学位論文要旨



No 118301
著者(漢字) 高木,二郎
著者(英字)
著者(カナ) タカキ,ジロウ
標題(和) 維持血液透析患者における心身相関の研究 : Restless legs syndromeとコンプライアンスについて
標題(洋)
報告番号 118301
報告番号 甲18301
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2108号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 助教授 本間,之夫
 東京大学 講師 森屋,恭爾
 東京大学 講師 中尾,彰秀
 東京大学 講師 森山,信男
内容要旨 要旨を表示する

第一部 維持血液透析患者におけるrestless legs syndrome(RLS)の、身体的、及び心理的側面

 RLSの発症機序はわかっておらず、複数の機序があって、最終的にRLSという共通の状態を生じさせていると考えられている。慢性腎不全患者におけるRLSの存在は有意に死亡と関係していたとの報告があるため、その発症機序を調べるのは重要と思われる。

 今回の研究では、467名の維持血液透析患者において、人口統計的因子、臨床的因子、心理的因子とのRLSの存在との関係を調べた。

方法

 研究への参加基準は、以下の全てを満たす患者である。

 1.慢性腎疾患にて定期的に血液透析をしている。

 2.知的障害がなく、質問紙を完了できる。

 3.ランダム化比較試験にて慢性腎疾患患者にみられるRLSに効果の認められた薬剤を服用していない。

 埼玉県の1透析施設、東京都の3透析施設にて調査を行った。RLSの診断は、国際RLS研究グループによる診断基準の必須項目[(a)下肢(ないし上下肢)を動かしたい欲求にかられる、(b)安静を保つことができない、(c)症状は安静時に増悪もしくは出現し、体動により少なくとも部分的、一時的には軽減する、(d)症状は夜間に増悪する]を含む質問紙に基づき、全ての必須項目を満たせばRLS、それ以外をNon-RLSとした。質問紙の回答がはっきりしない場合は、患者に面接して診断を確認した。

 さらに、年齢、性別、喫煙歴、透析期間と、下記の心理測定尺度への回答を依頼した。

 1.Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS)内科、外科外来患者におけるうつ、不安を調べる質問紙。高い妥当性と信頼性を持つ。

 2.Coping Inventory for Stressful Situations(CISS)課題志向ストレス対処、感情志向ストレス対処、回避志向ストレス対処について、ストレス下での使用頻度の高さを調べる質問紙。高い妥当性と信頼性を持つ。

 質問紙による調査後、それ以前のカルテで、Kt/V、週の透析回数、原疾患、副甲状腺ホルモン値、使用薬剤、最大透析間隔後の透析前血液中のヘモグロビン、ヘマトクリット、アルブミン、尿素窒素(BUN)、クレアチニン、カリウム、リン、カルシウムの値(4回平均)を調べた。

 連続変数の違いは、Studentのt検定とMann-WhitneyのU検定で調べた。名義変数はX2検定かFisherの正確検定で比較した。P値が0.2以下で差を認めた項目全てを、ステップワイズ法を用いて多変量ロジスティック回帰分析にて検討した。

結果

 467名が参加。RLS患者は60名。RLS診断、HADS、CISSの各下位尺度の信頼性はいずれも高い値であった。RLSとnon-RLSの患者を比較し、血清リン値、HADSの不安の値、CISSの感情志向と回避志向の値に有意な(P<0.05)差を認めた。多変量解析にて独立に、高い血清リン値、短い透析期間、高いCISSの感情志向の値、低いヘモグロビン値、高いHADSの不安の値がRLSの存在と有意な(P<0.05)関係をもつことを認めた。

考察

 この研究は横断研究であり、因果関係の特定はできない。また、研究の限界として、ランダムサンプリングでないことによるバイアスや、自己報告によるバイアスの潜在する可能性がある。しかし、我々の知る限り、この研究は慢性腎疾患患者のRLSについての論文の中ではサンプルサイズは最大であり、身体的因子だけでなく、心理的因子も同時に検討した最初のものである。

 RLSと短い透析期間との有意な関係は、RLS患者は余命が短い傾向があるため、結果的に検出された可能性がある。

 RLSと高リン血症との有意な関係の指摘は初めてである。高リン血症を中心的原因とするびまん性血管内石灰化がRLSを引き起こしている可能性がある。

 RLSと不安との有意な関係は、標準的な診断基準に基づいたRLSについての研究では、初めての指摘である。以下の理由により、不安がRLSの原因である可能性がある。

 1.HADS不安尺度は、特性不安との相関が高い。

 2.抗不安剤がRLSに有効との報告がある。

 3.RLS患者には強いプラセボ効果が認められ、不安はプラセボ効果の成因の一つと考えられている。

 RLSと感情志向的ストレス対処との有意な関係の指摘は初めてである。ストレス対処方略は、それを使う個人のパーソナリティ特性に関係するとされ、CISSはストレス対処方略をパーソナリティ特性として測定する。パーソナリティ特性を決める何か(例えば、ある遺伝子の発現)が、RLS発症と、感情志向ストレス対処を使用する頻度の高いパーソナリティの出現に共通するのかもしれない。

 これらの結果が、RLSの発症機序について、新たな手がかりを与えるかもしれない。

第二部 維持血液透析患者における、BUN値、血清カリウム値、血清リン値、interdialytic weight gainのコンプライアンス指標としての有用性の検討

 コンプライアンスは個人の行動(服薬、食事、生活等)が医学あるいは健康に関するアドバイスに一致する程度と定義される。血清中のBUN、カリウム、リンの値、interdialytic weight gain(IDWG)は透析患者のコンプライアンスの指標として使われてきたが、残存腎機能、尿量、合併症、栄養状態、ホルモンの状態、薬物の効果、透析療法の種類と量の影響も受ける。

セルフエフィカシーは、与えられた行動をやり遂げられるという信念と定義される。多くの研究が、コンプライアンスはセルフエフィカシーと関係すると報告している。治療の指示に従わなければならないという状況は、ストレスになるものと考えられる。ストレスの多い状況を避ける傾向のある人は、治療のコンプライアンスが悪いという報告がいくつかある。今回BUN値、血清カリウム値、血清リン値、IDWGを含む生理的コンプライアンス指標が、どの程度心理的なコンプライアンス指標と関係するかを検討し、その結果に基づいて生理的コンプライアンス指標の有用性を評価する。心理的なコンプライアンス指標として、前述のセルフエフィカシーとストレスの多い状況を避ける傾向のパーソナリティ特性である回避志向的ストレス対処を用いた。

方法

 研究への参加基準は、以下の全てを満たす患者である。

 1.週3回定期的に血液透析をしている。

 2.残存腎機能、尿量を考慮する必要がないと考えられる、一年以上血液透析をしている利尿剤を服用していない患者。

 3.知的障害がなく、質問紙を完了できる。

 4.食事摂取に影響しうる問題を持つ患者、あるいは低栄養状態の患者を除外するため、慢性炎症性疾患、糖尿病、消化管疾患、悪性疾患、AIDS、急性感染症を合併していない患者。

 第一部の調査と同じ場所にて調査を行った。質間紙にて、第一部の内容以外に、「健康行動におけるセルフエフィカシー尺度」という心理尺度の回答を依頼した。これは慢性疾患患者における健康の維持と増進に影響を及ぼす「健康行動におけるセルフエフィカシー」の強度を測定するために日本において開発された質問紙で、疾患に対する対処行動の積極性(SE1)、健康に対する統制感(SE2)の2因子を有し、高い内的信頼性を持つ。

 質問紙による調査後、それ以前のカルテで第一部の調査以外に、最大透析間隔間の体重増加値をドライウェイトで除したもの(IDWG)を調べた。コンプライアンスの悪い行動は、しばしば間歇的にみられるので、BUN値、血清カリウム値、血清リン値、IDWGは4回の最大値を用いた。

 前述の生理的コンプライアンス指標に影響する因子以外に、年齢、性別、透析期間、透析施設の違いも影響するとの報告があり、今回これらの影響を補正し、独立に心理的コンプライアンス指標が各々の生理的コンプライアンス指標に与える影響を、重回帰分析を用いて調べた。

結果

 273名が参加。IDWGは喫煙と正の有意な(P<0.05)相関を示した。血清カリウム値とIDWGはSE1と負の有意な(P<0.05)相関を示した。

 重回帰分析にて、SE1は、各影響因子と独立に有意に(P<0.05)、カリウムとIDWGと関係した。SE1の寄与率は、血清カリウム値においては2.2%、IDWGにおいては4.5%であった。BUN、血清リン値は、心理的コンプライアンス指標と有意な(P<0.05)関係を示さなかった。

考察

 この研究には前述のバイアスの潜在する可能性がある。しかし、我々の知る限り、BUN値、血清カリウム値、血清リン値、IDWGのコンプライアンスへの寄与を、セルフエフィカシーとストレス対処メカニズムなどの心理的コンプライアンス指標との各影響因子補正後の関連に基づいて評価した文献はない。

 習慣的因子、行動的因子もコンプライアンスに関係するかもしれない。そこで我々は喫煙と生理的コンプライアンス指標の関係も調べたが、IDWGのみ有意に喫煙と相関した。

 BUN値と血清リン値が、心理的コンプライアンス指標と有意な関係を示さなかったのは、日本では蛋白制限の余地があまりないことと、一般に日本の透析施設における栄養士による食事指導は、致命的である故に、カリウムと水分の制限に重点がおかれることによる可能性がある。日本では、BUN値、血清リン値よりも、血清カリウム値、IDWGのほうが、コンプライアンスの指標として有用性が高いことが示唆された。

 さらに、セルフエフィカシーの血清カリウム値、IDWGの分散に対する寄与率はかなり低いが、有意であることから、セルフエフィカシーを高めるような介入が、維持血液透析患者のコンプライアンスを改善させ、血清カリウム値やIDWGの値を低下させる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、慢性腎不全にて維持血液透析中の患者における身体的因子と心理的因子の関係(心身相関)について、大規模な調査を行ったものであり、restless legs syndromeとコンプライアンスについて、下記の結果を得ている。

 1.Restless legs syndrome(RLS)の患者と、RLSでない患者を比較したところ、単変量解析にて、人口統計的因子(年齢、性別、透析施設、喫煙)については、有意な差を認めなかった。臨床的、及び心理的因子については、血清リン値、Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS)の不安の値、Coping Inventory for Stressful Situations(CISS)の感情志向と回避志向の値に有意な差を認めた。透析期間、透析量、週の透析回数、炭酸カルシウム、ビタミンD,ベンゾジアゼピン系薬剤、抗うつ剤などの服薬内容については、有意な差を認めなかった。多変量ロジスティック回帰分析にて、独立に、高い血清リン値、短い透析期間、高いCISSの感情志向の値、低いヘモグロビン値、高いHADSの不安の値が、RLSの存在と有意な関係をもつことを認めた。

2.血液透析患者の生理的なコンプライアンスの指標として使われてきた血清中の血中尿素窒素(BUN)、カリウム、リンの値、interdialytic weight gain(IDWG)が、どの程度心理的なコンプライアンス指標と関係するかを検討し、その結果に基づいて生理的コンプライアンス指標の有用性を評価した。PearsonとSpearmanの相関係数双方において、血清カリウム値とIDWGはセルフエフィカシー第1因子と負の有意な相関を示した。血清リン値は、Spearmanの相関係数で評価した場合のみ、セルフエフィカシー第1因子と有意な相関を示した。BUN値は、セルフエフィカシーと有意な相関を示さなかった。回避志向ストレス対処は、いずれのコンプライアンス指標とも有意な相関を示さなかった。重回帰分析の結果、セルフエフィカシー第1因子は、年齢、性別、透析期間、透析施設の違い、栄養状態、薬物の効果、透析量と独立に、有意に、血清カリウム値とIDWGと関係した。セルフエフィカシー第1因子の寄与率は、血清カリウム値においては2.2%、IDWGにおいては4.5%であった。血清リン値は、各影響因子で補正後、セルフエフィカシー第1因子との有意な関係を示さなかった。日本では、BUN値、血清リン値よりも、血清カリウム値、IDWGのほうが、コンプライアンスの指標として有用性が高いことが示唆され、さらに、セルフエフィカシーの血清カリウム値、IDWGの分散に対する寄与率はかなり低いが、有意であることから、セルフエフィカシーを高めるような介入が、維持血液透析患者のコンプライアンスを改善させ、血清カリウム値やIDWGの値を低下させる可能性が示唆された。

 以上、本論文は、独立に、高リン血症、高いCISSの感情志向の値、不安が、維持血液透析患者におけるRLSの存在と有意な関係をもつことを、初めて明らかにした。慢性腎不全患者におけるRLSの存在は、有意に死亡と関係していたとの報告があり、その発症機序を調べるのは重要と思われる。本研究は、RLSの発症機序の解明に重要な貢献をなすと考えられる。

 また、BUN値、血清カリウム値、血清リン値、IDWGがコンプライアンスに関与する程度を推測することは、これらをコンプライアンスの指標として用いる上で、大変重要な問題である。今回初めて、それらのコンプライアンスへの寄与を、セルフエフィカシーとストレス対処メカニズムなどの心理的コンプライアンス指標との各影響因子補正後の関連に基づいて評価した。これらの結果は、日本における維持血液透析患者のコンプライアンスの評価や、コンプライアンスを高める介入法の開発に重要な貢献をなすと考えられる。

 以上より、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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