学位論文要旨



No 118326
著者(漢字) 小宮,明子
著者(英字)
著者(カナ) コミヤ,アキコ
標題(和) アレルギー性炎症の成立・遷延化における細胞動態及び機能制御に関する基礎的検討
標題(洋)
報告番号 118326
報告番号 甲18326
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2133号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 石井,彰
 東京大学 講師 米山,彰子
 東京大学 講師 長瀬,隆英
内容要旨 要旨を表示する

 近年、特に先進国ではアレルギー疾患の罹患患者数が年々増加の一途をたどっており、花粉症、アトピー性皮膚炎の増加は社会的な問題となっている。また、気管支喘息においても喘息管理の改善にも関わらず発生患者数はむしろ増加しており、喘息死患者もいまだに年間5000人を越えている。すなわち、アレルギー疾患に対する病態解明と新しい治療戦略の開発は患者とその家族の問題のみならず社会的要請でもある。

 アレルギー疾患の病態には炎症性機転(アレルギー性炎症)が関与している。I型アレルギー反応では、抗原暴露後数分で出現する即時型反応と、即時型反応が収束した後数時間を経て出現する遅延型反応が知られている。この遅発型反応は、アレルギー疾患の難治化の原因であり、好酸球や好塩基球等の種々の炎症細胞がメディエーター遊離を介してその病態形成に重要な役割を果たしている。

 好酸球、好塩基球はいずれも遅発相で炎症局所に浸潤しているが、一般に流血中の白血球が炎症部位へ浸潤するには血管内皮細胞への接着及び内皮細胞間移行、そして病巣局所への遊走の一連の過程が必要である。これらの集積過程に関与する因子として近年、強い遊走活性をもつサイトカインとして、ケモカインと呼ばれる分子群の数々が同定されている。ケモカインはケモカイン受容体を介して細胞内にシグナルを伝達するが、古典的走化性因子の受容体は多くの細胞に発現されているのに比べ、ケモカイン受容体は比較的限られた細胞に発現しており、標的細胞特異性が高い。アレルギー炎症の重要なエフェクター細胞である好酸球、好塩基球は両者ともCC Chemokine receptor3(CCR3)を構築的に強く発現している。

 CCR3のリガンドは好酸球、好塩基球両者に強力な遊走を誘導する。CCR3は他にマスト細胞、Th2リンパ球の一部にも発現しており、いずれもアレルギー性炎症で重要な役割を果たしている細胞であることからアレルギー性炎症の細胞集積をケモカイン受容体の側からよく説明している。多くのケモカインがCCR3に結合するが、CCR3特異的であるエオタキシンサブファミリーはアレルギー炎症時の好酸球・好塩基球の局所集積に関与すると考えられている。エオタキシンサブファミリーの産生制御機構解析は、アレルギー性炎症のエフェクター細胞である好酸球、好塩基球の集簇メカニズムの解明に直結し、また、ケモカインを介した組織中の常在細胞と流血中の炎症細胞とのクロストークの解明にもつながる。また、抗原に慢性的に曝露される炎症組織において、アレルギー性炎症細胞がどのような活性化反応を生ずるのか、瞬間的な抗原曝露による活性化とは異なった動態を呈することが推測され、その解析も病態解明のために重要である。

 エオタキシンサブファミリー(エオタキシン-1、-2、-3)はCCR3の特異的なリガンドであり、in vitroでは全て同一の機能を示す。気道上皮細胞は外界に対するバリアー機能を持つ他に、重要なケモカイン産生細胞であり、種々の原因による気道炎症の病態に深く関与していることが近年明らかになって来ている。気道上皮細胞におけるエオタキシン-1のmRNA、蛋白発現については既に種々の報告があり、この分子がアレルギー性気道炎症の病態に強く関与している事が示されている。一方、エオタキシン-2、-3についてはmRNAレベルの検討に留まっており、蛋白発現については全く不明である。第一章では、炎症局所への細胞の遊走・活性化に強く関わっているケモカインであるエオタキシンサブファミリーの産生とその制御機構に関して、特に気道上皮細胞との関連に着目して検討した。エオタキシン-3については、モノクローナル抗体を用いて、ELISA系を新たに構築した。気道上皮細胞を始めとする様々な細胞株におけるエオタキシン-1、-2、-3の蛋白発現とサイトカインによるそれらの制御についてELISA系で、mRNAをリアルタイムPCR法で解析し、比較した。また、気管支喘息患者の気道上皮におけるエオタキシンサブファミリー蛋白発現についても免疫染色で検討した。

 エオタキシン-1はヒト皮膚線維芽細胞、エオタキシン-2はmonocyte、エオタキシン-3は内皮細胞が主要な産生細胞であった。気道上皮細胞株であるBEAS-2B細胞、A549細胞、正常ヒト気道上皮細胞(NHBEC)については、エオタキシン-2がA549細胞とNHBECから、エオタキシン-3が全ての細胞株から産生された。またエオタキシン-1同様、エオタキシン-2、-3産生もIL-4やIL-13の刺激で著明に増強し、IFN-γやグルココルチコイドで抑制される事がわかった。mRNA発現も蛋白と同様の制御を受けていた。気道粘膜における免疫染色の検討では、健常人と比較して喘息患者の気道上皮において、エオタキシン-1同様エオタキシン-2、-3とも強い染色性が認められ、蛋白発現増強が明らかになった。

 本研究で我々は特異的なモノクローナル抗体を用いて、気道上皮細胞におけるエオタキシン-2及び-3の蛋白の局在をin vivoにて、そしてin vitroで蛋白産生を初めて示すことができた。これらの知見は、エオタキシンサブファミリーが気管支喘息といったTh2優位な気道炎症の病態に強く関与し、また気道上皮細胞がヒトの気道にてアレルギー反応を惹起し維持する能力をもっているという現在広く受容されている概念を強く支持するものである。特に免疫染色の結果から、エオタキシン-2、-3がエオタキシン-1同様、気管支喘息の病態生理に関わっている可能性が強く示唆され、エオタキシン-1のみならずエオタキシン-2、3もまた、好酸球性気道疾患の治療戦略の標的分子として考慮に入れるべきことを示している。

 第2章では、慢性炎症における抗原の持続的な存在が好塩基球に及ぼす影響と関連する、生理的条件下での好塩基球活性化制御機構、脱感作について検討した。好塩基球は細胞表面に発現する高親和性IgEレセプター(FcεRI)を介して活性化するが、その一方でこのようなIgE依存性活性化とは対照的に、脱感作と呼ばれるIgE依存性細胞活性化抑制機構が存在する:好塩基球に低濃度の抗原を予め作用させておくと、後で同じ抗原で強力に刺激した時細胞の反応性が低下する事実は以前から知られているがその機序、臨床的意義については不明な点が多い。本研究では、好塩基球の活性化と脱感作の関係を明らかにするため、通常脱感作誘導実験に用いる緩衝液ではなく、より生理的条件に近いRPMI培養液中で好塩基球に微弱なIgE依存性刺激を加えて緩徐・持続的な脱感作を誘導する系を確立し、その条件設定及び脱感作好塩基球のcharacterizationと脱感作制御機構に関して検討した。

 その結果、より生理的条件に近いRPMI培養液が脱感作誘導に適していることが初めて明らかになった。また、今までに報告されている知見では、活性化を惹起してしまう刺激を用いないと脱感作を誘導できなかったが、我々の系では両者を分離する事が可能になり、閾値に近い濃度で充分に脱感作が誘導できることが初めて示された。そして、閾値濃度の数十分の1という抗IgE抗体、抗原では数pg/mlオーダーの低濃度刺激でも脱感作は誘導され、濃度幅でみると、細胞活性化よりも低い濃度域に脱感作域が存在することがわかった。

 更にこの脱感作誘導は抗IgE抗体存在下で数日間持続することも見い出した。近年、マスト細胞や好塩基球表面のFcεRI発現量(IgE量)がIgE自体で制御されること、FcεRI発現量増加は細胞活性化の増強をもたらすことが判っている。そこで細胞表面IgE量が脱感作をも制御しているか検討するため、表面のIgEやFcεRIが増加している好塩基球で脱感作を誘導させたところ、脱感作もより短時間でより強力に誘導されることを見い出した。つまり、細胞表面のIgE・FcεRI量増加が、細胞の活性化と活性化抑制機構(脱感作)という相反する2つの現象を制御するというparadoxicalな知見が初めて明らかになった。

 また、好塩基球のFcεRI依存性の細胞内シグナル伝達に関与するLyn、Sykについても検討し、両者の量は脱感作誘導において変動を認めないという既報の知見を再確認した。

 Ca2+を含む生理的な培養液中で脱感作が誘導できるという本研究の結果は脱感作が生理的に重要である可能性を強く示唆する。そしてIgE架橋刺激が好塩基球に与える変化を考える時、細胞活性化の有無だけではなく、閾値よりも低い濃度域で脱感作が誘導されるという図式が考えられた。本研究で明らかとした脱感作の性質(細胞の直接の活性化を起こし得ない低濃度域に脱感作誘導域が存在する)に基づき、臨床的な現象の一面が説明可能かと考えられる。例えばアレルギーの原因薬を倍々に増加させながら投与して無反応に持ち込むいわゆる薬剤脱感作においては、薬剤投与量を身体への影響が全くない少量から開始して徐々に増加して行き、脱感作濃度域を通過させる間に細胞の無反応に持ち込むものと説明できる。

 脱感作の詳細な機序の解析についてはまだ不明な点が多く残されているが、脱感作は慢性的な抗原暴露状況において多少なりとも誘導されていることが推測されると共に、脱感作を選択的に誘導するという戦略は、IgEを介して起こる細胞活性化・症状惹起をブロックする選択肢になりうることから、今後の研究の展開によってアレルギー疾患の病態解明に繋がるのみならず、脱感作がIgE依存性アレルギー疾患の新たな治療戦略になりうる可能性を有しているのではないかと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究の前半部は、アレルギー性炎症において重要な役割を演じていると考えられる好酸球及び好塩基球について、両者の細胞の遊走、活性化に関わるケモカインであるエオタキシンサブファミリー(エオタキシン-1、-2,-3)の気道上皮細胞における蛋白産生及びmRNA発現とその制御機構を明らかにすることを目的としたものであり、以下の結果を得ている。

1.気管支喘息患者ならびに健常コントロールより得た気道粘膜組織標本において、エオタキシン-1、-2、-3の免疫染色を施行したところ、エオタキシン-1のみならずエオタキシン-2、-3についても、喘息群の気道上皮において健常群より明らかに強い染色性を認めた。この事実より、気道上皮細胞がエオタキシンサブファミリーの主要な産生源であることが示されると共に、気道上皮からのエオタキシン-2、-3産生が、好酸球を気道内腔へ効果的に引き寄せるための濃度勾配を作り出して、気管支周囲の好酸球浸潤に寄与している可能性が示唆された。

2.各種細胞株におけるエオタキシンサブファミリーの蛋白産生をELISA法で検討したところ、サイトカイン刺激による最大産生量はエオタキシン-1はHDF、エオタキシン-2はmonocyte、エオタキシン-3はHUVECから最も多く産生され、細胞間における産生プロフィールの相違が明らかになった。また、気道上皮系の細胞株では、エオタキシン-2はA549細胞とNHBECから、エオタキシン-3はA549細胞,BEAS-2B細胞,NHBEC全てから産生を認めた。

3.気道上皮系細胞株であるA549細胞,BEAS-2B細胞を用いて、エオタキシン-2、-3の蛋白産生をELISA法で、mRNA発現をreal-time PCR法で更に検討したところ、Th2サイトカインであるIL-4刺激で増加し、Th1サイトカインであるIFN-γ添加にて抑制される傾向が認められ、気道上皮によるエオタキシン-2、-3の産生がTh2に偏位したバランス下で誘導されており、気管支喘息のようなTh2優位なアレルギー性炎症において、その病態成立に関与している可能性が述べられた。また、気管支喘息の有用な治療法として確立しているステロイドの影響についても検討したところ、エオタキシン-2及び-3の蛋白産生、mRNA発現いずれもがグルココルチコイドによって臨床的に達成可能な濃度域で抑制され、気管支喘息における吸入ステロイドの有効性を少なくとも一部は説明しうると考えられた。

 喀痰や気管支洗浄液などの局所の分泌液中のエオタキシン-2、-3の蛋白量が測定可能になれば、in vivoにおける各エオタキシンの詳細な役割を明らかにするのに役立つと考えられるが、その点に関しては今後の検討課題であるとした。

 本研究の後半部では、生理的条件下における好塩基球の活性化抑制機構である脱感作機構について述べられている。好塩基球はその細胞表面に発現している高親和性IgEレセプター(FcεRI)を介して活性化するが、その一方でIgE依存性の細胞活性化抑制機構である脱感作という現象が知られている。慢性炎症における抗原の持続的な存在が好塩基球に及ぼす影響を解析すると共に、その制御機構を明らかにすることを目的として検討を行い、以下の結果を得ている。

4.生理的な条件下で好塩基球に微弱なIgE依存性刺激を加えて脱感作を誘導する系を確立し、脱感作の詳細な条件設定について検討した。Ca2+を含む生理的な培養液中において、様々な濃度の抗IgE抗体や抗原を用いて脱感作誘導を試みたところ、細胞の脱顆粒閾値もしくはそれ以下の微弱な刺激によっても、好塩基球の脱感作が強力にに誘導可能であることが示された。

5.マスト細胞や好塩基球表面上のFcεRI発現量(IgE結合量)増加は細胞活性化の増強をもたらすことが明らかになっていることを踏まえ、細胞表面IgE量が脱感作をも制御しているかを検討した。ヒトIgEの存在下で培養し細胞表面のIgE量が増加した好塩基球で脱感作の誘導を試みたところ、細胞表面のIgE・FcεRI量増加は脱感作も増強することが明らかになった。

 以上、本論文は気道上皮におけるエオタキシン-3の蛋白発現をin vivo並びにin vitroにて初めて示し、サイトカインやグルココルチコイドによるその産生・発現制御パターンを明らかにした。特に免疫染色の手法で、気管支喘息の気道上皮で実際にエオタキシン-2、-3の蛋白が発現していることを示すことで、気管支喘息においてエオタキシン-2、-3が重要な役割をしている可能性を強く示唆した。また、生理的条件下において、好塩基球の脱感作誘導が閾値もしくはそれ以下の低濃度の刺激によって可能であることを初めて示し、選択的な脱感作誘導が、より抗原特異的な治療法の確立につながる可能性を示唆した。両研究はいずれも、アレルギー疾患の病態解明及び新たな治療戦略の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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