学位論文要旨



No 118318
著者(漢字) 能登,洋
著者(英字)
著者(カナ) ノト,ヒロシ
標題(和) パラオキソナーゼおよび血漿型PAF-アセチルヒドロラーゼの特性と動脈硬化への影響
標題(洋)
報告番号 118318
報告番号 甲18318
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2125号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 講師 平田,恭信
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

 動脈硬化症には血管壁内におけるLDLの酸化がその発症・進展に大きく関与する.HDLは抗動脈硬化的に働くが,その機序として末梢組織から肝臓へコレステロールを運搬する逆転送機能のほかにLDLの酸化を抑制する作用がある.パラオキソナーゼ1(paraoxonasel,PON1)と血漿型PARアセチルヒドロラーゼ(PAF-acetylhydrolase,PAF-AH)は後者の作用を担う酵素として近年注目されている.

本研究ではアポA-I欠損症患者におけるPON1の分布・活性の特徴(Part1)と,動物実験でPON1およびPAF-AHを過剰発現させた場合の動脈硬化への影響(Part2)を検討した.

Part1.アポA-I欠症におけるPON1の特徴

【背景・目的】

 PON1は正常人においてはHDL上にのみ存在するが,アポA-I異常症では蛋白分画に存在すると報告されている.マウスでの実験からアポA-IがPON1の活性安定化とともにHDLへの局在化に関与していることが提唱されている.しかしヒトのアポA-I欠損症におけるPON1の分布・活性は不明であった.

【方法】

 1.アポA-I欠損症患者および正常人の血清をFPLC法および超遠心法にて分画し,Western blottingにてPON1・アポA-II・アポEの分布を検討した.

2.血清PON1活性の経時的低下率を調べた.

【結果】

1.FPLC法による解析ではPON1が患者においてもHDL上にのみ存在していた.一方,超遠心法ではHDL分画と蛋白分画に一部認められたが,正常人と比較して患者では蛋白分画に分布する割合が大きかった.

2.14℃にて7日間孵置後の血清PON1活性は,患者と正常人の間で著明な差は認めなかった.37℃にて24時間孵置後の患者の血清PON1活性は正常人と比較して約80%に低下した.

【結語】

アポA-I異常症と異なりアポA-I欠損症ではPON1はHDL上に分布しているが,その活性安定化・HDLとの結合安定化にはヒトにおいてもアポA-Iが重要な役割を果たしていることが示唆された.また,これらの所見はアポA-I欠損マウスの特徴と一致していることから,マウスを用いた実験が人間におけるHDLの抗動脈硬化作用の解明に有用であることが示唆された.

Part2.PON1およびPAF-AH過剰発現による動脈硬化への影響

【背景・目的】

 PON1はヒトでもマウスでもHDL上にのみ存在する.一方,血漿型PAF-AHはヒトではLDLとHDL上に存在するがマウスではHDL上に存在しLDLには結合しないと報告されている.PON1欠損マウスでは動脈硬化が促進し,ヒトPON1やヒトPAF-RAHを過剰発現させたマウスでは動脈硬化進展が抑制されることが報告されている.

【方法】

野生型マウスおよびアポE欠損マウスに経静脈的にアデノウイルスを介してヒトPON1とヒト血漿型PAF-AHを過剰発現させ,脂質変化,酵素活性・分布,リポ蛋白被酸化能(lag time),酵素過剰含有HDLによるマクロファージ泡沫化への影響を検討した.PAF-AHに関してはLDL受容体欠損マウスも使用した.

【結果】

【結語】

PON1過剰発現は抗動脈硬化的な作用を有し,その機序としてPON1過剰含有HDLが酸化LDLの動脈硬化惹起性作用を抑制し,かつ自身の酸化を抑制して脂質引き抜き機能を保持する作用を有することが判明した.血漿型PAF-AHを用いた検討ではPON1と同様の結果が導き出されたほか,他のリポ蛋白とも結合してそれらの酸化を直接抑制することも初めて判明した.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はHDLによるLDLの酸化抑制作用において重要な役割を演じていると考えられているパラオキソナーゼ(PON1)と血漿型PAF-アセチルヒドロラーゼ(PAF-AH)の特性と作用を解明するため,アポA-I欠損症患者におけるPON1の分布・活性の特徴(Part1)と,動物実験でPON1およびPAF-AHを過剰発現させた場合の動脈硬化への影響(Part2)を検討したものであり,下記の結果を得た.

Part1.アポA-I欠損症におけるPON1の特徴

 1.アポA-I欠損症患者および正常人の血清をFPLC法および超遠心法にて分画し,Western blottingにてPON1・アポA-II・アポEの分布を検討した.FPLC法による解析ではPON1が患者においてもHDL上にのみ存在していた.一方,超遠心法ではHDL分画と蛋白分画に一部認められたが,正常人と比較して患者では蛋白分画に分布する割合が大きかった.この結果から,アポA-I欠損症ではPON1はHDL上に分布しているが,その活性安定化・HDLとの結合安定化にはヒトにおいてもアポA-Iが重要な役割を果たしていることが示唆された.

2.血清PON1活性の経時的低下率を調べたところ,14℃にて7日間孵置後の活性は患者と正常人の間で著明な差は認めなかったが,37℃にて24時間孵置後の患者の活性は正常人と比較して約80%に低下した.これらの所見はアポA-I欠損マウスの特徴と一致していることから,マウスを用いた実験が人間におけるHDLの抗動脈硬化作用の解明に有用であることが示唆された.

Part2.PON1およびPAF-AH過剰発による動脈硬化への影響

 野生型マウスおよびアポE欠損マウスに経静脈的にアデノウイルスを介してヒトPON1を過剰発現させ,動脈硬化抑制機序を検討した.過剰発現したPON1はHDLにのみ結合した.PON1過剰含有HDLは酸化ストレスに対する抵抗性が増加し,そのマクロファージの泡沫化抑制作用も増加した.

 2.野生型マウス,アポE欠損マウスおよびLDL受容体欠損マウスに経静脈的にアデノウイルスを介してヒト血漿型PAF-AHを過剰発現させ,動脈硬化抑制機序を検討した.過剰発現したFAF-AHはすべてのリポ蛋白と結合し,酸化ストレスに対する抵抗性が増加した.PAF-AH過剰含有HDLのマクロファージ泡沫化抑制作用も増加した.

 3.PON1過剰発現は抗動脈硬化的な作用を有し,その機序としてPON1過剰含有HDLが酸化LDLの動脈硬化惹起性作用を抑制し,かつ自身の酸化を抑制して脂質引き抜き機能を保持する作用を有することが判明した.血漿型PAF-AHを用いた検討ではPON1と同様の結果が導き出されたほか,他のリポ蛋白とも結合してそれらの酸化を直接抑制することも初めて判明した.

 以上,本論文はアポA-I欠損症の検体解析とマウスでのヒトPON1,血漿型PAF-AH過剰発現実験から各酵素の生化学的な特性と抗動脈硬化作用を解明した.本研究はこれまで報告が乏しかったHDL関連酵素の抗動脈硬化作用の解明と動脈硬化の治療開発に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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