学位論文要旨



No 118328
著者(漢字) 三宅,里歌子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤケ,リカコ
標題(和) β1インテグリン下流シグナル分子Crk-associated substrate lymphocyte type(Cas-L)の関節リウマチの病態における役割について
標題(洋)
報告番号 118328
報告番号 甲18328
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2135号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 金井,芳之
 東京大学 客員助教授 平井,浩一
 東京大学 講師 三崎,義堅
内容要旨 要旨を表示する

背景・目的

 β1インテグリンは細胞接着、細胞遊走、細胞増殖、サイトカイン産生、アポトーシス等の様々な生物学的機能に関与するだけでなく、細胞内シグナル伝達にも重要な役割を担っており、接着シグナルを細胞内シグナルに変換するシグナル伝達レセプターとして働く。関節リウマチ(RA)の炎症反応にβ1インテグリンを介する細胞の活性化やその後のT細胞遊走能の亢進が関与するという証拠が多数蓄積している。RA患者における滑膜細胞、滑液細胞や血管内皮細胞ではβ1インテグリン及びそのリガンドであるフィブロネクチンやVCAM-1等の発現が高まっている。本研究は、β1インテグリン下流のシグナル分子であり、T細胞の活性化に続くIL-2産生および細胞遊走能に重要なCrk-associated substrate lymphocyte type(Cas-L)のRAでの病態における意義を明らかにすることを目的とした。そこでまず、RA様病態を呈するHTLV-I Tax transgenic mouseを用いて細胞遊走能とCas-Lの発現及びそのチロシンリン酸化、免疫組織学的検討を行った。更にそこで得られた知見に基づいて関節リウマチ患者滑膜を用いた免疫組織学的検討を行った。

実験材料及び方法

1)動物

 HTLV-I Tax transgenic mouse関節炎発症前の4週齢マウス、関節炎発症後の14週齢マウスおよび対照群としてLittermate Controlマウス(Ct)を各群3匹ずつ用いた。14週齢マウスでは、関節炎を発症したマウスをAtg、発症していないマウスをNtgと分別した。

2)細胞遊走能の測定

 細胞遊走能は各群のマウスより脾細胞を分離し、マウス内皮細胞を単層に撒いたケモタキシスチャンバー(Transwell)に無刺激下で遊走した細胞数をフローサイトメーターで測定した。

3)Cas-L蛋白質及びβ1インテグリン下流シグナル蛋白質発現とチロシンリン酸化

 蛋白質発現及びチロシンリン酸化は各群のマウスより脾細胞、脾臓、リンパ節、胸腺を採取しライセートを作製後、免疫沈降に続くウエスタンブロット法により解析した。

4)Cas-L mRNA発現

 14週齢のマウス脾臓よりtRNAを抽出後、ノーザンブロット法により解析した。

5)細胞表面分子の発現

 β1インテグリンを始めとする細胞表面分子の発現は、14週齢のマウス脾細胞を蛍光ラベル抗体で免疫染色後、フローサイトメーターにより陽性細胞率を解析した。

6)マウス関節組織、関節リウマチ患者滑膜組織におけるCas-L蛋白質発現

 14週齢のマウスより関節組織切片を作製後、ヘマトキシリン&エオジン染色と免疫染色(酵素抗体法)により解析した。関節リウマチ患者滑膜に関しても同様に解析した。対照として変形性関節症患者滑膜を用いた。

結果

 1)Tax transgenic mouseにおける脾細胞遊走能は、関節炎発症前の4週齢のマウスにおいて脾細胞遊走能の亢進が認められた。更に関節炎発症後の14週齢のマウスにおいても、脾細胞遊走能の亢進が認められた。

 2)Tax transgenic mouseにおけるCas-L蛋白質発現とチロシンリン酸化も、関節炎発症前の4週齢のマウスにおいて亢進が認められ、関節炎発症後の14週齢のマウスにおいても亢進が認められた。

 3)Tax transgenic mouseにおけるCas-L mRNA発現は14週齢の関節炎を発症したマウスで特に亢進が認められた。

 4)β1インテグリンを始めとする接着分子の発現及びT細胞マーカの発現は変化が認められなかった。

 5)β1インテグリン下流チロシンキナーゼの発現は、14週齢の関節炎を発症したTax transgenic mouseにおいてSrcファミリーチロシンキナーゼfyn, lck蛋白質の発現及びチロシンリン酸化の亢進が認められた。

 6)Tax transgenic mouseの関節組織におけるCas-L蛋白質発現は、関節炎を起こしたマウスにおいて特に小結性集簇が認められる部分や関節腔と思われる部位にCas-L陽性細胞の浸潤、集積が認められた。

 7)関節リウマチ患者滑膜におけるCas-L蛋白質発現は、主として滑膜に浸潤したCD3陽性T細胞に認められた。一方対照とした変形性関節症患者滑膜においてはCas-L蛋白質の発現が認められなかった。

考察

 本実験では、リウマチモデルマウスのTax transgenic mouseを用いて脾細胞遊走能、脾臓、リンパ節におけるCas-L発現およびチロシンリン酸化、関節におけるCas-L発現を検討した。その結果、関節炎発症前及び関節炎発症後において脾細胞遊走能の亢進、Cas-L蛋白質の発現及びチロシンリン酸化の亢進が認められた。Cas-L蛋白質の発現が亢進した理由として、臓器へのリンパ球浸潤による可能性が考えられたが、関節炎を発症したマウスにおいてCas-LmRNA発現が亢進していたことから、単一細胞レベルでCas-L発現が亢進していたと考えられる。また、β1インテグリンを始めとする接着分子の発現及びT細胞マーカの発現は変化が認められなかったことからも、Cas-Lの発現亢進が関節炎の発症及び炎症反応の遷延に関与した可能性が考えられる。Cas-L蛋白質は従来β1インテグリンからFAKまたはSrc familyチロシンキナーゼよりチロシンリン酸化を受けて下流ヘシグナルを伝達する。関節炎を発症したマウスで認められたCas-L蛋白質のチロシンリン酸化は、主としてSrc familyチロシンキナーゼによりチロシンリン酸化を受けていた可能性が考えられた。更に関節炎症部位におけるCas-L蛋白質発現を検討した結果、浸潤した全ての細胞がCas-L陽性細胞ではなく、小結性集簇が認められる部分や関節腔と思われる部位に浸潤した細胞で特にCas-L陽性反応が認められたことから炎症部位への細胞浸潤にCas-Lが重要である可能性が考えられた。

 最後に、関節リウマチ患者の炎症反応の場である滑膜におけるCas-L蛋白質の発現を検討した結果、滑膜に浸潤したCD3陽性T細胞にCas-L蛋白質の発現が認められた。このことから、ヒトおいてもCas-L蛋白質は関節リウマチにおいて関節部位への細胞浸潤や炎症の増悪、遷延に関与している可能性が考えられる。

 以上の結果より、β1インテグリンのシグナル分子であるCas-Lが関節リウマチの炎症に深く関与する可能性が示唆された。今後、関節リウマチモデルマウスにおけるCas-L遺伝子アンチセンスの治療効果の検討、また野生型及びドミナントネガティブCas-L遺伝子トランスジェニックマウスやCas-L遺伝子ノックアウトマウスの解析等の更なる検討を行うことは、関節リウマチの病因、病態を解明するのみならず、Cas-L分子に基づく新しい治療法、治療薬の開発等臨床応用を可能にすると考えられる。

結論

 本研究では、関節リウマチモデルマウスのHTLV-I Tax transgenic mouseと関節リウマチ患者検体を用いた解析により、関節炎発症と炎症反応の遷延にはリンパ球におけるβ1インテグリン下流アダプター蛋白であるCas-Lの発現とチロシンリン酸化が関与する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、β1インテグリン下流のシグナル分子であり、T細胞の活性化に続くIL-2産生および細胞遊走能に重要なCrk-associated substrate lymphocyte type(Cas-L)の関節リウマチでの病態における意義を明らかにするため、リウマチモデルマウスのHTLV-I Tax transgenic mouseを用いて細胞遊走能の変化、リンパ系細胞におけるCas-L発現及びそのチロシンリン酸化の解析、更に関節リウマチ患者滑膜におけるCas-Lの発現の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1)Tax transgenic mouseにおける脾細胞遊走能はケモタキシスチャンバーを用いて測定したところ、関節炎発症前の4週齢のマウスにおいて脾細胞遊走能の亢進が認められた。更に関節炎発症後の14週齢のマウスにおいても、脾細胞遊走能の亢進が認められた。また、Tax transgenic mouse脾細胞、リンパ系臓器におけるCas-L蛋白質発現とチロシンリン酸化も同様に関節炎発症前の4週齢、関節炎発症後の14週齢のマウスにおいて亢進が認められた。

 2)Tax transgenic mouseにおけるCas-L mRNA発現をノーザンブロット法により解析したところ、14週齢の関節炎を発症したマウスにおいてCas-L mRNA発現の亢進が認められ、単一細胞レベルでCas-L発現が亢進していたことが示された。

 3)Tax transgenic mouseにおいてβ1インテグリンを始めとする接着分予の発現及びT細胞マーカの発現を検討するため、フローサイトメーターにより陽性細胞率を解析したところ、関節炎を起こしたマウスではコントロールマウスと比較して有意な変化が認められなかった。

 4)Tax transgenic mouseにおいてβ1インテグリン下流のチロシンキナーゼの蛋白質発現及びチロシンリン酸化を検討したところ、関節炎を発症したマウスにおいてSrcファミリーチロシンキナーゼfyn, lck発現亢進が認められ、Cas-L蛋白質はこれらのチロシンキナーゼによりチロシンリン酸化を受けた可能性が示された。

 5)Tax transgenic mouseの関節組織におけるCas-L蛋白質発現を免疫組織染色により解析したところ、関節炎を起こしたマウスにおいて関節腔及び小結性集簇が認められる部位に浸潤した細胞に特にCas-L陽性反応が認められたことが示された。

 6)関節リウマチ患者滑膜におけるCas-L蛋白質発現を免疫組織染色により解析したところ、滑膜に浸潤したCD3陽性T細胞にCas-L陽性皮応が認められたことが示された。

 以上、本論文ではリウマチモデルマウスのHTLV-I Tax transgenic mouseと関節リウマチ患者滑膜におけるβ1インテグリン下流のシグナル分子のCas-L蛋白質発現とチロシンリン酸化の解析から、Cas-L蛋白質が関節炎発症及び炎症反応の遷延に重要である可能性が示唆された。本研究は未だ不明な点が多い関節リウマチの病態解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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