学位論文要旨



No 118315
著者(漢字) 槇田,紀子
著者(英字)
著者(カナ) マキタ,ノリコ
標題(和) PHPIa/下痢症の原因となる新しいαs変異体の分子機構、およびG蛋白質共役受容体とG蛋白質の共役に関する解析
標題(洋)
報告番号 118315
報告番号 甲18315
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2122号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 北村,聖
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 助教授 門脇,孝
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

 進化を通じて多様性を共に獲得してきたG蛋白質共役受容体とG蛋白質は、ホルモン作用、循環調節、感覚・神経伝達、生体防御など多様な情報ネットワークに関与する。細胞膜受容体を介する情報伝達において、これらG蛋白系はキナーゼ系と双壁を成している。われわれは、2つの視点からG蛋白質のシグナル伝達についての研究を進めた。(I)新しい「G蛋白質病」を解析し、G蛋白質の作用機構についての新しい知見を得た。(II)多様性をもったG蛋白質と多様性をもった受容体の相互作用を網羅的に把握することを目標に、簡便な再構成法を確立した。以下に要約を示す。

 (1)偽性副甲状腺機能低下症Ia型/下痢症の原因となる新しいGs変異体の解析

 細胞内情報伝達系においてG蛋白質はその本幹を担うため、G蛋白質の異常の多くは致死的であり、G蛋白質病の多くはまれな内分泌疾患などに限られる。偽性副甲状腺機能低下症Ia型は、機能喪失(loss of function)性の代表的G蛋白質病の1つである。Gsの2アレルの機能喪失は致死だが、1アレルの喪失はPHPIaを呈し、Gsを介するホルモンの作用不全をきたす。ほとんどの変異でGs蛋白発現の消失が機能喪失を生じるが、Gs蛋白質の発現がありながら機能喪失をきたすGs変異体が数例発見され、それらの解析はG蛋白質の作用機構の解明に大きく寄与してきた。今回、PHPIaと下痢症(幼少時期)を合併するロンドンの一家系で、グアニンヌクレオチド結合部位の4アミノ酸残基(AVDT)が繰り返し配列をとる新しいGs変異体が発見された。この解析によって、本症候群の病態メカニズムが明らかとなるとともに、Gsの脱感作を制御するパルミチン酸化と、その疾患における意義について新たな知見が得られた。

【結果と考察】

生化学的検討(GTPγS binding assay、steady state GTPase assay)を行う目的で、αs-AVDTをSf9細胞より精製した。αs-AVDT蛋白は、(1)GDPの放出速度が少なくとも30倍に亢進していること、(2)GTPの加水分解が抑制されていることがわかった。この結果GTP結合型が蓄積し、受容体刺激なしでエフェクターを活性化できる、つまりConstitutively activeな蛋白と結論される。一方、グアニンヌクレオチド存在下で蛋白を反応させると、αs-AVDTはαs-WTに比べ約100倍早く失活することから、不安定な蛋白であると考えられた。一方、遺伝的にGsを欠損するcyc-細胞にαs-WTあるいはαs-AVDTを安定に発現させ、受容体刺激前後でのcAMP蓄積量を測定した。無刺激下では、αs-AVDT安定株はconstitutive activityを示した。しかし、いったん受容体刺激を加えると、αs-WTとは明らかに異なり、loss of functionを呈した。αs-AVDT安定株での蛋白発現をみると、αs-WTのそれと比べてごくわずかであった。

以上、αs-AVDTは不安定な蛋白である結果loss of functionをきたし、全般的にはPHPIaを呈すると考えられる。一方、もしconstitutive activityが腸管特異的に増強されるならば、コレラと同様のメカニズムによって下痢を呈すると考えられる。もしそうであるのなら、そのメカニズムとして考えられるのは、(1)腸管細胞特異的にαs-AVDT蛋白の発現が亢進する可能性、(2)腸管細胞特異的にαs-AVDTがエフェクターの存在する細胞膜に局在する可能性、が挙げられるbαs-AVDT蛋白発現は特異的に多いということはなく(1)の可能性は否定され、(2)の可能性について検討した。

 αs-WTあるいはαs-AVDTの局在を検討したところ、静止状態で不活性型のαs-WTは細胞膜に局在していた。一方、αs-AVDTは活性型である結果、通常の細胞では脱パルミチン酸化による脱感作を受け細胞質に局在するのに対し、腸管細胞由来のIEC-6では細胞膜に局在していた。それに一致して、エフェクターの活性の増大も観察された。腸管細胞でαs-AVDTが細胞膜に局在する理由として、腸管細胞では脱パルミチン酸化が抑制されていると推定される。そこで、アデノウイスルベクターを用いて脱パルミチン酸化を制御するパルミチン酸エステラーゼを発現させたところ、細胞膜に局在していたαs-AVDTは細胞質へ移行し、これに一致してエフェクターの活性化も低下した。

 以上から、腸管細胞では脱パルミチン酸化が抑制されていることによってαs-AVDTは活性型であるにもかかわらず細胞膜に局在すると考えられる。その結果constitutive activityが増強され、下痢を呈すると推定される。

本解析の結果から以下の2点が考察される。

(1)細胞特異的にGsαの脱感作を制御するパルミチン酸化

(2)Gs作用機構解明に役立つ新たなGs変異体を発見するためのポイント

(1)パルミチン酸化は細胞特異的にGsの脱感作を制御する受容体の脱感作は、持続的な刺激に対して細胞の反応を鈍化あるいは消失させるもっとも一般的なメカニズムである。GRKs(G protein coupled receptor kinases)やarrestinは受容体の脱感作に重要な役割を有している。一方、Gsレベルでの脱感作も存在する。今回の研究により、パルミチン酸化によるGsの局在と脱感作の制御が、細胞特異的にコントロールされていることが明らかとなった。今後G蛋白質のパルミチン酸化は、心不全や高血圧といった脱感作の異常を原因とする心血管系の疾患に対する新たな治療のターゲットとなりうると考えられる。

(2)Gs作用機構解明に役立つ新たなGs変異体を発見するためのポイント

これまで、蛋白発現はありながらPHPIaを呈する変異体や、蛋白発現がなくともin vitro translationによって機能蛋白を作成できる変異体の解析によって、Gsの作用機構そのものが明らかとなってきた。Gsの活性はGDP-GTP交換反応とGTPの加水分解からなるサイクル(αsサイクル)で制御されており、理論的には6つのステップそれぞれに異常を呈する変異体が存在するはずである。(1)受容体-G蛋白質の相互作用の障害、(2)不安定性、(3)GTP結合の障害、(4)G蛋白質-エフェクターの相互作用障害、(5)局在の異常、(6)異常なGTPase亢進による不活化である。実際、これまで発見されてきた蛋白発現のあるGs変異体は、すべていずれかにマップされる。このマッピングによって、Gs変異体がどこでどのように正常に機能できないかの理解が容易になる。さらに、それらを解析することによって、正常なG蛋白質共役受容体-G蛋白質-エフェクターの相互作用の分子メカニズムが明らかになっていくと考えられる。今後、示唆的なGs変異体を発見するためには、(1)PHPIaを呈しながらもGs蛋白発現が正常な症例、(2)PHPIaに加えて何らかの臨床所見を呈する症例に注目していくことが重要である。

 (II)簡便な再構成法によるG蛋白質共役受容体とG蛋白質の共役性についての検討

 多くの循環調節ホルモンはG蛋白質共役受容体を介して作用する。われわれが現在までに手にしている薬剤の約半分はG蛋白共役受容体をターゲットとしていることを考慮すると、受容体-G蛋白質のシグナルの解明は非常に重要である。しかし、個々の受容体がどのG蛋白質と共役するかについては、必ずしも明らかになっていない。そこでわれわれは、受容体とG蛋白質との共役を直接検討する簡便な再構成法を確立した。

 再構成法を確立するため、G蛋白質の精製と、受容体を発現させた細胞膜の調整から行った。Sf9細胞に目的のα,βγ(αs,αi2,α12,α13,αq,β1γ2等)をコードしたバキュロウイルスを感染させることにより蛋白を発現させた。αs以外のG蛋白質については、その細胞から細胞膜を調整し、適切な可溶化剤により可溶化後、何段階かのカラムにより大量に蛋白を精製した。αsに関しては細胞質より精製した。一方、受容体に関しては、目的の受容体をアデノ-デキストラン法を用いてCOS-7細胞に強発現させ、細胞膜を調整した。精製G蛋白質と調整細胞膜を適切なバッファーで再構成することにより、再構成法が成立していることを確認した。つまり、受容体とαβγがそろってはじめて、アゴニスト刺激によりG蛋白質の活性化が認められた。

 この方法を用いて、1つのアゴニストが複数の受容体を刺激し、さらには1つの受容体が複数のG蛋白質と共役する、といったクロストークを解き明かす作業を現在進めているところである。一例として、心血管系における主要なカテコールアミン受容体であるβ1アドレナリン受容体とβ2アドレナリン受容体とG蛋白質との共役性についての解析を行った。今後、哺乳類細胞でのdominant negative変異G蛋白質(プロトタイプ作成済み)を用いた検討と組み合わせることにより、受容体-G蛋白質の共役の解析や薬物のスクリーニングに幅広い応用が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、(1)偽性副甲状腺機能低下症Ia(PHP-Ia)/下痢症の原因となる新しいαs変異体の分子機構を解析し、また、(2)G蛋白質共役受容体とG蛋白質の共役の簡便な解析法を樹立しこれを応用することを目的に行われた。下記の結果を得ている。

 1.PHP-Ia/下痢症の原因となるαs-AVDT(GDP/GTP結合部位の4残基AVDTが繰り返し配列をとる新しい変異)をSf9細胞より精製し、生化学的解析を行った。その結果、(a)αs-AVDTはGDPの放出速度が少なくとも30倍に亢進していること、(b)GTPの加水分解が軽度に抑制されていることを明らかにした。このため、αs-AVDTは活性型変異体として機能する。一方で、αs-AVDTは細胞内で主なGTPの存在下にαs-WTに比べて約100倍速く失活する。すなわち、αs-AVDTは活性型であるとともに不安定な蛋白質であることを明らかにした。

 2.PHP-Iaは、1アレルのαsの不活性化を原因とする疾患である。αs-AVDTが不安定な蛋白質であることは、PHP-Iaという表現型を説明する。一方で、もし活性型変異であるという特性が腸管特異的に発揮されれば、コレラと同様なメカニズムによって下痢を呈すると考えられる。事実、αs-AVDTは腸管細胞由来の細胞株で活性型である特性が特異的に増強された。

 3,静止状態でαsは細胞膜に局在する。活性化すると細胞膜局在シグナルであるパルミチン酸化がはずれる(脱パルミチン酸化)ことによって細胞質へと移行する。Gsの潜在的な脱感作機構である。腸管細胞由来の細胞株では、αs-AVDTが活性型であるにもかかわらず、脱パルミチン酸化が抑制されていることによって、細胞膜に局在し活性が特異的に亢進していた。この特徴は、アデノウイルスを用いてパルミチルエステラーゼを過剰発現することによって抑制された。

 これらの結果から、αs-AVDTによるPHP-Ia/下痢症のメカニズムが明らかとなるとともに、αsの局在と活性を制御するパルミチン酸化が細胞特異的に制御されていることが明らかとなった。

 4.G蛋白質共役受容体とG蛋白質、および、G蛋白質系に作用する薬物の多様性は拡大の一途をたどっている。しかし、どの受容体がどのG蛋白質を活性化するのかという基本的な課題(共役の特異性)はかならずしも明らかになっていない。そこで、受容体とG蛋白質の共役を直接検討する目的で簡便な再構成法を確立した。アデノウイルスを用いて任意の受容体を過剰発現した細胞膜に、Sf9細胞より精製したG蛋白質α、βγサブユニットを再構成し、アゴニスト添加によるG蛋白質を活性化を検討するものである。

 5,これを用い、一応用例として循環調節に重要なβ1、β2アドレナリン受容体とG蛋白質の共役について検討した。現在のドグマはβ1受容体はGsのみに、一方β2受容体はGsとGiに共役するというものである。本検討によってリン酸化されたβ2受容体がGiと共役するという現在の理論以外のメカニズムが作動している可能性が示唆された。

 以上本論文は、(1)PHP-Ia/下痢症の原因となるαs-AVDTの解析、(2)G蛋白質共役受容体とG蛋白質の共役の簡便な解析を、哺乳類細胞への遺伝子導入と精製G蛋白質を用いた生化学的検討を駆使して達成したものであり、学位の授与に値するものと認められる。

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