学位論文要旨



No 118283
著者(漢字) 安東,英明
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,ヒデアキ
標題(和) イノシトール1,4,5-三リン酸受容体に結合する新規分子の同定および解析
標題(洋) Identification and Analysis of Novel Inositol 1,4,5-Trisphosphate Receptor Binding Proteins
報告番号 118283
報告番号 甲18283
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2090号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 井原,康夫
内容要旨 要旨を表示する

[緒言]

 細胞がホルモン、増殖因子、神経伝達物質などの細胞外からの刺激を受けると、セカンドメッセンジャーとしてイノシトール1,4,5-三リン酸(Inositol 1,4,5-trisphosphate;IP3)が産生される。IP3は、その受容体であり滑面小胞体上のCa2+チャネルであるIP3受容体(IP3 receptor;IP3R)に結合することにより、滑面小胞体からのCa2+放出を誘導する。その結果、受精、発生、増殖、分泌、シナプス可塑性など多様な細胞応答が誘導される。

 IP3Rは、4量体を形成しており、3種類のアイソタイプが存在する。IP3RタイプI(IP3R1)は、中枢神経系、特に小脳プルキンエ細胞で発現が高い。マウスIP3R1は、2749アミノ酸からなり、N末端近傍にIP3結合領域、C末端近傍に6回膜貫通領域を有するチャネル形成領域、およびこれら2つの領域の間に制御領域が存在する。IP3Rは、Calmodulin、Ankyrin、IRAG、Fyn、CaBPなどIP3Rと相互作用する種々のタンパク質によってその活性が制御されている。さらにIP3Rは、Homerなどのアダプター分子を介して、細胞膜の受容体と会合していることも報告されている。このようにIP3R及びIP3/Ca2+情報伝達系はIP3Rと結合する種々のタンパク質によって制御されていると考えられる。

 私は、IP3/Ca2+情報伝達系の制御機構を解明する目的で、IP3Rに結合するタンパク質の探索を行った。方法としては、IP3R1の細胞質領域の大部分を含むN末側2217アミノ酸領域を、GSTとの融合タンパク質としてバキュロウイルス/Sf9細胞系により発現させてアフィニティーカラムを作成し、小脳抽出液よりIP3R1結合タンパク質のアフィニティー精製を行った。その結果、IRBIT及びCARPという2つの分子を同定した。

[IP3によりIP3Rから解離する新規IP3R結合タンパク質IRBIT]

 IP3R結合タンパク質として、特にIP3RのリガンドであるIP3によりその結合が制御されている分子を探索した。そのために、ラット小脳の膜結合画分(膜画分から高塩濃度バッファーで抽出される画分)をIP3R1アフィニティーカラムに添加し、50μM IP3で結合したタンパク質を溶出した。その結果、分子量約60kDaの新規分子が同定された。マウス小脳よりそのcDNAをクローニングし、IRBIT(IP3R binding protein released with inositol 1,4,5-trisphosphate)と名付けた。IRBITは530アミノ酸からなり、既知のタンパク質と相同性のないN末端領域と、代謝酵素S-アデノシルホモシステインヒドロラーゼと約50%の相同性をもつC末端領域とからなる。IRBITはS-アデノシルホモシステインヒドロラーゼと相同性があったことから、大腸菌で発現させた組換えIRBITを用いてその酵素活性を測定した結果、同じ酵素活性を持たないことが明らかとなった。

 IRBITのN末端領域に対する特異的抗体を作成し、マウス組織での発現をウェスタンブロッティングで解析した結果、IRBITは各組織に普遍的に発現していたが、大脳および小脳での発現が最も高かった。また、マウス小脳を分画して細胞内局在を調べた結果、IRBITは細胞質画分と膜画分の両方に存在していた。さらに、膜画分のIRBITは高塩濃度バッファーで部分的に抽出された。膜貫通領域と推定される配列を持たないことと考え合わせると、IRBITは静電的結合により膜に結合しているものと考えられた。

 次に、IRBITとIP3R1とのin vitroでの結合をGSTプルダウン法で解析した。その結果、膜結合画分中のIRBITはIP3R1と結合したが、興味深いことに、細胞質画分中のIRBITはIP3R1と結合しなかった。膜結合画分を脱リン酸化処理すると、IRBITはIP3R1と結合しなくなったことから、リン酸化によりIRBITとIP3R1との結合が制御されている可能性が示唆された。またIRBITの欠失変異体を作成し、IP3R1との結合に必要な領域を解析した結果、IRBITのN末端領域がIP3R1との結合に必須であることが示された。

 次に、細胞内においてIRBITがIP3R1と結合するかどうかを確認するため、IRBITとIP3R1をCOS-7細胞に共発現し、共焦点免疫蛍光顕微鏡解析を行った。サポニンによる細胞膜透過処理により、膜結合型のIRBITのみを観察した結果、IRBITは網状にIP3R1とよく共局在しており、小胞体上でIP3R1と結合していることが示された。さらに内在性のIRBITとIP3R1との結合を確認するため、マウス小脳を用いた免疫共沈降を行った。その結果、IRBITはin vivoでもIP3R1と結合することが示された。

 次に、IP3R1からIRBITを解離させるIP3の濃度依存性及び他のinositol polyphosphateに対する特異性を検討した。その結果、IP3はIP2、IP4、IP6など他のinositol polyphosphateに比べ50倍の効率で、濃度依存的にIP3R1からIRBITを解離した。EC50(最大量の50%を解離させるIP3濃度)は約0.5μMであった。細胞内のIP3濃度は定常状態で数十nM、刺激後で数μMと考えられているため、IRBITは細胞外の刺激によりIP3が産生されると、IP3Rより解離する可能性が示唆された。

 次に、IP3R1の欠失変異体を作成し、IP3R1のIRBITとの結合に必須な領域を解析した。その結果、IRBITはIP3R1のIP3結合領域と結合することが示された。さらに、IP3R1の部位特異的突然変異解析を行った結果、IP3R1のIP3結合に必須なアミノ酸であるLys-508に変異を入れると、IRBITと結合しなくなることが明らかとなった。この結果は、IP3R1のLys-508はIRBITとIP3の両方の結合に必須であることを示しており、IRBITはIP3によりおそらく競合的にIP3R1から解離する可能性が示唆された。

 IRBITがIP3によりIP3Rから解離することの生理的意義として、一つにはIRBITはIP3Rの下流のシグナル分子として機能している可能性が考えられる。これまでIP3Rの直接の下流のシグナル分子はカルシウムイオンのみと考えられてきた。この数十の標的分子を持つ普遍的なセカンドメッセンジャー以外に、IP3RはIRBITというタンパク分子を、より特異的な標的分子を持つシグナル分子として利用しているという新たなモデルが考えられる。

[IP3RのIP3親和性を低下させるIP3R結合タンパク質CARP]

 IP3R1カラムを用いたアフィニティー精製により、ラット小脳細胞質画分より36kDaの分子を同定した。この分子の部分アミノ酸配列を決定したところ、小脳プルキンエ細胞に高発現している遺伝子として1990年に同定されたcarbonic anhydrase-related protein(CARP)であることが明らかとなった。私の属する研究室では、以前にyeast two-hybrid法によってもIP3R1の制御領域に結合する分子として同定されており、CARPとIP3R1との結合は確からしく思われた。

 CARPとIP3R1との結合を確認するため、GSTプルダウン法を行った結果、CARPはIP3R1に結合することが確認された。また、その結合は直接的なものであることも示された。

 IP3R1のIP3結合に及ぼすCARPの影響を調べた結果、CARPによりIP3R1のIP3に対するアフィニティーが低下していることが明らかとなった。

 小脳プルキンエ細胞のIP3によるCa2+放出は、他の組織に比べ高い濃度のIP3を必要とすることが知られている。これはプルキンエ細胞にはCARPが高発現しているためである可能性が示唆された。

[結語]

 IP3情報伝達系は、普遍的でありながら、非常に多様かつ特異的な細胞内Ca2+動態を誘導することができる。これはIP3Rが様々なレベルで制御を受けているためと考えられる。その一つがCARPなどのIP3R結合タンパク質によるチャネル活性の制御である。CARPのようにある細胞特異的に発現している分子は、細胞特異的なCa2+シグナルの形成に関与しているものと思われる。また、別の制御として、IP3Rがその上流・下流のシグナル分子と複合体を形成し、効率的・特異的なシグナル伝達を実現している点があげられる。IRBITはIP3Rを含むシグナル複合体の形成に関与しているのかも知れない。さらに、IRBITはIP3Rの下流のシグナル分子として機能するというこれまでにない形でIP3/Ca2+情報伝達系に関与している可能性も考えられる。今後、これらの分子の機能をさらに解析することにより、IP3/Ca2+情報伝達系の制御機構に関し、重要な知見が得られるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はIP3/Ca2+シグナル伝達系の制御機構を解明する目的で、細胞内カルシウムストア上のカルシウムチャネルであるIP3受容体(IP3R)の結合タンパク質を探索したものであり、以下の結果を得ている。

1.マウスIP3R type1(IP3R1)のN末端側細胞質領域2217アミノ酸に対するアフィニティー精製により、ラット小脳膜画分からの高塩抽出画分より、約60kDaの新規IP3R結合タンパク質を同定し、IRBIT(IP3R binding protein released with inositol 1,4,5-trisphosphate)と名付けた。マウス小脳よりIRBITのcDNAをクローニングした。

2.IRBITは530アミノ酸からなり、既知のタンパク質と相同性のないN末端領域(アミノ酸1-104)と代謝酵素S-adenosylhomocysteine hydrolaseと約50%のホモロジーがあるC末端領域(アミノ酸105-530)からなる。また、17カ所の推定リン酸化部位がある。大腸菌で発現したリコンビナントIRBITはS-adenosylhomocysteine hydrolaseと同じ酵素骨性を持たないことが示された。

3.IRBITのN末端領域に対する特異的抗体を作成し、マウス組織でのIRBITの発現を調べたところ、各組織に普遍的に発現していたが、大脳、小脳での発現が最も高かった。また、分画により細胞内局在を調べたところ、細胞質画分と膜画分の両方に存在しており、膜画分のIRBITは高塩濃度バッファーにより部分的に可溶化したことから、静電的結合により膜に結合していることが示唆された。

4.IRBITとIP3R1とのin vitroでの結合をGSTプルダウン法で解析した結果、膜結合画分中のIRBITはIP3R1と結合した。一方、細胞質画分中のIRBITはIP3R1と結合しなかった。膜結合画分を脱リン酸化処理すると、IRBITはIP3R1と結合しなくなったことから、リン酸化によりIRBITとIP3R1との結合が制御されている可能性が示唆された。また、IRBITの欠失変異体を作成し、IP3R1との結合に必要な領域を解析した結果、IRBITのN末端領域がIP3R1との結合に必須であることが示された。

5.IRBITとIP3R1をCOS-7細胞に共発現し、共焦点免疫蛍光顕微鏡解析を行った結果、IRBITは網状にIP3R1とよく共局在しており、小胞体上でIP3R1と結合していることが示された。さらにマウス小脳を用いた免疫共沈降を行った結果、IRBITはin vivoでもIP3Rと結合することが示された。

6.IP3は特異的かつ濃度依存的にIP3R1からIRBITを解離した。EC50(最大量の50%を解離させるIP3濃度)は約0.5μMであった。細胞内のIP3濃度は定常状態で数十nM、刺激後で数μMと考えられているため、IRBITは細胞外の刺激によりIP3が産生されると、IP3R1より解離する可能性が示唆された。

7.IRBITはIP3R1のIP3結合領域と結合し、かつIP3R1のLys-508はIRBITとIP3の両方の結合に必須であることが示された。この結果より、IRBITはIP3によりおそらく競合的にIP3R1から解離する可能性が考えられた。

8.また、ラット小脳細胞質画分からはIP3R1結合分子としてCARPを同定した。CARPは小脳プルキンエ細胞に高発現しており、IP3R1のIP3に対するアフィニティーを低下させた。

 以上、本論文はIP3R結合分子としてIRBITとCARPを同定し、IRBITはIP3Rのリンカー分子あるいはIP3Rの下流のシグナル分子である可能性、CARPは小脳プルキンエ細胞のIP3に対する低感受性に関与している可能性を示した。本研究はIP3RおよびIP3/Ca2+シグナル伝達系の制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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