学位論文要旨



No 118314
著者(漢字) 上野,知子
著者(英字)
著者(カナ) ウエノ,トモコ
標題(和) 腎障害におけるLOX-1発現亢進について
標題(洋)
報告番号 118314
報告番号 甲18314
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2121号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 講師 平田,恭信
 東京大学 講師 大野,実
内容要旨 要旨を表示する

 様々な原因による慢性腎不全の進行因子として、糸球体過剰濾過を中心とする血行力学的因子やレニン・アンジオテンシン系の活性が重視されている。その他の因子としてTGF-β等の液性因子や酸化ストレス、さらに脂質代謝異常の関与が示唆されている。これらの因子は腎臓のメサンギウム細胞や血管内皮細胞等に作用して種々のサイトカインやgrowth factorを放出し、最終的に糸球体硬化や間質の繊維化に至ると考えられているが、その詳細な機序については未だ明らかではない。近年、腎障害の進展における動脈硬化と糸球体硬化の類似性が指摘されていることから、酸化LDLの重要性が注目されている。

酸化LDLは腎臓にて様々なサイトカインや接着因子等の放出を促し、これらの結果として細胞増殖、細胞外基質増生、泡沫細胞の浸潤等を生じ、腎障害をきたすことが想定されている。腎不全モデル動物を用いた実験においても、高脂血症の原因となる脂質代謝異常が腎障害に関与していることが示唆されている。

このように、酸化LDLと腎障害の進展に何らかの関与があることは様々な報告から示唆されているものの、その詳細な機序や他の腎機能増悪因子との関連については未だ明らかではない。

1997年に沢村らによって血管内皮細胞に存在する酸化LDL受容体がクローニングされ、細胞外にレクチン様ドメインを持つためにLectin-like oxidized LDL receptor,LOX-1と命名された。LOX-1を介して酸化LDLの細胞障害作用が生じること、炎症性サイトカイン、shear stress、酸化ストレス、アンジオテンシンII等の種々の因子で発現が誘導されること、血管内皮細胞の他にマクロファージ、血管平滑筋細胞にも発現することが報告されている。また、LOX-1はヒトの動脈硬化病変部位での発現が亢進している報告などから、動脈硬化形成との関連についても示唆されている。

当教室の長瀬らは、遺伝的高血圧モデルラットであるDahl食塩感受性(DS)ラットを用いて腎臓でのLOX-1の発現を解析し、DS高食塩負荷群では対照群に比べて著明な血圧上昇と、血清クレアチニン、尿素窒素上昇、尿蛋白量増加といった腎障害の発症と並行して腎臓におけるLOX-1の発現が亢進していることを報告した。これらの結果からLOX-1と腎障害に何らかの関連があることが示唆された。

しかしながら、Dahl食塩感受性ラットは食塩感受性高血圧の遺伝的モデルラットであるので、より一般的な腎障害モデルにおけるLOX-1発現を解析することを考え、私は慢性腎不全モデル動物である5/6腎摘ラットを作成してその残存腎におけるLOX-1発現とその降圧剤投与による変化を調べ、腎臓でのLOX-1の発現機序と腎障害の関連についての考察を加えることとした。

プロトコール1:体重200-220gのオスSDラットを購入し、右腎を全摘出しその後左腎を2/3摘出する5/6腎摘を施行した。コントロールは同様に麻酔をして開腹したのみのSham opeを施行したラットを用いた。5/6腎摘ラットの一部は、アンジオテンシンtype I受容体拮抗薬カンデサルタンを10mg/kg/dayで経口投与した。6週間0.5%NaCl含有の普通食にて飼育後にtail cuff法にて血圧を測定し、残存腎を摘出してLOX-1 mRNA、LOX-1蛋白発現、残存腎組織内のアンジオテンシンIIを測定した。その他、尿蛋白、血清クレアチニン、血清尿素窒素、総コレステロール値などを測定した。LOX-1のmRNAはNorthern blot法で解析した。蛋白発現は、一次抗体に抗ラットLOX-1ポリクローナル抗体を用いて凍結切片上にて免疫染色を行った。腎組織内アンジオテンシンII含有量はradioimmunoassay法にて測定した。

プロトコール2:同様に5/6腎摘をした慢性腎不全ラットに降圧剤ヒドララジンを6mg/kg/day飲水投与し、6週間後の血圧、尿蛋白、血清クレアチニン、血清尿素窒素、総コレステロールなどを測定した。残存腎におけるLox-1の発現はPoly A Northern blot法にて解析した。

プロトコール1の結果、5/6腎摘ラット群では収縮期血圧の上昇、腎機能低下、糸球体肥大や間質での著明な単球の浸潤を伴う腎組織障害とともに、残存腎でのLOX-1発現はコントロールと比較して約4.5倍に亢進していた。アンギオテンシンII type I受容体拮抗薬カンデサルタン投与によって、収縮期血圧降下、腎障害改善と共にLOX-1の発現は抑制された。収縮期血圧、血清クレアチニン、尿素窒素、尿蛋白とLOX-1発現量には相関関係を認めたが、最も相関係数が高かったのは尿蛋白であった。免疫染色ではLOX-1蛋白発現は間質を中心に認められており、5/6腎摘ラット群での抗vWF抗体、抗ED-1抗体、抗αsmooth muscle cell抗体での染色結果から、LOX-1は傍尿細管血管内皮細胞、マクロファージ、myofibroblastでの発現の可能性が考えられた。尚、糸球体での発現はわずかしか認められなかった。その他、5/6腎摘ラット群の残存腎組織内におけるアンギオテンシンII含有量はコントロール群と比べて上昇が認められた。

 プロトコール2の結果、ヒドララジン投与群ではコントロールと同程度の降圧効果を認めたが、腎機能障害は改善しないにもかかわらずLOX-1の発現はコントロールと比較して約4.8倍に増加していた。

 これまでにLOX-1の発現と動脈硬化病変との関連が示唆されており、腎臓でのLOX-1発現亢進は細動脈硬化を進展させ二次的に間質障害の進行や糸球体硬化の原因となりうると考えられた。また、血管内皮細胞ではLOX-1を介してMCP-1の発現が亢進することが報告されており、LOX-1の発現によって間質へのマクロファージの浸潤が増加して腎障害を悪化させる可能性も考えられた。マクロファージやfibroblastといった間質障害に直接関与している細胞でもLOX-1が発現している可能性が認められ、LOX-1を介した酸化LDLの細胞障害作用が間質での腎障害を進行させる可能性も考えられた。プロトコール2の結果からは、慢性腎不全モデルラットにおけるLOX-1の発現亢進には、血圧上昇よりもむしろアンギオテンシンIIの影響が強いと示された。

私は一般的な慢性腎不全モデルである5/6腎摘ラットを用いて、腎臓でのLOX-1発現亢進を示した。各種降圧剤を用いた検討と、残存腎組織内アンジオテンシンII含有量の測定結果より、残存腎でのLOX-1発現亢進はアンギオテンシンIIの影響を強く受けていると考えられた。また、腎間質中心の発現であること、腎機能低下と並行してLOX-1発現が亢進したことから、LOX-1が進行性の腎障害の病態、特に間質の病変進行に何らかの役割を果たしている可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は一般的な慢性腎不全モデルラットにおける酸化LDLの内皮型受容体、Lectin-like oxidized LDL receptor,LOX-1の発現を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.一般的な慢性腎不全モデルラットである5/6腎摘ラットの残存腎において、腎機能障害と並行しLOX-1発現が亢進していることをNorthern blot法と、抗ポリクローナルラットLOX-1抗体を用いた免疫染色により確認した。

2.降圧剤アンジオテンシンIIによって、血圧低下、腎機能改善と共にLOX-1の発現は抑制された。また降圧剤ヒドララジン投与による検討で、血圧はコントロールと同程度であってもLOX-1発現は亢進していることを示し、LOX-1の発現にはアンジオテンシンIIの作用が大きく影響していることを示唆した。さらに、5/6腎摘ラットの残存腎組織内のアンジオテンシンIIは増加していたことを示した。

3.残存腎内でのLOX-1の発現部位は間質中心であったことから、内皮細胞を特異的に染色する抗von Willebrand Factor抗体、マクロファージを染色する抗ED-1抗体、myofibroblastを染色する抗αsmooth muscle抗体を用いて、5/6腎摘ラットの腎組織を染色した。いずれの染色においても、残存腎でのLOX-1蛋白発現と一部一致した染色分布を示していた。この結果から、慢性腎不全モデルラットにおけるLOX-1の発現は、傍尿細管血管内皮細胞、マクロファージ、myofibroblastでの発現である可能性が示された。

 以上、本論文は、慢性腎不全モデルでの腎機能と並行したLOX-1発現亢進と、腎間質中心のLOX-1蛋白発現を示し、その機序としてはアンジオテンシンII作用の関与を示した。酸化LDL受容体LOX-1の発現が腎間質障害の進行において何らかの役割を果たしている可能性を示唆したことで、今後の臨床治療における新たな展望に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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