No | 118302 | |
著者(漢字) | 池田,祐一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イケダ,ユウイチ | |
標題(和) | 血管平滑筋細胞特異的に発現する新規TGF-β結合膜タンパク質Vasorinの単離とその機能解析 | |
標題(洋) | Vasorin, a novel TGF-β binding cell-surface protein that is specifically expressed in vascular smooth muscle cells | |
報告番号 | 118302 | |
報告番号 | 甲18302 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2109号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 細胞膜受容体、接着因子などの膜タンパク質は様々な生命現象において重要な働きを担っている。膜タンパク質はN末に存在するシグナル配列とよばれる疎水性のアミノ酸クラスターによって細胞表面に移行することができる。このシグナル配列の有無を指標にcDNAライブラリーを濃縮する方法(シグナルシークエンストラップ法)が従来より知られている。最近、レトロウイルスベクターと恒常的活性型サイトカインレセプターを組み合わせることで従来の方法から格段にスクリーニングの効率が向上したシグナルシークエンストラップ法が開発された。そこで、心血管系において重要な働きをする新規膜タンパク質の単離を目指し、この新しく改良されたシグナルシークエンストラップ法を用いて、ヒト心臓cDNAライブラリーをスクリーニングした。 スクリーニングの結果いくつかの新規分子が得られ、そのうちの一つが特徴的なロイシンリッチリピートを有していたため、その分子に着目し遺伝子全長を単離後、機能解析を行った。 バゾリンと名付けられたこの分子はロイシンリッチリピートドメインを細胞外に有する典型的な1型膜タンパク質で、in situ hybridization analysisによりその発現は血管平滑筋細胞特異的であることが判明した。またバゾリンの発現は血管平滑筋細胞の分化とともに増加し、脱分化とともに減少した。さらにラット頸動脈バルーン傷害モデルにおいても脱分化した未熟な血管平滑筋細胞を含む新生内膜においてバゾリンの発現は正常血管の中膜と比較して有意に減少していた。これらの結果は、バゾリンが血管平滑筋細胞の分化とともに制御されている分子であり、血管平滑筋細胞の分化表面マーカーとなりうることを示唆している。 バゾリンの細胞外ドメインに存在するロイシンリッチリピートは蛋白質相互作用に関与することが知られており、バゾリンはこのロイシンリッチリピートドメインを介して他の蛋白質と結合しその生理的機能を果たすと予想された。データベース上の相同性検索により、バゾリンはデコリン(TGF-βとの結合が知られているスモールプロテオグリカン)とロイシンリッチリピートにおいて有意な相同性を示すことがわかった。そこで表面プラズモン共鳴センサーと蛋白架橋実験によりバゾリンとTGF-βの相互作用を調べ、両者が直接特異的に結合することを見いだした。続いて、バゾリンによるTGF-βシグナルの制御を検討するため、バゾリンを安定に発現するCHO細胞株を樹立し(gain of function study)、その細胞株を利用してTGF-β刺激によるレポーターアッセイ、及び下流分子Smad2のリン酸化を調べたところ、TGF-βシグナルはバゾリンにより負に制御されることが示された。また逆にTGF-β刺激によりバゾリンの発現がラット培養大動脈血管平滑筋細胞において有意に増強されることも判明した。以上より、バゾリンは血管平滑筋細胞特異的なTGF-βシグナルの負のフィードバック調節因子であることがわかった。 TGF-βは血管平滑筋細胞の分化および血管傷害後の新生内膜形成において重要な働きをしている。最近のin vivoでの検討で、血管壁局所的にTGF-βシグナルを増強または抑制することによって血管傷害後の新生内膜形成がそれぞれ促進、抑制されることが示唆されている。そこで本研究結果を踏まえ、以下のような仮説を考えた。血管傷害により、血管平滑筋細胞は脱分化をおこす。血管平滑筋細胞の脱分化に伴ってバゾリンの発現が低下し、バゾリンが形成していた血管平滑筋細胞におけるTGF-βシグナルの負のフィードバック調節機構が消失する。その結果、血管傷害部位における血管平滑筋細胞のTGF-βシグナルが増強され、新生内膜形成が促進される。 以上よりバゾリンはPTCA後の再狭窄などの病態に関与しているだけでなく、新たな治療のターゲットにもなりうる可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は、心血管系において重要な働きをする新規膜タンパク質の単離を目指し、レトロウイルスベクターを利用したシグナルシークエンストラップ法を用いてヒト心臓cDNAライブラリーをスクリーニングしたものであり、下記の結果を得ている。 1.スクリーニングの結果、ヒト心臓に発現する膜タンパク質や分泌タンパク質を約600個同定した。機能不明の新規のものは10個あり、そのうちの一つが特徴的なロイシンリッチリピートを有していたため、その分子に着目し遺伝子の全長を単離後、機能解析を行った。 2.バゾリンと名付けられたこの分子はロイシンリッチリピートドメインを細胞外に有する全長673アミノ酸の典型的な1型膜タンパク質で、in situ hybridization analysisによりその発現は血管平滑筋細胞特異的であることが判明した。 3.血管平滑筋細胞の分化との関係を調べたところ、バゾリンの発現は血管平滑筋細胞の分化とともに増加し、脱分化とともに減少した。またラット頸動脈バルーン傷害モデルにおいても脱分化した未熟な血管平滑筋細胞を含む新生内膜においてバゾリンの発現は正常血管の中膜と比較して有意に減少していた。これらよりバゾリンが血管平滑筋細胞の分化とともに制御されている分子であり、血管平滑筋細胞の分化表面マーカーとなりうることが示唆された。 4.データベース上の相同性検索により、バゾリンはデコリン(TGF-βとの結合が知られているスモールプロテオグリカン)とロイシンリッチリピートにおいて有意な相同性を示すことがわかった。そこで表面プラズモン共鳴センサーと蛋白架橋実験によりバゾリンとTGF-βの相互作用を調べ、両者が直接特異的に結合することを見いだした。 5.バゾリンによるTGF_βシグナルの制御を検討するため、バゾリンを安定に発現するCHO細胞株を樹立し(gain of function study)、その細胞株を利用してTGF-β刺激によるレポーターアッセイ、及び下流分子Smad2のリン酸化を調べたところ、TGF-βシグナルはバゾリンにより負に制御されることが示された。 6.逆にラット培養大動脈血管平滑筋細胞をTGF-βで刺激したところ、バゾリンの発現は有意に増強された。以上より、バゾリンは血管平滑筋細胞特異的なTGF-βシグナルの負のフィードバック調節因子であることがわかった。 以上、本論文はシグナルシークエンストラップ法を用いて新規TGF-β結合膜タンパク質バゾリンをヒト心臓cDNAライブラリーから同定し、その未知な機能を明らかにした。TGF-βは血管平滑筋細胞の分化および血管平滑筋細胞による血管傷害後の新生内膜形成において重要な役割を担っており、最近のin vivoの研究結果から血管壁局所的にTGF-βシグナルを増強すると新生内膜の形成が促進され、TGF-βシグナルを抑制すると新生内膜の形成が抑制されることが示唆されている。そこで本研究結果を踏まえ、以下のような仮説が考えられた。血管傷害により惹起された血管平滑筋細胞の脱分化とともにバゾリンの発現が低下し、バゾリンが形成していたTGF-βシグナルの負のフィードバック調節機構が消失する。その結果、血管傷害部位における血管平滑筋細胞のTGF-βシグナルが増強され、新生内膜形成が促進される。本研究は、PTCA後の再狭窄などの病態の解明だけでなく新たな治療のターゲットの開発にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。---------------------[End of Page 2]--------------------- | |
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