No | 118299 | |
著者(漢字) | 増田,茂夫 | |
著者(英字) | Masuda,Shigeo | |
著者(カナ) | マスダ,シゲオ | |
標題(和) | Notch1シグナルは転写補助因子p300を介してTGF-β/Smadシグナルを抑制する | |
標題(洋) | Notch1 activation represses TGF-β/Smad signaling via coactivator p300. | |
報告番号 | 118299 | |
報告番号 | 甲18299 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2106号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Notchシグナルは細胞の分化・増殖・アポトーシスなど重要な運命決定に関わっていることが知られている。Notchは細胞膜表面に発現する1回膜貫通型レセプターで、隣接するリガンド細胞からの刺激がNotchを介して入り、その結果Notch細胞内領域が切り出されこれが核内へ移行し標的遺伝子の転写を活性化する。このNotch細胞内ドメインは単独で発現された場合にも転写活性化を呈し、「活性型Notch」ともいわれる。近年種々の知見によりNotchシグナルの恒常的活性化が造腫瘍性に深く関与していることが明らかにされてきた。例えばNotch1/TAN-1がヒト腫瘍性疾患で初めてその関与を指摘されたのは染色体転座型ヒト白血病であった。同疾患はt(7;9)(q34;q34.3)を有する急性T細胞性白血病であるが、その転座切断点にNotch1が存在しNotch1の細胞外領域を欠失した結果、恒常的活性化を来したNotch1がT細胞受容体プロモーターにより発現され、造腫瘍性を獲得したと考えられた。その他、マウスでは恒常的活性型Notch1及びNotch3を骨髄細胞に導入し移植を行うとT細胞性白血病を発症する。In vitroの解析では活性型Notch1及びNotch2はrat kidney細胞をアデノウイルス癌関連蛋白質E1Aと協調してトランスフォームする。また活性型Notch4はマウス乳癌発症に関与しているといわれている。 このように多くの知見が積み重ねられているものの、Notchシグナルの造腫瘍性に関する分子メカニズムの詳細は不明な点が多い。今回、私はNotchシグナルが、細胞増殖抑制因子であるTGF-βシグナルを抑制することを見い出し、Notchシグナルの造腫瘍性を説明し得る一つのメカニズムを明らかにしたので報告する。 TGF-βは先述の通り細胞増殖抑制因子であり、同シグナルの破綻が造腫瘍性に関与していることが広く知られている。すなわちTGF-βシグナルは腫瘍抑制因子としての重要な役割を担っていると考えられている。TGF-βスーパーファミリーはTGF-β、activin、BMPsからなり、その細胞内シグナル伝達因子としてSmadが存在する。TGF-βがtype II TGF-βレセプターに結合、type I TGF-βレセプターがリン酸化され、さらにSmad2、Smad3がリン酸化される。この活性型Smad2及びSmad3はそれぞれSmad4と複合体を形成し、核へ移行後、標的遺伝子のプロモーター上に結合し転写を開始する。その際、核内でSmad複合体と基本転写因子を橋渡しする因子として転写補助因子p300が必須である。p300は特にSmad3と結合し、HAT活性を有し転写を正に制御する。 p300は種々のシグナル経路で最もよく利用されている転写補助因子の一つであるが、Notchシグナルにおいても必須であることが知られており、TGF-βシグナルとNotchシグナルの共通の因子であるといえる。今回、私はこの共通の因子であるp300に注目し以下の解析を行った。 最初に私は活性型Notch1がTGF-βの細胞増殖抑制作用に影響するか否かを明らかにするために、TGF-β反応株であるMv1Lu細胞株でstableに活性型Notch1を発現するクローンを複数樹立した。[3H]thymidine-incorporation assayにて、活性型Notch1クローンではmockクローンに比べ有意にTGF-β反応性が減少していた。すなわち活性型Notch1シグナルによりTGF-β抵抗性を獲得したと考えられた。 次に、活性型NotchがTGF-βシグナルに与える影響をその転写活性化を指標にレポーターアッセイを行った。まずTGF-β反応性レポーターであるp3TP-Luxを用いたところ、TGF-β刺激によるルシフェラーゼ活性の増加は活性型Notch1により20-30%に抑制された。他のレポーターでも同様の抑制が観察された。TGF-βシグナル伝達因子であるSmad2やSmad3の過剰発現による転写活性化も同様に活性型Notch1により抑制を受け、この抑制は活性型Notch1の容量に依存した。また活性型Notch2、Notch3も同様の抑制作用を有した。以上より活性型NotchがTGF-βシグナルによる転写活性化を抑制することが判明した。 NotchシグナルがTGF-βシグナルを抑制する分子メカニズムを明らかにするために、次に私は先述の通り転写補助因子p300が両シグナルに与える影響を調べた。p3TP-LuxによるレポーターアッセイにてSmad3による転写活性化は活性型Notch1による抑制を受けるが、ここへp300を過剰発現したところその抑制は容量依存性に解除された。このことからSmad3が利用可能なp300の容量が限定された結果、その転写活性化が阻害される、つまり活性型Notch1が共存する場合、p300がSmad3から奪われる可能性が想定された。そこで逆にNotchシグナルがTGF-β/Smadシグナルにより抑制を受けるか否かを調べたところやはり抑制作用が認められ、両シグナル間に相互抑制の機序が存在することが示された。 次に活性型Notch1がSmad3からp300を奪うという仮説を検証するために、p300結合能を欠失したNotch1変異体を作製しそれを用いた解析を行った。最近Notch1上の、p300との結合に必須な領域が同定され、EPドメインと呼ばれている。このNotch1のEPドメイン欠失体、変異体がSmad3による転写活性化を抑制するか否かを調べたところ、予想通り抑制作用は消失していた。このことからNotch1上のEPドメインはSmadシグナル抑制に必須であることが判明し、p300を介したシグナル抑制機構の存在する可能性が示唆された。 では実際に蛋白間の相互作用の結果、p300への結合の競合が生じているのであろうか。この点を検証するために以下の免疫沈降実験を行った。抗p300抗体による免疫沈降を行うとSmad3が検出されることは知られているが、ここに活性型Notch1を共発現するとSmad3の同検出量が大幅に減少した。またNotch1のEPドメイン変異体が共発現された場合にはSmad3の検出量に影響を与えなかった。以上より活性型Notch1はp300の結合に必須なEPドメインを介してSmad3からp300を奪うことによりSmadシグナルを阻害することが証明された。 ここまでの検証により、活性型Notch1はTGF-β/Smadシグナル抑制をp300を介して行うことが明らかとなったが、果たしてこれ以外の経路による抑制が存在しないのであろうか。Notchシグナルの主要なエフェクターとしてRBP-Jが知られており、活性型NotchはこのDNA結合蛋白RBP-Jと共役して標的遺伝子の転写を活性化する。上記p300を介した経路はRBP-J非依存性経路と考えられるが、逆にRBP-J依存性経路、すなわちその下流の因子を介した抑制経路が存在しないか否かを明らかにする目的で、ドミナント・ネガティブ型のRBP-J(DN-RBP)を用いて解析を行った。このDN-RBPはNotch1とは結合可能だがDNA結合能を欠いた変異体である。レポーターアッセイの結果、活性型Notch1のTGF-βシグナル抑制作用はDN-RBP存在下でもキャンセルされないことが判明した。このことより、活性型Notch1によるTGF-βシグナル抑制はRBP-Jに依存しない経路、すなわちp300への競合という機序により主に惹起されると考えられた。 以上、恒常的活性型Notchシグナルの作用を明らかにしてきたが、Notchシグナルのより生理的な役割に言及するためにNotchリガンド刺激によるナチュラルなシグナルがTGF-βシグナルに与える影響をさらに検討した。両リガンド刺激が可能な細胞株としてC2C12細胞株を見い出しレポーターアッセイを行った。尚、Notchシグナルはリガンド表出細胞株(Ba1b 3T3-J1)との共培養によりその入力を行った。その結果、同様にNotchシグナルとTGF-βシグナルはナチュラルリガンド刺激の際にも相互抑制の作用を有することが判明した。 以上、本研究で私はNotchシグナルがTGF-βシグナルを抑制することを見い出し、その分子メカニズムを解析した。転写補助因子p300への競合、奪い合いを介してその拮抗作用が惹起されることが明らかとなり、これを通じていわゆる腫瘍抑制因子としてのTGF-β/Smadシグナルが阻害されることが判明した。これらのことからNotchシグナルの造腫瘍性を説明する一つの分子メカニズムが明らかにされたと考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究はNotchシグナルの有する造腫瘍性の分子メカニズムを明らかにするため、細胞増殖抑制因子であるTGF-βシグナルとのクロストークに注目し、下記の結果を得た。 1.TGF-β反応株であるMv1Lu細胞株でstableに活性型Notch1を発現するクローンを複数樹立した。[3H]thymidine-incorporation assayにて、活性型Notch1クローンではmockクローンに比べ有意にTGF-β反応性が減少していた。すなわち活性型Notch1シグナルによりTGF-β抵抗性を獲得したと考えられた。 2.活性型NotchがTGF-βシグナルに与える影響をその転写活性化を指標にレポーターアッセイを行った。TGF-β反応性レポーターであるp3TP-Luxを用いたところ、TGF-β刺激によるルシフェラーゼ活性の増加は活性型Notch1により20-30%に抑制された。TGF-βシグナル伝達因子であるSmad2やSmad3の過剰発現による転写活性化も同様に活性型Notch1により抑制を受け、この抑制は活性型Notch1の容量に依存した。また活性型Notch2、Notch3も同様の抑制作用を有した。以上より活性型NotchがTGF-βシグナルによる転写活性化を抑制することが判明した。 3.NotchシグナルがTGF-βシグナルを抑制する分子メカニズムを明らかにするために、転写補助因子p300が両シグナルに与える影響を調べた。p3TP-LuxによるレポーターアッセイにてSmad3による転写活性化は活性型Notch1による抑制を受けるが、ここへp300を過剰発現したところその抑制は容量依存性に解除された。このことからSmad3が利用可能なp300の容量が限定された結果、その転写活性化が阻害される、つまり活性型Notch1が共存する場合、p300がSmad3から奪われる可能性が想定された。 4.活性型Notch1がSmad3からp300を奪うという仮説を検証するために、p300結合能を欠失したNotch1変異体を作製しそれを用いた解析を行った。Notch1上の、p300との結合に必須な領域はEPドメインと呼ばれているがNotch1のEPドメイン欠失体、変異体がSmad3による転写活性化を抑制するか否かを調べたところ、予想通り抑制作用は消失していた。このことからNotch1上のEPドメインはSmadシグナル抑制に必須であることが判明し、p300を介したシグナル抑制機構の存在する可能性が示唆された。 5.蛋白間の相互作用の結果、p300への結合の競合が生じているのかを検証するために免疫沈降実験を行った。抗p300抗体による免疫沈降を行うとSmad3が検出されることは知られているが、ここに活性型Notch1を共発現するとSmad3の同検出量が大幅に減少した。またNotch1のEPドメイン変異体が共発現された場合にはSmad3の検出量に影響を与えなかった。以上より活性型Notch1はp300の結合に必須なEPドメインを介してSmad3からp300を奪うことによりSmadシグナルを阻害することが証明された。 6.Notchシグナルの主要なエフェクターとしてRBP-Jが知られており、活性型NotchはこのDNA結合蛋白RBP-Jと共役して標的遺伝子の転写を活性化する。上記p300を介した経路はRBP-J非依存性経路と考えられるが、逆にRBP-J依存性経路、すなわちその下流の因子を介した抑制経路が存在しないか否かを明らかにする目的で、ドミナント・ネガティブ型のRBP-J(DN-RBP)を用いて解析を行った。レポーターアッセイの結果、活性型Notch1のTGF-βシグナル抑制作用はDN-RBP存在下でもキャンセルされないことが判明した。このことより、活性型Notch1によるTGF-βシグナル抑制はRBP-Jに依存しない経路、すなわちp300への競合という機序により主に惹起されると考えられた。 7.Notchシグナルのより生理的な役割に言及するためにNotchリガンド刺激によるナチュラルなシグナルがTGF-βシグナルに与える影響をさらに検討した。両リガンド刺激が可能な細胞株としてC2C12細胞株を見い出しレポーターアッセイを行った。その結果、同様にNotchシグナルとTGF-βシグナルはナチュラルリガンド刺激の際にも相互抑制の作用を有することが判明した。 以上、本論文ではNotchシグナルがTGF-βシグナルを抑制することを見い出し、さらに転写補助因子p300への競合を介してその拮抗作用が惹起されるという分子メカニズムを明らかにした。本研究はこれまで不明であったNotchシグナルの造腫瘍性の解明に重要な貢献をなすと考えられると同時に、これまで未知であった両シグナルのクロストークを通じた種々の生命現象の解明に寄与する礎となるべき研究であり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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