学位論文要旨



No 118313
著者(漢字) 千葉,優子
著者(英字)
著者(カナ) チバ,ユウコ
標題(和) 臓器障害におけるLOX-1発現についての検討
標題(洋) The Regulation of LOX-1 Expression in Organ Damages
報告番号 118313
報告番号 甲18313
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2120号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 門脇,孝
 東京大学 講師 平田,恭信
 東京大学 講師 長瀬,隆英
内容要旨 要旨を表示する

 酸化低比重リポ蛋白(LDL)は、動脈硬化性疾患の強力な危険因子である。酸化LDLはマクロファージ細胞膜上に存在するスカベンジャー受容体を介して細胞内に取り込まれ、血管内皮細胞に対する血管拡張反応の抑制や接着因子等の発現誘導といった作用を介して動脈硬化の発症・進展を促しているものと考えられている。近年同定された内皮型酸化LDL受容体であるレクチン様酸化LDL受容体(LOX-1)は、高血圧、糖尿病など動脈硬化を生じる疾患モデル動物の腎臓や血管でその発現が亢進しており、炎症性サイトカインや酸化ストレスなどの刺激によっても強力に誘導されることから、動脈硬化の種々の危険因子が臓器障害をもたらす機序において、重要な役割を果たしている可能性が示唆されている。

 ところで、peroxisome proliferator-activated receptors(PPARs)は、高脂血症や糖尿病など代謝性疾患との関与が指摘されている。糖尿病治療薬であるチアゾリジン誘導体はPPARγに結合してその活性を発現し、炎症性サイトカインの産生を抑制するとの報告もある。PPARsは、代謝疾患だけでなく血管の炎症反応にも作用し、動脈硬化の進展機序に関与している可能性が考えられる。実際、臨床的には、PPARγのリガンドであるチアゾリジン誘導体の投与は、血中脂質の低下をきたし、インスリン抵抗性を改善して心血管危険因子を低下させる。またPPARγリガンドは、LDL受容体欠損マウスにおいて動脈硬化の進展を抑制したとの報告もある。

 以上のことから酸化LDL/LOX-1系とPPARsは、共に動脈硬化性病変の進展に影響を与えていると考えられ、このことから、相互に関与している可能性がある。今回我々は炎症性刺激における酸化LDL/LOX-1系とPPARsとの関連について、in vitro及びin vivoにおける検討を行った。

まず培養ウシ血管内皮細胞(BAEC)におけるPPARα及びPPARγの発現について、これまで検討されていなかったので、その点についてReverse Transcription-Polymerase Chain Reaction(RT-PCR)法を用いて検討し、さらにPCR産物のシークエンスを施行した。その結果、BAECにおいてPPARα及びPPARγは共に定常状態で発現していることが確認された。

 次に、腫瘍壊死因子-α(TNF-α:10ng/ml,8時間)を投与し、LOX-1の発現が濃度依存性に亢進することを確認した。これは今まで報告されている結果とほぼ同様であった。さらにPPARαリガンドとしてWy14643またはfenofibric acid(いずれも20-200μM)を、PPARγリガンドとして15-deoxy-△12,14-prostaglandin J2(15d-PGJ2:1-10μM)及びチアゾリジン誘導体(PioglitazoneまたはTroglitazone:1-10μM)を使用して24時間前投与を行った後、TNF-αと共にさらに8時間培養した。培養終了後細胞を回収してRNAを抽出し、LOX-1のプローブを用いてノザンブロッティングを施行、各群におけるLOX-1 mRNA発現を比較した。TNF-α誘導によるLOX-1 mRNAの発現亢進は、PPARγリガンドの併用投与によって濃度依存性に抑制された。これに対し、PPARαリガンドを投与しても明らかな抑制作用を示さなかった。さらにLOX-1抗体を用いた免疫染色においても、TNF-αによりLOX-1の蛋白レベルの発現が亢進し、PPARγリガンドの15d-PGJ2がこれを抑制したが、PPARαリガンドのWy14643は有意の影響を与えなかった。これらの結果よりPPARγリガンドの血管や重要臓器に対する保護作用の機序としてLOX-1発現の抑制が重要である可能性が示唆された。しかし、このようなin vitroの成績の解釈で常に問題となるのは、得られた成績がin vivoをどの程度反映しているのかということである。そこで、マウスを用いて同様の現象がin vivoでも観察されるのか否かについてさらに検討を加えた。

8週齢、オスC57BL/6Jマウスに対して普通食ないしは0.01%Pioglitazone含有食を7日間投与し、両群に対してvehicleあるいはTNF-α(400μg/kg)の腹腔内投与を行った。その8時間後に両側の腎を摘出し、臓器におけるLOX-1遺伝子発現の変化を検討した。TNF-α非投与のC57BL/6Jマウスにおいては腎LOX-1の発現はごくわずかであったが、TNF-α腹腔内投与により明らかな発現の亢進を認めた。しかし、in vitroの成績と同様に、PPARγリガンド前投与によってこのLOX-1発現は抑制された。さらに、他のチアゾリジン誘導体であるTroglitazone(200mg/kg/day)を7日間強制経口投与した場合にも同様の結果が得られた。以上より、PPARγリガンドは、炎症性刺激に対するLOX-1の発現亢進に対して、in vitroのみならずin vivoにおいても抑制的に作用することが認められた。

 以上より、PPARγは炎症性刺激によるLOX-1の発現に対し、in vitro、in vivoにおいて共に抑制的に作用したことから、PPARγにおいて示唆されている臓器傷害保護作用のメカニズムの一つとして、動脈硬化形成に促進的に働くLOX-1の発現抑制が何らかの役割を果たしている可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は高血圧、糖尿病などの生活習慣病における臓器障害や動脈硬化形成に重要な役割を果たしている酸化LDLの血管内皮における受容体、レクチン様酸化LDL受容体、LOX-1の発現に対するPeroxisome proliferator-activated receptor、PPARリガンドの作用を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.培養ウシ血管内皮細胞(BAEC)におけるPPARα及びPPARγの発現について、Reverse Transcription-Polymerase Chain Reaction(RTPCR)法及びPCR産物のシークエンスを施行した。その結果、BAECにおいてPPARα及びPPARγは共に定常状態で発現していることが確認された。

2.BAECに腫瘍壊死因子-α(TNF-α)を投与し、LOX-1 mRNAの発現が濃度依存性に亢進することをNorthern blotにより確認した。TNF-α誘導によるL0X-1 mRNAの発現亢進は、PPARγリガンドの併用投与によって濃度依存性に抑制された。これに対し、PPARαリガンドを投与しても明らかな抑制作用を示さなかった。さらにLOX-1抗体を用いた免疫染色においても、TNF-αによりLOX-1の蛋白レベルの発現が亢進し、PPARγリガンドの併用投与がこれを抑制したが、PPARαリガンドの併用投与では有意の影響を与えなかった。PPARγリガンドの血管や重要臓器に対する保護作用の機序としてLOX-1発現の抑制が重要である可能性が示唆された。

 3.8週齢、オスC57BL/6Jマウスに対して腎におけるLOX-1遺伝子発現の変化を検討した。TNF-α非投与のC57BL/6Jマウスにおいては腎LOX-1 mRNA、蛋白の発現は共にごくわずかであったが、TNF-α腹腔内投与により明らかな発現の亢進を認めた。しかし、in vitroの成績と同様に、PPARγリガンド前投与によってこのLOX-1発現は抑制された。以上より、PPARγリガンドは、炎症性刺激に対するLOX-1の発現亢進に対して、in vitroのみならずin vivoにおいても抑制的に作用することが認められた。

 以上、本論文は、PPARγにおいて示唆されている臓器傷害保護作用のメカニズムの一つとして、動脈硬化形成に促進的に働くLOX-1の発現抑制が何らかの役割を果たしている可能性を示唆した。動脈硬化をはじめとする臓器障害に対する、PPARγリガンドのチアゾリジン系薬剤の柳制作用の証明は、今後の臨床治療における新たな展望に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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