No | 118280 | |
著者(漢字) | 馬場,敦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ババ,アツシ | |
標題(和) | 人工心臓が末梢循環に及ぼす影響に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118280 | |
報告番号 | 甲18280 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2087号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生体物理医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.研究の背景および目的 人工心臓はこの10数年ようやく臨床応用が可能となり、心臓手術後の循環補助や心臓移植への繋ぎとして世界で一万例近い臨床応用が実施されて来た。そして、人工心臓はその最終目標である埋込型完全人工心臓の研究開発に力が注がれる段階に入った。2001年7月2日、米国では遂に埋込型完全人工心臓の臨床が行われ、これによって人類は心臓移植以外の心臓の代替方法確保の第一歩を踏み出したことになった。 東京大学ではこの7年間、波動型完全人工心臓という世界でもっとも小型の埋め込み型完全人工心臓の開発に取り組んでいる。波動ポンプの特徴は、基本的に容積型ポンプの性質を有しているため、同径の遠心ポンプに比して低回転で多くの拍出量を得ることができ、また円板が回転運動をしないため、ハウジング、円板、リンク機構を含む軸の部分を一体化した膜で覆うことができ、抗血栓性の確保とモータヘの絶縁を行うことができることである。この波動ポンプを二つ組み合わせることで、波動型完全人工心臓を構成する。波動型完全人工心臓のもう一つの特徴は、モーターの回転を制御するだけで拍動流から連続流まで任意の血流波形をつくり出せることであり、この特徴を生かして血流波形の循環系への影響の研究にも期待が寄せられている。また、波動型完全人工心臓の制御には1/R制御法が用いられる。1/R制御法は生体の総末梢血管抵抗を計算して、それに応じて心拍出量が変化する関数をコンピュータに記憶させると、生体は最適の心拍出量が得られるように自己の総末梢血管抵抗を変化させるようになるというものである。 本研究の第一の目的は、波動型完全人工心臓を埋め込んだ実験動物を病態生理学的に検討することである。波動型完全人工心臓を埋込んで1ヶ月以上生存した実験動物について、末梢の臓器循環が維持されていたかどうかを病態生理学的に、そして組織病理学的に検討した。 本研究の第二の目的は、波動型完全人工心臓の拍動流から連続流まで任意の血流波形をつくり出せるという利点を生かして、定常流と拍動流が微小循環に与える影響の違いを調べることにある。近年さかんに用いられるようになった定常流による血液循環は、拍動流血液循環とどのように異なっているのか、末梢循環、特に微小循環に与える影響について、実験動物の眼球結膜の微小循環を観察して調べた。 2.実験および考察 2.1人工心臓による循環が末梢の臓器循環に与える影響 2002年11月1日までに、波動型完全人工心臓を埋め込み、1/R制御法を用いた実験で、13頭のヤギが1週間以上生存し、そのうちの6頭が1ヶ月以上生存し、最長は63日であった。11ヶ月以上生存したヤギについて組織病理学的検索を行った。 過去の空気圧駆動型人工心臓の病態生理の検討と今回の実験とで異なっているのは、波動型完全人工心臓を埋め込み、1/R制御法を使用することで、従来は15〜30mmHgまで上昇し、特に肝臓に鬱血を生じていたCVPを5〜10mmHgという生理学的に正常な値にコントロールすることができるようになった点である。これにより重要臓器の障害が低減されることが期待された。 検索の結果、肝臓の鬱血、出血、線維化や腎臓の尿細管壊死や梗塞といった所見がみられた。波動型完全人工心臓を埋め込んで1/R制御法を採用して長期生存した実験動物においても、肝臓や腎臓に障害が引き起こされる可能性があることが示された。 2.2拍動流と定常流が微小循環に与える影響を調べるための急性動物実験 人工心臓を埋め込まれた動物の微小循環を観察するための顕微鏡システムを開発した。デジタル高解像度顕微鏡を3次元ステージに取り付けて用いた。観察される微小循環はデジタルビデオレコーダーで記録され、解析された。これを用いて人工心臓の流れを拍動流から定常流に変えることが微小循環にどういう影響を及ぼすのかを調べた。 波動型ポンプの流れを拍動流から定常流に瞬時に変えた。20分間定常流で維持し、再び拍動流に戻し、この過程の微小循環の変化を観察した。さらに血流の拍動が微小血管における内皮由来の血管弛緩因子であるNO(endthelium-derived nitric oxide)の放出にどういう効果を与えるのかを調べた。 流れを拍動流から定常流に変えると、細動脈(arteriolae)が収縮し、毛細血管での赤血球流速は373±31μm/secから126±39μm/secへと著しく低下した。そして定常流の間、多くの毛細血管では赤血球流速は低いレベルに留まった。流れを再び拍動流に戻すと、赤血球流速は126±39μm/secから初期のレベルである396±35μm/secへと回復した。定常流の間、灌流されている毛細血管密度は13.2±2.4[#capillaries/mm]であり、拍動流のとき灌流されている毛細血管密度の21.8±14[#capillaries/mm]に比べて著しく低いことがわかった。拍動がEDNOの放出に及ぼす影響については、コントロールでは終末細動脈の径は定常流になると著しく減少したが、NO合成阻害薬であるL-NMMAを点眼したところ、終末細動脈が収縮して拍動流の効果が消失した。すなわち拍動流は、微小血管における内皮由来の血管弛緩因子であるNOの放出を、基礎値も血流刺激による放出も促進する可能性があることがわかった。 2.3拍動流と定常流が微小循環に与える影響を調べるための慢性動物実験 急性実験で用いたのと同じ眼球結膜の微小循環を観察するための顕微鏡システムを用いて、鎮静をかけたものの、非挿管、非麻酔下で覚醒したヤギの微小循環を観察した。波動型完全人工心臓のヤギヘの埋め込み手術の外科的侵襲の影響が無くなり、全身状態が安定した時点で実験を行った。流れを拍動流から定常流に急激に変えたときの眼球結膜の微小循環の変化を観察した。 流れを拍動流から定常流に変えると、細動脈が収縮し、毛細血管での赤血球流速は526±83μm/secから132±41μm/secへと著しく低下した。定常流で維持された20分間は赤血球流速は低いレベルに留まった。流れを再び拍動流に戻すと、赤血球流速は132±41μm/secから初期のレベルよりやや低い433±71μm/secへと回復した。流れが定常流であるときに灌流されている毛細血管密度は19.7±4.1[#capillaries/mm]であり、拍動流のとき灌流されている毛細血管密度の34.7±6.3[#capillaries/mm]に比べて著しく低い。 流れを拍動流から定常流に変えると、多くの毛細血管では赤血球の流速は低下し、低い水準に留まった。流れを再び拍動流に戻すと、赤血球の流速は初めの水準に回復した。これらの結果は、急性実験の結果と同様である。急性実験の結果から、拍動が内皮由来血管弛緩因子であるNOの放出を促進する可能性があることがわかっている。慢性実験では圧受容体が動脈圧、あるいは動脈圧の変化量の低下を感知して、交感神経活動が増加し、細動脈の収縮が引き起こされた可能性がある。すなわち、無麻酔下ではNOによる局所的な血流制御の他に、神経性の制御が働いていることが推測された。 3.研究のまとめ 本研究ではまず第一に、波動型完全人工心臓を埋め込んで1ヶ月以上生存したヤギについて、末梢の臓器循環が維持されていたかどうかを病態生理学的に、そして組織病理学的に検討した。その結果、肝臓、腎臓などの重要臓器には低灌流、低酸素による組織の変化がみられた。 1/R制御法を採用して平均のCVPは生理的に正常な範囲内である5〜10mmHgに抑えられていたが、CVPのピーク値は20mmHgを超えることも多く、CVPの低下が不十分であることが、肝臓、腎臓などの重要臓器に循環不全を引き起こした可能性が考えられた。一方で、溶血を始まりとする機序や波動型完全人工心臓の流量・圧波形が生理的でないことが影響している可能性もある。 人工循環では、溶血から生じるSludgingによると考えられる多発性の微小梗塞や壊死が引き起こされる。この現象は拍動流でも起き得るが、交感神経系の持続的緊張の他に、Sludgingにより微小循環の障害を生じても組織を環流しようとする生体の働きが、長期生存での高血圧傾向と関連している可能性がある。このため、今後は微小循環に焦点を当てて、波動型完全人工心臓が重要臓器に循環不全を引き起こす原因を調べる必要がある。 第二に、波動型完全人工心臓の特徴である、モーターの回転を制御するだけで拍動流から連続流まで任意の血流波形をつくり出せる、という利点を生かして、定常流と拍動流が微小循環にあたえる影響の違いを調べた。 実験の結果、拍動流から定常流に流れを変化させると、多くの毛細血管で赤血球流速が低下し、低い水準に留まること、また、灌流される毛細血管の数が減少することがわかった。流れをもとの拍動流に戻すと、赤血球流速は初めの水準に戻る。多くの場合は灌流されなくなった毛細血管も再び灌流されるようになる。そして、拍動流が、細動脈での流れ刺激によるNO生成を促進する可能性があることもわかった。 定常流で腎血流や全身循環を維持し、長期生存を可能にするためには心拍出量を約20%増加させなくてはならないことが知られている。定常流への流れの変更で、十分時間がたった後も一部の毛細血管では赤血球の流速は回復しない、という観察結果からも、定常流ではすべての毛細血管の血流を維持するために、心拍出量を増やさなくてはならないのではないかと推測される。 定常流による人工循環は、微小循環不全を引き起こす可能性がある。この微小循環不全は、長い左心補助や将来実現する可能性のある定常流ポンプの永久的埋め込みで強まるかもしれない。 以上のことを検証するためには、波動型完全人工心臓を埋め込んでの長期の慢性実験の他に、定常流で長期間駆動する慢性実験など、これからも慢性実験によるデータの蓄積を行わなくてはならないと考える。 | |
審査要旨 | 本研究は、まず第一に、波動型完全人工心臓を埋め込んだ実験動物を病態生理学的に検討することを試み、第二に、定常流と拍動流が微小循環に与える影響の違いを調べることを試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.波動型完全人工心臓を埋め込み、1/R制御法を用いた実験で、1ケ月以上生存したヤギについて組織病理学的検索を行った。1/R制御法を使用することで、従来は15〜30mnHgまで上昇し、特に肝臓に鬱血を生じていたCVPを5〜10mmHgという生理学的に正常な値にコントロールすることができるようになり、重要臓器の障害が低減されることが期待されたが、検索の結果、肝臓の鬱血、出血、線維化や腎臓の尿細管壊死や梗塞といった所見がみられた。波動型完全人工心臓を埋め込んで1/R制御法を採用して長期生存した実験動物においても、肝臓や腎臓に障害が引き起こされる可能性があることが示された。 2.人工心臓を埋め込まれた動物の微小循環を観察するための顕微鏡システムを開発し、人工心臓の流れを拍動流から定常流に変えることが微小循環に及ぼす影響を調べた。流れを拍動流から定常流に変えると細動脈が収縮し、毛細血管での赤血球流速は373±31μm/secから126土39μm/secへと著しく低下した。そして定常流の間、多くの毛細血管では赤血球流速は低いレベルに留まった。流れを再び拍動流に戻すと、赤血球流速は126±39μm/secから初期のレベルである396±35μm/secへと回復した。定常流の間、灌流されている毛細血管密度は13.2±24[#capillaries/mm]であり、拍動流のとき灌流されている毛細血管密度の21.8±1.4[#capillaries/mm]に比べて著しく低いことがわかった。 また、コントロールでは終末細動脈の径は定常流になると著しく減少したが、NO合成阻害薬であるL-NMMAを点眼したところ、終末細動脈が収縮して拍動流の効果が消失し、拍動流が微小血管における内皮由来の血管弛緩因子であるNOの放出を基礎値も血流刺激による放出も促進する可能性があることが示された。 3.波動型完全人工心臓を埋め込んで慢性実験中のヤギを用いて、非挿管、非麻酔下で覚醒したヤギの微小循環を観察し、流れを拍動流から定常流に急激に変えたときの眼球結膜の微小循環の変化を観察した。流れを拍動流から定常流に変えると、細動脈が収縮し、毛細血管での赤血球流速は526±83μm/secから132±41μm/secへと著しく低下した。定常流で維持された20分間は赤血球流速は低いレベルに留まった。流れを再び拍動流に戻すと、赤血球流速は132±41μm/secから初期のレベルよりやや低い433±71μm/secへと回復した。流れが定常流であるときに灌流されている毛細血管密度は19.7±4.1[#capillaries/mm]であり、拍動流のとき灌流されている毛細血管密度の34.7±6.3[#capillaries/mm]に比べて著しく低かった。慢性実験では圧受容体が動脈圧、あるいは動脈圧の変化量の低下を感知して、交感神経活動が増加し、細動脈の収縮が引き起こされた可能性があり、無麻酔下ではNOによる局所的な血流制御の他に、神経性の制御が働いていることが推測された。 以上、本論文はまず第一に、波動型完全人工心臓を埋め込んだヤギの末梢臓器の循環不全を明らかにし、波動型完全人工心臓の臨床応用に向けて解決すべき問題点を示した点で重要な貢献をなすと考えられる。また、定常流による人工循環が微小循環不全を引き起こす可能性があることを示した点で画期的な研究であり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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