No | 118285 | |
著者(漢字) | 深見,伸一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フカミ,シンイチ | |
標題(和) | 分泌性シグナル因子Sonic hedgehogによる遺伝子発現制御に関する研究 | |
標題(洋) | Study on the regulation of gene expression by the secreted signalimg factor Sonic hedgehog | |
報告番号 | 118285 | |
報告番号 | 甲18285 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2092号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 脳神経医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【研究目的】 脳神経系は、高次の神経・精神活動を担う器官であり、その機能は多様な形態と機能をもったニューロン群によって担われている。この神経系を構成する多様なニューロン群は、神経幹細胞と呼ばれる多分化能と自己複製能を保持する細胞が、様々な因子によって多段階の制御を受け、特定の個性をもつ細胞へと分化することにより形成される。この過程を理解することは、神経発生学の基本的な命題のひとつである。またその知見は、特定のニューロンの障害によって起こる種々の神経疾患の病態の理解、有効な治療法の開発にも貢献することが期待される。 近年、神経系の様々なニューロン群の形成過程において、分泌性シグナル因子が重要な役割を担っていることが明らかとなりつつある。しかしながら、これらの因子の細胞内シグナル伝達経路については、ほとんど明らかにされていない。そこで、本研究では脳神経系における背腹軸に沿った細胞の特異化に重要な役割を演じる分泌性シグナル因子であるSonic hedgehog(Shh)に着目し、その細胞内シグナル伝達を明らかにすることを目的とした。 【研究結果と考察】 本研究では、Shh応答性を保持した神経幹細胞由来の細胞株であるMNS-70細胞を主たるモデル系として実験を行った。これまでの研究により、この細胞株はShhに応答して、神経系腹側特異的な遺伝子を発現することが明らかとなっている。これまでのショウジョウバエの遺伝学を用いた解析から、Shhシグナル伝達に関与が示唆される分子が報告されている。その脊椎動物相同遺伝子としてSupprcssor of fused[su(fu)]が、共同研究者であるトロント大学のC-C.Hui博士らによって単離された。予想されるSu(fu)遺伝子産物は、485アミノ酸残基よりなる。その1次構造はショウジョウバエSu(fu)とほぼ全長にわたって類似していた。また、Su(fu)にはショウジョウバエSu(fu)以外の既知のタンパク質との有意な相同性、あるいは特定の機能を類推させるドメインは同定されなかった。 私はまずHui博士との共同研究により、MNS-70細胞におけるShhシグナル伝達構成分子の発現を定量的RT-PCR法により解析した。その結果、Shhの受容体を構成するPtcとSmo、転写因子Gli2、Gli3及びSu(fu)のmRNAは、構成的に発現していた。一方、Gli1については検出限界以下であったが、Shhのシグナル活性を担うとされるN末端断片(Shh-N)の刺激により著明な増加が観察された。 次に、Shhシグナル伝達におけるGli転写因子の機能を解析するため、Gli結合配列を含むレポーターを用いた実験を行った。このレポーターは、MNS-70細胞においてShh-N依存的に活性化された。Gli結合配列に変異を導入したレポーターではこのような活性化は起こらないことから、この活性化はGliのレポーターへの直接の結合を介していると考えられた。同様の系を用いてGli1、Gh2、Gli3の発現プラスミドを導入すると、Gli1、Gli2では活性化が、一方Gli3では抑制が観察された。従って、MNS-70細胞におけるShhによる遺伝子発現誘導は、主にGli1、Gli2を介していると考えられた。 同様の系を用いて、Su(fu)の機能解析を行った。Su(fu)の単独高発現によっては、レポーター活性の変化は観察されなかった。しかし、Shh-Nのレポーター活性化能に対するSu(fu)の効果を検討したところ、Shh-N依存的なレポーター活性化が抑制された。また、Gli1、Gli2に対しても抑制が観察された。従って、Su(fu)はGli1、Gli2のもつ転写活性化能に対して抑制的に作用し、結果としてShhによる遺伝子発現を負に制御する因子であることが示唆された。 さらに、Su(fu)とGli転写因子とのタンパク質レベルの相互作用を免疫沈降実験により検討した。その結果、Su(fu)はGli1-3いずれとも複合体を形成し得ることが示された。各種Gli1欠失変異体を用い、Su(fu)との相互作用に寄与するドメインついて検討した結果、DNA結合能を担うとされるZn-fingerドメインのみでは相互作用は検出されず、Zn-fingerドメインのN末端側、C末端側のドメインが各々独立に相互作用した。 次に、Gli1のN末端側、C末端側各々におけるSu(fu)との相互作用がGli1の転写活性化能にどのように影響するのか検討するため、各種欠失変異体に対するSu(fu)の効果を検討した。Gli1はC末端に転写活性化に必要なドメインをもつ。そこで、このドメインを欠失した変異体には、ウイルス由来の転写活性化因子であるVP16を融合し転写活性化能をもたせた。その結果、N末端側、C末端側のいずれか一方の相互作用ドメインをもつ変異体は、Su(fu)の共発現により転写活性化を抑制された。また、N末端側、C末端側いずれのドメインも欠失した変異体は、転写抑制を受けなかった。この結果は、各種変異体とSu(fu)とのタンパク質レベルでの複合体形成の有無とよく一致していた。すなわち、Su(fu)はGli1のN末端側、C末端側のいずれと結合した場合も、その転写活性化能を抑制すると考えられた。 次に、Su(fu)によるGli1の抑制がどのような機構によるものなのか検討した。まずSu(fu)、Gli1の細胞内局在を間接蛍光抗体法により解析した。その結果、Su(fu)は核にも細胞質にも一様に存在し、Gli1は主に核に存在したが、Su(fu)との共発現により、大部分のGli1の分布が細胞質に変化することが観察された。以上のことから、Su(fu)の抑制機構のひとつとして、Gli転写因子を細胞質に保持する機構が存在すると考えられた。 さらに、Su(fu)を核・細胞質の各々に局在させた時のShh-N、Gli2の転写活性化能に対する効果を検討したところ、どちらの場合もShh-N、Gli2を抑制した。このことから、Su(fu)にはGli転写因子の細胞質保持以外に核内においても抑制の機構をもつことが示唆された。 次に、Su(fu)の各種欠失変異体の作成を試みたところ、Shh-Nの転写活性化能を増強する変異体を見い出した。また、この変異体は全長のSu(fu)に対してドミナントネガティブ型変異体[DN-Su(fu)]として機能し、Su(fu)の抑制活性を解除した。同様の効果はGli2に対しても認められた。さらに、この変異体はそれ単独でGli結合配列を含むレポーターを活性化しうることが判明した。このことは、内在性のSu(fu)の効果を阻害することにより引き起こされると推定された。すなわち、Shh刺激の無い状態では既に発現しているGli2を内在性のSu(fu)が抑制しており、Shh刺激によりこの抑制が解除される機構の存在が示唆された。 そこでまず、このDN-Su(fu)がGli2と相互作用するか否かを検討したところ、全長の場合と同様に複合体を形成した。 次に、DN-Su(fu)の細胞内局在による効果を検討した。その結果、核に局在させた場合でのみレポーターの活性化が観察され、細胞質に局在させた場合では活性化は観察されなかった。 以上の結果より、DN-Su(fu)は細胞質におけるGli2との結合によりその効果を発揮するのではなく、結合後の核内での転写活性抑制のなんらかのステップに対して拮抗的に作用していると考えられた。 核内でのSu(fu)による転写抑制機構の候補分子として、Histone deacetylase(HDAC)を介した転写抑制機構との関連性を解析した。まず、レポーターアッセイにおいて、HDACの阻害剤であるTrichostatin Aが、Su(fu)のShh-N及びGli2に対する抑制活性を解除することを観察した。さらに、Gli2に対するHDACの効果を検討したところ、HDAC4が用量依存的な抑制活性を示した。しかしながら、Shh-Nに対してはほとんど抑制効果が見られなかった。さらに、Su(fu)とHDAC4との相互作用を検討したところ、複合体を形成し、この複合体はShh-N依存的に解離することが観察された。従って、Su(fu)は核内でHDAC4と結合してGliの転写活性を抑制しており、Shhシグナルはこの結合を解離させることにより、Su(fu)によるGliの抑制を打ち消し、転写を活性化するというモデルが考えられた。 【結語】 神経系腹側特異化に必須の分泌性シグナル因子であるShhの細胞内シグナル伝達に関わる分子としてSu(fu)の機能解析を行った。 Su(fu)は核及び細胞質の両方に存在し、各々の存在部位においてShhのシグナル伝達に対して抑制活性をもつことが明らかとなった。すなわち、細胞質においてはShhの標的遺伝子発現を担う転写因子であるGli転写因子と結合し、局在を細胞質に限局させると考えられた。また、核内においては、HDACと複合体を形成し、転写を負に制御していると考えられた。Shh刺激により、このSu(fu)とHDACとの結合が解除され、その結果、標的遺伝子の発現が開始される機構の存在が示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は脊椎動物初期神経発生過程において背腹軸に沿った細胞の特異化に重要な役割を演じている分泌性シグナル因子Sonic hedgehog(Shh)による遺伝子発現制御機構を明らかにすることを目的としている。主にShh応答性を保持する神経上皮細胞由来の細胞株(MNS-70)を用いた培養細胞系と、Shhシグナルの下流で主要な転写因子として機能していると考えられるGliに依存したレポーターを用い、下記の結果を得ている。 1.Shhによる遺伝子発現制御に関わる分子の候補としてショウジョウバエとのhomologyから、Suppressor of fused[Su(fu)]マウス相同遺伝子をcloningした。予想されるSu(fu)遺伝子産物の1次構造はショウジョウバエSu(fu)とほぼ全長にわたって類似していた。Northen blotによる解析からSu(fu)転写産物は神経系を含む広い領域に発現していた。 2.MNS-70細胞におけるShhシグナル伝達構成分子の発現を定量的RT-PCR法により解析した。その結果、Shhの添加前後でのShhシグナル伝達構成分子の発現はin vivoにおける発現パターンと一致してShh添加によりGli1、Ptc等の標的遺伝子の発現が活性化され、in vitroのモデル系となることが示された。 3.Gli依存性レポーターとGli結合配列に変異を導入したレポーターを用い、Shhによる転写活性化におけるGliの関与を検討したところ、ShhはGli結合配列依存的に転写活性化を起こすことが明かとなった。また、このレポーターはGli1、2の導入により活性化され、Gli1、2がShhの下流で主に機能していると考えられた。 4.Gli依存性レポーターを用いて、Su(fu)の機能解析を行ったところ、Su(fu)の単独高発現によっては、レポーター活性の変化は観察されなかったが、Shh-N、Gli1、2の活性に対して抑制効果が観察された。従って、Su(fu)はGli1、Gli2のもつ転写活性化能に対して抑制的に作用し、結果としてShhによる遺伝子発現を負に制御する因子であることが示唆された。 5.Su(fu)とGliとのタンパク質レベルの相互作用を免疫沈降実験により検討した。Su(fu)はGli1、2いずれとも複合体を形成し得ることが示された。各種Gli欠失変異体を用い、Su(fu)との相互作用に寄与するドメインついて検討し、DNA結合能を担うとされるZn-fingerドメインよりN末端側、C末端側に各々独立に相互作用するドメインが存在することが示された。 6.転写活性化因子VP16と各種Gli1欠失変異体との融合タンパクを作成し、タンパク質レベルでの相互作用とSu(fu)の転写抑制効果の相関を調べたところ、N末端側、C末端側のいずれか一方の相互作用ドメインの有無が、Su(fu)による転写抑制に十分であることが明かとなった。 7.Su(fu)、Gli1、2の細胞内局在を間接蛍光抗体法により解析したところ、それぞれ単独高発現では、Su(fu)は核にも細胞質に一様に存在し、Gli1は主に核に存在することが示された。また、Su(fu)との共発現により、大部分のGli1、2の分布が細胞質に変化することが観察され、Su(fu)の抑制機構のひとつとして、Gliを細胞質に保持する機構が存在すると考えられた 8.Su(fu)が核内においても機能していることがNuclear localization signalの付加及びドミナントネガティブ変異体を用いた解析より示唆された。また、Histone deacetylase(HDAC)4がShh、Gli1、2に対し抑制活性を持ち、Su(fu)と複合体を形成することShh刺激によりその形成が阻害されることを明らかにした。さらに、HDACの特異的インヒビターであるTrichostain AがSu(fu)のShhに対する抑制活性を解除することを明らかにした。 以上、神経系腹側特異化に必須の分泌性シグナル分子であるShhの下流で機能する分子として、SU(fu)を単離し、その機能は下流の転写因子であるGliを核および細胞質で抑制する分子であることを明らかにした。本研究は脳の形態形成の分子基盤の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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