学位論文要旨



No 118325
著者(漢字) 山本,豪
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ゴウ
標題(和) AML1の血管内皮細胞における役割
標題(洋)
報告番号 118325
報告番号 甲18325
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2132号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,紀夫
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 田中,廣壽
 東京大学 助教授 小柳津,直樹
 東京大学 講師 米山,彰子
内容要旨 要旨を表示する

 AML1(acute myeloid leukemia1)は、ヒトの急性骨髄性白血病に認められる、t(8;21)転座の転座切断点21q22から単離された遺伝子であり、CBFα2, PEBP2α2, Runx1とも呼ばれる。AML1はショウジョウバエの体節形成調節遺伝子runtと相同性を持つruntドメインを有し、AML2(CBFα3, PEBP2αC), AML3(CBFα2, PEBP2αA)とともに、runtファミリーに属する。これらはruntドメインでDNA結合能を持ち、標的DNAの発現を調節する転写因子と考えられている。AML1は造血細胞をはじめ、広範な組織において発現が認められているが、T細胞受容体やGM-CSF受容体、IL-3受容体などの遺伝子にはruntドメインヘの結合能を持つ転写調節配列が存在することから、AML1はこれらの遺伝子の発現を通じて造血の制御を行っていると考えられている。

 AML1ノックアウトマウスは胎生12.5日に中枢神経系の出血で致死であり、中枢神経系の毛細血管形成部位と一致した出血や、毛細血管内皮細胞の壊死がみられることが報告されている。また、胎児のP-Sp(para-aortic splanchnopleura)の培養においてAML1の欠損で血管への分化がみられないことや、血管系細胞の培養において、AML1の欠損により、増殖が障害されることが示されている。これらのことから、AML1は、造血のみならず、血管形成においても重要な役割を果たしていることが予想される。

 しかし、AML1ノックアウトマウスは胎生致死であり、個体の血管内皮細胞におけるAML1の役割については不明な点も多い。この研究では、Cre-loxPシステムによるコンディショナルノックアウトの手法により、血管内皮細胞特異的にCreリコンビナーゼを発現するTie1-Creトランスジェニックマウスを用いて、血管内皮細胞特異的にAML1を欠損するコンディショナルノックアウトマウスを作成し、その解析を行った。

 作成したコンディショナルノックアウトマウスでは、脳、心臓、肺といった比較的血管の豊富とされる臓器でaml1遺伝子が高い欠損率を示すことをサザンブロッティング解析で確認し、大動脈内皮でaml1遺伝子を欠損することをPCR法で確認した。

 コンディショナルノックアウトマウスは、正常に出生し、組織学的にも血管形成などに異常はなく、また、出血時間や血算にも異常はみられなかった。このことから、個体発生における、脈管形成(vasculogenesis)、血管新生(angiogenesis)はこのマウスにおいて正常であると考えられた。

 生体における血管新生として、血管閉塞などの虚血に対する血管新生や腫瘍に対する血管新生がある。

 前者の、虚血に対する血管新生としては、低酸素により、vascular endothelial growth factor(VEGF)が発現し、血管新生が引き起こされることや、basic fibroblast growth factor(bFGF)を介して、既存の細血管が成長するarteriogenesisなどが知られている。これらを評価するため、後肢虚血モデルを用いた。大腿動脈を血管結紮後の血流の回復をLaser Doppler perfusion imager(LPDI)にて測定し、血管新生を組織学的に検討したが、コンディショナルノックアウトマウスは、コントロールマウスと有意な差を認めなかった。

 後者の、腫瘍による血管新生は、腫瘍の増殖、転移において必須であるとされ、腫瘍細胞の産生するVEGF、bFGFをはじめとする様々な血管新生因子により、周囲の血管新生が誘導される。VEGFなどの産生能の高いとされるヒトHT-1080線維芽細胞を用い、免疫反応を防ぐためメンブレンチャンバーに封入後マウスに移植し、周囲の血管新生を観察した。コンディショナルノックアウトマウスにてもコントロールマウスと同様に腫瘍による血管新生が認められた。

 血管の機能的な面として、血管透過性が考えられる。VEGFを過剰発現したマウスでは、血管の透過性が亢進し、一方angionpoietin1を過剰発現させたマウスでは逆に血管透過性の低下がみられている。血管透過性を評価するため、刺激物質塗布による血中の色素の漏出を測定した。コンディショナルノックアウトマウスで、刺激前後の色素漏出の程度はコントロールマウスと同等であった。

 これらの実験において、AML1を血管内皮細胞特異的に欠損したコンディショナルマウスでも、血管系における異常は認められなかった。したがって、AML1は血管内皮細胞自身においては、必要不可欠な機能をはたしているわけではないと予想される。一方では、AML1ノックアウトマウスは中枢神経系に出血を引き起こすことから、AML1は血管内皮細胞以外の細胞での機能を介して、間接的に血管新生に関与していると考えられる。その候補としては、AML1欠損によって障害されることが示されている、造血細胞が考えられる。すなわち、血管新生においては、造血細胞との相互作用が必要であり、AML1ノックアウトマウスでは、造血が障害される結果、血管新生も障害されるという機序が推測される。このことは、造血幹細胞が血管内皮細胞にも分化しうるという造血幹細胞の可塑性や、造血幹細胞による血管新生の促進作用などの知見とも関連があると考えられる。今後、造血細胞特異的にAML1を欠損したマウスにおける血管形成、機能の解析やAML1を欠損した造血幹細胞の可塑性の検討により、血管内皮細胞と造血細胞の相互作用におけるAML1の役割について研究することが今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 Aml1遺伝子欠損マウスは、中枢神経系出血により胎生期に死亡し、AML1は血管の機能において重要な役割を演じていると考えられる。しかし、aml1遺伝子欠損マウスが胎生致死を示すために成体におけるAML1の機能解析は困難であった。本研究ではCre-loxP系を用いた血管内皮細胞特異的AML1欠損マウスの機能解析を行い、下記の結果を得ている。

 1本研究で作製したモデルマウスは、肺、脳、心臓などの臓器でaml1遺伝子の高い欠損率を示し、また大動脈内皮でもaml1遺伝子はほとんど欠損し、血管内皮細胞特異的AML1欠損モデルマウスとして適当であることを示した。

 2血管内皮細胞特異的AML1欠損マウスは、正常に出生、成長、生殖などがみられ、また、解剖学的、組織学的にも血管形成などに異常を認めなかった。

 3後肢虚血モデルを用い、大腿動脈結紮後の血流の回復をLaser Doppler perfusion imager(LPDI)にて測定し、また、血管新生を組織学的に検討し、虚血に対する血管新生能を評価した。その結果、血管内皮細胞特異的AML1欠損マウスにおいても虚血に対する血管新生能は正常であることが示された。

 4腫瘍に対する血管新生を評価するため、dorsal air sac assayを行い、腫瘍の移植に対する血管新生を測定した。その結果、血管内皮細胞特異的AML1欠損マウスでも、腫瘍に対する血管新生は正常にみられることが示された。

 5血管の透過性などの血管機能を評価するため、刺激物質の塗布に対する血管内色素の漏出の測定を行った。その結果、血管内皮細胞特異的なAML1の欠損によっても血管透過性は変化しないことが示された。

 以上、申請者の研究は、AML1を血管内皮細胞特異的に欠損させたマウスにおいても、血管形成や血管機能が障害されないことを明らかにした。これは、AML1欠損マウスが中枢神経系出血で死亡するという報告から予想される結果とは異なるものであり、AML1は血管内皮細胞自身において必要不可欠な機能を果たしているのではなく、AML1は造血細胞などを介して間接的に血管新生に関与している可能性が示唆された。このことは、造血幹細胞が血管新生を促進するという造血細胞と血管内皮の相互作用や、さらには造血幹細胞が血管内皮細胞などへ分化しうるという造血幹細胞の可塑性などとも関連性があると考えられ、その点でも今後の発展が期待できると考えられる。研究成果の解釈、結論に至る過程に一部甘さがあるとのコメントもあったが、学位の授与に十分値するものと考えられる。

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