学位論文要旨



No 118322
著者(漢字) 喬,穎
著者(英字) Qiao,Ying
著者(カナ) キョウ,エイ
標題(和) 白血病に認められたt(12;13)(p13;q14)転座の新規融合遺伝子の単離と解析
標題(洋) Identification of A Novel Fusion Gene, TTL, Fused to TEL, in Acute Lymphoblastic Leukemia with t(12;13)(p13;q14) And Its Implication in Leukemogenesis
報告番号 118322
報告番号 甲18322
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2129号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 林,泰秀
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

近年、白血病に関連する染色体転座の切断点近傍の遺伝子が次々と単離され、転座により形成されたキメラ遺伝子やキメラ蛋白の役割が徐々に解明されつつあり、これらの融合遺伝子形成が白血病の発症に極めて重要な役割をもつことが判明してきた。TEL(translocation-ETS-:leukemia)は、ETV6(ets translocation variant:6)とも称され、t(5;12)(p31;p13)転座を有するCMMoL(慢性骨髄単球性白血病)患者から、PDGFRβ遺伝子に融合する遺伝子としてクローニングされた。TEL遺伝子の産物はN末端側にHLH(helix-loop-helix) domainとC末端側にETS(E-26 transforming specific) DNA binding domainを有することから核内転写因子であるETSファミリーの一員と考えられる。TELはETS結合部位(GGA-A/Tモチーフ)に特異的に結合し、下流遺伝子の転写を抑制することにより転写制御因子として機能する。また、TELは、12番染色体短腕における染色体異常の半数以上に関与することが知られており、TEL遺伝子内の切断点は転座により異なること、様々な染色体との転座により種々の融合遺伝子を形成することで造血器腫瘍の発症に関与することが知られている。これまでに、TELと融合する遺伝子として,チロシンキナーゼであるPDGFRβ,ABL,JAK2,TRKC,ARG,SYKや、転写因子であるAML1,MN1、MDS1/Evi1,CDX2、その他にSTL、BTL,ACS2,ARNT,PAX5,HLXB9、MDS2の計17種類が報告されている。これらのうち一部の融合遺伝子は、白血病の発症に関与することが示されているが、融合する遺伝子が色々なため、形成されるキメラ型遺伝子の構造から12p13転座型白血病に共通の発症機構を想定するのはきわめて困難であった。従って、TELの新しいパートナーのクローニングは、癌化におけるTEL遺伝子の役割をさらに理解する上で極めて重要である。

t(12;13)(p13;q14)転座は、AML,CML、MDSおよびALLの症例にみられ、少なくともこれまでに12例以上が報告されている。しかし、その転座に関与する遺伝子はこれまで不明であった。そこで、今回、私は、成人ALL症例にみとめられたt(12;13)(p13;q14)転座に関与する遺伝子の同定を試み、TELと融合遺伝子を形成する新規遺伝子TTL(twelve-thirteen,translocation,leukemia)を単離した。症例は、46歳男性、FAB分類にて急性リンパ性白血病ALL-L2(pre-B)と診断された。白血病細胞の染色体分析では、t(12;13)(p13;q14)転座を認めた。この転座は、TELの存在する12p13領域に転座点を持つことよりTEL遺伝子内での転座が予想されたため、まずTEL遺伝子座に存在するコスミドプローブを用いて、FISHによる切断点領域の同定を行った。FISHの結果より、12番染色体上の切断点はTEL遺伝子のexon2近傍に存在することが明らかになった。TEL側の切断点が存在する領域をさらに詳細に同定する目的で、サザン解析を行ったの結果、この症例における12番染色体の転座点は、TELのexon1とexon2の間に存在することが明らかになった。TEL遺伝子が相互転座により新たな融合遺伝子を形成することが予測されたためTEL遺伝子に融合する新規遺伝子配列を同定する目的で、患者白血病細胞より抽出したmRNAを用いて、3'RACE及び5'-RACEを行った。TEL exon1にプライマーを設定して行った3'-RACEにより、TEL exon1が未知の塩基配列450bpと融合していることが判明した。Radiation Hybrid Mappingの結果、を用いた解析により、この新規配列は染色体13q14上の配列であることが確認された。さらに、この新規塩基配列を含む遺伝子の全長を単離同定する目的にて、この新規配列をプローブとして、cDNAライブラリーのスクリーニングを行った。RT-PCRにより、この新規遺伝子の発現が確認されていた精巣及び脳細胞由来のcDNAライブラリーをスクリーニングに用いた。その結果、133アミノ酸をコードする新規遺伝子TTL(twelve-thirteen、translocation, leukemia)を同定した。また、TTLには精巣由来の2090bp(TTL-T)と、脳細胞由来の3252bp(TTL-B1)、3390bp(TTL-B2)の3種類のスプライシングフォームが認められた。ヒト組織におけるTTLの発現はノザン法では確認出来なかったが、RT-PCRにおいては、検討した17種の組織全てにおいてubiquitousに発現していることが確認された。また、t(12;13)(p13;q14〕細胞を用いたRT-PCR解析では、TELのexon1とTTLの3'側の新規融合遺伝子(TEL/TTL)及び、TTLの5'側とTELのexon2以下とが結合した2種類のスプライシングフォームをもつTTL/TEL-1とTTL/TEL-2が認められた。TEL/TTL融合遺伝子の予想産物は31アミノ酸である。また、TTL/TEL-1はTTL exon5bよりTEL exon2にin-frameで結合していた。TTL/TEL-2は、TTLとTELのexon2とout-of-frameに融合していた。そのため、以後TTL/TEL-1融合遺伝子産物の機能解析のみを行った。TELのHLH領域とETS結合領域を持つTTL/TEL-1融合蛋白は、461アミノ酸からなり、ETS Binding Site(EBS)を用いたレポーターアッセイの結果、TEL蛋白同様、EBS(ETS-binding site)プロモーターに対して抑制的に作用し、しかも、その転写抑制作用は、TEL蛋白に比して3倍以上強力であることが明らかとなった。さらにTELのN末端の欠失変異体(TEL△75)を用いた検討でも同様に転写抑制作用の増強を認めたことから、この転写抑制作用の増強効果は、TELのN末端が欠失する結果生じていることが明らかになった。

TEL遺伝子はさまざまな遺伝子と融合するため、癌化への関与の形態は多様である。例えば、TEL/PDGFRβのようなtyrosine kinaseを含む融合遺伝子では、TELのHLH領域を介しホモダイマー形成することで、C-端チロシンキナーゼが恒常的、非調節的な活性化をし、この結果、細胞の無秩序な増殖をひき起こして、細胞の癌化に関与すると考えられている。また、t(12;21)では、TEL/AML1が、AML1のTCRβエンハンサー活性に対してドミナント・ネガティブに作用することが細胞の白血病化に重要であることを示唆されている。TEL/CDX2とTEL/MDS1/EVI1では、融合転写産物内にTELの機能的ドメインが存在しないことから、TELプロモーターによるCDX2とEVI1の異所的な発現が腫瘍化に関与すると推定されている。TEL/MN1,TEL-STL,BTL-TEL、TEL-ACS等は、TEL遺伝子の破壊や局在部位の変化が腫瘍化に関与すると考えられる転座例である。一方、TEL自身の腫瘍化への関与については、現在TELの機能的消失が重要であるとの推測がなされているが、転座に関与ないアレルにおける点突然変異の割合は必ずしも高いわけではなく、TELが癌抑制遺伝子として機能するか否かに関しては確定的な証拠はない。本症例では、MN1/TEL、TEL/ACS2およびSTL/TELの場合と同様、TTL/TELおよびTEL/TTL両方の相互融合遺伝子の発現が確認された。TTL/TELは、461-アミノ酸をコードする融合遺伝子で、TEL遺伝子のHLHおよびETS領域の両方を含んでいる。同様の例は、MN1/TEL、STL/TEL、BTL/TEL、ACS2/TEL、HLXB9/TELおよびPAX5/TELでも報告されている。私は、TTL/TEL蛋白質の転写抑制作用を検討したところ、TTL/TELはEBS-プロモーターに対して、TELの約3倍の抑制活性を示すことを明らかにした。また野生型TELの5'-端を欠くTELの欠失変異体もTTL/TELと同様の作用を認めるころから、転座により欠損したTEL蛋白質のN-末端側の領域が、その転写抑制作用に阻害的に働くことが推察された。以上より、t(12;13)(p13;q14)による白血病発症のメカニズムその一つとして、TELの機能的増強が関与する可能性を示唆された。これは従来のTELの機能的喪失が白血病化に重要である仮説とは対立するものであるが、TEL関連転座の多様性と考えた場合、造血、細胞の分化のある特定の時期においてはTELの機能の過剰が白血病の発症に重要な役割を果たす可能性も否定し得ないと考えられる。この点に関しては今後の検討が必要である。

以上のように私は急性リンパ性白血病に認められた染色体転座であるt(12;13)(p13;q14)の切断点より、TEL遺伝子に融合する18番目の相手遺伝子として、新規遺伝子TTLを単離した。TTL/TELはTELの転写抑制活性をさらに増強することが示され、TELのN-末端側部分にTELの転写抑制作用に関与するregulatory Sequenceが存在する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は成人急性リンパ性白血病症例にみとめられたt(12;13)(p13;q14)転座に関与する遺伝子の同定を試み、TELと融合遺伝子を形成する新規遺伝子TTL(twelve-thirteen、translocation,leukemia)を単離し、下記の結果を得ている。

1.TEL遺伝子座に存在するコスミドプローブを用いて、FISHによる切断点領域の同定を行った。FISHの結果より、12番染色体上の切断点はTEL遺伝子のexon2近傍に存在することが明らかになった。TEL側の切断点が存在する領域をさらに詳細に同定する目的で、サザン解析を行ったの結果、この症例における12番染色体の転座点は、TELのexon1とexon2の間に存在することが明らかになった。

2.TEL遺伝子が相互転座により新たな融合遺伝子を形成することが予測されたためTEL遺伝子に融合する新規遺伝子配列を同定する目的で、患者白血病細胞より抽出したmRNAを用いて、3'RACE及び5'-RACEを行った。TEL exon1にプライマーを設定して行った3'-RACEにより、TEL exon1が未知の塩基配列450bpと融合していることが判明した。Radiation Hybrid Mappingの結果、を用いた解析により、この新規配列は染色体13q14上の配列であることが確認された。

3.この新規塩基配列を含む遺伝子の全長を単離同定する目的にて、この新規配列をプローブとして、cDNAライブラリーのスクリーニングを行った。RT-PCRにより、この新規遺伝子の発現が確認されていた精巣及び脳細胞由来のcDNAライブラリーをスクリーニングに用いた。その結果、133アミノ酸をコードする新規遺伝子TTL(twelve-thirteen,translocation,leukemia)を同定した。また、TTLには精巣由来の2090 bp(TTL-T)と、脳細胞由来の3252 bp(TTL-B1)、3390 bp(TTL-B2)の3種類のスプライシングフォームが認められた。

4.ヒト組織におけるTTLの発現はノザン法では確認出来なかったが、RT-PCRにおいては、検討した17種の組織全てにおいてubiquitousに発現していることが確認された。

5.t(12;13)(p13;q14)細胞を用いたRT-PCR解析では、TELのexon1とTTLの3'側の新規融合遺伝子(TEL/TTL)及び、TTLの5'側とTELのexon2以下とが結合した2種類のスプライシングフォームをもつTTL/TEL-1とTTL/TEL-2が認められた。

6.TELのHLH領域とETS結合領域を持つTTL/TEL-1融合蛋白は、461アミノ酸からなり、ETS Binding Site(EBS)を用いたレポーターアッセイの結果、TEL蛋白同様、EBS(ETS-binding site)プロモーターに対して抑制的に作用し、しかも、その転写抑制作用は、TEL蛋白に比して3倍以上強力であることが明らかとなった。さらにTELのN末端の欠失変異体(TEL△75)を用いた検討でも同様に転写抑制作用の増強を認めたことから、この転写抑制作用の増強効果は、TELのN末端が欠失する結果生じていることが明らかになった。

以上、本論文は急性リンパ性白血病に認められた染色体転座であるt(12;13)(p13;q14)の切断点より、TEL遺伝子に融合する18番目の相手遺伝子として、新規遺伝子TTLを単離した。TTL/TELはTELの転写抑制活性をさらに増強することが示され、TELのN-末端側部分にTELの転写抑制作用に関与するregulatory sequenceが存在する可能性が示唆された。TELの新しいパートナーのクローニングは、癌化におけるTEL遺伝子の役割をさらに理解する上で極めて重要であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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