学位論文要旨



No 118286
著者(漢字) 高橋,祐二
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ユウジ
標題(和) ヒト神経系における電位依存性カルシウムチャネルの部位別発現カタログの作成及び単一神経細胞における解析
標題(洋)
報告番号 118286
報告番号 甲18286
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2093号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 助教授 中福,雅人
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

 ヒトの神経細胞は多様性を持っている。神経変性疾患においては、特定の神経細胞が、選択的に脱落していく。個々の神経細胞の多様性を反映する分子として電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)α1、βサブユニットを題材にし、ヒト神経系における発現を系統的かつ網羅的に検討した。

2.方法

 ヒト神経組織から抽出したmRNAを鋳型にして、VGCC α1サブユニットに共通の塩基配列を用いてDegenerate primerを作製し、RT-PCRによるスクリーニングを行い、制限酵素切断パターンにより各クローンを同定した。

 さらに、ヒト神経組織の各部位から抽出したtotal RNAを鋳型とし、VGCC α1、βサブユニットの各サブタイプに特異的なプライマーを作成しRT-PCRを行って部位別の発現カタログを作成した。得られた結果を、LightCyclerTM systemを用いたreal-time RT-PCRによって定量的に分析した、

 一方、PCRクローニングによりヒト神経系に発現するVGCC α1Sの塩基配列を確認した。ヒト及びラットVGCC α1Sに対するノザンブロッティング、in situ hybridizationを行い、神経系での発現を検討した。レーザーダイセクターを用いた単一神経細胞の切り出し及びSingle cell RT-PCRの系を用い、ヒト線条体中型神経細胞における、VGCC α1S及びリアノジンレセプター(RYR)の単一神経細胞レベルでの発現の検討を行った。

3.結果

3-1 VGCC α1サブユニットのスクリーニング

 神経組織及び非神経組織から得られた各クローンを解析し、神経系で新に骨格筋型VGCC α1Sを検出した。非神経組織においても複数のサブタイプを得た、新規遺伝子は検出できなかった。

3-2 ヒト神経系におけるVGCC α1、βサブユニットの部位別発現カタログ

(1)α1サブユニット

 神経系ではα1A、B、C、G、Hの発現量が多く、α1D、E、Sの発現量が比較的少ない。α1Iの発現量は少ない。各サブタイプの発現パターンは、α1Aは小脳に多い一方で、α1Bは比較的基底核に多い、L型VGCCでは、α1Cは基底核及び小脳の発現レベルが高い一方で、α1Dは大脳皮質、小脳に多いが、基底核には比較的少ない、α1Sは神経系では基底核に多い。T型VGCCでは、α1Gは大脳皮質、海馬、黒質、小脳に多い一方で、基底核での発現レベルは少ない。α1Hは基底核に発現が多い一方で、大脳皮質、海馬、黒質、小脳では発現レベルは少なく、α1Gと対照的な発現パターンを呈している、

(2)βサブユニット

 神経系ではβ1、β4が多く、それについてβ2の発現量が多く、β3は比較的少ない。β1aの発現は筋肉のみであり、β1bは神経系に広範に発現しているが、特に小脳、後根神経節に多い。β1cは大脳皮質、海馬に多いが、小脳での発現はほとんど見られない、β2は比較的大脳皮質、小脳に多く、β3は小脳、黒質、後根神経節での発現が見られる。β4は神経系に広範に発現しているが、後根神経節には少ない。

3-3神経系におけるVGCC α1Sの発現の検討

 脳に発現するVGCC α1Sの塩基配列は、筋肉で報告されている配列と同一であった。ノザンブロッティングでは、ヒトでは骨格筋、骨髄、ラットでは骨格筋、脾臓、小腸、肺、さらに神経系では大脳皮質、小脳、海馬、脊髄に発現が認められた。In situ hybridizationでは、ヒトにおいては、尾状核において発現が多く認められた。ラットにおいては、線条体及び海馬の一部の細胞に強い発現が認められた。Single cell RT-PCRによる発現の解析では、線条体のGABA陽性中型神経細胞においてα1SとRYRが共発現している可能性が示唆された。

4.考察

 本研究の成果としては、以下のような点が挙げられる。

1.VGCC α1、βサブユニットすべてのサブタイプを網羅し、定量的な解析を含めた体系的な部位別発現カタログを、ヒトにおいて初めて構築した。

2.ヒト神経系において、これまで実験動物において報告されていた発現パターンと異なる発現パターンを呈するサブタイプの存在が明らかになった。

3.神経系において。これまで発現が確認されていなかった骨格筋型VGCC α1Sが、基底核に発現していることを明らかにした。

 本研究において電気生理学的に同じ性質を示すサブタイプの発現パターンの差異が認められたことは興味深い。VGCCが神経細胞の個性を反映する重要な分子であると考えられる。一方、大脳基底核、小脳など部位による発現プロファイルの違いも明らかになった。VGCCが各部位の機能的な特徴を分子レベルで規定する因子であることが示唆された。

 今回の研究は、実験動物における結果と多くの点で整合性が認められ、これまでの様々な実験モデルの結果をヒトに適用することの妥当性が示された。しかし一方では、実験動物での結果と異なる部分も見られており、ヒトでの探索の重要性を裏付ける結果と考えられた。特にα1H、αH、β1b、β2、β3の各サブユニットの発現パターンに差異が認められた。

 一方、本研究では骨格筋型VGCC α1Sが神経系において大脳基底核、特に線条体のGABA陽性中型神経細胞に選択的に発現していることを明らかにした。線条体におけるα1Sとドーパミン情報伝達系との関連、α1SがRYRsと共役してcalcium-induced calcium releaseを司っている可能性、悪性高熱と悪性症候群の共通の病態メカニズムを探る端緒に関して考察した。

 ヒトにおけるVGCCα1、βサブユニットの発現を系統的に検索した本研究の成果は、チャネル分子の異常によって生じる疾患の病態生理の理解と、神経系の部位特異的に作用する薬剤の開発とに寄与しうると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はヒト神経系における各部位の違い及び神経細胞の個性を分子レベルで検討することを目的に、電位依存性カルシウムチャネルα1、βサブユニットの部位別発現カタログを作成し、単一神経細胞における解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.電位依存性カルシウムチャネル(以下VGCC)α1サブユニット各サブタイプに共通の塩基配列を用いてdegenerate primerを作製し、ヒト大脳、小脳、脊髄、甲状腺、腎臓、脾臓、小腸、精巣、胎盤、子宮より抽出したmRNAを鋳型として、PCRスクリーニングを行った。その結果、これまで骨格筋のみに発現が確認されていたα1Sが、大脳から得られた。さらに、今回用いた非神経系組織において、これまで報告が確認されていなかった複数のサブタイプが得られた。

2.VGCCα1、βサブユニット各サブタイプに特異的なプライマーを作製し、正常成人剖検脳の前頭葉皮質、後頭葉皮質、海馬、大脳白質、被殻、尾状核、淡蒼球、黒質、小脳皮質、小脳歯状核、脊髄、後根神経節、心臓、筋肉から抽出したtotal RNAを用いてRT-PCRを行い、各サブタイプの発現パターンを明らかにした。さらに、LightCyclerTM systemを用いたreal-time RT-PCRの手法で、得られた結果を定量的に解析した。その結果、各サブタイプの神経系における特徴的な発現パターン及び各部位の発現プロファイルが明らかになった。さらに、これまで実験動物において報告されていたものと異なる発現パターンを呈するサブタイプが認められ、ヒトにおける発現の特異性が示唆された。

3.今回神経系における発現が初めて明らかになったα1Sに関して、Northern blotting、in situ hybridization、RT-PCRの手法を用いて、ヒト、ラットの神経系においてその発現パターンを詳細に検討した。その結果、α1Sは線条体の中型神経細胞に発現していることが明らかになった。さらに、レーザーダイセクターを用いた単一神経細胞の解析システムを構築し、線条体中型神経細胞におけるα1Sの発現及びリアノジンレセプターとの共発現の可能性に関して検討した。その結果、α1Sは線条体においてGABA陽性細胞に発現し、リアノジンレセプターと共発現している可能性が示唆された。

 以上、本論文は電位依存性カルシウムチャネルα1、βサブユニットのすべてのサブタイプを網羅した、体系的な部位別発現カタログを、ヒトにおいて初めて構築し、さらに単一神経細胞における解析システムを可能にした。本論文はチャネル分子の神経系における機能の解明及びチャネル分子に関連する病態の理解において、重要な基盤をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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