学位論文要旨



No 118277
著者(漢字) 黄,獻鋒
著者(英字) Huang,Shiannfong
著者(カナ) コウ,ケンホウ
標題(和) 形態および音韻弁別課題に関連する視覚誘発脳磁図に関する研究
標題(洋)
報告番号 118277
報告番号 甲18277
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2084号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 中安,信夫
 東京大学 助教授 阿部,裕輔
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 文字の情報処理に関わる視覚性事象関連電位の中で、潜時約200ミリ秒で出現する内因性陰性電位NA(the endogenous negativity of the earlier negative)は情報の符号化や特徴の抽出(パターン認知)を反映すると言われているが、その詳細については不明な点が多い。本論文では、脳磁図を用い、NAに関する脳磁図波形の計測とその発生源の局在の推定を行った。

2.弁別課題の標的刺激呈示頻度とNA成分の関連性

2.1.実験目的

 運動関連体性感覚誘発脳磁図の混入した実験課題の応用性とNA成分の存在性を調べて、NA成分の共通性および標的刺激呈示頻度とNA成分の関連性を検討する。本実験では、NA磁界(弁別課題時の非標的刺激に対する反応から単純反応課題時の反応を差し引いて得られた磁界)を計測し、標的刺激を弁別させて作業を行わせる課題と、非弁別的に作業を行わせる課題とを用い、両課題での反応を比較することでNA成分を抽出し、NA成分の共通性、NA成分に関する活動源および標的刺激呈示頻度とNA成分の関連性を検討する。

2.2.実験方法

 視覚刺激には、面積と輝度の等しい8種類のアルファベット(D、O、N、T、P、R、E、X)を用い、無作為の順にそれぞれ別々に1.8〜2.3秒のSOA(呈示時間0.1秒)で161回呈示した。19名の被験者は画面中心の固視点を注視し、提示されるアルファベットのすべてに反応する単純反応課題(SRT)と、指定された標的刺激だけに反応する弁別課題(DRT)を別々に行った。課題数は四つあり、(1)単純反応課題SRT(50%/50%)を行い、その後(2)弁別課題DRT(50%/50%)、(3)単純反応課題SRT(80%/20%)、(4)弁別課題DRT(80%/20%)を施行した。弁別課題時の非標的刺激に対する反応から単純反応課題時の反応を差し引いて得られたNA磁界で、単一ダイポールモデルを使用し、左右半球いずれかの側頭部を中心とした36個程度のチャンネルを選択し、左右半球に各1つずつ等価電流双極子を求めた。本実験では、204チャネル全頭型SQUID磁束計(NEUROMAG社)を用い、遮断周波数0.03Hzから100Hzまでの帯域通過型アナログフィルタを通した後0.5kHzでサンプリングし、リアルタイムで加算平均を行った。

2.3.結果

 7人の被験者の平均磁界を求めて、NA成分の等価電流双極子を求めた。右側頭部より得られたNA成分は、左側頭部より得られたNA成分のピーク潜時が40msはやかった。各課題に対する被験者のボタン押し反応時間を調べて、単純反応課題と弁別課題、(50%/50%)と(80%/20%)に有意な差があった(両方ともp<0.0001)。2課題のボタン押し反応時間にも現れているように、DRT(80%/20%)の遂行にはDRT(50%/50%)より脳内処理に長い時間を要する。NA最大モーメントについて、NA磁界(DRT(50%50%)-SRT・DRT(80%/20%)-SRT)×半球(L・R)の二要因分散分析を行ったところ、NA磁界の主効果があり、左半球は右半球よりも有意にモーメントが大きく(p=0.046)、課題の要因(刺激呈示頻度)については有意差が見られなかった(DRT(50%50%)-SRT・DRT(80%/20%)-SRT p=0.92)。NAピーク潜時についても、NA磁界(DRT(50%50%)-SRT・DRT(80%/20%)-SRT)×半球(L・R)の二要因分散分析で、NA磁界の主効果が有意であり、NA磁界間および左右半球間には差が見られなかった(それそれ、p=0.38、p=0.64)。

2.4.考察

 選択的注意において、呈示刺激の弁別性が難しくかつ判断の必要性が高い方が反応時間の遅延は高かった。過去ERPの先行研究による、波形の頭皮上分布は前頭〜中心〜頭頂部および正中部領域に比較的広汎に導出されたが、その優位出現部位を二次元脳電図でみると、N100〜P200は正中頭頂部が最も優位で、次いで標的刺激対側の前頭、中心部が優位に出現し、P200〜N200は前頭極が最優位であった。脳磁図各磁界の出方に刺激モダリティの違いによる認識、注意機構の働きが影響していることが示唆された。課題遂行時の視覚情報処理について、左右半球別に比較検討を行った。DRT(50%/50%)及びDRT(80%/20%)ダイポールの潜時に差はみられず、弁別課題はダイポール潜時を指標とする限りにおいて情報処理自体には影響を及ぼさないと考えられた。DRT(80%/20%)はDRT(50%/50%)よりボタン押し反応時間遅延し、DRT(80%/20%)の情報処理の速度に有意差があると示唆された。右半球は弁別課題で左半球よりダイポール・モーメントが減衰したことが情報処理容量の変化を反映し一課題あたりの容量配分は減少している可能性が示唆された。弁別課題における推定された等価電流双極子の電流源は、両半球においてシルビウス溝近傍に観察された。左半球で前頭寄りかつシルビウス溝上部により多くの電流源が位置する傾向があった。なお、電流源は課題・条件によらず、各被験者ごとに縁上回、側頭回後部、または前頭前野といった範囲で、ほぼ同様の解剖的な部位に求まって、複数の被験者で共通の活動が見られた。

3.形態および音韻弁別課題におけるNA成分の比較

3.1.実験目的

 NAに関する刺激モダリティ特異性を調べ、課題への集中度など精神状態とNA成分との関連性を検討し、NA成分での臨床応用の可能性を検討する。本実験では、NA磁界を計測し、形態弁別課題と音韻弁別課題を用い、両課題での反応を比較することでNA成分を抽出し、両課題に対するNA成分の活動源およびワーキング・メモリとの関連性を検討する。

3.2.実験方法

 視覚刺激には、面積と輝度の等しい8種類のアルファベット(D、O、N、T、P、R、E、X)を用い、無作為の順にそれぞれ別々に1.8〜2.3秒のS0A(呈示時間0.1秒)で161回呈示した。19名の被験者は画面中心の固視点を注視し、提示されるアルファベットのうち閉じた空間を持つ文字(D、O、P、R)が提示されたときにのみ反応する形態弁別課題(geometric-DRT)と、提示されるアルファベットのうち"イー"という韻を持つ文字(D、T、P、E)が提示されたときにのみ反応する音韻弁別課題(phonetic-DRT)を別々に行った。課題数は六つあり、(1)SRT(100%)を行い、その後(2)DRT(50%50%)、(3)SRT(80%/20%)、(4)DRT(80%/20%)、(5)GDRT、(6)PDRTを施行した。弁別課題時の非標的刺激に対する反応から単純反応課題時の反応を差し引いて得られたNA磁界で、単一ダイポールモデルを使用し、左右半球いずれかの側頭部を中心とした36個程度のチャンネルを選択し、左右半球に各1つずつ等価電流双極子を求めた。

3.3.結果

 7人の被験者の平均磁界を求めて、NA成分の等価電流双極子を求めた。右側頭部より得られたNA成分は、左側頭部より得られたNA成分のピーク潜時が20msはやかった。各課題に対する被験者のボタン押し反応時間を調べたところ、弁別課題DRT(50%/50%)と音韻弁別課題PDRT、形態弁別課題GDRTと音韻弁別課題PDRT、の間に有意な差があった(それぞれ、p<0.0001、p<0.0001)。2課題のボタン押し反応時間にも現れているように、PDRTの遂行にはGDRTより脳内処理に長い時間を要する。さらに、磁場応答を比べると、多くの被験者において、弁別課題DRT(50%/50%)よりも形態弁別課題GDRT、音韻弁別課題PDRTのほうがより磁場応答のピークが数多く見られる傾向にあった。両半球では弁別課題NA最大モーメントについて、NA磁界(GDRT-SRT・PDRT-SRT)×半球(L・R)の二要因分散分析を行ったところ、NA磁界の主効果があり、GDRT-SRTはPDRT-SRTよりも有意にモーメントが大きく(p=0.028)、半球の要因については有意差が見られなかった(L・R p=0.39)。NAピーク潜時についても、NA磁界(GDRT-SRT・PDRT-SRT)×半球(L・R)の二要因分散分析で、NA磁界の主効果が有意でなく、NA磁界間および左右半球間には差が見られなかった(それそれ、p=0.28、p=0.18)。

3.4.考察

 形態弁別課題では、アルファベットの文字としての属性を分析する必要はなく、閉じた空間があるかを検出すればよいので、刺激を文字としてではなく、単なる図形として処理することになる。これに対して、音韻弁別課題では、文字を視覚的に認知した後、音韻コードに変換し、さらにその音韻を聴覚的に弁別する必要がある。また、音韻コードを保持しつつ操作することが必要なため、ワーキングメモリを伴った高度な処理が要求される。このため、被験者によって課題遂行の成績にばらつきが出てしまう可能性がある。言いかえれば、同じ刺激を形態弁別課題では図形として識別し、音韻弁別課題では文字として識別している点にある。先行研究により、単語の、特に音韻的な処理に関わる脳部位を調べることを目的とした先行研究によれば、単語生成(再構成)課題遂行時の脳磁界応答を全頭型磁束計を用いて計測したところ、潜時290-530msの側頭部において音韻あるいは意味的処理に関わる活動の存在が示唆されている。NA頂点潜時の遅延と刺激評価時間の延長は、単純な弁別に比べ記憶負荷のかかる形態弁別の方が、また、形態弁別に比べ書字言語から会話言語への変換を必要とする音韻別の方がより顕著であった。本実験では、前頭から側頭付近の反応に注目して計測した脳磁界の解析を行った。弁別課題における推定された等価電流双極子の電流源は、両半球においてシルビウス溝近傍に観察された。左半球で前頭寄りかつウェルニッケ野近傍(とその内側)を含むシルビウス溝近傍(後部)により多くの電流源が位置する傾向があった。なお、電流源は課題・条件によらず、各被験者ごとに縁上回、側頭回後部、海馬近傍または前頭前野といった範囲で、ほぼ同様の解剖的な部位に求まって、複数の被験者で共通の活動が見られた。NA磁界は19例中15例(78.95%)に認められた。15例中7例のMRI画像を撮った。7例のNA磁界からNA等価電流源双極子を推定できた。

4.総合考察

 本研究では、脳磁図を用いて、視覚情報処理過程について検討を行った。従来の内因性陰性電位NA研究との対応関係を調べる上で、NA成分の出現率と優位出現部位、NA成分の平均頂点の潜時と振幅、NA成分の平均持続時間、各種文字刺激による視覚性NA成分を再検証した。視覚情報処理と関係するNA成分について、集中力に基づく刺激弁別、繰り返し効果、NAの発生源の推定、個人差、左右半球差、ボタン押しに関する活動を検討した。今まで検討されてこなかった形態-音韻変換メカニズムの脳内処理過程を検討した結果、左右両半球における活動が観察された。また先行研究の報告によれば、側頭葉の41と42野の近傍では、聴覚の情報処理が行われるとされる。耳から入ってきた音や音声の情報は、すべてここで検出される。また、22野はウェルニッケ領域(左半球)で、ことばの理解にかかわる。側頭葉の他の部位、たとえば下部側頭回近くの20野の近くは、後頭連合野から送られてくる視覚パタンの弁別や記憶にかかわる、と推測されている。左半球の38野・21野が言葉の想起や記憶と関係すること、また、後頭葉との境界付近に位置する左角回は読みにかかわる言語の処理や記憶とかかわっていることが推定されている。これらのことから、側頭葉は、言語や記憶の処理とかかわることがわかる。臨床の知見により、文が他人の声で話されると想像する場合、幻聴を有する分裂病群では左前頭野の活動が見られた。そして、左中側回MTGおよび吻側補足運動野SMAの活動の減衰が見られたが、幻聴を有さない分裂病群と対照群ではそれの活性化が有意に見られた。今後、NA成分とこれらの活動エリアとの関連性を明確にする必要がある。

 逆問題により電流双極子ECDが推定され、両側の前頭葉と頭頂部に活動が存在することが示唆される。脳波を用いた場合に前頭正中部で強く記録されるのは、両側にある電場の重ね合わせの結果であると推定される。これまでの内外の心理学的・生理学的研究に触れて著者らの結果と比較検討した。今回は認知スタイルのNAという測度により検討したが、今後は各先行研究が指摘しているような情報処理の各過程における障害について脳磁図を用いてERPの他の成分を指標として研究を進めることとなる。

5.まとめ

 本研究では、事象関連電位の中で潜時約200ミリ秒で出現する内因性陰性電位NAの脳磁図を測定し、NA成分の再現性を確認した。NA成分は19例中15例(78.95%)に認められた。各被験者のNA成分の出現の潜時は、200〜400msecであった。NAの潜時は、実験時の被験者の精神状態とボタン押し反応時間の影響を受けるので、NA成分は注意関連成分の1つと示唆された。次に、NA成分の脳内電流源の推定に電流双極子モデルを用いて行った。弁別課題の標的刺激呈示頻度とNA成分との関連性を、NAの電流双極子のモーメントで比較した結果、左半球は右半球よりも有意にモーメントが大きい(p=0.046)値を示した。また、形態弁別課題と音韻弁別課題におけるNA成分の比較では、形態弁別課題の方が有意にモーメントが大きい(p=0.028)結果を示した。NA成分の優位出現部位については、両半球のシルビウス溝近傍に電流双極子が推定された。本研究では、SQUIDによる脳磁図計測は脳波計測に比べて脳内電源の位置推定に優れており、各種誘発脳磁図反応の測定が行われ、それぞれの活動源の推定が行われた。したがって、生体磁気計測が目標としているところは、得られた磁気情報の時間的変動波形から、または、空間分布の二次元マッピングから電源の性質や挙動、されには電源の局在を推定するところにある。これは、脳磁図を使った本研究は先行研究がなく、独創的研究であることを強調した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、視覚情報処理過程において重要な役割を果たしていると考えられる潜時約200ミリ秒で出現する内因性陰性電位NA成分について、脳磁図を用いて計測を行ったもので、以下の結果を得ている。

1.弁別課題遂行時の視覚情報処理について、7人の被験者の平均磁界を求めて、NA成分の潜時範囲を調べた。各被験者に対し、それぞれのNA成分の等価電流双極子を求めた。平均磁界を見ると、右側頭部から得られたNA成分のピーク潜時は、左側頭部から得られたNA成分のピーク潜時より40ms短かった。次に、各課題に対する被験者のボタン押し反応時間を調べた。ボタン押し反応時間については、単純反応課題SRTによる反応時間が弁別課題DRTによるものより272ms短かった。また、各課題において呈示頻度とボタン押し反応時間との関係について調べると、(非標的刺激出現割合50%/標的刺激出現割合50%)の場合が(非標的刺激出現割合80%/標的刺激出現割合20%)の場合より50ms短かった。次に、測定したNA成分の電源を等価電流双極子を仮定して推定し、その電流双極子モーメントを算出した。NA最大モーメントについて、NA磁界((DRT(50%50%)-SRT)・(DRT(80%/20%)-SRT))×半球(L・R)の二要因分散分析を行ったところ、左半球は有半球よりも有意にモーメントが大きく、課題の要因(刺激呈示頻度)については有意差が見られなかった。NAピーク潜時についても、NA磁界((DRT(50%50%)-SRT)・(DRT(80%/20%)-SRT))×半球(L・R)の二要因分散分析で、各弁別課題に対するNA磁界間および左右半球間には差が見られなかった。

2.形態および音韻課題遂行時の視覚情報処理について、7人の被験者の平均磁界を求めて、NA成分の潜時範囲を調べた。各被験者に対し、それぞれのNA成分の等価電流双極子を求めた。平均磁界を見ると、右側頭部から得られたNA成分は、左側頭部から得られたNA成分のピーク潜時が20ms短かった。次に、各課題に対する被験者のボタン押し反応時間を調べた。ボタン押し反応時間については、弁別課題DRT(50%/50%)による反応時間が音韻弁別課題PDRTによるものより91ms短かった。また、各課題において刺激内容とボタン押し反応時間との関係について調べると、形態弁別課題GDRTの場合が音韻弁別課題PDRTの場合より53ms短かった。次に、1と同じ手法で、測定したNA成分の電源を等価電流双極子を仮定し推定し、その電流双極子モーメントを算出した。さらに、NA磁界を比べると、多くの被験者において、弁別課題DRT(50%/50%)よりも形態弁別課題GDRT、音韻弁別課題PDRTのほうがよりNA磁界のピークが数多く見られる傾向にあった。両半球では弁別課題NA最大モーメントについて、NA磁界((GDRT-SRT)・(PDRT-SRT))×半球(L・R)の二要因分散分析を行ったところ、GDRT-SRTはPDRT-SRTよりも有意にモーメントが大きいが、半球の要因については有意差が見られなかった。NAピーク潜時についても、NA磁界((GDRT-SRT)・(PDRT-SRT))×半球(L・R)の二要因分散分析で、各弁別課題に対するNA磁界間および左右半球間には差が見られなかった。

 以上、本論文は、これまで脳磁図では計測されていなかったNA成分をはじめて検出し、NA成分の再現性を確認している。更に、NA成分の脳内電流源の推定を電流双極子モデルを用いて行っている。弁別課題の標的刺激呈示頻度とNA成分との関連性を、NAの電流双極子のモーメントで比較し、左半球が右半球よりも有意にモーメントが大きい値を得ている。また、形態弁別課題と音韻弁別課題におけるNA成分の比較では、形態弁別課題の方が有意にモーメントが大きい結果を得ている。NA成分の優位出現部位については、両半球のシルビウス溝近傍に電流双極子を推定している。以上のように、本研究は視覚情報処理に関連するNA成分の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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