学位論文要旨



No 118324
著者(漢字) 山口,智之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,トモユキ
標題(和) 細胞内領域欠失型Delta 1により、Notch2はtrans-endocytosisが遅延し、シグナル伝達することなく減少する : Notchシグナルヘのdominant-negative効果との関連
標題(洋) Delayed trans-endocytosis and signal-less downregulation of Notch2 by intracellular domain-deleted Delta 1 : relevance to the dominant-negative effect on Notch signaling
報告番号 118324
報告番号 甲18324
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2131号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 助教授 中福,雅人
 東京大学 助教授 野阪,哲哉
 東京大学 講師 長瀬,隆英
内容要旨 要旨を表示する

 Notchは広範囲の発生段階において、様々な役割を担っている。造血の過程でも重要な役割を担っており、造血幹細胞を維持・増殖し、B細胞かT細胞になるかの運命決定づけに関わる。また、発癌にも関わっており、Notch signalの異常がT-ALLで認められる。

Notchは未熟型の大きな蛋白として作られ、切断され細胞外領域と膜貫通・細胞内領域からなるヘテロ二量体となる。リガンドと結合すると、Notchは一連の切断を受け、切断された細胞内領域が核内へ移行してDNA結合蛋白RBP-Jと共に転写活性を上げる。

 哺乳類ではNotchリガンドはDelta1,3,4とJagged1,2がある。これらの蛋白は一回膜貫通型で短い細胞内領域を持つ。細胞外領域には保存されたDelta/Serrate/Lag-2(DSL)領域や複数のEGF様繰り返し配列を持つが、細胞内領域に関しては特徴的な配列はない。

 細胞内領域を欠失したDeltaがハエでは存在することが知られている。細胞内領域を欠失したNotchリガンドはNotchシグナルに対してdominant-negativeに作用する。このことは実験材料として使われているにも関わらず、そのメカニズムは不明である。

 最近、NotchリガンドがNotchの細胞外領域を伴ってendocytosisすること(Notchの細胞外領域のtrans-endocytosis)がNotchシグナルを伝える上で重要であることが示された。DynaminやNeuralizedといった分子がこの現象に関わっていることが示されたが、そのメカニズムについては不明な点も多い。

結果

 細胞内領域を欠失したDelta1(D1△ICD)は完全長のDelta1(fD1)と比較して、Notchシグナルを伝える活性が非常に弱い。どの過程で障害を受けているのか不明である。まず、Notch2(N2)との結合能を、Fcをつけた可溶化型のN2(sN2-Fc)を用いて比較した。D1△ICD発現CHOではfD1発現CHOに比べて、細胞表面上のD1の量は3.4倍程度多く、N2との親和性はほぼ同程度である事がわかった。

 次にNotch細胞外領域のtrans-endocytosisがシグナル伝達に必須との報告がある事から、この過程に差がないかを調べた。sN2-FcにPE標識抗Fc-Fab断片を混合して、D1発現CHO細胞に加え、培養後トリプシンとEDTA処理により細胞表面に残存するsN2-Fcを除き、FACSによる解析を行う事で、細胞内に取り込まれたsN2-Fc量をPE蛍光強度により知ることができる。これはN2細胞外領域のtrans-endocytosisを反映していると考えられる。

 fD1発現CHO細胞とD1△ICD発現CHO細胞でsN2-Fcの取り込みを比較した。時間経過を追うとfD1発現CHO細胞と比較して、D1△ICD発現CHO細胞では取り込みの効率が悪かった。

 D1細胞内領域のうちの責任領域を更に限定することを試みた。D1細胞内領域の一部を欠失した様々な変異体を作成し、これを発現するCHO細胞を作った。RBP-J反応性のレポーターによってN2発現CHO細胞での転写活性を見る系で、これらの変異型D1発現CHO細胞を刺激細胞とした場合のN2シグナル伝達の活性を調べた。結果は単一の一次構造にシグナル伝達のために十分な領域を限定することは出来ず、細胞内領域の高次構造が重要な意義を持つことが示唆された。一方で、これらの変異型D1発現CHO細胞を用いて、sN2-Fcの取り込めを調べたところ、その効率とシグナル伝達との間に相関があることが確かめられた。

 以前の研究で、D1△ICDは膜貫通型Notch2(N2TM)を切断することは出来るが、fD1の場合と違って、数時間後のNotch2細胞内領域(N2ICD)の核内蓄積が見られないことが示されている。N2発現CHO細胞をfD1発現CHO細胞やD1△ICD発現CHO細胞と共培養し、Western blotting法による解析を行なった。結果、未成熟型のN2(pN2)の発現量には変化がないが、成熟型であるN2TMの量はfD1発現CHO細胞と共培養した場合に減少していた。D1△ICD発現CHO細胞と共培養した場合にも、fD1と共培養した場合も同様にN2TMの量は減少していた。

このN2TMの減少はN2とD1△ICDが同一細胞上で発現した場合にも観察できた。

N2TMの減少によって、Notchシグナル伝達が抑制されるのではないかと考えた。そこで、N2とD1△ICDを共発現したCHO細胞を反応細胞として、転写活性のレポーター解析を行なった。D1△IGDを共発現したCHO細胞では転写活性の低下を認めた。さらに、N2発現CHO細胞とD1△1CD発現CHO細胞とfD1発現CHO細胞を共培養した場合の転写活性を調べたところ、D1△ICDが量依存性に抑制効果を示した。

以上から、D1△ICDがシグナルを入れることなく、N2TMを減少させることが示され、このことがD1△ICDのdominant-negative効果と関連している可能性が示唆された。

この考えが正しければ、D1△ICDはfD1以外のNotchリガンドに対してもNotchシグナルを抑制する効果を示すはずである。そこで、完全長のDelta4を発現したCHO細胞をつくり、更にD1△ICDを共発現した細胞を作った。N2発現CHO細胞におけるRBP-J反応性の転写活性を見るレポーター解析で、Notchシグナル伝達の活性を調べたところ、D1△ICDの共発現により、Delta4の活性は抑制された。別のグループに属するNotchリガンドである、Jagged1とJagged2に対する抑制効果も調べたが、D1△ICDの共発現によりNotchシグナル伝達活性は抑制された。また、Jagged1の細胞表面上の発現量はD1△ICDの共発現によって低下はしていない事がFACS解析により確かめられた。このことは、D1△ICDがシグナルを入れることなく、N2TMを減少させることが、D1△ICDのdominant-negative効果を説明するとの仮説に合致する。

考察

 今回、sN2-Fcの内在化を定量することで、N2細胞外領域のD1によるtrans-endocytosisにはD1の細胞内領域が関わっていることを示した。

 fD1とD1△ICDの差を定量的に比較するため、sN2-Fcの内在化を測定した。完全長のN2でも、細胞外での切断がリガンド作用後15分で起こる時間経過から、sN2-Fcと同様のtrans-endocytosisが起こると考えている。

 D1△ICDはfD1と比べて、Western blotting法ではバンドが薄いにも関わらず、細胞表面上の量は多い。この事はNotchとの相互作用の有無に関わらず、細胞内の蛋白移送にD1の細胞内領域が関わっている事を示唆する。この細胞内での分布の差がNotchシグナル伝達活性の有無を決めている可能性も否定はできない。ただし、D1△ICDもNotchと結合できる事から、その後の過程でシグナル伝達に必須なものがあるはずで、それがtrans-endocytosisではないかと推察した。

可溶化型のD1も固相化や多量体化すれば、Notchシグナル伝達活性を持つ事が知られている。しかし、その活性はfD1/CHOを介したものより弱い傾向がある。生理的なfD1は、多量体化し、Notch細胞外領域を切断し、それをtrans-endocytosisする事が一連の過程として起こっており、この過程がNotchシグナルを入れるために必要であろうと推察している。そして、この過程にD1の細胞内領域が必要であることを示した。

Trans-endocytosisの遷延化とN2シグナル伝達活性には相関があることは、D1の細胞内領域の様々な欠失変異体を用いた実験でも確かめられた。細胞内領域の高次構造が大事ではないかと推察された。

D1△ICDはNotchシグナルに関して、dominant negative作用をもつことが報告されていて、実験上の手段としても使用されている。D1△ICDでは、fD1と異なりN2シグナルを伝達できないにも関わらず、成熟型のN2が、おそらく壊されて、減少する。D1△ICDのこの性質と細胞表面上のD1△ICDが多い事で、dominant-negative効果を持つ事の機序を説明することができる。

 今回の研究では、D1△ICDはfD1に比較してNotch2の細胞外領域(N2EcD)のtrans-endocytosisが遅れることを見出した。更に、D1△ICDはN2蛋白に対して、Notchシグナルを伝えることなく減少させることを示した。この事がD1△ICDのdominant negative作用機序を説明するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、造血や癌化においても重要な役割を演じていると考えられるNotchシグナルのリガンドによる活性化機構を明らかにするために、Notchリガンド(Delta1)の細胞内領域欠失型の蛋白を用いた解析で、以下の結果を得ている。

1.Delta1を発現させたCHO細胞によるNotch2細胞外領域の細胞内への取り込みを調べた結果、細胞内領域を欠失したDelta1ではNotch2との結合は低下していないがNotch2細胞外領域の取り込みが遅延する事がわかった。

2.Delta1の細胞内領域の一部のみを欠失した変異型Delta1を用いた解析の結果、Notch2細胞外領域の効率良い取り込みができることと、Notchシグナル伝達活性がある事の間には関連がある事が示された。この事から、Delta1の細胞内領域を介した、Notch2細胞外領域のDelta1発現細胞側への取り込みが、シグナル伝達のために重要であることが示唆された。

3.細胞内領域欠失型のDelta1がNotch2と共に存在する条件化で培養後、Western blotting法により解析することで、細胞内領域欠失型のDelta1により成熟型のNotch2蛋白が減少することが示された。また、この場合、Notchシグナル伝達活性が抑制されていた。

 4.Notch2を正常型Notchリガンドにより刺激する系で、細胞内領域欠失型Delta1がどの細胞側に発現している場合でも、Notchシグナルはdominant negativeに抑制された。Notchリガンドの種類に関わらず、抑制効果は認められた。そして、いずれの場合も成熟型Notch2蛋白の減少が認められ、これが細胞内領域欠失型Delat1の持つdominant negative効果の機序を説明するものと考えられた。

以上、本論文はNotch-Notchリガンドシステムにおいて、リガンドの細胞内領域によって、Notch細胞外領域がリガンド発現細胞側に取り込まれる事がNotchシグナルを伝達する上で重要であることを明らかにしており、この過程の障害はdominant negativeな抑制効果殊たす事を示した。本研究は、膜蛋白のシグナル伝達活性とリガンドの細胞内移送を結びつける興味深いものであり、造血発生等で重要な蛋白であるNotchシグナルの活性化機構解明にも重要な貢献をなすと考えられる。よって、学位の授与に値するものと考えられる。

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