学位論文要旨



No 118321
著者(漢字) 足立,大樹
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,ダイキ
標題(和) Fanconi貧血(FA)蛋白FANCAの構造・機能相関
標題(洋)
報告番号 118321
報告番号 甲18321
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2128号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,聖
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 渡邊,俊樹
 東京大学 助教授 佐藤,典治
 東京大学 講師 千葉,滋
内容要旨 要旨を表示する

Fanconi貧血(FA)は、先天奇形、小児期に発症する進行性の骨髄不全と高率の悪性腫瘍発症を特徴とする常染色体劣性遺伝疾患である。細胞生物学的にはmitomycin C(MMC)等のDNA架橋剤に高感受性を示すことが特徴で、低濃度のMMC暴露で容易に染色体断裂と細胞死が起こる。FAは遺伝学的に8群(A,B,C,D1,D2,E,F,G)に分類され、このうち7群の原因遺伝子は既に同定されている(FANCA,FANCC,FANCD1/BRCA2,FANCD2,FANCE,FANCF,FANCG)。各遺伝子産物は既知の蛋白及び相互にもホモロジーがないことからその機能は明らかではない。これまでの知見から、これらの蛋白は細胞内で共通の分子経路を形成して機能するという、FA分子経路モデルが提唱されている。このモデルによれば、FANCAは細胞質でリン酸化され、またFANCC,Gと細胞質で複合体を形成し、核内に移行する。この複合体にさらにFANCE,Fが結合する。PANCD2はこの核内蛋白複合体の形成に依存してモノユビキチン化を受けて活性化する。活性化FANCD2はBRCA1と相互作用してDNAの相同組み換え修復に関与することが示唆されている。しかし、このFA経路モデルは主にいずれかのFA蛋白欠損細胞の解析に基づいており、各蛋白変異体の機能解析による検証は充分なされていない。

A群原因遺伝子産物FANCAは1455アミノ酸からなる蛋白で、アミノ末端近傍に核局在化シグナル(NLS)、1069-1090・アミノ酸にロイシンジッパー様モチーフを有する以外に明らかな機能モチーフはない。FANCAはi)核及び細胞質の双方に存在する、ii)FANCC及びFANCFと間接的に相互作用し、FANCG及びFANCEと直接結合する、iii)細胞質のセリン・キナーゼによりリン酸化される、ことが知られている。FANCAは患者において多様な変異が報告されている。その多くはpremature termination,large deletionを起こし蛋白を産生しないと考えられるが、ミスセンス変異やinframeのsmall deletion(1〜数アミノ酸の欠失)により変異蛋白を産生すると予想されるものも30種類以上ある。このうち、delF1263,H111OP等の変異は、MMC感受性補正能を、リン酸化、核移行、FANCCとの相互作用を障害すると報告されているが、その他の変異が機能に及ぼす影響は知られていない。そこで本研究では、1)種々の患者由来FANCA変異体の細胞MMC感受性補正能を評価し、2)そのFA経路再構成能を評価してFANCAの構造・機能相関を解明し、3)FA経路モデルの妥当性を検証すること、を目的とする。

方法と結果

 21種類の患者由来変異体をレトロウイルスベクターを用いてFANCA欠損細胞(GM6914)に発現させたstable transformantを用いてその機能を解析した。各変異体はFANCA欠損細胞のMMC感受性補正能に基づいて、野生型と同等の補正能を示す(MMC IC50≧30nM)もの(D598N,Q1128E,T1131A,F1262L,H1417D:GrpupI)、中間の補正能を示す(10nM≦MMCIC50<30nM)もの(L817P,P1324L,D1359Y,M1360I:Group II)、補正能の無い(MMC IC50<10nM)もの(R435C,H492R,L845P,delFQ868-869,R1055L,R1055W,H111OP,delF1135,delW1174,del1239-1243,delF1263,W1302R:GroupIII)の3群に分類出来た。

これらの変異体によるFA経路再構成能を順次評価した。免疫沈降法により他のFA蛋白(FANCC,F,G)との相互作用を検討したところ、FANCC及びFとの相互作用はGroup Iでは野生型と同等で、Group II及びIIIでは各々中等度及び高度に障害された。一方、FANCGとの相互作用が障害されたものはなかった。次にin vivoリン酸化を解析したところ、Group Iは野生型と同等のリン酸化を示し、Group IIでは中等度に、Group IIIは高度にリン酸化が障害された。免疫染色法による細胞内局在の検討では、Group Iでは野生型と同様に核優位の局在が見られたが、Group II及びIIIの殆どでは核局在が障害された。しかしL817P(Group II)とR1055L(Group III)では一部核移行するものが認められた。FANCD2モノユビキチン化(D2-Ub)への効果を検討したところ、Group I導入細胞では野生型と同等のD2-Ubが見られ、Group II及びIIIでは各々中等度及び高度に障害された。

考察

患者由来変異はFANCAの機能を様々な程度に障害することが明らかとなった。各変異体のMMC感受性補正能とFA経路再構成能(FANCC/Fとの相互作用、リン酸化、核移行、FANCD2モノユビキチン化)は極めてよい相関を示したことから、FA-A細胞においてFA経路はMMC感受性を規定する主要な分子機構であることが検証された。

野生型と同様の細胞内挙動を示したGroup I変異は、蛋白不安定化による細胞内発現減少、あるいはスプライシング異常によるmRNA欠損によって病原性となる可能性があるが、良性多型の可能性もある。この判別のためには患者細胞を用いたmRNA及び蛋白発現の検討、野生型遺伝子導入による相補試験を要すると考えられる。

FANCAは他のFA蛋白と相互作用するが、その機序は明らかでない。各患者由来FANCA変異体はその位置に関わらずFANCC/Fとの相互作用が障害されたことから、これらの相互作用はFANCAの局所構造よりも高次構造に影響されると示唆される。また、核移行も種々の変異体で障害されたことから、FANCAの高次構造は核移行にも重要なのかも知れない。これまでの知見でFANCA核移行は他のFA蛋白との相互作用やリン酸化により制御されていることが示唆されており、多くの変異体はこの仮説に合致する挙動を示した。しかしFA蛋白との相互作用とリン酸化が障害された2つの変異体で核移行が見られたことから、FANCAの核移行はFA経路の他の事象とは異なる機序で制御されていることが示唆される。

 FAの臨床表現型は多様であり、遺伝型だけでなく人種や環境要因とも関係する。またA群患者のうちFANCAのnull-mutationのhomozygoteでは、変異蛋白が産生されるタイプの変異を持つ患者と比較して貧血の早期発症、白血病の高率の発症が報告されている。本研究ではGroup III変異体で僅かながらFA経路の再構成能(FANCD2のモノユビキチン化)が認められたが、FANCA-null細胞では全く検出されなかった。このことからFA経路再構成能の差がFA-A群の臨床表現型の多様性を説明する可能性が示唆される。各患者の臨床重症度と患者由来細胞のFA経路再構成能との関係を解析することは、FAの遺伝型-表現型相関の分子機序解明に極めて重要な情報を提供すると考えられる。

結論

以上より、本研究の結論を述べる。

1.21種類の患者由来FANCA変異体において、MMC感受性補正能及びFA経路再構成能に差があることを初めて明らかにした。

2.各変異体のMMC感受性補正能とFA経路再構成能は極めてよい相関を示した。このことから、FA経路はFA-A群の細胞において、MMC感受性を規定する主要な分子経路であることが検証された。

3.各変異の位置と機能障害の程度に明らかな相関が認められなかったことから、これらの変異による機能への影響は、FANCAの局所構造変化によるのでなく、高次構造変化による可能性が示唆された。

4.FA経路再構成能が障害されたPANCA変異体の一部で核移行するものが見られたことから、FANCAの核移行の制御は、FA経路の他の事象とは異なる機序によることが示唆された。

5.各変異体の機能障害の程度に差があることは、FA-A群における臨床表現型の多様性を説明する基盤となる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、遺伝性造血障害とそれに引き続く骨髄異形成症候群/急性骨髄性白血病への高率の移行を特徴とするFanconi貧血(FA)の分子病態について明らかにしようとする試みである。FAの原因遺伝子産物の機能は不明であるが、本研究においては、そのうち,FANCA蛋白に注目し、多数の患者由来変異体の機能解析を通じて、以下の結果を得ている。

1.21種類の患者由来FANCA変異体を各々FANCA欠損細胞株(GM6914)に導入し、mitomycin C(MMC)感受性補正能を検討した結果、5種類(D598N,Q1128E,T1131A,F1262L,H1417D:Group I)は野生型と同等の補正能を示し、12種類(R435C,H492R,L845P,delFQ868-869,R1055L,R1055W,H1110P,delF1135,delW1174,del1239-1243,delF1263,W1302R:Group III)は補正能を喪失し、さらに4種類(L817P,P1324L,D1359Y,M1360I:Group II)は中間の補正能を示すことを見い出した。このことは、FANCAの患者由来変異は、予想に反して、種々の程度の機能障害を生ずることを示したものである。

2.患者由来FANcA変異体のFA経路再構成能を順次検討したところ、FANCAのリン酸化、FANCC及びFANCFとの相互作用、FANCD2のモノユビキチン化は、各変異体のMMC感受性補正能とよく相関していた。このことは、各変異体のFA経路再構成能とMMC感受性補正能がよく相関することを示したものであり、FA経路がFA-A群細胞においてMMC感受性を規定する主要な分子経路であることを検証したものである。

 3.各変異体は、その位置に関わらず、同様の機能障害のパターンを示したことから、FANCAのリン酸化、FANCC/Fとの相互作用、核移行には、FANCAの高次構造が重要であることを示唆した。

 4.FA経路再構成能が障害されたFANCA変異体の一部(L817P、R1055L)で核移行が検出された。このことは、FANCAの核輸送の制御が、FA経路の他の事象とは異なる機序で行われていることを示唆するデータである。

 5.各変異体を導入した細胞でのFANCD2モノユビキチン化は、MMC感受性と相関して、種々の程度を示した。とくに、Group III変異体導入細胞でもごく僅かではあるが、D2モノユビキチン化は検出されたが、一方、mock細胞では全く検出されなかった。FANCAのnull-mutationのhomozygoteが臨床的に重症型であるとの報告と合わせて考えると、これらの各変異体の機能障害の程度に差があることが、FAの臨床表現型の多様性の原因である可能性を示唆し、極めて興味深い。

以上、本研究は、これまで未解析だった患者由来FANCA変異体の機能を明らかにするとともに、FA経路モデルを検証し、さらにFANCAの機能制御について重要な知見を提供した。これらは、FAの分子病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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