学位論文要旨



No 118291
著者(漢字) 董,紅燕
著者(英字) Dong,Hong-yan
著者(カナ) ドン,ホン イェン
標題(和) マウス細菌誘導性劇症肝炎モデルでの肝臓におけるDNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析
標題(洋) Gene Expression Profile Analysis of the Mouse Liver During Bacteria-Induced Fulminant Hepatitis by a cDNA Microarray System
報告番号 118291
報告番号 甲18291
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2098号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 横山,和仁
内容要旨 要旨を表示する

 劇症肝不全(Fulminant hepatic failure:FHF)は、突然かつ激烈に発症する広範な肝障害を主徴とする。FHFの分子機構を明らかにする目的で、マウスに熱処理を施したPropionibacterium acnes (P.acnes) を投与7日後にlipopolysaccaride(LPS)を投与し、本病態モデルを作成し遺伝子発現の変動をcDNAマイクロアレイにて解析した。このcDNAマイクロアレイには、合計352種類の遺伝子がスポットしてあり、サイトカイン・ケモカイン及びその受容体(33のケモカインと21のケモカイン受容体、28のサイトカインと35のサイトカイン受容体)、Serial Analysis of Gene Expressionにてマウス肝臓での発現量が多いことを確認した230の遺伝子を含んでいる。本モデルにおいて、P.acnes投与1、5、7日目、LPS投与3時間、6時間目の計5ポイントにおいて肝臓を採取し、cDNAマイクロアレイを用いて遺伝子発現変動を包括的に解析した。その結果335個の遺伝子が、少なくともひとつのタイムポイントにおいて正常肝に比べて2倍以上の発現変動を示した。

 階層的クラスター解析を行ったところ、ヘムオキシゲナーゼ・1とニコチンアミド-N-メチルトランスフェラーゼなど数種の遺伝子の発現が上昇したことを除いて、多くの薬物代謝酵素は病態の進展とともに発現量が低下した。Mig、IP-10、RANTES、TNF-α、IFN-γなどのケモカイン・サイトカイン遺伝子の発現も顕著な変動を示した。さらにこれまで本病態とは関連が指摘されていなかったIL-18結合蛋白、ケモカインCXCL16(Bonzoのリガンド)、ESTsの発現が顕著な変動を示した。特にEST3はT細胞γ受容体のV2、V3Pセグメントとホモロジーを有し、かつ炎症の進展とともに発現量が低下することから、炎症経過と何らかの関連を有する遺伝子であることが推測された。

 本研究は、マウスFHFモデルにおける遺伝子発現プロフィールの変動をcDNAマイクロアレイにより包括的に解析したものであり、FHF発現の分子機構の更なる理解につながることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 劇症肝炎は広範な肝細胞壊死を主徴とする致死率の高い病態である。劇症肝炎の発症機序を解明するために、マウス肝特異的cDNAマイクロアレイを用いてマウス劇症肝炎モデルの肝遺伝子発現変化を解析し以下の結果を得た。

1.マウス肝特異的cDNAマイクロアレイを開発した。このcDNAアレイはサイトカイン、ケモカインおよびそのレセプター群、さらにマウス正常肝SAGE解析に基づく肝代謝酵素遺伝子群(合計352遺伝子)を含み、外来物質や他の炎症刺激によるマウス肝遺伝子発現変化を解析するのに有用である。

2.Propionibacterium acnes (P.acnes)投与7日後にLPSを投与し、マウス劇症肝炎モデルを作成した。上記マウス肝特異的cDNAマイクロアレイを用いて、経時的に6タイムポイントでの肝遺伝子発現変化を解析した。その結果解析した遺伝子のうち95%(335/352遺伝子)が有意に遺伝子発現変化を示した。

3.CYPファミリーやGSTファミリーといった大半の薬物代謝酵素は遺伝子発現が低下した。ヘムオキシゲナーゼ-1とニコチンアミド-N-メチルトランスフェラーゼなど少数の薬物代謝酵素では遺伝子発現が上昇するものもあった。

4.ケモカイン・サイトカインに関しては、Mig、IP-10、RANTES、TNF-α、IFN-γなど本マウス劇症肝炎モデルで既に遺伝子発現変化が指摘されている群に加えて、これまで本病態とは関連が指摘されていなかったIL-18結合蛋白、ケモカインCXCL16(Bonzoのリガンド)の遺伝子発現変化が観察された。

5.EST3(BE133034)はT細胞γ受容体のV2、V3Pセグメントに類似した配列を有し、炎症の進展とともにその遺伝子発現が低下することが示された。EST3の全長は約1000bpで染色体10番に位置し4つのexonから構成されることが予想された。マウスEST3想定ペプチドはシグナル配列を含み、アミノ酸ベースでヒトEST3と87%の相同性があると推定された。また、EST3の遺伝子発現低下はLPS投与による劇症肝炎モデルで認められたが、他の肝毒性物質では認められなかった。このことよりEST3は抗炎症作用を有し本病態における治療ターゲットとなる可能性が示唆された。

 本研究はP.acnes+LPS投与によるマウス劇症肝炎モデルをマウス肝特異的cDNAマイクロアレイを用いて包括的に遺伝子発現変動を解析し、未知遺伝子を含む、これまで本病態と関連が指摘されていなかった遺伝子群を明らかにした。劇症肝炎発症の分子機構のさらなる理解に寄与するものと考えられ、学位の授与に値するものと思われる。

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