学位論文要旨



No 118297
著者(漢字) 齋藤,俊樹
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,トシキ
標題(和) Notch2は成熟B細胞に特異的に高発現しMarginal Zone B細胞の分化に必須である
標題(洋) Prominently expressing in mature B cells, Notch2 is indispensable for marginal zone B cell development
報告番号 118297
報告番号 甲18297
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2104号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 講師 本田,善一郎
 東京大学 講師 米山,彰子
内容要旨 要旨を表示する

 Notch遺伝子ファミリーは進化的に保存された膜貫通型の受容体をコードしており、細胞の運命選択と分化において鍵となる役割を担っている。Notchは切断された細胞内領域が核に移行しRBP-JとDeltrexを介して遺伝子の発現制御を行う。前者はHES-1、HES-5、NF-κB2を活性化し、後者はJNK経路を抑制する。Notchはリンパ球分化においても複数の段階で細胞運命の決定を制御していると考えられている。Notch1とRBP-Jの組織特異的ノックアウトマウス(cKOマウス)の解析により、T細胞分化は初期段階で阻害され、B細胞分化が胸腺にて促進されることが分かっている。T細胞分化に比べ、B細胞分化におけるNotchシグナルの役割は良く解っていないが何らかの関わりを持つことが発現パターンやin vitroの実験より示唆されている。骨髄にて成熱した後の脾臓などリンパ組織におけるB細胞の後期分化については谷垣らが最近、RBP-J欠損B細胞にてMarginal zone B(MZB)細胞数が減少することを報告したのが初めてである。4つの哺乳類でのNotchホモログが同定されており(Notch1-4)、構造的にも機能的にも似ており、Notch受容体としての特性を全て備えている。特にNotch1とNotch2は非常に似ているが、その異同については十分に解析されていない。

 リンパ球系の細胞におけるNotch遺伝子の発現に関して多くのレポートがなされているが、細かい分画についてT細胞とB細胞を同時に見ている報告は無かった。そこでRNAレベルでの発現を各分化段階でソートした分画の逆転写産物をリアルタイムPCR法で詳細に調べてみた。先ず、今まで言われていたようなLate Pre-B細胞(Hardy分類D分画)特異的なNotch2の発現分布はマウスにおいて存在せず、Notch2はB細胞では分化と共に発現が高くなり、成熱B細胞で最も発現が高く、T細胞では一様に発現が低かった。一方、Notch1はB細胞ではNotch2と逆相関し、成熱に伴い発現量を徐々に下がっており、一方CD4-CD8-T(DN)細胞で発現は際だって高かった。以上より、Notch2は胸腺での働きは弱く、成熟B細胞にて強く機能を発揮していることが推測された。

 Notch2ノックアウトマウスは胎生致死であるため、リンパ球分化におけるNotchの役割をさらに調べるためにCre-loxPによる部位特異的な組み換えの手法をつかったNotch2 cKOマウスを作成した。loxP配列をES細胞のNotch2の膜貫通領域エクソンの両側に相同組み換えにて挿入した。

 Notch1とRBP-JのcKOマウスでは胸腺でT細胞の成熟停止と異常なB細胞出現が認められる。Notch1とNotch2は共に胸腺に発現しており、RBP-JはNotchシグナルにおいて主な核内のターゲット分子であることより、我々はNotch2 cKOマウスの胸腺内でのT細胞分化を調べた。胸腺内のT細胞分画はNotch2f/-、Mx-Creマウスと野生型のマウスで同等の比率であった。胸腺におけるB細胞系の細胞の蓄積は認められなかった。これらのよりNotch2欠損T細胞により胸腺分画は正常に構成されていることが示され、Notch2はNotch1の様にT/B系列の振り分けを制御しないことが示唆された。

 Notch1のcKOマウスではB細胞分化に対する影響は報告されていないが、RBP-JcKOマウスではMZB細胞の欠損が認められている。Notch1とNotch2は共にB細胞系列に発現していることより、我々はNotch2 cKOマウスのB細胞分化を調べた。骨髄内ののB細胞分画はNotch2f/-、Mx-Creマウスと野生型のマウスで同等の比率であった。ところがNotch2f/-、Mx-Creマウスより由来の脾細胞ではMZB細胞が非常に減少していることが分かった。Notch2f/-、Mx-CreマウスにおけるMZB細胞の減少はB細胞に内因性のNotch2欠損で起きたのか、MZに存在するT細胞、マクロファージ、ストローマ細胞、他の非リンパ球系細胞など他の構成細胞のNotch2欠損で起きたのか分からない。よってB細胞系列に特異的にNotch2を欠損させるためCD19-Creマウスと交配した。表現形は同じくMZB細胞は殆ど消失していた。さらに組織学的な検討により、FACSの結果と同様にMZB細胞に特徴的なIgM+、IgD-の濾胞辺縁はNotch2-/-脾臓では完全に消失していた。Notch2はMZB細胞分化に必須であり、またこの欠損はB細胞の自律的な欠陥によるものであることが分かった。

 これまでにB細胞レセプター(BCR)を介するシグナルが強まることにより、ネガティブフィードバックの1つとしてCD21の発現が下がること、またMZB分化が阻害されることが幾つか報告されている。一方CD21はRBP-Jを介するNotchシグナルにより制御されていることが示唆されている。脾臓のfollicularB細胞(FOB)と末梢血B細胞は両方ともNotch2-/-においてCD21は低いレベルに全体がシフトしていた。これによりNotch2欠損により成熟B細胞にてCD21の発現が低下することが示された。

 Notch遺伝子は一般的に発現量の変化によって細胞の運命選択に強い影響がある。我々のNotch2+/-の脾臓においてもMZB細胞の相対的な数はNotch+/+に比べて1/4〜1/6に減っていた。この表現型は浜田らが作成したアンキリンリピートを含む3'端をβガラクトシダーゼで置き換えた変異によりNotch2機能を削除したマウスのヘテロマウス(Notch2+/m)により再確認された。しかしながらNotch1ヘテロマウスにおいてはMZB細胞の数は変化していなかった。正常アリール由来の転写産物にのみを認識するプライマーを用いてB細胞由来の逆転写産物をリアルタイムPCR法をにより分析した。Notch2+/-細胞においてNotchの正常アリール由来の転写産物はNotch2+/+細胞のほぼ半畳であり、片アリールよりの転写量は有意に増加も減少もしていないことが示唆された。これらよりNotch2のヘテロ不全は転写産物の減少によりMZB細胞の減少を引き起こすが、Notch1のヘテロ不全はMZB細胞の成熟に影響を与えないことが示された。

 前述以外のB細胞分画、脾臓の未熟T1B細胞と形質細胞、腹腔内B1細胞は全て正常に分布していた。他のNotch受容体が補完的に発現を上昇させた可能性を検証するため、脾臓B細胞の逆転写産物を用いて、Notch1、3、4の発現量を測定したところRNA発現量は有意な変化を認めなかった。以上より正常に分化したB細胞においては他のNotchファミリー遺伝子の重複作用により分化したのではなく、強いNotchシグナルそのものがMZB細胞以外のB細胞の成熱には必要ないことが示唆された

 さらに、成熟B細胞におけるNotch2シグナルの欠損が与える下流の遺伝子発現への影響を見るためにNotch関連遺伝子の発現を解析したところ、RBP-J、Hes1、Hes5、DeltexのうちDeltexの発現はNotch2の発現量に極めて正確に平行しておりNotch2+/-B細胞ではほぼ半減し、Notch2-/-B細胞では殆ど発現が認められなかった。またMZB細胞で飛び抜けてに発現が高くなっており、T2B細胞がそれに続いていることを見いだした。

 我々はNotch2遺伝子がMZB細胞の分化に必須であることを示した。また生理的な範囲内においてもNotch遺伝子の量的なものが大切であることがハプロ不全が起きることにより確認された。また他の成熱B細胞においては他のNotchファミリー遺伝子の重複作用により成熱したのではなく、強いNotchシグナルが不要であったことが示唆された。またMZB細胞の成熟にはDeltexが関連していることもその発現パターンとNotch2による厳格な制御より推測された。

審査要旨 要旨を表示する

 Notch遺伝子ファミリーは進化的に保存された膜貫通型の受容体をコードしており、細胞の運命選択と分化において鍵となる役割を担っている。Notch1とRBP-Jの組織特異的ノックアウトマウスの解析により、Notch1/RBP-JシグナルはT細胞とB細胞の振り分けに関与していることが分かっている。哺乳類では4つのNotchホモログが同定されており(Notch1-4)、特にNotch1とNotch2は非常に似ているが、Notch2の解析は不十分である。申請者の研究は、Notch2の血球分化における機能を解明したものである。

1 RNAレベルでの発現を各分化段階でソートした分画の逆転写産物をリアルタイムPCR法で詳細に調べNotch1とNotch3は未分化T細胞に、一方Notch2は成熟B細胞に特異的に発現していること、またNotch4は血液細胞では発現が極めて低いことを明らかにした。

2 Notch2ノックアウトマウスは胎生致死であるため、血球分化におけるNotchの役割は解析不能であった。Cre-loxPによる組み換えの手法を用い、組織特異的Notch2遺伝子欠損マウス(Notch2コンディショナルノックアウトマウス)の作成に成功した。

3 胸腺内のT細胞分画はNotch2欠損胸腺にて正常であり、Notch1やRBP-Jの欠損で認められるで胸腺におけるB細胞系の細胞の蓄積は認めないことよりNotch2はNotch1の様にT/B系列の振り分けを制御しないことを示した。

4 脾臓B細胞の表面マーカーの解析、並びに脾臓の免疫染色にてNotch2はMZB(Marginal Zone B)細胞分化に必須であり、ま牟B細胞特異的にNotch2を欠損させたマウスの作成・解析によりこの欠損はB細胞の自律的な欠陥によるものであることを示した。

5 Notch2遺伝子が片アリールのみ欠損したマウスの解析においてMZB細胞の分化が部分的に障害されることよりNotch2遺伝子はハプロ不全(haploinsufficiency)を示すことを明らかにした。

6 Notch2欠損によりMZB細胞以外のB細胞には異常がないことを示した。またその分画においてNotch1、3、4の補完的な発現上昇が無いことを示した。

7 Notch2欠損によりターゲット遺伝子の一つであるDeltexの発現が消失し、この遺伝子がMZB細胞分化に関与している可能性を示した。

 以上、申請者の研究は、Notch2のリンパ球分化における役割を明確に示したものである。Notch遺伝子は血球の発生・分化、造血幹細胞増殖、癌発症にいずれおいても重要な働きを持つと考えられており、申請者の研究は再生医療・癌治療の発展に大きく寄与するものと考えられる。この点からも学位の授与に値するものと考えられる。

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