学位論文要旨



No 118279
著者(漢字) 山口,喜久雄
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,キクオ
標題(和) 電流印加による拡散強調磁気共鳴画像に関する研究
標題(洋)
報告番号 118279
報告番号 甲18279
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2086号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 阿部,裕輔
 東京大学 助教授 森田,明夫
内容要旨 要旨を表示する

 拡散強調MRI(Magnetic Resonance Imaging)は各ピクセルの"みかけの拡散係数"(Apparent Diffusion Coefficient;ADC)を反映した画像である。しかしADCはこれまで組織固有の値であるため、ADCを人工的に変化させて拡散強調MRIを撮像する試みはほとんど行われてこなかった。本研究は外部電流を用いることでADCを積極的に変化させて撮像を行い、さらにテンソルを用いて解析を行なうことで、拡散強調MRIの新たな可能性を示した。

【方法および結果】

1.ファントムにおける電流印加時のADC増加

 内部に生理食塩水を充填し両端に白金電極を設置したプラスチック製のファントムの両端から0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6mA/�p2の直流電流をファントムの両端から印加した。拡散強調MRIの手法を用いてファントム内の水分子のADCを測定した。ファントムの長径方向は、0.6mA/�p2の電流印加でADCは20.7倍増加した。電流と垂直な方向、すなわちファントムの短径方向は、0.6mA/�p2の電流印加で18.6倍のADCの増加を示した。

2.ダイポールの電流イメージング

 内部に生理食塩水を充填したプラスチック製の直径45mmの球型ファントムの中央に電流ダイポールを設置した。電流ダイポールの先端部の間隔は3mmである。このファントムを用いて、5μA、10μA、20μAの電流を印加しながら、溶液中の電流がどのように拡散強調MRI上に効果をあらわすかを検討した。MPG(Motion Probing Gradient)を電流と平行に印加して拡散強調MRIを撮像すると、5μA、10μA、20μAと電流を大きくしていくにしたがって画像上で信号強度の低下した部分がダイポール間に徐々に広がっていった。すなわち、電流の影響によりダイポール間で水分子の移動の促進が起こり、結果的にADCが増加して信号強度が低下したことがわかった。電解質溶液内を流れる電流のイメージをADCの増加として捉えることで拡散強調MRIの手法を用いて画像化することが可能となった。

3.ラットの脳における電流印加効果

 ファントムで認めた電流印加時のADC増加効果が生体組織で認められるかどうかを動物実験で検証した。大脳半球にROI(Region of Interest)を設定し、電流印加時の信号強度の変化をカラーマップとヒストグラムで表示した。その結果、電流と平行にMPGを印加した場合、ヒストグラムのピークは左方移動したが、電流と垂直にMPGを印加した場合にはヒストグラムのピークの移動はおこらなかった。したがって、電流による脳内のADC増加効果は電流と平行な方向にあらわれることがわかった。

4.脳の電流密度分布イメージング

 電流の強さとADC増加の関係を利用して脳内の電流密度分布のイメージングを行なった。ラットの脳の電流印加によるADC増加効果をMD(Mean Diffusivity)とFA(Fractional Anisotropy)のテンソル表示を用いて定量的に解析した。電流を印加した場合のMD、FA値から電流を印加していない場合のMD、FA値をそれぞれ差分してsubtraction画像を作成した。subtraction MD mapは電流印加によるADCの変化分を抽出しているため、電流密度分布を反映した画像であるということができる。また、subtraction FA mapによって電流印加の強さに応じて、脳内の異方性が増すことを示した。

5.脳梗塞領域におけるADC増加効果の応用

 ナイロン糸で中大脳動脈を閉塞することによりラットの脳梗塞を人工的に作成した。傷害領域と正常領域で電流印加しながら撮像した拡散強調MRIにおいて信号強度がどのように変化するかを検討した。脳梗塞領域では正常領域に比べ、信号強度低下効果が少なかった。電流印加によるADC増加の程度の差を利用して画像を取得することができた。subtraction-diffusion MRIはこれまで同定が困難であった超急性期の脳梗塞や微細な脳腫瘍を検出できる可能性がある。

【考察】

 電流を印加することによりファントムでADCが顕著に増加する現象を見出し、その効果を生体組織でも確認した。ファントムではADC増加は電流と垂直な方向でも、電流と平行な方向を基準とした場合の75%の増加効果を認めた。しかし、脳では電流と平行な方向のみのADCが増加し、電流と垂直な方向のADCはほとんど増加しなかった。電流を印加しながらファントムの拡散強調MRIを撮像すると不均一な信号強度をもつ断面の画像を取得できた。これらはファントム内で対流ともいうべき水分子の移動が起こっていることを示している。電解質溶液に電流を印加することにより対流が生じる現象は電気化学の分野では知られていたことであるが、この対流現象をMRIの手法を用いて画像化した報告はこれまでなかった。

 電流印加により水分子の移動が発生するメカニズムについて以下考察する。食塩水に電流を印加することにより電気分解が起こる。陽極ではCl-イオンが塩素となるため、陽極付近ではCl-イオン消費され、ファントム内でCl-イオンの濃度勾配が生じる。一方、陰極では水が電気分解される。電気分解によって生じたH+イオンは陰極に電子を供給し、自身は水素となる、したがって、H+イオン濃度は陰極付近で減少し、Cl-イオンと同様ファントム内にH+イオン濃度の勾配が生じる。これらの化学的なイオン濃度勾配に重力の力学的影響が加わり、対流が発生しうると考えられる。

 また、Na+イオンとCl-イオンに着目すると、Na+イオンは陰極に引き付けられ、Cl-イオンは逆方向の陽極に引き付けられる。多くの水分子が水素給含によりNa+イオンとCl-イオンの周囲に結合している。電気的な力によりイオンは電極に引き付けられるが、それに伴って、周囲の水分子もイオンとともに移動することで水分子の移動が発生しうる。

 生体は主に細胞間隙を電流が流れるので、生体組織でADCが増加する主たるメカニズムは電流印加に伴う細胞間隙でのイオンの移動によると考えられる。

【結論】

 本研究では拡散強調MRIの手法を用いて、電解質溶液および生体組織に電流を印加することで、ADCが顕著に増加することを示した。ファントム実験とラットの脳での検討により、電流値とADC増加の程度には相関が認められた。ラットの脳の電流印加効果をテンソルを用いて定量的に解析し、MD、FA値から電流を印加していない場合のMD、FA値をそれぞれ差分してsubtraction画像を作成した。subtraction MD mapは電流印加によるADCの変化分を抽出しているため、電流密度分布を反映していると考えられた。この研究により、外部から電流を印加した場合の生体の電流密度分布を非侵襲的に画像化する手法を示した。

 ラットの脳に人工的に脳梗塞を作成し、傷害領域と正常領域で電流印加により信号強度がどのように変化するかを検討した。脳梗塞領域では正常領域に比べ、信号強度低下効果が少なかった。したがって、ADC増加の程度の差を利用して画像を取得することができた。このSubtraction-diffusion MRIはこれまでMRIで検出困難であった微細な脳腫瘍や超急性期の脳梗塞の検出に応用可能である。

 以上より、本研究では電流印加による拡散強調MRIを用いることにより、生体組織のADC増加効果を利用した非侵襲的な脳内の電流密度分布の画像化、及び脳梗塞等により発生した障害部位の新しい検出方法を提示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は外部電流を用い、ADC(Apparent Diffusion Coeffcient)を積極的に変動させることで、拡散強調MRI(Magnetic Resonance Imaging)の新たな応用の可能性を示すことを目的として行なわれたものであり、以下の結果を得ている。

1.内部に生理食塩水を充填し両端に白金電極を設置したプラスチック製のファントムの両端から0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6mA/�p2の直流電流をファントムの両端から印加した。拡散強調MRIの手法を用いてファントム内の水分子のADCを測定した。ファントムの長径方向は、0.6mmA/�p2の電流印加でADCは20.7倍増加した。電流と垂直な方向、すなわちファントムの短径方向は、0.6mA/cm2の電流印加で18.6倍のADCの増加を示した。

2.内部に生理食塩水を充填したプラスチック製の直径45mmの球型ファントムの中央に電流ダイポールを設置した。電流ダイポールの先端部の間隔は3mmである。このファントムを用いて、5μA、10μA、20μAの電流を印加しながら、溶液中の電流がどのように拡散強調MRI上に効果をあらわすかを検討した。MPG(Motion Probing Gradient)を電流と平行に印加して拡散強調MRIを撮像すると、5μA、10μA、20μAと電流を大きくしていくにしたがって画像上で信号強度の低下した部分がダイポール間に徐々に広がっていった。すなわち、電流の影響によりダイポール間で水分子の移動の促進が起こり、結果的にADCが増加して信号強度が低下したことがわかった。電解質溶液内を流れる、電流のイメージをADCの増加として捉えることで拡散強調MRIの手法を用いて画像化することが可能となった。

3.ファントムで認めた電流印加時のADC増加効果が生体組織で認められるかどうかを動物実験で検証した。大脳半球にROI(Region of Interest)を設定し、電流印加時の信号強度の変化をカラーマップとヒストグラムで表示した。その結果、電流と平行にMPGを印加した場合、ヒストグラムのピークは左方移動したが、電流と垂直にMPGを印加した場合にはヒストグラムのピークの移動はおこらなかった。したがって、電流による脳内のADC増加効果は電流と平行な方向にあらわれることがわかった。

4.電流の強さとADC増加の関係を利用して脳内の電流密度分布のイメージングを行なった。ラットの脳の電流印加によるADC増加効果をMD(Mean Diffusivity)とFA(Fractional Anisotropy)のテンソル表示を用いて定量的に解析した。電流を印加した場合のMD、FA値から電流を印加していない場合のMD、FA値をそれぞれ差分してsubtraction画像を作成した。subtraction MD mapは電流印加によるADCの変化分を抽出しているため、電流密度分布を反映した画像であると考えられた。また、subtraction FA mapによって電流印加の強さに応じて、脳内の異方性が増すことを示した。

5.ナイロン糸で中大脳動脈を閉塞することによりラットの脳梗塞を人工的に作成した。傷害領域と正常領域で電流印加しながら撮像した拡散強調MRIにおいて信号強度がどのように変化するかを検討した。脳梗塞領域では正常領域に比べ、信号強度低下効果が少なかった。電流印加によるADC増加の程度の差を利用して画像を取得することができた。

 以上、本論文は電流によりADCが増加することを初めてファントムで定量的に検証し、さらに同様の効果がラットの大脳でも見出されることを明らかにした。また、電流印加時のラットの大脳を拡散テンソルを用いて解析し、生体組織の電流分布の画像化の可能性を示した。さらに脳梗塞作成ラットにより、電流印加によるADC増加効果が脳梗塞の同定にも有用であることを示した。これらのことは拡散強調画像を用いた新たな生体情報の取得に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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