学位論文要旨



No 118295
著者(漢字) 市川,幹
著者(英字)
著者(カナ) イチカワ,モトシ
標題(和) AML1は成体型造血において巨核球の成熟に必須である
標題(洋) AML1 is Required for Megakaryocytic Maturation in Adult Hematopoiesis
報告番号 118295
報告番号 甲18295
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2102号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 北村,聖
 東京大学 講師 関根,孝司
 東京大学 客員助教授 野阪,哲哉
内容要旨 要旨を表示する

 転写因子AML1(CBFA2、PEBP2αB、Runx1)は急性骨髄性白血病(AML)におけるt(8;21)転座において発見された遺伝子であり、急性骨髄性白血病では最も多くの変異が認められる遺伝子の一つである。AML1はCBFβとヘテロ二量体を形成して様々な血液細胞特異的な遺伝子の発現調節部位に結合してその発現の調節を行うことが知られており、白血病細胞株などを用いた実験で骨髄球系の分化にかかわるなど、血球の分化を調節する因子であることが知られていた。また、AML1のノックアウトマウスにおいては、大動脈・生殖隆起・中腎(AGM領域)で起こる成体型造血発生の欠如を認め、またこの成体型造血発生にAML1が必須であるなど、AML1が成体型造血のマスターレギュレータであることは早くから明らかにされていた。ところがAML1欠損マウスは胎生12.5日において胎生致死を認めることから、正常の成体型造血においてAML1が果たしている役割についてはこれまで必ずしも明らかにはされてこなかった。

 近年、loxP配列特異的なリコンビナーゼであるCreを用いることにより、コンディショナルノックアウトマウスの系を構築し、遺伝子の欠損を時間的・空間的・あるいは細胞種特異的に誘導する手法が開発された。我々の教室ではこの系を用いてこのAML1遺伝子を条件的に欠損させ得るマウス系統を作成している。そこで私は誘導的にCreリコンビナーゼを発現するMx-creトランスジェニックマウスとの交配を行い成体マウスで誘導的にAML1を欠損させうるマウスモデルを作成し、AML1が成体造血に果たす機能を解析した。

 AML1遺伝子を成体において欠損させたマウスの末梢血の解析では、赤血球系・顆粒球系に大きな異常は認められなかったが、血小板数は正常マウスの1/3〜1/5に減少していた。骨髄所見においては小型で未熟な巨核球が著明に増加しており、巨核球の前駆細胞のアッセイにおいてAML1を欠損している巨核球コロニーの増加が認められた。電子顕微鏡による超微細構造の確認、巨核球の多倍体化のアッセイにより、特に巨核球の血小板分離膜と多倍体化に障害が認められることが明らかとなった。以上からAML1は成体型造血においては特に巨核球の成熟に必須と考えられ、特に巨核球分化の後期、多倍体化と血小板分離膜の形成の段階でAML1が重要であることが示唆された。

 巨核球の造血因子であるトロンボポイエチンの発見以降巨核球の成熟、多倍体化に関与する因子についてはいくつかの知見が得られるようになっており、またノックアウトマウスの系においても造血特異的な転写因子の欠損で血小板減少を惹起するマウスモデルが見られているが、正常の巨核球が骨髄中で極めて少数であることなどから、それらのメカニズムについては必ずしも明らかにされていない。巨核球分化に重要であるとされている因子の発現の変化をこのマウスの骨髄細胞において定量することを試みたが、ここでは明らかにすることができなかった。今後、血小板分化や多倍体化においてAML1が転写を制御する因子の同定が望まれるが、このマウスが有用なモデルとなる。また、今後の展望として巨核球に分化する能力を持つ培養細胞でAML1の機能を抑制し、下流の遺伝子を同定するなどの手法も必要となろう。

 最近になり、AML1遺伝子の点突然変異により常染色体優性遺伝的に血小板減少と白血病の発症をみる家族性血小板減少症(FPD/AML)が報告された。また骨髄異形成症候群(MDS)の一部においてもAML1の点突然変異が報告されており、いくつかの点で詳細な検討を要するものの、このマウスモデルがFPD/AMLにおける血小板減少やMDSにおける巨核球を含めた無効造血のメカニズムを理解する上で有用であると示唆された。

 当初の予想と異なり、その分化において大きな役割を果たしていると考えられた顆粒球系の異常や、赤血球の減少などはこのマウスモデルの末梢血では認められなかった。造血発生においてAML1が必須であることを考えるとAML1が造血幹細胞の維持に必須であるか、あるいはこれが顆粒球系や赤芽球系などの分化にどのような影響を与えるかについては非常に重要であり、現在さらに検討中である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はほ乳類の造血において重要な役割を演じていると考えられる転写因子AML1の成体造血における機能を明らかにするため、近年申請者の所属教室で開発されたCre-loxP系を用いたAML1コンディショナルノックアウトマウスを用いて誘導的AML1欠損マウスを作成し、成体型造血におけるAML1の機能を明らかにしようとしたものであり、次の結果を得ている。

1.成体マウスにおいてAML1遺伝子を誘導的に欠損させたところ、遺伝子欠損誘導の直後から末梢血での血小板数は正常の1/3から1/5に低下し、6週間以上に渡って血小板減少が持続した。

2.上記マウスにおいて骨髄像を観察したところ、血小板前駆細胞である成熱型巨核球は著明に減少していた。ところが巨核球特異的なアセチルコリンエステラーゼ染色にて骨髄細胞を観察したところ、小型で未熟な巨核球はむしろ増加しており、骨髄の巨核球の成熟に障害があることが示された。透過型電子顕微鏡像では、骨髄の巨核球は正常対照と比較してその細胞質の成熟、特に血小板分離膜の形成に障害が見られ、AML1欠損による血小板減少の原因が骨髄巨核球自体の成熟障害に起因する可能性が示唆された。それらの傍証として、AML1欠損マウスの血清トロンボポイエチン濃度に明らかな低下が認められないこと、骨髄細胞中に実際に巨核球コロニー形成能をもつAML1欠損細胞が増加し、またそのコロニー形成細胞がex vivoにおいても未熟な形態を示すことが示された。

3.巨核球の成熟障害について、申請者はフローサイトメトリーを用いて巨核球特異的な生物現象である多倍体化について評価した。AML1欠損骨髄においては多倍体化が障害されており、AML1欠損による巨核球の成熱障害が別の角度から示された。

4.申請者はこれらの結果から骨髄細胞における巨核球の分化・成熱にかかわる遺伝子の発現をRT-PCR法にて評価しAML1の標的となる遺伝子を同定しようと試みたが、これまでに知られている因子で明らかに発現に変化があるという知見は得られず、新たな機序の発見の必要性を示した。

 以上、本論文は成体マウスにおいて誘導的にAML1遺伝子を欠損させることによって、巨核球の成熱にAML1が必須であることを示した。これまでにAML1遺伝子の異常により血小板数に異常が見られるヒトの疾患が知られるなど、AML1の成体型造血における機能の解明が重要であると考えられるにもかかわらず、この遺伝子については細胞株を用いた以外の解析がほぼ皆無であった。本研究はより生理的な系においてAML1の成体型造血における機能を解析し、その一端として巨核球の成熟障害を証明したものであり、この系が今後の成体型造血における転写因子の機能解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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