学位論文要旨



No 118300
著者(漢字) 程,衛
著者(英字)
著者(カナ) ノリ,マモル
標題(和) ヒト末梢血リンパ球機能におけるヒスタミンH1受容体拮抗薬の作用
標題(洋)
報告番号 118300
報告番号 甲18300
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2107号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 金井,芳之
 東京大学 助教授 高木,智
 東京大学 助教授 中村,哲也
 東京大学 講師 奥平,博一
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

 蕁麻疹やアレルギー性鼻炎に代表されるI型(即時型)アレルギーに於いては、肥満細胞や好塩基球等からヒスタミンが放出され、ヒスタミンH1受容体を介して即時相の反応を引き起こす。ヒスタミンは血管の拡張と透過性の亢進をきたし、炎症部位の発赤、腫脹を惹き起こし、神経終末を刺激して痒みや咳、くしゃみ等を誘発する。また、気道や消化管の平滑筋を収縮させて、気道狭窄や下痢を誘発する。

 近年の研究により、気管支喘息、アトピー性皮膚炎等の多くのI型アレルギー疾患において、実は慢性的な炎症が病態の中心をなすことが示されている。即時反応に引き続いて起こる慢性的なアレルギー性炎症は、主に局所の肥満細胞から放出されたサイトカインによる好酸球・好中球、リンパ球等の炎症関連細胞群が活性化し、炎症部位に遊走、浸潤することに起因する。即時型アレルギーの炎症の遷延化におけるリンパ球の役割が必要不可欠である。

 アレルギー疾患及び自己免疫疾患の病態において、免疫担当細胞の炎症部位への遊走やヘルパーT細胞によるTh1/Th2サイトカイン不均衡が高頻度に認められる。それ故にサイトカイン不均衡の是正及び免疫担当細胞遊走の抑制はアレルギー・自己免疫疾患の治療において極めて重要である。

 即時型アレルギーの治療薬として開発されたヒスタミンH1受容体拮抗薬(=H1拮抗薬)は比較的重篤な副作用が少なく、蕁麻疹、アレルギー性鼻炎等のI型アレルギーの治療に標準的に使用されている。最近、H1拮抗薬の抗アレルギー作用として、抗ヒスタミン作用以外に免疫担当細胞にも薬理作用を発揮するものが存在すると報告されているが、詳細な作用機序はまだ究明されていない。

 そこで、現在アレルギー疾患に汎用されている長時間作用型H1拮抗薬のエバスチン(商品名エバステル)、エバスチンの代謝物カレバスチン、塩酸エピナスチン(アレジオン)と塩酸セチリジン(ジルテック)に、コントロールとしてH1拮抗薬の中でH1受容体への親和性の高いフマル酸ケトチフェン(ザジテン)を加え、計5種類のH1拮抗薬を用いて、T細胞及びマクロファージ機能に対するH1拮抗薬の影響を検討した。さらにヒトリンパ球機能におけるH1拮抗薬の影響を比較しつつ、H1拮抗薬の臨床応用における新たな可能性及び作用機序を検討することを目的とした。

方法

 代表的なH1措抗薬(エバスチン、塩酸エピナスチン、塩酸セチリジン、フマル酸ケトチフェン)及びエバスチンの代謝活性体であるカレバスチンを用いて実験した。報告されている各H1拮抗薬及び代謝活性体の血中濃度を参考に、今回の実験濃度を設定した。また実験使用細胞にて最大濃度で細胞毒性を認めないことを予め確認した。

 各実験濃度のH1拮抗薬でコントロール以外の実験用細胞を処理した。健常人末梢血T細胞を、固相化抗体及びPMAを用いた以下の3通りの共刺激((1)抗CD3+PMA、(2)抗CD3+抗CD28、(3)抗CD3+抗CD26)で各H1拮抗薬存在下・非存在下で培養し、[3H]-サイミジンの取り込みによる共刺激下T細胞増殖及びT細胞のサイトカイン産生を検討した。また、H1拮抗薬のLPS刺激マクロファージからのサイトカイン産生への影響も検討した。さらに、H1拮抗薬のPHA刺激T細胞におけるboyden-chamber法による経内皮的トランスマイグレーションアッセイ及びフローサイトメトリーを用いた免疫蛍光法による細胞表面接着分子の発現レベル、ウェスタンブロット法によるβ1インテグリン分子架橋後の細胞内シグナル蛋白質のチロシンリン酸化への影響も検討した。

結果

 エバスチンは用量依存的に共刺激による活性化T細胞の増殖、Th2サイトカイン(IL-4、IL-5)産生、T細胞及びLPS刺激下のマクロファージの炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6)産生を抑制した。また、エバスチンは、PHA刺激活性化T細胞表面上の共刺激分子のCD26や接着分子であるCD29、CD47の発現レベルを抑制し、活性化T細胞遊走を抑制した。さらにエバスチンは細胞増殖、サイトカイン産生、細胞接着、細胞遊走等の様々な生物学的機能を持つβ1インテグリン下流のシグナル伝達分子であるCas-Lのチロシン燐酸化も抑制した。

 エバスチンの活性代謝体であるカレバスチンも量は多いものの、エバスチンと同様、サイトカイン産生、細胞遊走等の抑制効果を示した。

 塩酸エピナスチンは用量依存的に共刺激によるT細胞の増殖、Th1サイトカイン(IL-2、INF-γ)及びTh2サイトカイン(IL-4、IL-5)産生を抑制したが、IL-6、TNF-α等の炎症性サイトカイン産生やPHA刺激による活性化T細胞の遊走能に対しては影響を及ぼさなかった。

 一方塩酸セチリジン、フマル酸ケトチフェンは共に共刺激によるT細胞の増殖、サイトカイン産生、PHA刺激による活性化T細胞の遊走能に対して全く影響を及ぼさなかった。

考察と結論

 H1拮抗薬の抗アレルギー作用は抗ヒスタミン作用によるものとされていたが、今回の研究により、エバスチン、塩酸エピナスチン等の一部のH1拮抗薬はT細胞・マクロファージ機能に対する抑制作用が認められ、免疫細胞への新たな作用機序が示唆された。

 エバスチンの抗アレルギー作用は、ヒスタミン拮抗作用以外に、Th2サイトカイン産生抑制・炎症性サイトカイン産生抑制・T細胞遊走能の抑制という、炎症を引き起こし、或いは遷延化させるのに重要な種々の免疫応答を抑制する事に由来する可能性が考えられた。さらに、塩酸エピナスチンの抗アレルギー作用は、ヒスタミン拮抗作用以外にTh1、Th2型両サイトカイン産生抑制も関与する可能性が示唆された。

 今回の研究で用いたH1拮抗薬の中で、フマル酸ケトチフェンはH1受容体への親和性及び拮抗作用は最も強い薬剤であったが、フマル酸ケトチフェンにおいて、T細胞、マクロファージへの影響が認められなかった。このことから、H1拮抗薬の免疫細胞への作用はH1受容体における抗ヒスタミン作用とは別に、H1受容体を介さない作用である可能性が示唆された。

 近年、ヒスタミンはアレルギー・炎症の調節に深く関わっている事実が報告されて来ている。マウスT細胞上にはH1、H2が存在し、ヒスタミンはH1を介しTh1サイトカイン産生を増強し、H2を介しTb1、Th2両方のサイトカイン産生を抑制するという仮説が提唱された。さらに、多くのヒスタミン拮抗薬がまたinverse agonismであると報告されている。

 H1拮抗薬はH1受容体への結合より少ないながらもH2受容体へも結合する。ヒトT細胞におけるヒスタミン受容体が主としてH2である。今回の研究結果では、H1受容体に対する特異性が相対的に低いH1拮抗薬であるエバスチンと塩酸エピナスチンの方にはT細胞への影響が認められたのは、ヒトT細胞のH2受容体に作用したことが関与すると推測される。マウス実験で認められたT細胞上のH2受容体の刺激によるサイトカイン産生抑制はヒトT細胞上でも同じような結果が起こり得ると考えられる。

 今回の研究により、一部のH1拮抗薬はリンパ球、マクロファージ等の免疫細胞に対し抑制作用を持つことが明らかとなった。今後さらに、H1拮抗薬のリンパ球,マクロファージ等の免疫細胞に対する厳密な作用機序は検討されるべきである。臨床的には、既に使用されてきたアレルギー性の慢性炎症に対してより効果的なH1拮抗薬の選択ができるであろう。また、自己免疫機序に基づく炎症等に対し、H1拮抗薬の新しい使い方の可能性も今後検討されるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ヒスタミンH1受容体拮抗薬における、T細胞を始めとする免疫担当細胞への影響を明らかにするため、現在臨床上アレルギー疾患に汎用されている長時間作用型ヒスタミンH1受容体拮抗薬であるエバスチン、塩酸エピナスチン、塩酸セチリジン及びフマル酸ケトチフェンを用いて、T細胞における増殖、Th1/Th2サイトカイン産生、T細胞遊走能及びT細胞とマクロファージにおける炎症性サイトカィン産生への影響、また、T細胞表面の接着関連分子発現への影響、さらにT細胞遊走に関連するβ1インテグリンシグナル伝達、特に下流のシグナル伝達分子であるCrk-associated substrate lymphocyte type(Cas-L)とFocal adhesion kinase(FAK)にチロシン燐酸化への影響を検討し、ヒスタミンH1受容体拮抗薬の臨床応用における新たな可能性及び作用機序の探求を試みたものであり、下記の結果を得た。

 1)エバスチンは、用量依存的に抗CD3抗体+抗CD28抗体等のT細胞共刺激系によるT細胞の増殖、Th2サイトカイン(IL-4,IL-5)産生、T細胞及びLPS刺激下のマクロファージの炎症性サイトカイン(IL-6,TNF-α)産生を抑制した。また、エバスチンはPHA刺激による活性化T細胞表面の共刺激分子であるCD26や接着分子であるCD29、CD47の発現強度を抑制することにより、活性化T細胞遊走を抑制する可能性が考えられた。さらにエナスチンは細胞増殖、サイトカイン産生、細胞接着、細胞遊走等の様々な生物学的機能を持つβ1インテグリンシグナルの下流シグナル伝達分子であるCaS-Lのチロシン燐酸化を抑制した。エバスチンの活性代謝体であるカレバスチンも同様にサイトカイン産生、細胞遊走等の抑制効果を示した。塩酸エピナスチンは用量依存的にT細胞共刺激系によるT細胞の増殖、Th1サイトカイン(IL-2,IFN-γ)及びTh2サイトカイン(IL-4,IL-5)産生を抑制したが、炎症性サイトカイン(IL-6,TNF-α)産生やPHA刺激による活性化T細胞の遊走能に対しては影響を及ぼさなかった。塩酸セチリジン、フマル酸ケトチフェンは共にT細胞共刺激系によるT細胞の増殖、サイトカイン産生、PHA刺激による活性化T細胞の遊走能に対しては全く影響を及ぼさなかった。

 2)ヒスタミンH1、H2受容体への親和性及び特異性により、ヒスタミンH1受容体拮抗薬のT細胞を始めとする免疫担当細胞への作用はH1受容体を介さない可能性が示唆された。さらにH2受容体の関連が推察された。現在マウスT細胞系で認められているH2受容体を介したサイトカイン産生抑制効果は、ヒトT細胞においても同様な効果が起こり得る可能性が考えられた。

 以上、本論文ではヒスタミンH1受容体拮抗薬のT細胞、マクロファージへの作用の検討から、ヒスタミンH1受容体拮抗薬の抗アレルギー作用はヒスタミン拮抗作用のみではなく、T細胞を始め、免疫担当細胞への作用も関与の可能性が示唆された。本研究は未だ不明な点が多いヒスタミンH1受容体拮抗薬の作用機構の究明、また免疫関連疾患の治療への新たな可能性を提示した事に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる

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