学位論文要旨



No 118307
著者(漢字) 星田,有人
著者(英字)
著者(カナ) ホシダ,ユウジン
標題(和) インターフェロン生化学的著効例におけるC型肝炎ウイルスコア蛋白に関する検討
標題(洋)
報告番号 118307
報告番号 甲18307
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2114号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景および目的]

 C型肝炎ウイルス(HCV)慢性感染は血清alanine aminotransferase(ALT)値の上昇に代表される肝細胞炎症を惹起し、その持続により肝線維化を進行させ肝細胞癌のリスクを増加させる。一方、持続するウイルス血症にも関わらず血清A皿値が正常である無症侯性キャリアが存在する。

C型慢性肝炎に対するインターフェロン(IFN)治療後に無症候性キャリアと同様の状態を示す生化学的著効(BR)例が認められる。BRは体内に存在する複数のHCVクローン(quasispecies)の中で、肝炎を惹起する力が強いクローンから弱いクローンへの交代が生じている状態であると推察される。IFN治療前後で宿主側に変化が生じるとは考えにくいことから、肝細胞炎症が認められる状態でドミナントなHCVクローンと、BRの状態でドミナントなHCVクローンを比較することにより、肝細胞炎症の惹起に関与するHCVの特徴を明らかにできる可能性があると考えられる。

 C型肝炎と炎症性サイトカインの関連は複数報告されているが、我々がBR症例およびIFN無効例の血清サイトカイン濃度(IL-1β,IL-2,IL-4,IL-6,IL-8,IL-10,IL-12,TNF-α,IFN-γ)を測定したところ、BR症例においてALT正常化に伴いIL-8が低下していることが明らかとなり、IL-8と血清ALT値、すなわち肝炎の重症度との相関が示唆された。

 一方、HCV蛋白であるコア,NS2,NS3,NS4A,NS4B,NS5A,NS5B蛋白による、5つのシスエレメント、nuclear factor kappa B(NF-kB),CRE、SRE、AP-1、SRFの活性化能のスクリーニングを行ったところ、HCVコアはNF-18経路を最も強く活性化し、NF-kBサイトをプロモーターに持つIL-8遺伝子の発現を増強することが明らかになっている。

 以上からHCVコアがIL-8活性化を介して、肝炎惹起に関与する可能性が示唆される。HCVコア(191アミノ酸)は1-122、123-174、175-191残基の3つのドメインに分けられる。C末端疎水性領域であるドメイン3の欠失により細胞内局在が変化しNF-kB活性化は消失する。

 本研究では、BR症例およびNR症例のIFN治療前後の血清から得られたHCVコアのアミノ酸配列、IL-8活性化能を検討した。

 HCVジェノタイプlb型単独感染による慢性肝炎に対するIFN治療にて、BRを示した10例(BR1〜10、男:女=4:6)、無効であった10例(non-response,NR1〜10、男:女=5:5)の治療前後の血清を採取した。全例でIFN投与前に、経皮的肝生検を施行した。IFN治療前後の血清IL-8濃度はenzyme-linked immunosorbent assayにて測定した。血清からRNAを抽出し、RT-PCR法にて、HCVコア領域のcDNAを増幅し、ダイレクトシーケンスにて塩基配列を決定した。更に症例BR1〜6、NR1〜5,9のPCR産物をGATEWAY cloning systemを用いて、CAGプロモーターを持つ哺乳細胞発現プラスミドベクターpCXN2にサブクローニングしHCVコア発現プラスミドpCXN2-coreを構築した。すべての症例で少なくとも5クローンのシーケンスを行い、ダイレクトシーケンスで得られた配列が主要なクローンであることを確認した。HCVコアの蛋白発現は抗HCVコア・モノクローナル抗体を用いたウエスタンブロット法にて検出した。

各pCXN2-coreを肝癌細胞Huh7にトランスフェクションし、IL-8誘導能について検討した。IL-8誘導の検出には、IL-8プロモーターの下流にルシフェラーゼ遺伝子を持つIL-8-Lucおよびその3つの転写調節領域、NF-k3、AP-1、NF-IL6サイトにそれぞれ変異を持つIL-8-△NF-kB、IL-8-△AP-1、IL-8-△NF-IL6を用いたルシフェラーゼアッセイを用いた。トランスフェクション効率は内部コントロールを用いて補正した。各pCXN2-GoreをトランスフェクションしたHuh7細胞を用いた免疫蛍光染色にてHCVコアの細胞内局在を確認した。

[結果]

 BR群、NR群間で、性(p=0.50)、年齢(p=0.25)、IFN投与前の血清ALT値(p=0.15)、IL-8値(p=0.89)、IFN投与量(p=0.67)、組織学的な肝線維化の進行度(p=0.17)に有意差を認めなかったが、F3の症例は、BR群(1例)に比しNR群(3例)で多い傾向にあった(ρ=0.58)。BR群ではIFN治療後に血清IL-8濃度が有意に低下していたが(p=0.04)、NR群においては有意差を認めなかった(p=0.59)。血清ウイルス量はNR群に比しBR群で高値であった(治療前:p=0.004、治療後:p=0.04)。各群内でのIFN前後のウイルス量はBR群(p=0.11)、NR群(p=0.18)とも有意差を認めなかった。症例BR1においては、IFN終了後2年の時点で血清ALT110IU/I、IL-8 150pg/mlに再上昇していた。

BR群では全例でIFN治療前後の主要クローンのアミノ酸配列が異なっているのに対し、NR群では5例で同一であった。BR群においてはC末端疎水性領域であるドメイン2,3にアミノ酸残基の相違が多く認められた。症例BR1において肝炎再燃時の主要なクローンのアミノ酸配列はEN治療前と同一であった。

 症例BR1〜6およびNR1〜5,9から得られたHCVコアをサブクローニングしたpCXN2-coreをHuh7細胞にトランスフェクションし、各症例においてIFN治療前後で、蛋白発現量に明らかな相違がないことを確認した。BR群では、ALT上昇時に比しALT正常化時のHCVコアによるIL-8活性化が低かった(p=0.04)、NR群においては有意差を認めなかった(p=0.17)。IL-8の転写活性化はIL-8-△NF-kBを用いた際に減弱し、NF-kBサイトを介したものであることが示されたが、各クローン間で明らかな相違を認めなかった。

BR1〜3のpCXN2-coreにおいて、C末端69アミノ酸をIFN治療前後で置換したpCXN2-coreを作成し、ルシフェラーゼアッセイを行ったが、C末端69アミノ酸のみによるIL-8転写活性化への寄与は認められなかった。BR2のALT正常化時のHCVコアを鋳型とし、C末端疎水性領域の3アミノ酸残基を1つずつALT上昇時のクローンと同じ残基に改変したpCXN2-core(BR2-W156R,BR2-T170R,BR2-T187I)を用いて、ルシフェラーゼアッセイを行ったが、いずれもALT上昇時のクローンと同程度のIL-8活性化は示さなかった。

 間接免疫蛍光染色では、HCVコアはIFN治療前後とも細胞質に局在しており、差異を認めなかった。

[考察]

 C型慢性肝炎の病態は、ウイルス側および宿主側の因子間の複雑な相互作用により成立していると考えられる。免疫機能は宿主側の主要な因子であるが、その個体差が症例間の比較を困難にしている。本研究においては同一症例内での比較を行うことにより、個体差の影響を排除することを試みた。

 我々の検討ではIL-8はBR症例の血清でALT正常化時に低下していた。また既報の臨床研究においてもC型肝炎の重症度とIL-8の相関が報告されている。我々の教室の過去の検討では、HCVコアはC末端疎水性領域による細胞内局在の制御のもとにNF-kB経路を活性化し、IL-8を誘導する。以上からHCVコアはIL-8活性化を介しC型肝炎における肝細胞炎症の惹起に何らかの関与を持つことが示唆される。

 本研究においては、BR症例のALT上昇時、正常化時の間でHCVコア主要クローンのC末端疎水性領域アミノ酸残基に相違が多く認められた。また明瞭ではないがALT上昇時、正常化時の間で、HCVコアによるIL-8転写活性化能に相違があることが示唆された。HCVコアのC末端側がNF-kB活性化に重要であるという過去の検討による知見を基に、BR症例におけるHCVコアC末端のアミノ酸残基の相違とIL-8活性化の関連を検討したが、明らかな関与は認められなかった。

 本研究においては、HCVコア領域の増幅のために、変異が集積する傾向にあるエンベローブ蛋白のコード領域にPCRプライマーを設定しており、また発現解析にはサブクローニング可能であったクローンのみを用いているため、クローンの選択バイアスが存在する可能性が考えられる。

 近年NS5A蛋白によるIL-8誘導なども報告されており、HCVコアによる肝炎惹起への寄与は部分的なものと考えられる。しかしIL-8誘導能を変化させるHCVコアのアミノ酸残基、もしくはその組み合わせを明らかにすることができれば、C型肝炎惹起のメカニズムの一部を説明できるかもしれない。今後、他のウイルス蛋白や非翻訳領域も含めて検討する必要があると考えられる。

[結論]

 1.C型慢性肝炎に対するIFN治療後、ウイルス血症の持続にも関わらず血清ALT値の正常化が認められた生化学的著効例では、ALT正常化に伴い血清IL-8値が低下していた。

 2.生化学的著効例ではALT上昇時、正常化時の間でHCVコア主要クローンのC末端疎水性領域のアミノ酸配列に相違が多く認められた。

 3.生化学的著効例のALT上昇時、正常化時の間でHCVコアによるIL-8活性化能が異なることが示唆されたが、明瞭なものではなかった。

 4.HCVコアのC末端疎水性領域のアミノ酸配列の相違とIL-8活性化能の差異との関連は明らかではなかった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はC型肝炎ウイルス(HCV)の感染による肝炎の惹起に重要な役割を果たしていると考えられる炎症性サイトカインと、ヌクレオキャプシドを形成するHCVウイルス蛋白であるコアの関連を研究したものであり、下記の結果を得ている。

 1.C型慢性肝炎に対するインターフェロン(IFN)治療後に、ウイルス血症の持続にも関わらず血清alanine aminotransferase(ALT)値の正常化が認められる無症候性キャリアと同様の状態を示す生化学的著効例が認められる。生化学的著効例およびIFN無効例の血清サイトカイン濃度(IL-1β,IL-2,IL-4,IL-6,IL-8,IL-10,IL-12,TNF-α,IFN-γ)を測定したところ、BR症例においてALT正常化に伴いIL-8が低下していることが明らかとなり、IL-8と血清ALT値、との相関が示された。

2.生化学的著効例ではALT上昇時、正常化時の間でHCVコア主要クローンのアミノ酸配列をダイレクトシーケンスにより得られた塩基配列を基に推定し、比較検討すると、C末端疎水性領域のアミノ酸配列に相違が多く認められ、生化学的著効例における血清ALT値の上昇との関与が示唆された。

3.生化学的著効例のALT上昇時、正常化時の間でHCVコアを発現ベクターにサブクローニングし、IL-8プロモーターを有するレポーターを用いてレポーターアッセイを行ったところ、HCVコアによるIL-8転写活性化がALT上昇時、正常化時で異なり、肝炎の状態に関与している可能性が示唆された。無効例においても同様の解析を行ったが、EN治療前後でIL-8転写活性化に明らかな差異を認めなかった。

 4.過去の検討にてHCVコアのC末端疎水性領域がIL-8転写活性化に重要であるとの知見を得ていたため、本研究で認められたアミノ酸配列の相違とIL-8活性化能の差異との関連を発現ベクターに対するアミノ酸改変を行い検討したが、明らかな関与は認められなかった。

 以上、本論文はHCVコアのアミノ酸配列の相違が、IL-8転写活性化を介し血清ALT値の上昇に部分的に関与している可能性を明らかにした。C型慢性肝炎の病態の解明に寄与する研究と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク