学位論文要旨



No 118294
著者(漢字) 柴垣,有吾
著者(英字)
著者(カナ) シバガキ,ユウゴ
標題(和) フローサイトメトリー法によるクロスマッチ陽性患者の移植腎機能予後の検討
標題(洋) Renal Allograft Outcomes in Patients with a Positive Flow Cytometry Crossmatch
報告番号 118294
報告番号 甲18294
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2101号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 助教授 太田,信隆
 東京大学 講師 中尾,彰秀
 東京大学 講師 高市,憲明
内容要旨 要旨を表示する

 腎臓移植においては、レシピエントの血清中の抗体がドナー由来の腎組織上の抗原を認識し、これを攻撃することが拒絶反応のメカニズムの1つであることが広く知られている。この反応に関与する最も重要な腎組織上の抗原の1つがヒトにおいてはヒト白血球抗原(Human Leukocyte Antigen;HLA)である。このHLAの適合度は移植腎機能予後に密接に関連しており、これらの抗原のミスマッチが少ない移植が望ましい。しかし、実際の臨床においてはこれらの抗原に不適合がある場合がほとんどであり、そのような症例でも腎移植は行われる。この場合、移植前にレシピエントの血清とドナーのHLA抗原を表面に持っているリンパ球を反応させるクロスマッチ試験を行うことにより、このHLAを始めとした移植腎予後に重要な抗原に対する相当数の抗体の存在を確認し、この試験が陽性であれば、移植は禁忌である。

 クロスマッチには種々の方法が現在までに考案されている。最もスタンダードとされているのはComplement Dependent Cytotoxicity(CDC)法である。欧米各国ではこのCDC法を改良したクロスマッチ法が移植前のクロスマッチ法の標準となっている。CDC法はin vitroの系でドナーのリンパ球とレシピエントの抗体を混合させ、そこに補体を反応させることにより、細胞障害を引き起こさせることを利用したものである。CDC法の問題点は抗体の量が少ない場合は抗体が細胞障害を引き起こすだけの3次元的構造を細胞表面で作れないこと、細胞障害には補体非依存性のものもあることであり、近年ではこの欠点のないフローサイトメトリー法を利用したクロスマッチ法が考案され、臨床に応用されている。

 フローサイトメトリー法はドナーのリンパ球にレシピエントの血清(抗体)を反応させた液に蛍光色素を結合させた抗ヒト抗体(2次抗体)を反応させ、そこに光を当て、反射した蛍光色素を検出することによりドナーのリンパ球に結合した抗体を検出するものである。細胞1個1個を調べることができるため、飛躍的に抗体の検出度が上がり、微量の抗体でも検出が可能となる。フローサイトメトリー法の問題点は感度が良すぎるため、ごく微量に存在する移植腎を障害しないような抗体まで検出する可能性があること、又、CDC法と違い、実際に細胞障害を起こすことを見ているものではなく、リンパ球に結合する抗体ならすべて検出するため、一部の自己抗体などのように細胞を障害しない抗体を検出している可能性が指摘されている。とくに、リンパ球の中でもBリンパ球に結合する微量の抗体の意義が今なお不明である。これは、Tリンパ球が血管内皮に存在するClass I抗原のみを細胞表面に発現するのに対し、Bリンパ球はClass Iだけでなく、内皮には通常ないClass II抗原両方を発現し、フローサイトメトリー法でBリンパ球クロスマッチのみが陽性の場合、HLA class II抗原に対する微量の抗体の存在を意味していることが考えられるからである。また、Bリンパ球に対する微量抗体は自己抗体などの組織保護抗体である可能性も指摘されている。

 以上のようなことから、フローサイトメトリー法によるクロスマッチはスタンダードとして用いている移植施設は少なく、一部の施設で再移植や過去の妊娠や輸血などによって、異種HLA抗原に対する抗体反応が賦活されていると考えられるハイリスク患者に用いる施設が多い。しかし、これに関してもフローサイトメトリー法利用の判断や結果の解析は各施設によって異なるのが現状である。

 そこで私はフローサイトメトリー法の利用の適応とその結果の判断の方法について知見を得るため、この方法でのクロスマッチ陽性症例における移植前の特徴と移植腎機能の予後について検討した。

 対象となった患者はCDC法によるクロスマッチが陰性で移植を施行した1302名である。この内、Tリンパ球のフローサイトメトリー法によるクロスマッチが陽性であったのは64名、Bリンパ球では47名、ともに陽性であったのは9名であった。クロスマッチが陽性になる確率を高めるような特徴である女性(妊娠)、輸血の既往例、再移植例、Panel Reactive Antibody(PRA)値[ランダムに選んだリンパ球とレシピエントの血清中の抗体を反応させ、そのうちの何%が細胞溶解をするかを見るもの]が実際にフローサイトメトリー法によるクロスマッチ陽生と有意に関連しているかを調べたところ、オッズ比の95%信頼区間が1を超えるものはTリンパ球クロスマッチ陽性例で女性(妊娠)、輸血の既往例、再移植例、PRA値であり、対してBリンパ球クロスマッチ陽性例では再移植例、PRA値のみであった。この結果は2つのことを示唆している。1つは、フローサイトメトリーによるTリンパ球クロスマッチ陽性例は移植前の患者の既往・特徴から予想が可能であることであり、もう1つはBリンパ球クロスマッチ陽性例はHLA抗原に対する賦活例で必ずしも無いことから、HLA抗原以外の抗原への抗体の存在を示唆していることもあり得るということである。

 次に、フローサイトメトリー法の陽性例と陰性例で移植腎機能の予後解析をKaplan-Meier法を用いて行った。その結果、Tリンパ球クロスマッチ陽性例でもBリンパ球クロスマッチ陽性例でも陰性例と比較して、その予後に統計学上の有意な差を認められなかった(Log rank testでp valueはそれぞれ0.158、0.177)。しかし、Tリンパ球クロスマッチ陽性例では陰性例に比し、腎機能予後が悪いトレンドを示し、逆に、Bリンパ球クロスマッチ陽性例では陰性例に比し、腎機能予後が良好であるトレンドを示した。我々の施設ではフローサイトメトリー法が陽性であった場合、免疫抑制剤をより強いものに変更していることから、その結果として腎機能予後が良くなる可能性がある。また、クロスマッチ陽性例の数が少ないため、トレンドはあっても統計学的有意差を出さない可能性がある。よって、この結果はTリンパ球クロスマッチ陽性例で移植腎予後が悪くなることを強く示唆しており、またBリンパ球クロスマッチ陽性例では実際に移植腎機能予後が改善されている可能性が示唆される。

 このような移植腎機能の予後の差が出た原因を調べるために、次に移植腎機能予後の悪化要因である急性拒絶反応、delayed graft function(DGF)の有無とクロスマッチ陽性との関連を調べた。その結果、単変量解析では急性拒絶反応(p=0.013)とDGF(p=0.038)が、多変量解析では急性拒絶反応(P=0.042)がTリンパ球クロスマッチ陽性と有意に関連していた。これらはBリンパ球クロスマッチの陽性とは関連が無かった。よって、Tリンパ球クロスマッチ陽性例において、移植腎予後が悪いのは急性拒絶反応が多いことが一因となっており、クロスマッチ陽性例は抗HLA抗体などを介した免疫反応が急性拒絶を引き起こしていることを示唆する結果であった。

 最後に、フローサイトメトリー法によるクロスマッチが実際に抗HLA抗体を検出するものであるかを調べるために、HLA抗原をコーティングしたビーズを用いて、フローサイトメトリー法により特異的に抗HLA抗体をdetectするFlowPRAキットを用いて、その結果とフローサイトメトリー法によるクロスマッチの結果を対比した。Tリンパ球クロスマッチ陽性例では21例中19例とほとんどがFlowPRAも陽性であったのに対し、Bリンパ球クロスマッチ陽性例23例中15例しかFlowPRAは陽性とならなかった。これは、Tリンパ球クロスマッチ陽性は実際に抗HLA抗体を検出している可能性が高いが、Bリンパ球クロスマッチ陽性は抗HLA抗体以外の抗体を検出している可能性も高いことを示唆している。そこで、フローサイトメトリー法によるBリンパ球クロスマッチ陽性例でFlowPRA陽性例と陰性例で移植腎の短期予後を比較した。その結果、11例中5例がFlowPRA陽性であり、この内2例で1年以内に急性拒絶反応を認めたのに対し、FlowPRA陰性例では6例のいずれも1年のフォローアップ期間中に急性拒絶反応を認めなかった。よって、フローサイトメトリー法によるBリンパ球クロスマッチ陽性の意義はFlowPRA陽性の場合に高くなることが示された。

 以上の研究成果からの知見を用いた臨床的応用は以下のようである。現在我々の施設では、移植腎予後を予見する材料となると考え、引き続き全例においてフローサイトメトリー法によるクロスマッチを施行している。又、Tリンパ球クロスマッチ陽性例に対しては全例で免疫抑制剤を強化し、Bリンパ球クロスマッチ陽性例に対してはFlowPRAを施行した上でこれが陽性の場合に限り、免疫抑制剤の強化を行うことにより、急性拒絶反応などを抑えることによる移植腎予後の改善を目指している。また、我々の施設のようにフローサイトメトリー法をクロスマッチ試験として全例には用いない場合は、過去に輸血歴・妊娠歴のある場合やPRA高値例、再移植例に対してはフローサイトメトリー法での陽性が予想されるため、これを施行するべきであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は腎臓移植におけるクロスマッチテストの種々の方法の中でも、感受性が高いとされているフローサイトメトリー法を用いたテストの結果が臨床的に有用であることを明らかにするため、従来の細胞を使った方法でクロスマッチ陰性であった、1302名の腎臓移植患者を対象にフローサイトメトリー法によるクロスマッチを施行し、その結果と臨床的予後の関連を調べたものである。この研究から、下記の結果を得ている。

1.対象となった患者はCDC法によるクロスマッチが陰性で移植を施行した1302名であった。この内、Tリンパ球のフローサイトメトリー法によるクロスマッチが陽性であったのは64名、Bリンパ球では47名、ともに陽性であったのは9名であった。

2.クロスマッチが陽性になる確率を高めるような特徴である女性(妊娠)、輸血の既往例、再移植例、Panel Reactive Antibody(PRA)値[ランダムに選んだリンパ球とレシピエントの血清中の抗体を反応させ、そのうちの何%が細胞溶解をするかを見るもの]が実際にフローサイトメトリー法によるクロスマッチ陽性と有意に関連しているかを調べたところ、オッズ比の95%信頼区間が1を超えるものはTリンパ球クロスマッチ陽性例で女性(妊娠)、輸血の既往例、再移植例、PRA値であり、対してBリンパ球クロスマッチ陽性例では再移植例、PRA値のみであった。

3.フローサイトメトリー法の陽性例と陰性例で移植腎機能の長期的予後解析をKaplan-Meier法を用いて行った。その結果、Tリンパ球クロスマッチ陽性例でもBリンパ球クロスマッチ陽性例でも陰性例と比較して、その予後に統計学上の有意な差を認められなかった(Log rank testでp valueはそれぞれ0.158、0.177)。しかし、Tリンパ球クロスマッチ陽性例では陰性例に比し、腎機能予後が悪いトレンドを示し、逆に、Bリンパ球クロスマッチ陽性例では陰性例に比し、腎機能予後が良好であるトレンドを示した。

4.移植腎の早期予後指標である急性拒絶反応、delayed graft function(DGF)の有無とクロスマッチ陽性との関連を調べた。その結果、単変量解析では急性拒絶反応(p=0.013)とDGF(p=0.038)が、多変量解析では急性拒絶反応(p=0.042)がTリンパ球クロスマッチ陽性と有意に関連していた。これらはBリンパ球クロスマッチの陽性とは関連が無かった。よって、Tリンパ球クロスマッチ陽性例において、移植腎予後が悪いのは急性拒絶反応が多いことが一因となっており、クロスマッチ陽性例は抗HLA抗体などを介した免疫反応が急性拒絶を引き起こしていることを示唆する結果であった。

5.HLA抗原をコーティングしたビーズを用いて、フローサイトメトリー法により特異的に抗HLA抗体をdetectするFlowPRAキットを用いて、その結果とフローサイトメトリー法によるクロスマッチの結果を対比した。Tリンパ球クロスマッチ陽性例では21例中19例とほとんどがFlowPRAも陽性であったのに対し、Bリンパ球クロスマッチ陽性例23例中15例しかFlowPRAは陽性とならなかった。これは、Tリンパ球クロスマッチ陽性は実際に抗HLA抗体を検出している可能性が高いが、Bリンパ球クロスマッチ陽性は抗HLA抗体以外の抗体を検出している可能性も高いことを示唆している。

6.フローサイトメトリー法によるBリンパ球クロスマッチ陽性例でFlowPRA陽性例と陰性例で移植腎の短期予後を比較した。その結果、11例中5例がFlowPRA陽性であり、この内2例で1年以内に急性拒絶反応を認めたのに対し、FlowPRA陰性例では6例のいずれも1年のフォローアップ期間中に急性拒絶反応を認めなかった。よって、フローサイトメトリー法によるBリンパ球クロスマッチ陽性の意義はFlowPRA陽性の場合に高いことが示された。

 以上の研究成果は腎移植の臨床におけるフローサイトメトリー法を用いたクロスマッチテストの有用性を明らかにしただけでなく、施行症例の選択方法やテスト結果の解釈法の示唆にも富んだ内容となっており、臨床への応用という点で優れている。よって、本研究内容は学位の授与に値するものと考えられる。

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