学位論文要旨



No 118284
著者(漢字) 張,松柏
著者(英字) Chang,Syou Haku
著者(カナ) チョウ,ショウハク
標題(和) 極性を獲得したMDCK培養細胞における、イノシトール三リン酸受容体タイプ1の4.1N蛋白質による、側底膜領域への局在化機構の解明
標題(洋) Protein 4.1N Is Required for Translocation of Inositol 1,4,5-trisphosphate Receptor Type 1 to the Basolateral Membrance Domain in Polarized Madin-Darby Canine Kidney Cells
報告番号 118284
報告番号 甲18284
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2091号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 助教授 深見,希代子
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 郭,伸
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 イノシトール三リン酸(以下IP3)受容体(以下IP3R)は、多くの細胞外刺激で産生されるIP3と特異的に結合して活性化され、細胞内カルシウムストアからカルシウムイオン(以下Ca2+)を細胞質へ放出するIP3依存的なCa2+放出チャネルである。このIP3/Ca2+シグナル伝達は、興奮性、非興奮性を間わず広範な細胞の多彩な細胞機能に関与する。現在までに、3種類の異なるIP3Rタイプ(IP3R1、IP3R2、IP3R3)が存在することが知られている。IP3Rの構造および機能に関する解析は、これまで主にIP3R1に関して行われている。IP3R1は小脳プルキンエ細胞に圧倒的に多く発現してあり、その他の脳領域でもニューロンに強く発現されている。非神経組織でも、多くの細胞、組織で発現が観察される。IP3R1は2749アミノ酸からなり、分子量は304-313kDaの巨大蛋白質である。その構造はN末端の578アミノ酸からなるIP3結合領域、C末端付近の2276-2589のアミノ酸の疎水性領域からなる6回膜貫通チャネル領域、中央部の579-2275のアミノ酸からなるCa2+やATP結合部位、cAMP依存性キナーゼなどによるリン酸化部位などが存在するIP3結合領域と膜貫通領域の間に位置する調節領域と呼ばれる部分、そのN末端とC末端は細胞質側に存在することが示されている。しかしながら、その2590-2749のアミノ酸からなるC末端細胞質内領域の機能がまだ明らかにされていなかった。そこで、申請者はこのC末端細胞質内領域の機能の解明するために、IP3R1のC末端に結合する蛋白質をYeast Two-Hybridで探索した。その結果、細胞骨格を構成する蛋白質の1つである4.1NをIP3R1の結合蛋白質として同定した。4.1Nは、赤血球膜成分4.1蛋白質(protein4.1、別名band4.1或いは4.1R)のホモログである。4.1Rは、赤血球形態(中窪み円盤状)の維持、狭い毛細血管を通過する際の変形能や膜安定性(ちぎれにくさ)の維持に重要な役割を担うことが知られている。この4.1蛋白質は、キモトリプシンで限定分解により、30kDa、16kDa、10kDa、22-24kDaの4つの領域に分かれる。N末端側の30kDa領域は、膜貫通蛋白質[バンド3(band3)、グリコフォリンC(glycophorin C)、CD44]が結合することが報告されており、膜結合領域と呼ばれる。また、10kDa領域にはスペクトリン(spectrin)/アクチン(actin)が、C末端の22-24kDa領域には密着結合領域(tight junction)蛋白質ZO-1、ZO-2などがそれぞれ結合することが報告されている。現在までのところ、3つの4.1蛋白質アイソフォーム:全組織型4.1G、脳型4.1B、神経型4.1Nが報告されているが、いずれも4.1Rの30kDa膜結合領域、10kDaスペクトリン/アクチン領域、22-24kDa C末端領域において高い相同性を保持していることが知られている。本研究で申請者は、4.1NとIP3R1の結合及びMDCK培養細胞における、この結合の生理的な意義の検討を行った。

結果

1)IP3R1のC末端細胞質内領域に結合する蛋白質の同定及び結合領域の決定

 IP3R1のC末端細胞質内領域(IP3R1/CTT)に結合する蛋白質をYeast Two-Hybrid Assayでヒト脳のcDNAライブラリーを用いて探索した結果、4.1N蛋白質のC末端領域(4.1N/CTD)を含んでいるクローンを同定した。そこで、GST-4.1N/CTD融合蛋白質を作成し、GFP-IP3R1/CTTを発現するCOS-7細胞の細胞抽出液からGFP-IP3R1/CTTをpulldownした所で、4.1N/CTDとIP3R1/CTTの結合はin vitroの結合実験で確認した。次に、マウスの4.1N cDNAをcloningし、4.1Nを特異的に認識するポリクロナール抗体を作製した。抗4.1Nと抗IP3R1抗体を用いて、マウス全脳の抽出液から共免疫沈降を行った結果、IP3R1と4.1Nはマウス脳内においても結合することを確認した。さらに再びYeast Two-Hybrid Assayとpulldown結合実験を用いて、それぞれの詳細な結合領域を同定した。その結果:IP3R1のC末端の14アミノ酸と4.1NのC末端の約100アミノ酸(4.1N/CTD)が結合に必要かつ充分であることが分かった。

2)MDCK培養細胞を用いた、4.1N-IP3R1相合作用の生理的な意義の検討

2.1)MDCK細胞は極性を持つ犬腎臓上皮細胞である。まず、抗4.1Nと抗IP3R1抗体を用いて、免疫染色法によりMDCK細胞の内在性の4.1NとIP3R1の局在を観察した。その結果、MDCK細胞がsubconfluence(極性をまだ獲得していない)の時には、IP3R1は細胞質に局在し、また4.1Nは細胞質と核に存在することが分かった。一方、MDCK細胞がconfluence(極性を獲得している)になると、4.1NとIP3R1はともに、膜領域にトランスロケーションし、そこに共局在することが分かった。さらに免疫沈降法により、MDCK細胞のsubconfluenceとconfluence状態を間わず、4.1Nは抗IP3R1抗体で共免疫沈降され、MDCK細胞において内在性の4.1NとIP3R1は常に結合していることが分かった。

2.2)4.1Nのホモログ4.1Rは、すでにconfluent MDCK細胞の密着結合領域に局在していることが報告されている。そこで、抗4.1Nと抗IP3R1抗体及び抗ZO-1と抗Na、K-ATPase抗体を用いて、極性を獲得していたconfluent MDCK細胞を免疫染色した後、共焦点顕微鏡を用いて、4.1NとIP3R1の細胞内局在を観察した。4.1NとIP3R1はともにZO-1が局在している密着結合領域に局在しているのではなく、Na、K-ATPaseが局在している側底膜領域に局在していることが分かった。

2.3)4.1NとIP3R1の結合が、IP3R1の側底膜領域ヘトランスロケーションに関与しているかどうかを検討するために、様々な領域のIP3R1とGFPとの融合蛋白質をMDCK細胞に発現させ、その局在を観察した。その結果、MDCK細胞が。confluenceになると、GFP-IP3R1/FL(GFPとIP3R1全長の融合蛋白質)とGFP-IP3R1/18A10(GFPとIP3R1のC末端の14アミノ酸の融合蛋白質)は側底膜領域に局在するが、GFP-IP3R1/Δ18A10(GFPとC末端の14アミノ酸を欠損したIP3R1の融合蛋白質)は細胞質と核に分布し、側底膜領域に局在しないことが分かった。

2.4)4.1Nのどの領域がその側底膜領域へのトランスロケーションに重要であるかを検討した。Venus(YFPの改良型である蛋白質)と4.1N融合蛋白質をMDCK細胞に発現して、MDCK細胞がconfluenceになると、Venus-4.1N/FL(Venusと4.1N全長の融合蛋白質)とVenus-4.1N/ΔCTD(VenusとC末端領域を欠損した4.1N断片の融合蛋白質)はともに側底膜領域へのトランスロケーションが観察された。一方、Venus-4.1N/CTD(Venusと4.1NのC末端領域断片の融合蛋白質)は細胞質と核に分布し、側底膜領域へトランスロケーションしないことが分かった。この結果から、膜結合領域を含む4.1NのN末端領域が4.1Nをconfluent MDCK細胞の側底膜領域にトランスロケーションすることに必要であり、C末端領域断片だけではconfluent MDCK細胞の側底膜領域にトランスロケーションできないということが分かった。

2.5)4.1NのC末端領域断片がIP3R1のconfluent MDCK細胞側底膜領域へのトランスロケーションを阻害できるかどうかを検討したVenus-4.1N/FLとIP3R1を共発現すると、両者はともに側底膜領域へトランスロケーションした。Venus-4.1N/CTDとIP3R1を共発現すると、両者はともに細胞質と核に分布した。VenusとIP3R1を共発現すると、Venusは細胞質と核に分布したが、IP3R1は側底膜領域にトランスロケーションした。ここで、4.1N/CTDはIP3R1の側底膜領域へのトランスロケーションが阻害できることが分かり、4.1NがIP3R1の側底膜領域へのトランスロケーションに必要であることが分かった。

2.6)IP3R1は主に小胞体に存在する。そこで、confluent MDCK細胞での小胞体の局在を検討するために、他の小胞体蛋白質の局在を免疫染色で観察した。その結果、内在性のcalnexinとcalreticulinなどはconfluent MDCK細胞においても、細胞質に局在し、側底膜領域にトランスロケーションしないことが分かった。さらに、EGFP-SERCA2a(EGFPとSERCA2aの融合蛋白質)とDsRed-KDEL(DsRed-calreticulinの小胞体局在シグナルペプチドの融合蛋白質)をMDCK細胞に発現した結果、これらの蛋白質も、confluent MDCK細胞において、側底膜領域へトランスロケーションしないことが分かった。

結論

1)4.1NはIP3R1に結合する。この結合はYeast Two-Hybrid Assayとin vitro及びin vivoでの様々な結合実験で確認された。

2)IP3R1のC末端の14アミノ酸と4.1NのC末端の約100アミノ酸はIP3R1と4.1Nの結合に必要かつ充分である。

3)MDCK細胞では、subconfluence(極性をまた獲得していない)とconfluence(極性を獲得している)の状態を間わず、4.1NとIP3R1が常に結合する。

4)4.1Nのホモログである4.1Rはconfluent MDCK細胞の密着結合に局在するが、4.1NとIP3R1は、MDCK細胞がconfluenceになると、ともに側底膜領域にトランスロケーションする。またこの時、他の小胞体蛋白質は細胞質に局在する。

5)4.1Nのconfluent MDCK細胞での側底膜領域へのトランスロケーションには、膜結合領域を含むN末端部分が重要である。

6)4.1NがIP3R1のconfluent MDCK細胞での側底膜領域へのトラシスロケーションには必要である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はイノシトール三リン酸受容体(IP3R)のC末端細胞質内領域の機能を明らかにするため、IP3Rタイプ1(IP3R1)のC末端に結合する蛋白質をYeast Two-Hybrid法を用いて探索し、同定された細胞骨格を構成する蛋白質の1つである4.1NとIP3R1の結合及びMDCK培養細胞における、この結合の生理的な意義の検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.IP3R1のC末端細胞質内領域に結合する蛋白質をYeast Two-Hybrid Assay法を用いてヒト脳のcDNAライブラリーを探索した結果、4.1N蛋白質をIP3R1の結合蛋白質として同定した。次に、4.1NとIP3R1の結合をin vitroの結合実験で確認した。また、マウスの4.1N cDNAをクローニングし、4.1Nを特異的に認識するポリクロナール抗体を作製した。抗4.1Nと抗IP3R1抗体を用いて、マウス全脳の抽出液から共免疫沈降を行った結果、IP3R1と4.1Nがin vivoにおいても結合することを確認した。さらに、IP3R1のC末端の14アミノ酸と4.1NのC末端の約100アミノ酸(4.1N/CTD)がIP3R1と4.1Nの結合に必要かつ充分であることがYeast Two-Hybrid Assay及びin vitro結合実験で分かった。

2.MDCK培養細胞において、抗4.1Nと抗IP3R1抗体を用いて、免疫染色法によりMDCK細胞の内在性の4.1NとIP3R1の局在を観察した。その結果、MDCK細胞がsubconfluenceの時には、IP3R1は細胞質に局在し、4.1Nは細胞質と核に存在することが分かった。一方、MDCK細胞がconfluenceになると、4.1NとIP3R1はともに、膜領域にトランスロケーションし、そこに共局在することが分かった。さらに免疫沈降法により、MDCK細胞のsubconfluenceとconfluenceの状態を間わず、4.1NとIP3R1はMDCK細胞において常に結合していることが分かった。

3.4.1NとIP3R1がconfluent MDCK細胞のどの領域に共局在するのかを検討するために、極性を獲得したconfluent MDCK細胞を抗4.1Nと抗IP3R1抗体及び抗ZO-1と抗Na、K-ATPase抗体を用いて免疫染色し、共焦点顕微鏡を用いて、4.1NとIP3R1の細胞内局在を観察した。その結果、4.1NとIP3R1はともにZO-1が局在している密着結合領域に局在しているのではなく、Na、K-ATPaseが局在している側底膜領域に局在していることが分かった。

4.4.1NとIP3R1の結合が、IP3R1の側底膜領域へのトランローケションに関与しているかどうかを検討するため、様々な領域のIP3R1をMDCK細胞に発現させその局在を観察した結果、IP3R1の4.1N結合領域がIP3R1のconfluent MDCK細胞の側底膜領域へのトランスロケーションに必要かつ充分であることが分かった。また、様々な領域の4.1NをMDCK細胞に発現させその局在を観察した結果、膜結合領域を含む4.1NのN末端領域が4.1Nをconfluent MDCK細胞の側底膜領域へのトランスロケーションすることに必要であり、C末端領域断片だけではconfluent MDCK細胞の側底膜領域にトランスロケーションできないということが分かった。次に、4.1NのC末端領域断片がIP3R1のconfluent MDCK細胞側底膜領域へのトランスロケーションを阻害できるかどうかを検討した。4.1NのC末端領域断片とIP3R1をMDCK細胞に共発現すると、両者はともに細胞質と核に分布した。つまり、4.1NのC末端領域断片はIP3R1の側底膜領域へのトランスロケーションを阻害できることが分かった。これらの結果から、4.1NとIP3R1の結合がIP3R1の側底膜領域へのトランスロケーションに必要であることが分かった。

5.IP3R1は主に小胞体に存在する。そこで、confluent MDCK細胞での小胞体の局在を検討するために、confluent MDCK細胞の内在性の及び強制発現させた他の小胞体蛋白質の局在を免疫染色で観察した。その結果、内在性のcalnexinとcalreticulinなど、また、および強制発現させたEGFP-SERCA2a(EGFPとSERCA2aの融合蛋白質)とDsRea-KDEL(DsRedとcalreticulinの小胞体局在シグナルペプチドの融合蛋白質)は、どれもconfluent MDCK細胞において細胞質に局在し、側底膜領域にトランスロケーションしないことが分かった。

 以上、本論文は4.1N蛋白質がIP3R1のC末端細胞質内領域に結合する蛋白質であり、4.1NとIP3R1の結合が極性を持つ犬腎臓上皮細胞であるMDCK細胞において、IP3R1の側底膜領域へトランスロケーションに関与していることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、IP3R1の膜領域へのトランスロケーションのメカニズムの解明に重要な貢献を為すと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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