.目的

 あらかじめ高頻度経頭蓋的磁気刺激を施行しておいたラットに脳虚血を引き起こす操作を施行しても虚血が抑制されると言われている。また実験1において磁気刺激が損傷を受けた神経細胞に対して細胞修復もしくは保護の効果を示すことが示唆されたことから、前処理的高頻度経頭蓋的磁気刺激がラット脳損傷におよぼす効果を検討し、高頻度経頭蓋的磁気刺激が脳損傷に及ぼす効果について明らかとすることを目的とした。

3.2.方法

 ここでは25Hz、1.13T(コイルの中心の刺激強度)238μsec、8secx2trainsx3days=total 1200pluses高頻度経頭蓋的磁気刺激を施行しておきその後48時間後に神経毒であるMPTPをラット腹水に2時間間隔で一日に4回注射し、最後の注射から5日および11日後に還流固定し脳を取り出し、ニッスル、クリューバーバレラ、の組織染色およびGFAP、BDNF、NeuNの免疫染色を行い黒質、ドーパミンニューロンや海馬CA1、CA3、CA3cなどの領域について組織学的な検討をした。

 ここで、11日後に還流固定した実験を2-A、5日後に還流固定した実験を2-Bとした。

3.3.結果

 黒質ドーパミンニューロンにおいてニッスル染色と抗NeuN抗体により損傷を受けた細胞について割合を比較検討した結果、実験2-Aで磁気刺激群のほうが約23%損傷を受けた細胞の割合が少ないという結果が得られた。sham群とrTMS群において有意な差が認められた。実験2-Bで磁気刺激群のほうが約8%損傷を受けた細胞の割合が少ないという結果が得られた。有意差は認められなかった。また、抗GFAP抗体の免疫染色および抗BDNF抗体による免疫染色ではrTMS群とsham群で顕著な違いはみられなかった。また海馬の神経細胞については実験2-Aで磁気刺激滞ではCA3領域で約28%損傷を受けた細胞の割合が少なかった。実験2-Bで磁気刺激群のほうが約25%損傷を受けた細胞の割合が少ないという結果が得られた。実験2-A、2-Bいずれも磁気刺激群と非磁気刺激群において有意な差が認められた。また、抗GFAP抗体の免疫染色ではrTMS群とsham群で顕著な違いはみられなかった。抗BDNF抗体による免疫染色ではsham群の方が陽性が強い傾向にあった。このことから高頻度経頭蓋的磁気刺激によって脳損傷ラットにおいて神経細胞が保護される可能性が示唆された。また、実験1と実験2より高頻度経頭蓋的磁気刺激によってラット脳損傷において神経細胞が修復および保護される可能性が示唆された。

 第4章は考察である。

 本研究においてMPTPによる損傷がラットにおいても組織化学的手法により観察されることが明らかとなった。また、本研究においてMPTPによる損傷が海馬CA3でもみられることが明らかとなった。これまで、磁気刺激によりラット海馬での発現が増強すると報告されていた、BDNFについては本研究では増強は見られなかったが、本研究で損傷後に磁気刺激をすることで海馬CA1、CA3、で神経細胞が回復する可能性が示唆された、これによりこれまで電気刺激療法が主流であった臨床の分野において、非侵襲的で痛みが少ない磁気刺激を用いることでより効果的で副作用が少ない精神神経疾患治療法を開発できる可能性が示唆された。また、本研究ではBDNF以外の神経栄養因子が磁気刺激により活性化された可能性が示唆された。

 特に海馬CA1、CA3でのGFAPの結果から磁気刺激によりアストロサイトを活性化する因子の発現が増強された可能性が考えられる。これらのことから、磁気刺激には損傷後の神経細胞に対して生存維持を制御するような効果があることが示唆された。これまで磁気刺激を用いた治療法の開発を目指す基礎祈究では長期的な磁気刺激の効果に関するものがほとんどであったが、本研究で急性的な磁気刺激によっても損傷をうけた海馬や黒質の神経細胞に対して保護効果や修復効果が得られる可能性が示唆された。本研究により神経損傷疾患について磁気刺激を用いた新たな治療法を確立するのに役立つと考えられる。本章ではさらに詳しく磁気刺激の保護効果と回復効果について考察した。

 第5章は結論である。

 本研究では経頭蓋的磁気刺激の効果について神経毒であるMPTP(1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine)を用いて脳損傷モデルラットを作製し損傷後の磁気刺激実験と予防的な前処理的磁気刺激実験の二つを25Hzの高頻度経頭蓋的磁気刺激を用いて行い、磁気刺激の効果について黒質および海馬領域の神経細胞およびグリア細胞の変化について解析した。その結果、ラットにおいてMPTPにより海馬CA3で神経細胞変性がみられることを組織化学的手法により明らかにした。また、MPTP脳損傷ラットでは、磁気刺激により損傷を受けた神経細胞を回復させる効果、損傷の影響を軽減する効果、および神経細胞保護効果を示すことを組織化学的手法により明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、従来解明されていなかった脳損傷に対して高頻度経頭蓋的磁気刺激がもたらす効果を明らかにする目的で、MPTP(1-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-tetrahydropyridine)による脳損傷モデルラットを用いて磁気刺激がもたらす効果を海馬および黒質の神経細胞で組織化学的に解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.組織化学的手法によりラットでもMPTPにより黒質および海馬で損傷がおきることが示された。黒質では生理食塩水のみを投与したsham群(24±2)%、Mean±SEとMPTP投与したsham群(80±2))%、Mean±SEにおいても有意な差がみられた(P<0.001)。海馬では生理食塩水のみを投与したsham群(15±2)%、Mean±SEと、MPTP投与したsham群(80±3)%、Mean±SEにおいても有意な差がみられた(P<0.001)。ニッスル染色により黒質ドーパミンニューロンについて損傷を受けた細胞と正常な細胞について比較検討した結果rTMS群のほうがsham群に比べて損傷細胞の割合が約17%少ないことが示された。統計処理の結果、rTMS群(63±2)%、Mean±SEとsham群(80±2)%、Mean±SEと有意な差がみられた(P<0.001)。抗GFAP抗体による免疫染色ではrTMS群のほうがsham群にくらべてGFAP陽性箇所がやや多かったものの、アストロサイト活性化は強くないことが示された。また、抗BDNF抗体による免疫染色ではrTMS群、sham群で顕著な違いがないことが示された。

2.組織化学的手法により海馬CA3の錐体細胞についてrTMS群の方がsham群に比べて損傷細胞の割合が約48%少ないことが示された。rTMS群(32±1)%、Mean±SEとsham群(80±3)%、Mean±SEと有意な差がみられた(P<0.001)。抗GFAP抗体による免疫染色ではrTMS群のほうがsham群にくらべてGFAP陽性部位が多くアストロサイトも活性化していることが示された。そして、陽性部位がrTMS群では神経細胞の周辺に多く見られるということも示された。また抗BDNF抗体による免疫染色では陽性反応部位はsham群では細胞全体が染色されているのに対しrTMS群では核の周辺が染色されていること、sham群の方が陽性反応が強いことが示された。

3.組織化学的手法により海馬CA1の錐体細胞についてrTMS群のほうがsham群に比べて約53%損傷細胞の割合が少ないことが示された。rTMS群(20±2)%、Mean±SEとsham群(73±3)%、Mean±SEにおいて有意な差がみられた。(P<0.001)。抗GFAP抗体による免疫染色ではrTMS群のほうがsham群にくらべてGFAP陽性箇所も多くアストロサイトが強く活性化していることが示された。特に放射状層で顕著であることが示された。また抗BDNF抗体による免疫染色では陽性反応部位はsham群では細胞全体が染色されているのに対しrTMS群では核の周辺が染色されていることが示された。

 前処理的高頻度経頭蓋的磁気刺激もラット脳損傷に効果

4.MPTP投与から11日目に還流固定した実験

 組織化学的手法による損傷を受けた神経細胞の比較では磁気刺激群のほうが黒質で損傷を受けた細胞の割合は約23%少ないことが示された。sham群(61±3)%、Mean±SBとrTMS群(38±3)%、Mean±SEで有意な差がみられた(P<0.001)。抗GFAP抗体による免疫染色では陽性反応は両群で顕著な差は見られなかった。さらに、抗BDNF抗体による免疫染色では両群で陽性反応に顕著な差は見られなかった。また、海馬CA3でrTMS群の方が損傷を受けた細胞の割合は約28%少ないことが示された、sham群(57±3)%、Mean±SEとrTM5群(29±2)%、Mean±SEで有意な差がみられた(P<0.001)。抗GFAP抗体による免疫染色ではrTMS群、sham群で顕著な違いは見られなかった。また、抗BDNF抗体による免疫染色では陽性反応はsham群の方が強い傾向にあった。

5.MPTP投与から5日目に還流固定した実験

 組織化学的手法による損傷を受けた神経細胞の比較では磁気刺激群のほうが黒質で損傷を受けた細胞の割合は約8%少ないことが示された。sham群(62±3)%Mean±SEとrTMS群(54±3)%Mean±SEで有意差はみられなかった。海馬CA3でrTMS群の方が損傷を受けた細胞の割合は約25%少ないことが示された。sham群(62±4)%、Mean±SErTMSと群(37±5)%、Mean±SEで有意な差がみられた(P<0.01)。

 以上、本論文は脳損傷ラットにおいて磁気刺激は損傷を受けた神経細胞を回復させる効果および神経細胞を保護する効果があるということを組織化学的に明らかにした。本研究はこれまで電気刺激療法が主流であった臨床の分野において、非侵襲的で痛みが少ない磁気刺激による効果的で副作用が少ない精神神経疾患治療法の開発において重要な貢献をなすと考えられ、学位に値するものと考えられる。

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