学位論文要旨



No 118309
著者(漢字) 渡邊,清高
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,キヨタカ
標題(和) 肝細胞で発現誘導を受ける低分子量G蛋白Rab3の同定と機能の検討
標題(洋)
報告番号 118309
報告番号 甲18309
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2116号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 助教授 真船,健一
 東京大学 講師 本田,善一郎
 東京大学 講師 鄭,子文
内容要旨 要旨を表示する

 PKC(protein kinase C)は増殖,分化,分泌,形態制御をはじめとした多様な細胞機能を担っている.ヒト肝細胞由来株HepG2細胞においてPKC活性化物質であるTPA(12-O-tetradecanoy1 phorbol 13-acetate)によって発現が増強する低分子量G蛋白であるRab3Bをディファレンシャルディスプレイ法により同定し,100nM 16時間の刺激によりRT-PCR法によってmRNAレベルにおいてその誘導を確認した.PKC阻害薬を用いた検討ではRab3Bの誘導はstaurosporineにより完全に抑制され,PD98059を前処理に用いることによりmRNAレベルで1/2以下に阻害され,MEK/ERKカスケード経路を介していると考えられた.ラットなどで肝に発現が報告されているRab3DとRab3BについてRNaseプロテクションアッセイを行ったところ,Rab3Dの誘導はほとんど見られなかったのに対し,Rab3Bはコントロールと比較し28倍もの発現の増強が見られた.非上皮細胞であるJurkat細胞では既に報告されているようにTPAによるIL-2受容体mRNAの誘導を認めたものの,Rab3Bの誘導は認められなかった.このため,肝細胞においてPKC依存性のRab3B活性化機構が存在することが示唆された.蛋白レベルでも時間依存性に発現の増強を認め,ポリクローナル抗体を用いた蛍光免疫染色では100nM 4時間のTPA刺激により細胞質内に顆粒状の構造物の出現を認めた.さらにテトラサイクリンによる発現ベクターにRab3BとXpressタグを導入したプラスミドを,テトラサイクリン調節領域を安定して発現しているHepG2細胞由来のHY-Toff細胞に一過性に発現させ,テトラサイクリンオフにより発現を増強させた細胞を用いて,Xpressに対する特異的なモノクローナル抗体を用いて免疫蛍光染色を行ったところ,細胞質内の形質膜近傍に多数の顆粒状の構造の局在を認めた.

Rab蛋白はSNARE蛋白などの小胞形成や融合に関連する蛋白群の調節蛋白として,様々な細胞内器官において膜輸送を司っている.さらにjunctional complexやアピカルメンブレンへの蛋白の局在調節を司っている可能性がある.上皮細胞の極性発現に伴いZO-1等のジャンクション蛋白やアピカル蛋白は細胞内プールから細胞表面へ移動する.Rab3Bが細胞内画分から細胞接着面へ再分布することはこの低分子量G蛋白が極性発現の過程で細胞内と細胞表面との間での輸送を制御している可能性を示している.

既に知られているヒト以外の肝細胞も含めた他の上皮細胞におけるRab3Bの機能の多様性を考慮すると,肝細胞に特徴的な役割を担っている可能性が示唆された.Rab3Bについてヒトにおいてその機能を検討した報告はこれまでほとんどなく,マウス肝における局在,ラット肝細胞における発現は示されているものの,肝における誘導調節,機能の検討もこれまでなされていなかった.今回の検討においてPKC活性化物質によるヒト肝細胞でのRab3Bの発現誘導がmRNAレベルおよび蛋白レベルで示された.これまでのRab3Bに対する特異的な抗体で有用なものはまだなく,その局在および機能の検討には強制発現系を用いる必要性があると考えられた.Rab3Bは多くの上皮細胞において分泌に加え,極性関連分子の制御を行うことによって細胞の形態変化の調節を行っていることが知られている.オルガネラの特定は今回の検討では行っていないが,発現誘導を受けたRab3Bが細胞内のオルガネラ膜にまず分布することが示され,分泌や骨格調節蛋白の物質輸送調節に関与している可能性が示唆された.特異的な蛍光抗体による局在と時間的な変化を追跡することが可能になれば,Rab3Bの細胞内局在の変化をリアルタイムに解析することができると考えられる.

 テトラサイクリンにより発現の誘導,抑止を制御できる安定株YT-Toff-Rab3Bを樹立した.遺伝子発現をオンにした後,経時的にRNAを回収し,マイクロアレイを用いて遺伝子発現の比較を行うことにより,二次的に誘導される遺伝子の同定や機能を検討が可能になる,Rab3Bの下流でどのような遺伝子が動くかを解析することで,この低分子量G蛋白の機能と誘導のもつ生理的意義を予測することができる.今後は得られた安定発現株を用いてより生理的に近い条件でRab3Bの挙動の解析が可能になると期待される.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はヒト肝細胞において増殖,分化,発癌,分泌,形態制御をはじめとした多様な細胞機能を担っているPKC(protein kinase C)活性化によって誘導される遺伝子の一つである低分子量G蛋白に着目し,その同定と機能の検討を試みたものであり,下記の結果を得ている.

1.ヒト肝細胞由来株HepG2細胞においてPKC活性化物質であるTPA(12-O-tetradecanoy1 phorbol 13-acetate)によって発現が増強する低分子量G蛋白であるRab3Bをディファレンシャルディスプレイ法により同定し,100nM 16時間の刺激によりRT-PCR法によってmRNAレベルにおいてその誘導を確認した.PKC阻害薬を用いた検討ではRab3Bの誘導はstaurosporineにより完全に抑制され,PD98059を前処理に用いることによりmRNAレベルで1/2以下に阻害され,MEK/ERKカスケード経路を介していると考えられた.ラットなどで肝に発現が報告されているRab3DとRab3BについてRNaseプロテクションアッセイを行ったところ,Rab3Dの誘導はほとんど見られなかったのに対し,Rab3Bはコントロールと比較し28倍もの発現の増強が見られた,非上皮細胞であるJurkat細胞では既に報告されているようにTPAによるIL-2受容体mRNAの誘導を認めたものの,Rab3Bの誘導は認められなかった.このため,肝細胞においてPKC依存性のRab3B活性化機構が存在することが示唆された.

2.蛋白レベルでも時間依存性に発現の増強を認め,ポリクローナル抗体を用いた蛍光免疫染色ではTPA刺激により細胞質内に顆粒状の構造物の出現を認めた.さらにテトラサイクリンによる発現ベクターにRab3BとXpressタグを導入したプラスミドを,テトラサイクリン調節領域を安定して発現しているHepG2細胞由来のHY-Toff細胞に一過性に発現させ,テトラサイクリンオフにより発現を増強させた細胞を用いて,Xpressに対する特異的なモノクローナル抗体を用いて免疫蛍光染色を行ったところ,細胞質内の形質膜近傍に多数の顆粒状の構造の局在を認めた.Rab3Bが細胞内画分から細胞接着面へ再分布することはこの低分子量G蛋白が極性発現の過程で細胞内と細胞表面との間での輸送を制御している可能性を示している.

 3.テトラサイクリンにより発現の誘導,抑止を制御できる安定株YT-Toff-Rab3Bを樹立した.遺伝子発現をオンにした後,経時的にRNAを回収し,マイクロアレイを用いて遺伝子発現の比較を行うことにより,二次的に誘導される遺伝子の同定や機能を検討が可能になる,今後は得られた安定発現株を用いてより生理的に近い条件でRab3Bの挙動の解析が可能になると期待される.

 以上本論文はヒト肝細胞由来株HepG2細胞において,PKC活性化物質であるTPA刺激により誘導される遺伝子の解析から,小胞形成や融合に関連する蛋白群の一つであるRab3Bを同定し,その機能と局在について検討した.Rab3Bについてヒト肝細胞においてその機能を検討した報告はこれまでほとんどなされていなかった.本研究はこれまで未知に等しかった,肝細胞に特徴的な分泌や物質輸送,極性関連分子の制御を行う調節機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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