学位論文要旨



No 118317
著者(漢字) 岡崎,啓明
著者(英字)
著者(カナ) オカザキ,ヒロアキ
標題(和) 組み換えアデノウィルスを用いたホルモン感受性リパーゼ過剰発現によるマクロファージの脱泡沫化
標題(洋) Elimination of Cholesterol Ester from Macrophage Foam Cells by Adenovirus-mediated Gene Transfer of Hormone-sensitive Lipase
報告番号 118317
報告番号 甲18317
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2124号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 講師 平田,恭信
 東京大学 講師 本倉,徹
 東京大学 講師 石井,彰
内容要旨 要旨を表示する

文明の近代化に伴う生活習慣の変化により、近年の我が国において、糖尿病・高脂血症・高血圧・肥満などのいわゆる生活習慣病は著しく増加している。それらの疾患を危険因子として発症する脳梗塞や心筋梗塞などの動脈硬化性疾患もまた増加しており、その発症は生活の質を著しく低下させるだけでなく、死因としても現在の我が国において最多のものとなっており、その治療は重要な課題である。現在のところ動脈硬化性疾患の治療は、上述の危険因子の管理に加えて、閉塞した血管を開存させる内科的カテーテル治療や外科的治療を主体としている。しかし、様々な合併症の存在によりこれらの侵襲的治療が不可能となる症例も数多く、新たな動脈硬化治療法の開発が望まれている。

血管の内腔を被っている血管内皮細胞は、生来様々な侵襲に耐えているが、上述の危険因子の存在によって侵襲をうけやすくなると言われている。侵襲部位の周囲にはマクロファージ(Mφ)などの炎症細胞が浸潤し、活性化されたMφは血中の変性リポ蛋白を取り込むことにより脂質を蓄積し泡沫化Mφとなる。この泡沫化Mφの集積により、侵襲部位は脂質を多く含む粥状動脈硬化病変へと進展し、さらには血管を閉塞するに至る。従って、このMφ泡沫化の抑制は、動脈硬化病変の治療の標的として重要である。

Mφ泡沫化は、スカベンジャー受容体による変性リポ蛋白の取り込みにより始まる。取り込まれたリポ蛋白中のコレステロールエステル(CE)は一旦ライソゾームで分解された後、acyl-CoA:cholesterol acyltransferase 1(ACAr1)によって再エステル化され、CEとして細胞内に蓄積し、泡沫化Mφとなる。

 従って、ACArの抑制はMφ泡沫化を抑制する可能性があり、これまで多くの研究がなされてきた。様々なACAr阻害剤が粥状動脈硬化病変の抑制を目的に作られ、in vitroではMφへのCE蓄積を抑制することが示され、in vivoでも動脈硬化抑制効果を示す報告もあった。しかし、われわれは以前に、ACAT1 ノックアウトマウスを作成し動脈硬化モデルマウス(LDL受容体欠損マウス・apoE欠損マウス)と交配することにより、ACAr1欠損の動脈硬化に及ぼす影響について検討したところ、ACAr1欠損は動脈硬化病変のCE含量を減少させるが著しい病変の改善はもたらさず、逆に黄色腫などの副作用をもたらすことを見い出し、ACAr阻害の治療的意義に疑問を投げかけた。その後、Mφ特異的なACAT1欠損は逆に動脈硬化を悪化させることが報告された。これは、Mφ特異的なACAr1欠損によって細胞内に遊離コレステロール(FC)が蓄積し、これにより細胞毒性・細胞死がもたらされ、これにより動脈硬化病変が悪化するためと考えられた。従って、現在ではMφ特異的なACAr1阻害による泡沫化抑制は、動脈硬化病変の治療手段として考えにくくなった。

さて、Mφに蓄積したCEは、中性CE水解酵素(NCEH)によって分解されるといわれている。従ってNCEH活性の増加は、やはり泡沫化を抑制する可能性がある。従来、MφのNCEHは、脂肪細胞において中性脂肪分解酵素(TGL)として働いているホルモン感受性リパーゼ(HSL)と同一であるとされていた。そこで、MφのNCEHの機能を明らかにするため、われわれはHSLノックアウトマウスを作成したが、HSL欠損のMφにもNCEH活性は残存していたため完全なNCEH欠損は得られず、結局、Mφ泡沫化におけるNCEHの機能は明らかとはならなかった。そこで今回私は、NCEHのMφ泡沫化における役割、その動脈硬化病変の治療手段としての可能性を検討するため、NCEHの責任分子の一つであるHSLを泡沫化Mφに過剰発現させた。

Mφは、様々な遺伝子導入手段に抵抗性であることが知られている。例えば、プラスミドトランスフェクションによる泡沫化MφへのHSL過剰発現の報告もあるが、十分なHSL活性の上昇は得られず、逆にACAr活性の代償性の上昇を認めたため、十分に細胞内のCE水解反応を促進させられず、CEの水解亢進が泡沫化Mφに及ぼす影響は検討できていなかった。そこで、今回は、組み換えアデノウィルスによりHSLを十分に泡沫化Mφに過剰発現させ得る系で検討した。

1)Mφにおける過剰発現モデルの確立

組み換えアデノウィルスを用いてMφに遺伝子を導入した実験の報告はほとんどなく、Mφは組み換えアデノウィルスの感染に抵抗性を持つことが予想されたため、まずわれわれは、様々な細胞株・初代培養細胞にβ-galactosidaseの組み換えアデノウィルスを感染させることにより、その遺伝子導入効率を検討した。その結果、予想通りほとんどの細胞株・初代培養細胞では高い感染効率が得られなかったが、唯一THP-1細胞において、細胞毒性の見られないウィルス濃度において、高い感染効率が認められることを見い出した。THP-1細胞は、泡沫化Mφのモデルとしてよく用いられている細胞株であり、組み換えアデノウィルスを用いたTHP-1細胞への遺伝子導入がMφにおける蛋白の機能解析の有力な研究手法となることを、初めて示した。

次に、HSLの組み換えアデノウィルス(Ad-HSL)を作成した。これをTHP1細胞に感染させることにより、HSLを過剰発現させた。過剰発現を、western blot analysis、northern blot analysis、脂肪分解酵素活性(TGL活性・NCEH活性)の測定により確認した。HSLの過剰発現により、NCEH活性は、コントロールの約120倍に上昇した。

 次に、THP-1細胞をphorbol 12-myristate 13-acetateで刺激することにより、THP-1Mφに分化させ、これにアセチル化LDL(acLDL)を負荷することにより、細胞内にCEを貯留させ、これを泡沫化Mφのモデルとした。

この細胞に、Ad-HSLを感染させ、以下の実験を行った。

2)HSLの過剰発現によるMφの脱泡沫化

泡沫化MφにHSLを過剰発現させ、細胞内コレステロール濃度を測定した。細胞内CEはHSL過剰発現によって完全に消失した。一方、細胞内FCは増加しなかった。CEの完全な除去がFCの増加を伴わなかったことから、HSLによるCEの分解産物であるFCは、細胞外に効果的に放出されている可能性が示唆された。このHSL過剰発現による細胞内CEの除去効果は、Oil Red O染色によっても確認された。即ち、acLDLによって増加した脂肪滴はHSL過剰発現によって著しく減少した。in vivoで同様の結果が示されるならば、HSLの過剰発現は泡沫化病変の治療に使える可能性があり、今後の検討が期待される。

上述のように、ACAr阻害ではCE合成の抑制によるFC蓄積・細胞死を招いたため治療手段となりえなかったため、CE分解を促進するHSL過剰発現は、FC蓄積・細胞死を招く可能性も考えられたが、今回の結果から、驚くべきことにHSL過剰発現はFC蓄積をもたらさないことがわかった。さらに、細胞死を検出するMTT試験では、HSL過剰発現によって細胞死の増加は認めないことが確認された。この結果は、HSL過剰発現の治療的可能性を高めるものであった。

HSL過剰発現によるこのCE除去効果を、さらに、細胞内のCE合成能の検討により確認した。14Cラベルしたオレイン酸からのCE合成を測定したところ、HSL過剰発現群ではCE合成の完全な抑制を認めた。これらの細胞ではACAr活性に変化を認めなかったことから、このCE除去は純粋にHSL過剰発現によるものであることが確認された。

3)MφにおけるCE加水分解に伴うFC放出のメカニズム

ACAr阻害も、HSL過剰発現も、共にCEの減少をもたらす反応であるにもかかわらず、前者はFCの蓄積をもたらすが、後者はFCの増加をもたらさないというのはFCの細胞内動態を考える上で、非常に興味深い結果である。即ち、HSLによるCEの水解は、分解産物であるFCの細胞外への放出(FC Efflux)を伴う可能性が示唆され、このメカニズムをさらに追求した。3HCEで置換したacLDLを取り込ませることにより細胞内CEを3Hラベルし、細胞内から細胞外へのFC Effluxを測定した。その結果、HSL過剰発現群では、FC Effluxが増加していることが確認された。さらにnorthern blot analysisで、FC Effluxの律速段階の一つである、ATP-binding cassette transporter A1(ABCA1)の発現がHSL過剰発現により増加していることがわかった。すなわち、HSL過剰発現は、CEを水解するだけでなく、少なくとも一部はABCA1の増加を介して、FC Effluxを増加させる、というメカニズムが解明され、この結果は、脂肪分解とコレステロールの細胞内動態の関係に新たな知見を加えるものであった。

 4)HSLのMφ泡沫化の制御における重要性

 従来、Mφ泡沫化の制御においては、FC Effluxの他に、変性リポ蛋白の細胞内への取り込み(lipoprotein uptake)が重要であるとされてきた。そこで、次に、HSLの過剰発現が、lipoprotein uptakeに及ぼす影響を調べた。acLDLを125Iラベルし、その細胞内への取込みを測定したところ、HSL過剰発現群では、lipoprotein uptakeが減少していることが示された。さらに、northern blot analysisでは、lipoprotein uptakeの律速段階であるスカベンジャー受容体(scavenger receptor A・CD36)の発現が、HSL過剰発現で減少していることがわかり、これによりlipoprotein uptakeが低下したことが示唆された。この結果から、HSL過剰発現は、CEの水解を亢進するだけでなく、上述のFC Effluxの増加と、lipoprotein uptakeの減少を伴うことが初めて分かり、Mφ泡沫化の制御におけるCE水解の重要性が初めて示された。生体内の種々のMφの中でも、動脈硬化病変の泡沫化MφのNCEH活性は特に低いことが報告されており、NCEHがMφ泡沫化の律速段階である可能性がこれまでに示唆されているが、今回の結果から、NCEH活性のMφ泡沫化の制御における重要性、動脈硬化の治療標的としての重要性が改めて示された。

 まとめると、今回の研究は、NCEHがMφ泡沫化の制御において重要な役割を果していること、NCEHが動脈硬化の新たな治療標的となりうる可能性を初めて示したものである。in vivoでのNCEH活性上昇が、動脈硬化の治療につながるのかが、最終的に興味のあるところであり、今後の発展が期待される。

また上述の通り、MφのNCEHは、HSL欠損マウスでの知見から、HSL以外にも存在することがわかっている。同様に、脂肪細胞のTGLは、これまでHSLが主要なものであると考えられていたが、HSL欠損マウスでの知見から、脂肪細胞のTGLもHSL以外に存在することが判明している。すなわち、興味深いことに、Mφだけでなく、脂肪細胞においてもリパーゼの重複が存在している。私は以前に、この未知のリパーゼは、脂肪細胞においてはそのホルモン感受性や細胞内局在などにおいてHSLとかなりよく似た挙動を示すことを見い出し、重複するリパーゼ同士がよく似た分子である可能性の他に、リパーゼ以外の分子による脂肪分解の制御機構が存在する可能性を示唆し報告した。実際、近年複数のグループから、リパーゼ以外の脂質・リパーゼ関連分子(lipid/lipase-associated molecules:LAMs)が、基質(脂質)や酵素(リパーゼ)との相互作用を介して脂肪分解を調節していることが報告されている。MφにもこれらのLAMsが存在することが知られてきており、Mφにおいても、重複するNCEHsだけでなく、これらのLAMsが脂肪分解を制御している可能性がある。脂肪分解の促進によりMφ泡沫化の改善を認めた今回の結果を考えあわせると、リパーゼだけでなくLAMsも動脈硬化の治療標的となる可能性があり、未知のNCEHの同定と共に、今後の研究の更なる進展が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 動脈硬化病変の形成において、コレステロールエステル(CE)を蓄積した泡沫化マクロファージは重要な役割を果していることが知られている。泡沫化マクロファージにはCEを分解する中性コレステロールエステル分解酵素(NCEH)が存在しており、このNCEHの活性亢進はマクロファージ泡沫化の抑制を介して、動脈硬化病変の改善をもたらす可能性が期待される。しかし、現在のところNCEHのマクロファージ泡沫化における役割は明らかではない。

 本研究は、マクロファージ泡沫化におけるNCEHの役割を明らかにするため、NCEHの責任分子の一つとして知られているホルモン感受性リパーゼ(HSL)を組み換えアデノウィルスを用いて泡沫化マクロファージのモデル細胞であるTHP-1細胞に感染させ、HSL過剰発現によるNCEH活性亢進がマクロファージ泡沫化に及ぼす影響について検討することにより、マクロファージ泡沫化におけるNCEHの役割の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.HSLの過剰発現により、泡沫化マクロファージにおけるNCEH活性は亢進した。その結果、泡沫化マクロファージに蓄積した細胞内CEはほぼ完全に除去された。HSL過剰発現細胞では、CEの合成酵素であるACATの活性には変化を認めなかったことから、NCEH活性亢進の結果CE分解が促進され、細胞内CEが除去されたことが示された。すなわち、HSL過剰発現によるNCEH活性の亢進はマクロファージの脱泡沫化をもたらすことが初めて明らかとなった。これは、HSL過剰発現がマクロファージ泡沫化抑制の治療手段となりうることを示唆する重要な知見である。

 2.CE分解は遊離コレステロール(FC)の生成を伴う反応であるが、HSL過剰発現細胞において細胞内FC濃度は上昇しておらず、CEの分解に伴い生成されたFCが細胞外に効果的に放出されている可能性が考えられた。そこで、細胞内から細胞外へのFC流出を測定したところ、HSL過剰発現細胞では、FC流出が増加していることが判明した。即ち、NCEH活性亢進は、CE分解を促進させるだけでなく、同時に分解産物であるFCの細胞内から細胞外への流出を増加させることにより、効果的に細胞内CEを分解・除去していることが示された。そのメカニズムの一端として、FC流出を制御する分子として重要とされているABCA1の遺伝子発現がHSL過剰発現細胞において増加していることも示された。以上の結果は、脂肪分解とコレステロールの細胞内動態の関係に新たな知見を加えるものであった。

 3.HSL過剰発現により細胞内のCEが除去されるその他の可能性として、細胞外から細胞内へのコレステロールの取り込みが阻害されている可能性も考えられる。マクロファージは、変性リポ蛋白をスカベンジャー受容体を介して取り込むことによりCEを蓄積することが知られている。そこで次に、HSL過剰発現が細胞への変性リポ蛋白の取込み能に及ぼす影響を検討した。その結果、HSL過剰発現によって、変性リポ蛋白の取り込み能も低下していることが示された。そのメカニズムの一端として、HSL過剰発現細胞では、SR-AやCD36などのスカベンジャー受容体の遺伝子発現が低下していることが示された。すなわち、HSL過剰発現は、CEの水解を亢進するのみならず、それに伴うFC流出の増加と、変性リポ蛋白の取り込み低下をもたらすことが分かり、NCEHのマクロファージ泡沫化の制御段階としての重要性がさらに明らかとなった。

 以上、本論文は、HSL過剰発現が泡沫化マクロファージに及ぼす影響の検討により、NCEH活性亢進は泡沫化マクロファージに蓄積したCEの完全な除去をもたらすことをそのメカニズムと共に示し、NCEHがマクロファージの泡沫化制御に重要な役割を果していることを明らかにした。動脈硬化病変の治療は今なお困難であり、新たな治療法の開発が望まれるところである。本研究は、NCEHの活性亢進が泡沫化制御の手段となりうることを初めて示したものであり、今後の動脈硬化の研究および治療手段の開発に、重要な貢献をなすと考えられる。

以上より、本論文は学位の授与に値するものと認められる。

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