No | 118312 | |
著者(漢字) | 原,千晶 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハラ,チアキ | |
標題(和) | ヒト腎近位尿細管細胞におけるイオン輸送機構の解析 | |
標題(洋) | Mechanism of ion transport in human renal proximal tubular cells | |
報告番号 | 118312 | |
報告番号 | 甲18312 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2119号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【目的】 腎近位尿細管細胞は糸球体で濾過された重炭酸の80%以上を再吸収しており、酸・塩基平衡の恒常性を保つことのみならず体液量及び血圧調節にも重要な影響を与えている。この部位の再吸収過程の本体は重炭酸と共役した能動的Na輸送であり、管腔側膜のNa+/H+交換輸送体(NHE3)及び基底側膜のNa+-HCO3-共輸送体(NBC1)が中心的な役割を担っている。現在までにヒトでは少なくとも三つのNBC1 variantsが存在することが報告されている。すなわち腎臓型輸送体(kidney type,kNBC1)、膵臓型輸送体(pancreatic type,pNBC1)及び心臓型輸送体(heart type,hNBC1)である。kNBC1とpNBC1はN末端のアミノ酸配列が一部異なるだけで(腎臓型の初めの41個アミノ酸が膵臓型では85個アミノ酸で置換されている)、pNBC1はhNBC1とアミノ酸レベルでは同一であり、5'-untranslated regionのみが異なる。これらのNBC1 variantsがalternative splicingにより単一遺伝子(SLC4A4)に由来していることが既に報告されている。 近位尿細管のNa輸送に関与する輸送体のうち、まずNHE3の重要性については、NHE3の近位尿細管管腔側膜への局在及びNHE3欠損マウスが高度の脱水と軽度な近位尿細管性アシドーシスを呈することなどから支持される。一方、NBC1の重要性については、近位尿細管基底側膜への局在及び最近我々のグループが報告したようにNBC1の変異により、帯状角膜変性症、白内障、緑内障を伴う近位尿細管性アシドーシス(pRTA)が生じることなどから支持される。 腎近位尿細管における輸送体機構を詳細に検討するために、従来から哺乳類の腎近位尿細管由来の培養細胞株(OK細胞やLLC-PK1細胞)が用いられてきた。実際にこれらの研究を通して、NHE3輸送特性やホルモンによる調節機構が明らかにされてきた。しかし、NBC1を発現している細胞株での検討はごくわずかしかされていなかった。また、ヒト由来の腎近位尿細管細胞の培養は困難で、実験に適した細胞株は得られていなかったが、近年Racusenらによりヒト腎近位尿細管由来の培養細胞(HKC-8細胞)の樹立が報告された(J Lab Clin Med 129(1997):318-329.)。本研究の目的は、ヒト由来のHKC-8細胞の輸送体活性を解析し、その輸送特性を明らかにすることである。さらに、どのNBC1 variantsが近位尿細管重炭酸再吸収に重要であるかを決定するために、HKC-8細胞及びヒト正常腎において、NBC1 variantsの発現を比較検討することにした。 【方法】 1.HKC-8細胞の輸送体活性については、pH感受性蛍光色素BCECFを用いた細胞内pH(pHi)測定法により解析した。 2.HKC-8細胞におけるNBC1 variantsのmRNA発現をRT-PCR法にて解析した。 3.HKC-8細胞及びヒト腎臓におけるNBC1 variantsの蛋白発現をWestern Blot法にて解析した。 【結果】 HKC-8細胞のHCO3-/CO2非存在下における酸負荷からのpHiの回復は細胞外Na+に依存しており、この輸送体活性を抑制するためには、高濃度amiloride(3mM/L)を要した。一方、HCO3-/CO2存在下における酸負荷からのpHiの回復も細胞外Na+に依存しているが、これは3mM/L amilorideによっても完全には抑制されず、DIDS(0.3mM/L)を加えることにより完全に抑制された。また、このDIDS感受性のpHi回復反応は細胞外Cl-の除去により影響を受けないが、細胞内電位の脱分極により増強された。一方、HCO3-/CO2存在下におけるCl-除去はpHiを上昇させ、この反応は溶液のNa+除去により影響を受けないが、DIDSにより阻害された。これらの結果よりHKC-8細胞にはNHE(特にAML低感受性のNHE3)、起電性のNBC1およびNa非依存性Ci-/HCO3-exchangerが存在することが強く示唆された。 一方、NBC1 variantsに特異的領域に対するプライマーを用いたRT-PCR法ではkNBC1とpNBC1 mRNAsの発現を認めた。また、NBC1 variantsに特異的な抗体を用いたWestern Bolt法によりkNBC1とpNBC1蛋白の発現を確認した。これに対して、腎癌患者から入手した正常ヒト腎臓におけるWestern Bolt法ではkNBC1蛋白の発現のみを検出した。 【総括】 HKC-8細胞にはNHE、NBCおよびC1/HCO3-exchanger活性が発現していることを確認した。このうち、NHEについては、AMLに対する感受性からNHE1に加えNHE3の存在が示唆された。また、NBCについては、起電性及びCl非依存性からNBC1の存在が支持された。さらに、Cl-/HCO3-exchangerについてはNa非依存性のanion交換輸送体(Anion Exchanger:AE)の存在が示唆され、これらの性質から総合的に判断すると、このHKC-8細胞は腎近位尿細管細胞の輸送特性を備えていると判断された。NBC1 variantsについては、腎臓型(kNBC)と膵臓型(pNBC)輸送体の発現をメッセージレベル及び蛋白レベルで確認した。ヒト腎臓におけるNorthern Blot法を用いた過去の解析では、kNBC1 mRNAに加えてpNBC1 mRNA発現も確認されていた(J Biol Chem 273(1998):17689-17695.)。しかし、今回ヒト腎臓におけるWestern Blot法による解析ではkNBC1蛋白の発現のみが確認され、pNBC1蛋白の発現については認めなかった。 以上より、HKC-8細胞はその輸送特性からヒト腎近位尿細管の輸送機構を解析する上で極めて有用な細胞株であると考えられた。しかし、pNBC1の発現に関してはin vivoと比べるとupregulationを受けていることが示唆された。 これらの結果の一部は以下の通り報告した。 Hara C, Satoh H, Usni T, Kunimi M, Noiri E, Tsukamoto K,Taniguchi S, Uwatoko S, Goto A, Racusen L, Inatomi J, Endou H,Fujita T and Seki G. Intracellular pH regulatory mechanism in a human renal proximal cell line (HKC-8): evidence for Na+/H+ exchanger, Cl/HCO3 exchanger and Na+-HCO3 cotransporter. Pflugers Arch-Eur J Physiol 440: 713-720, 2000. | |
審査要旨 | 本研究は腎近位尿細管細胞におけるイオン輸送機構を解析するため、ヒト腎近位尿細管由来の培養細胞株HKC-8細胞を用いて、その輸送体活性の解析を試みた。また、近位尿細管重炭酸再吸収にNa+-HCO3-共輸送体(NBC1)のどのvariantsが重要であるかを決定するために、HKC-8細胞及びヒト正常腎において、NBC1 variantsの発現を比較検討したものであり、下記の結果を得ている。 1.pH感受性蛍光色素BCECFを用いた細胞内pH(pHi)測定法により解析した結果、HKC-8細胞にはNa+/H+ exchanger(NHE)、NBCおよびCl-/HCO3- exchanger活性が発現していることを確認した。このうち、NHEについては、AMLに対する感受性からNHE1および/又はNHE2に加えNHE3の存在が示唆された。また、NBCについては、起電性及びCl非依存性からNBC1の存在が支持された。さらに、Cl-/HCO3- exchangerについてはNa非依存性のanion交換輸送体(Anion Exchanger:AE)の存在が示唆され。 2.NBC1 variantsに特異的領域に対するプライマーを用いたRT-PCR法にて解析したところ、HKC-8細胞では腎臓型(kNBC1)と膵臓型(pNBC1)mRNAsの発現を認めた。 3.NBC1 variantsに特異的な抗体を用いたWestern Bolt法にて解析した結果、HKC-8細胞ではkNBC1とpNBC1蛋白の発現を確認したが、腎癌患者から入手した正常ヒト腎臓ではkNBC1蛋白の発現のみを検出した。 以上、本論文は初めてヒト由来の培養細胞株HKC-8細胞の輸送活性を解析し、その輸送特性から、HKC-8細胞はヒト腎近位尿細管の輸送機構を解析する上で極めて有用な細胞株であることと考えられた。また、ヒト腎臓においては、蛋白レベルではkNBC1のみが発現していることを初めて明らかにした。この結果は五十嵐らが発見したkNBC1とpNBC1の共通部分の遺伝子変異とkNBC1の特異的な部分の遺伝子変異が、共に近位尿細管性アシドーシスを呈するという知見をよく説明すると考えられた。本研究は、基礎的及び臨床的に重要な研究と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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