学位論文要旨



No 118306
著者(漢字) 田中,剛
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ゴウ
標題(和) マイクロサテライト多型との連鎖不平衡を利用した肉芽腫性肺疾患感受性遺伝子の探索
標題(洋)
報告番号 118306
報告番号 甲18306
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2113号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 井ノ上,逸朗
 東京大学 助教授 中島,淳
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 高市,憲明
内容要旨 要旨を表示する

 複数の遺伝因子および環境因子の関与する多因子疾患について疾患感受性遺伝子を同定していく場合,検出力の問題などから関連解析は有力な方法であると考えられている。しかし,従来行われてきた候補遺伝子アプローチのように,候補遺伝子を一つずつ解析する方法では限界がある。そこで,最近,明らかにされつつあるヒトゲノム配列の情報を利用して,多数の候補遺伝子群や全ゲノム領域についてスクリーニングする方法が提案されている。このようなスクリーニング法を確立するため,連鎖不平衡の構造に関する研究が注目されており,それらの結果をもとに一塩基多型(single nucleotide polymorphism;SNP)を中心とした多型マーカーの設定方法が検討されているが,これまでのところ決定的な方法はない。

短い縦列繰り返し配列の多型すなわちマイクロサテライト多型は,これまで家系を扱う連鎖解析で使用されてきたが,多型性に富むことから多くの遺伝情報が得られ,設定,タイピングも比較的簡便であることが知られている。

本研究では,候補遺伝子領域をスクリーニングするマーカーとしてマイクロサテライト多型を利用することが可能であるか否かを明らかにすることを目的として,関連解析を計画した。

 研究対象となる疾患には,原因不明の肉芽腫性肺疾患であるサルコイドーシスを選択し,その病変形成に重要な役割を果たすと考えられているTh1系免疫に関わる遺伝子群を候補遺伝子とした。そして,実際に,候補遺伝子内のマイクロサテライトを利用した解析を行った。

 旧厚生省特定疾患びまん性肺疾患調査研究班の診断基準により診断されたサルコイドーシス症例83例,日本人一般集団96例を対象とした。候補遺伝子群として,Th1系免疫応答に関わる,IFN-γレセプター1,2,IL-12レセプターβ1,2及びSTAT1,STAT4の合計6つの遺伝子を選択した。各マイクロサテライトマーカーは,候補遺伝子内もしくは近傍の2〜5塩基の繰り返し配列をデータベースより検索し,PCRで増幅した後に,多型性を検討した。多型性を示したものをマーカーとして設定し,ABI PRISM 377 DNAシーケンサー(Applied Biosystems)を使用しタイピングした。一塩基多型(SNP)は,候補遺伝子領域のエクソン,プロモーター領域を中心に,PCR増幅し,直接シークエンス法によりタイピングした。連鎖不平衡については,expectation-maximization algorithm(EM algorithm)を利用したハプロタイプ推定からD´,r2を計算し評価した。疾患との関連解析には,χ2検定もしくはFisher's exact検定を行い,p値0.05以下を有意差ありとした。マイクロサテライトマーカーを用いた解析では,それぞれのマーカーで解析に利用した対立遺伝子数で補正した。

多型性が確認され,利用可能なマイクロサテライトマーカーは8種類であった。STAT4遺伝子以外では,これらのマーカーをそれぞれ22kb-90kbにわたる候補遺伝子領域内に設定することが可能であった。STAT4遺伝子で設定したマーカーは,5´側上流,約30kbに位置していた。マーカーは,2〜4塩基の繰り返し配列を持ち,対立遺伝子数は平均7.1個,ヘテロ接合度は0.50〜0.78であった(表1)。

マイクロサテライトマーカーと対応する各遺伝子の5´および3´末端付近のSNPを検討したところ,STAT1,STAT4領域以外ではマイクロサテライトマーカーの対立遺伝子とSNP間のD´値は,0.6-1.0程度で,またr2もいずれかの対立遺伝子で少なくとも0.1以上を示し、強い連鎖不平衡を認めた。

 クラスターを形成するSTAT1およびSTAT4遺伝子の領域では,連鎖不平衡の程度は他の候補遺伝子領域と比較し強いものではなかったが,候補領域内のSNPの多くは,尤度比検定でマーカーの対立遺伝子と連鎖不平衡にあることが明らかになった。

 これらのマイクロサテライトマーカーを用い疾患との関連解析を行った結果,STAT4に対応するマーカーの一つの対立遺伝子とサルコイドーシスとの間に有意な関連が認められた(表2,表3)。さらに探索し,そのアリルと連鎖不平衡にあり,疾患との関連解析で有意差を認めるSNPがそのプロモーター領域,イントロン領域で見出された(表4)。

 本研究では,多型性に富み,ハプロタイプ構造によらず多くの遺伝情報が得ることができるマイクロサテライトをマーカーとして設定し,連鎖不平衡を利用して候補遺伝子領域をスクリーニングし,疾患と関連する変異,特にSNPを探索することが可能であるか否か検討を行った。マイクロサテライトマーカーは,設定やタイピングが比較的容易であり,また,PCR産物のサイズが異なるようにプライマーを設計することで,同時に複数のマーカーをタイピングできるなど,従来の連鎖解析が実施できる施設であれば,比較的大量のタイピングが行える利点もある。しかし,これまでに報告されている連鎖不平衡についての研究は,SNP-SNP間もしくはマイクロサテライトマイクロサテライト間で解析されたものが中心であり,マイクロサテライトSNP間についてはまとめられた報告はない。そこで,まず,設定したマイクロサテライトマーカーと候補遺伝子の5´もしくは3´末端付近に位置するSNPのタイピングを行い,それらが連鎖不平衡にあること、すなわち、マーカーとして候補領域をカバーしていることを確認した。そして,これらのマーカーを利用したスクリーニングから,疾患との関連を認めるSNPを同定できる可能性を示した。今回,見出されたSTAT4遺伝子領域の変異は,マーカーとの連鎖不平衡が比較的弱いSNPであり,また,疾患との関連も有意差は認めるものの,それほど強いものではなかった。そのため,これらのSNPを真の感受性変異と考えるよりは,マーカーと同様にSTAT4遺伝子内もしくはマーカー近傍の別の遺伝子内における未知の真の感受性変異と連鎖不平衡にあるために有意差がでている可能性も考えられた。このようなスクリーニングで得られた結果を確定的なものとするためには,別の症例・対照群で解析結果の再現性を確認して偽陽性の可能性を排除した後に,マーカーと連鎖不平衡にある領域の詳細なマッピングを行い、さらに,関連の示唆される変異の意義を機能解析で確認する必要がある。まだ,限られた領域における少数の多型のみの解析であり,他の領域での連鎖不平衡の構造や検出力の予測などの問題は残されているが,特にサルコイドーシスのような原因不明で候補遺伝子を絞りきれない疾患を扱う場合,このような多数の候補遺伝子領域をスクリーニングする方法も一つの有効な選択肢となり得ると考えられた。また、さらに発展させていくことで,全ゲノム領域など大規模なスクリーニングにマイクロサテライトを利用する場合にも,このようなアプローチは応用できる可能性が考えられた。

表1 解析に用いたマイクロサテライトと多型性

表2 マーカーを使用したサルコイドーシスの関連解析

★対立遺伝子毎に解祈したκ2値のうち最大となるもの

表3 STAT4マーカーとサルコイドーシスの関連解析

オッズ比(95%信頼区間)3.82(1.56-9.39),

表4 STAT4遺伝子のSNPsとサルコイドーシスの関連解析

()内は対立遺伝子頻度,*Fisher's exact検定で解析

審査要旨 要旨を表示する

 多因子疾患の疾患感受性遺伝子を同定していく際,ヒトゲノム配列情報を利用して,多数の候補遺伝子群や全ゲノム領域についてスクリーニングする方法が提案されている。本研究では,短い縦列繰り返し配列の多型であるマイクロサテライト多型をマーカーとした関連解析によるスクリーニング法を確立し,サルコイドーシス感受性遺伝子を同定することを目的として,マイクロサテライトと一塩基多型(SNP)間の連鎖不平衡の解析,サルコイドーシス症例を用いた関連解析を試みた。以下にその要点を示す。

 1.サルコイドーシス発症に関わる遺伝子の候補として,Th1系免疫応答に関わる,IFN-γレセプター1,2,IL-12レセプターβ1,2及びSTAT1,STAT4の合計6つの遺伝子を選択し,その近傍にマイクロサテライトマーカーを設定した。マーカーは,2〜4塩基の繰り返し配列を持ち,対立遺伝子数は平均7.1個,ヘテロ接合度は0.50〜0.78であった。

 2.マイクロサテライトマーカーと対応する各遺伝子の5´および3´末端付近のSNPを検討したところ,STAT1,STAT4領域以外ではマイクロサテライトマーカーの対立遺伝子とSNP間の連鎖不平衡の尺度D´値は,0.6-1.0程度で,またr2値もいずれかの対立遺伝子で少なくとも0.1以上を示し、強い連鎖不平衡を認めた。クラスターを形成するSTAT1およびSTAT4遺伝子の領域では,連鎖不平衡の程度は他の候補遺伝子領域と比較し強いものではなかったが,候補領域内のSNPの多くは,尤度比検定でマーカーの対立遺伝子と連鎖不平衡にあることが明らかになった。

 3.マイクロサテライトマーカーを利用しサルコイドーシスについて関連解析を行った結果,STAT4に対応するマーカーの一つの対立遺伝子とサルコイドーシスとの間に有意な関連が認められた(補正p値0.008)。

 4.STAT4領域でSNP探索を行い3個の新規SNPを同定した。

 5.マイクロサテライトマーカーを用いた解析で関連を認めたアリルと連鎖不平衡にあり,疾患との関連解析で有意差を認めるSNPがそのプロモーター領域(T-977C;p値0.032),イントロン領域(A19664G;p値0.016)で見出された。

 以上,本論文は,Th1系免疫に関わる6遺伝子近傍でマイクロサテライトとSNP間の連鎖不平衡構造を明らかにし,マイクロサテライトをマーカーとした候補遺伝子のスクリーニングが可能であることを示した。また,実際に,関連解析をサルコイドーシスについて行い,疾患と関連を認めるSNPを見いだせることを示した。本研究は,多くの候補遺伝子や全ゲノム領域をスクリーニングする方法の確立に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

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