学位論文要旨



No 118288
著者(漢字) 堀内,惠美子
著者(英字)
著者(カナ) ホリウチ,エミコ
標題(和) zonisamideの抗パーキンソン作用機序に関する研究
標題(洋)
報告番号 118288
報告番号 甲18288
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2095号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 助教授 荒川,義弘
 東京大学 助教授 高山,吉弘
 東京大学 助教授 森田,明夫
内容要旨 要旨を表示する

序論

 パーキンソン病(Parkinson's disease 以下PD)は臨床的に振戦、固縮、寡動、姿勢反射障害を四主徴とし、病理学的には中脳黒質緻密層のドパミンニューロンの選択的神経細胞死を特徴とする神経変性疾患である。変性の結果、線条体でドパミン含量低下をきたすことが報告されて以来、薬物による対症的治療がはやくから確立してきた。その中でもレボドパは極めて良い効果を示すが、長期治療中に効果持続時間が短縮し、薬剤濃度減少に伴って効果が減弱する"wearing-off現象"(W-O)が出現することが大きな問題となる。W-Oの原因はドパミン神経終末減少の結果ドパミン神経の再取込み、保持が困難となること、レボドパの血中半減期が1時間程度と短いことなどが考えられる。対策としては、半減期の比較的長いアコニスト、中枢でのレボドパの効果を持続させるMAO-B(モノアミン酸化酵素B)阻害剤、日本では治験中であるが末梢血液中のレボドパ代謝を抑制するCOMT(カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ)阻害剤などが臨床的に使用されているがこれらを併用してもなお、W-Oはコントロールし難い。長時間作用するレボドパ様の薬剤の開発が必要とされてきた。

1.背景 zonisamideの抗パーキンソン作用

 私の共同研究者が長期にPDとして経過観察してきた患者が痙攣発作をおこした際、抗痙攣薬(antiepileptic drug:AED)であるzonisamide(ZNS)を投与した。ZNSは日本で開発され、10年以上にわたり使用されているAEDである。作用機序としては、T型Ca2+チャネル阻害作用を有し、GABA(γアミノ酪酸)系には影響を及ぼさないことが知られている。ZNS投与の結果、痙攣発作消失のみらずPDの症状が劇的に改善した。症状のコントロール不十分なPD患者9例についてZNSのオープン試験を行い、うち8名については長期(2〜3年)にわたり経過観察した。

対象・方法 患者には試験内容を十分説明し同意を得た。発端症例を含む10人の平均年齢は57歳で、平均罹患期間は9.7年、7例がW-Oを有し、3例では認めなかった。drug off(off)時のH-Y重症度の平均は3.8であった。これらの患者にこれまでに用いてきた抗パーキンソン病薬に加えZNS50-200mg/日を投与し、投与前、12週後、その後の長期経過観察では6ヶ月毎ににUnified Parkinson's Disease Rating Score(UPDRS)、"off"時のHoehn-Yahr重症度(H-Y重症度)及び患者日誌による一日の"off"時間により評価した。

結果 "off"時のUPDRS part II(activities of daily life)は平均で22.3から12.3に、H-Y重症度は平均で3.8から2.8に"off"時間も平均5.9時間から1.2時間と著明な改善をみた。一方、十分量のレボドパを投与しているにも関わらず改善できなかったすくみなどの症状に対しては効果を示さなかった。またZNSはPDに対しては、抗痙攣作用を期待して処方するよりも少量(50〜100mg)で効果を示した。副作用は極めて少なく、軽い口渇程度であった。尚、試験終了後、発端症例を含め9例は2年以上にわたり投与を続けたが、ZNSの効果は持続し、levodopa equivalent daily doseも4例で減少した。

考察 ZNSは少量で著明な抗PD効果を示した。特にW-Oの改善に著効を示し、一方レボドパ不応性の症状には明らかな効果を見出せなかったことから作用機序の一つとして持続的にドパミン系を刺激する可能性が考えられた。

2.ZNSの抗パーキンソン作用の発現機序

目的 ZNSの抗パーキンソン作用機序を明らかにするためにラット及びヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞を用いて、主にドパミン系に対する影響について検討した。

対象・方法 正常ラットにZNS0、20、50mg/kgを14日間連日経口投与した後、線条体試料を用いて1)HPLC-ECD system(Neurochem;ESA)によるドパミンとその代謝産物:3,4-dihydroxyphenylalacetic acid(DOPAC)とhomovanillic acid(HVA)の定量、2)Hendry & Iversen変法によるドパミン産生の律速酵素Tyrosine hydroxylase(TH)活性の測定、3)Western blot法によるTH蛋白定量、4)List&Seeman変法による線条体膜分画のD1・D2ドパミンレセプター結合試験、5)Tipton&Youdimのisotope法によるMAO阻害能測定を行った。尚、屠殺時に頸動脈より採取した血液でZNS血中濃度を測定した。

 SH-SY5Y細胞培地にZNS20μM及び特異的T型Ca2+チャネル遮断剤のニッケル(NiCl2)100μM、特異的SK channel遮断剤のapamin(300nM)を投与し、O、3、6、12、24時間後に細胞を収穫した。この試料を用いて1)Western blot法によるTH蛋白定量、2)real time PCR法によるTH mRNAとGAPDH mRNAの定量を行った。実験結果は多重比較検定(Dunnett、Turkey-Kramer法)により解析した。

結果 ZNS14日連日経口投与2時間後の血中濃度は20mg/kg投与群で17.8±4.4、50mg/kg投与群で29.9±6.6μg/mlであった。ラット線条体では、ZNSによりドパミン含有量が用量依存性に上昇した(コントロール:0.328±O.097、20mg/kg:0.572±0.060、50mg/kg:0.853±0.222pmol/μg protein)。DA代謝回転((HVA+DOPAC)/DA)は50mg/kg投与群(0.361±0.021)でコントロール(1.322±0.584)と比し有意に低下していた(p<0.05)がこの低下はHVA、DOPAC含有量に有意な差が認められなかったことからドパミン産生亢進そのものを反映していると考えた。更にTH活性は用量依存性に上昇した(コントロール:1.81±0.45、20mg/kg:2.24±0.19、50mg/kg:2.49±0.37pmol/mg protein/hour)。またTH immunoactivityはcontrolの129%(p<0.05)に有意に増加した。また、ZNSはMAO-Bに対してIC50;28μMと軽度の阻害能を有した。尚、0 nM-100μMの範囲では、D1及びD2受容体に対しての親和性を示さなかった。SH-SY5Y細胞では、ZNS(20μM)投与24時間後にTH蛋白量が増加した(129%、p<0.05)。TH mRNA/GAPDH mRNAはTH蛋白の上昇(24時間)投与に先行して、12時間後にコントロールの1.8倍に上昇した(p<0.001)。またNiCl2(100μM)、apamin(300nM)投与24時間後に、TH蛋白は順にコントロールの1.20倍、1.23倍に増加した(P<0.05)。それに先行してTH mRNA/GAPDH mRNAは投与12時間後に順にコントロールの1.50倍、1.91倍の上昇を認めた(p<0.05)。

考察 ZNSは、TH mRNA量及びTH蛋白量増加を介してドパミン合成を亢進した。MAO-B阻害能は選択的MAO-B阻害薬であるselegilineより遥かに軽度であった。またD1及びD2受容体への親和性は認めなかった。ドパミン放出、再取りこみやGABA系には影響を及ぼさないことが既に報告され、アドレナリン、セロトニン、グルタミン酸、アデノシンなど他の受容体に対する親和性は有さないことが大日本製薬との共同実験で示されているため、ドパミン合成亢進がPDに対する主な作用機序であると考えた。ZNSはT型Ca2+チャネル遮断作用を有するが2002年、T型Ca2+チャネル遮断剤によりマウス中脳黒質ドパミンニューロンのバーストが増加することが報告された(Wolfalt and Roeper)。TH mRNA量の増加のメカニズムとしては、1)ZNSが転写調節に関与する2)T型Ca2+チャネル遮断剤として二次的にドパミン合成を増加させる、という2つの仮説が考えられる。特異的T型Ca2+チャネル遮断剤及びそれに機能的リンクするSKチャネルの遮断剤であるapaminによりTH mRNAが増加することを示したことは、バースト増加の結果ドパミン放出が増加し、二次的にTH mRNA量が増加するという仮説を支持すると考える。

4.今後の展望

 T型Ca2+チャネルを介したTH増加についての仮説を確認するため、ラットの中脳スライスにZNSを投与し、黒質ドパミンニューロンのバーストに及ぼす影響を検討したい。現在、PDに対する臨床効果については全国規模で多施設共同二重盲検試験が進行中である。ZNSはPDに使用される薬剤としては"TH mRNA増加を介したドパミン合成亢進"というこれまでにない作用機序を有すると考えられる。今後同様の作用をもつより強力な薬剤の開発につながることを期待している。

審査要旨 要旨を表示する

 抗てんかん薬zonisamide(ZNS)の抗パーキンソン作用は、著者の共同研究者により発見されたが、本研究は、その発現機序についてラット及びヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞の系を用いて主にドパミン系に対する影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.HPLCによる検討の結果、ZNSラット線条体では、ZNSによりドパミン(DA)含有量が用量依存性に上昇し、DA代謝回転は50mg/kg投与群で有意に低下していた。更にDA合成律速酵素であるtyrosine hydroxylase(TH)は、Hendry & Iversen変法による活性測定、western blotにより、活性、蛋白量とも増加しており、DA合成亢進がTH活性、蛋白量増加を伴ったものであることが示された。

2.Tipton&Youdimのisotope法よるMAO阻害能測定では、ラット線条体を基質とした場合、MAO-B阻害能はIC50で28μMと中等度であった。但し阻害能は選択的MAO-B阻害薬であるselegilineよりはるかに軽度であった。またList & Seeman変法による線条体膜分画のD1・D2ドパミン受容体結合試験では、ZNSはD1・D2ドパミン受容体に親和性を有さなかった。

3.SH-SY5Y細胞では、ZNS(20μM)投与24時間後にTH蛋白量が増加した。またreal-time PCR法によるmRNA定量ではTH mRNA/GAPDH mRNAはTH蛋白の上昇(24時間)投与に先行して、12時間後に上昇することが示された。以上より、ZNSはTHを介したドパミン合成亢進と中等度のMAO-B阻害作用により抗パーキンソン作用を示すと考えられた。

4.特異的T型Ca2+チャネル遮断剤NiCL2(100μM)、特異的SKチャネル遮断剤apamin(300nM)投与24時間後にTH蛋白が増加し、それに先行してTH mRNA/GAPDH mRNAは投与12時間後に増加することが示された。この結果は、特異的T型Ca2+チャネル遮断剤及びそれに機能的リンクするSKチャネルの遮断剤がZNSと同様にTH mRNAを増加することを示している。T型Ca2+チャネル遮断剤は黒質ドパミン細胞のバーストを増加させることから、ZNSはT型Ca2+チャネル遮断剤としてバースト増加の結果ドパミン放出を増加させ、二次的にTH mRNA量を増加させるという仮説を支持すると考える。

 以上、本論文は臨床の場で発見された抗パーキンソン作用が、正常ラット及びSH-SY5Y細胞におけるZNSのドパミン系に対する検討から、TH活性、たんぱく、mRNA量増加を介したドパミン合成亢進と中等度のMAO-B阻害によるものであることを明らかにした。本研究は新規抗パーキンソン病薬として注目されているZNSの抗パーキンソン作用の作用機序をはじめて明らかにしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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