学位論文要旨



No 118308
著者(漢字) 森山,優
著者(英字)
著者(カナ) モリヤマ,マサル
標題(和) 肝癌細胞における抗癌剤感受性に関連する遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 118308
報告番号 甲18308
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2115号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 助教授 国土,典宏
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 講師 千葉,滋
内容要旨 要旨を表示する

<研究の背景と目的>

 我が国において悪性腫瘍による死亡は増加の一途をたどっており、肝癌は胃癌、肺癌につぐ第3位の位置を占めているが、肝癌の治療はラジオ波焼灼療法(RFA)等の根治的局所療法を中心に確実に進歩してきている。一方で肝癌には、B型、C型肝炎ウイルス感染による慢性肝炎、肝硬変という背景肝疾患ゆえの高率な再発や門脈浸潤という特有の問題がある。そのため、経過のある段階以降は局所制御が不能となり、経皮的肝動脈塞栓術、肝動注化学療法や、経静脈的な全身化学療法が行われるようになる。肝癌に対する化学療法も他の消化器癌と同様に、実際に薬剤を投与してみなければ効果の有無は識別できない。事前に感受性を予測することが可能となれば、最適な薬剤の選択や無用な副作用の回避につながり、近年提唱されているオーダーメイド医療を化学療法において実現できる可能性が出てくる。

 ここ数年汎用されてきているcDNAマイクロアレイは、数千の遺伝子の発現状況を一度に知ることが出来る網羅性が特徴である。肝癌は宿主側の因子と、肝炎ウイルスという外来性の因子とが複雑に絡み合ったプロセスに起因すると考えられ、マイクロアレイを用いた肝癌に特有な遺伝子発現情報の解析は、病態、診断、治療の様々な局面で有用であると考えられる。

 本研究では、肝癌培養細胞株を用いて、cDNAマイクロアレイで得られた遺伝子発現プロファイルと、抗癌剤添加実験から得られた感受性データとの関連を解析し、遺伝子発現情報からの感受性の分類や、感受性に関連する可能性のある遺伝子の抽出を試みた。

<方法>

 8種のヒト肝癌培養細胞株(HLE,HLF、Huh7、Hep3B、PLC/PRF/5、SK-Hep1、Huh6、HepG2)を使用した。抗癌剤は、肝細胞癌に保険適応のあるもの、日常臨床に使用されているものとして、シスプラチン、カルボプラチンの2種のプラチナ製剤、ニムスチン、マイトマイシンCの2種のアルキル化剤、ドキソルビシン、エピルビシン、ミトキサントロンの3種のトポイソメラーゼII阻害剤、及び代謝拮抗剤5-FUの計8種を使用した。

 抗癌剤感受性の測定と数値化は、MTTアッセイを用いて行った。8種の抗癌剤を3段階の濃度で添加し48時間培養の後、抗癌剤無添加の細胞を100%とした場合の50%増殖抑制濃度(GI50)を吸光度から算出し、抗癌剤感受性の指標とした。

 抗癌剤投与前の予測を目標としたため、抗癌剤を添加していない細胞からmRNAを抽出し、2280既知遺伝子からなるin-house cDNAマイクロアレイで遺伝子発現解析を行った。使用したマイクロアレイはヘリックス研究所(千葉県木更津市)と共同の作成で、Research Genetics社のcDNAクローンセットのインサートを、ベクタープラスミドの共通配列をプライマーとしてPCRで増幅し、カルボジイミドコートのスライドグラスにアレイロボットでスポットしたものである。8種の肝癌細胞株、及び対照のヒト正常肝のmRNAから、逆転写酵素にて蛍光色素(Cy5、Cy3)をラベルしたcDNAを作成し、両者を2μgづつ等量で混合しグラスアレイに65℃、overnightで競合ハイブリダイゼーションさせた。遺伝子発現量は、ヒト正常肝との発現量の比を測定した。蛍光シグナルデータから、背景強度の1.5倍に満たないスポットを除き、正常肝に対して2倍以上もしくは0.5倍以下の発現比を示すものを採用し、610個の遺伝子を解析用に選択した。階層クラスターにはClusterとTreeViewを用い、類似したパターンを示す遺伝子どうしを近接して並べるためにself-organizing map(SOM)を用いた。各抗癌剤において、GI50値に基づき細胞株をGI50値の低い4株と高い4株に分類し、この2群間で発現量に差のある複数の遺伝子を抽出した。抽出した遺伝子のみの発現プロファイルからクラスター解析にて感受性の分類を試みた。

次に感受性分類とは別に、抗癌剤感受性と個々の遺伝子の発現量との関連を解析するため、遺伝子発現量とGI50値とからピアソンの相関係数を算出した。正の相関係数は、その遺伝子が高発現しているとある抗癌剤のGI50値が高い(感受性が低い)ことを意味し、逆に負の相関係数は、遺伝子が高発現しているとGI50値が低い(感受性が高い)ことを意味している。また、抗癌剤と遺伝子の強い関連を視覚化するために、相関ネットワーク解析を行った。ピアソンの相関係数から、相関係数の2乗に(もとの相関係数の)正負の符号を付した数値を算出し、これが3つの有意水準で設定した閾値以上である場合を有意な相関として採用し、採用した相関のみを互いに連結し、抗癌剤、遺伝子間の相関ネットワーク図を描出した。

<結果>

 各抗癌剤において、GI50低値群と高値群との間で発現量が有意に異なる遺伝子を9個から36個抽出し、これらの発現プロファイルのみで8種の細胞株をクラスタリングしたところ、全ての抗癌剤においてGI50低値群と高値群を明瞭に分類することが可能であった。抽出された遺伝子は、20%から50%が代謝に関連する遺伝子であり、その内訳は、アルキル化剤、代謝拮抗剤では50%から70%が核酸、アミノ酸代謝に関連するものであったが、トポイソメラーゼII阻害剤においてはこれらの比率はいずれも30%以下であった。

 抗癌剤感受性と遺伝子の発現量の関連については、遺伝子群を8種の抗癌剤に対する相関係数のパターンが似通っているものどうしが近くに位置するようにクラスタリングしたところ、抗癌剤の種類に特有の相関のパターンを示すいくつかの遺伝子群の存在が認められた。ほぼ全ての抗癌剤に対し正、あるいは負の相関を示している遺伝子群や、プラチナ製剤に特有の関連を示す遺伝子群、ニムスチン、ミトキサントロンに特有の関連を示す遺伝子群等が認められた。相関ネットワーク解析からは、8種の抗癌剤と42の遺伝子についての計52の相関が抽出された。抽出された遺伝子のうちおよそ20%が輸送に関連するものであり、いずれも感受性と負の相関を示していた。Carboxypeptidase A3、Carboxypeptidase Z、topoisomerase II betaの3種の酵素がドキソルビシン、エピルビシンに対し類似した相関を示していた。Superoxide dismutase 2はシスプラチンと正の相関を示す一方で、ニムスチンとは負の相関を示しており、Transporter associated antigen processing 1はミトキサントロンと正の、5-FUとは負の相関を示すなど、いくつかの遺伝子がある薬剤に対して正の、別の薬剤に対して負の相関という正反対の挙動を示す現象も認められた。

<考察>

 本研究ではまず、抗癌剤投与前の感受性予測の可能性について検討した。抗癌剤を添加する前の細胞株のmRNAを抽出し遺伝子発現解析を行い、実際に抗癌剤を添加し細胞株をGI50高値群、低値群に分類し、両群の遺伝子発現量の差から、5-FU(20遺伝子)、シスプラチン(36遺伝子)、カルボプラチン(15遺伝子)、ニムスチン(9遺伝子)、ドキソルビシン(14遺伝子)、エピルビシン(17遺伝子)、ミトキサントロン(16遺伝子)、マイトマイシンC(10遺伝子)の遺伝子を抽出した。この抽出した遺伝子のみの発現プロファイルで細胞株の分類を行うと、全ての抗癌剤においてGI50高値群、低値群が明瞭に2つのクラスターに分類された。抗癌剤添加前の遺伝子発現プロファイルから、抗癌剤添加後の結果である感受性を分類出来ることが示され、本手法が抗癌剤感受性予測のひとつのモデルとなり得ると考えられた。

次に、抗癌剤の感受性と個々の遺伝子の発現量との関連について、相関係数を基礎とした解析をおこなった。遺伝子発現量とGI50値とから、遺伝子、抗癌剤の全ての組み合わせについてピアソンの相関係数を算出した。self-organizing map(SOM)を用いて、抗癌剤の種類に特有な相関係数パターンを示す遺伝子群の存在を明らかにした。抗癌剤の作用機序は不明な点も多いが、薬剤に固有の相関パターンを示す遺伝子群の構成を検討することでその一端が明らかとなる可能性もあり、感受性との関連が不明の遺伝子も、同じ群に含まれる既知の遺伝子との比較により、その機能を類推できる可能性が考えられた。相関ネットワーク解析では、輸送に関連する遺伝子が多く抽出された。輸送関連遺伝子は感受性と負の相関を示していたが、負の相関はクラスター解析のみでは検出することが困難なものであり、マイクロアレイのデータ解析において複数の解析法を併用することで、有用な情報を抽出し得ることが示唆された。

化学療法の有効例を事前に知ることは個々に最適な薬剤の選択につながり、無効例を事前に知ることは無用な副作用の回避につながることから、本研究の手法をモデルとした臨床への応用が可能となれば、オーダーメイド化学療法実現の一助となり得る考えられた。本研究で示した方法論で得られた実験データと、過去の実際の投与例の臨床データとを有機的に組み合わせて解析し、その結果を臨床の現場へ還元、応用していくことで、肝癌化学療法におけるトランスレーショナルリサーチを現実のものとする試みを続けている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、肝癌培養細胞株8種と抗癌剤8種を用いて、遺伝子発現解析(in-house cDNAマイクロアレイ)と抗癌剤感受性試験(MTTアッセイ)を行い、肝癌における遺伝子発現と抗癌剤感受性との関連について解析したものであり、以下の結果を得ている。

1.In-house cDNAマイクロアレイを用いて、肝癌細胞株8種の遺伝子発現解析を行った。これらの細胞に抗癌剤8種を添加し、MTTアッセイにて感受性を測定、数値化した。

2.感受性の違いから細胞株を2群に分類し、2群間で発現に差のある遺伝子を各抗癌剤につき抽出した。抽出された遺伝子のみのプロファイルを用いてクラスター解析を行ったところ、全ての抗癌剤において2群の明瞭な分類が可能であった。抽出された遺伝子には代謝に関連のあるものが多く含まれていた。抗癌剤添加前の遺伝子発現プロファイルから、抗癌剤添加後の感受性を分類できることが示され、感受性予測のひとつのモデルとなりうると考えられた。

3.相関ネットワーク解析により、感受性と関連する可能性のある遺伝子を抽出しネットワーク図として視覚化した。抽出された遺伝子には輸送に関連のあるものが多く含まれていた。これらはほとんどが感受性と負の相関係数を示しており、クラスター解析のみでは相関の検出が困難なものであった。

 以上、本研究は、肝癌細胞株を用いて、マイクロアレイによる遺伝子発現プロファイルから感受性を予測するモデルの可能性を示したこと、および遺伝子発現と感受性の関連について、複数の解析手法を併用して情報を抽出し視覚化し得たことから、学位の授与に値すると考えられる。

 尚、審査会時点から、論文の内容中、以下の点が改訂された。

 1.マイクロアレイ解析につき、マイクロアレイの作成方法及び発現解析実験の詳細を、手順に沿って記載した。また、正常肝組織由来のRNAを対照として用いた点につき記載を加えた。

 2.MTTアッセイにつき、原理、方法等を詳細に記載した。感受性試験の結果についての図表を追加し、感受性の差で2群に分類した際の増殖抑制濃度の差につき言及した。また、抗癌剤の生理的血中濃度との比較についての記載を加えた。

 3.抽出された遺伝子の考察において、断定的な表現を改め、関連が推測されるという趣旨の表現に変更した。また、「関連」、「相関」といった用語の使用につき統一を図った。

 4.図表中の、文字、記号が細かく判読困難な部分につき修正し、フォントについても統一した。

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