No | 118330 | |
著者(漢字) | 遠藤,宗臣 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | エンドウ,トキオミ | |
標題(和) | Human herpesvirus 8の遺伝子多型とカポジ肉腫の病態に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118330 | |
報告番号 | 甲18330 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2137号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [序文] 1994年にChangらがカポジ肉腫(Kaposi's sarcoma: KS)組織中にヘルペス属ウイルスの特徴を持つDNA断片を発見し、1996年にRussoらがこのヘルペス属ウイルス全長を同定し、このウイルスがgammma-2 herpesvirusに分類され、herpesvirus saimiriに近縁なウイルスであることがわかった。当初このDNA断片がKS組織で検出されることからKaposi's sarcoma-associated herpesvirus(KSHV)と呼ばれたが、KSの他にbody cavity-based lymphoma(BCBL)またはprimary effusion lymphoma(PEL)、Castleman's disease(CD)とも密接な関係も認められており、8番目に発見されたヘルペスウイルスということでHuman herpesvirus8(HHV-8)とも呼ばれている。 HHV-8は、140.5kbのゲノムから構成され、85以上のopen reading frames(ORFs)が存在し、その中にはherpesvirus saimiriのORFsと類似性のあるものもみられる。これらのORFsの中には、細胞増殖に影響を与える物質のホモログをコードするORFが存在し、KSやPELやCDなどHHV-8関連疾患を発症している可能性が示唆されている。 KSは1872年にハンガリーの皮膚科医Moritz Kaposiによって初めて報告された、皮膚および内臓の肉腫性病変である。疫学的に、地中海周辺や東ヨーロッパの老人にみられる古典型、中央アフリカの小児にみられる地方病型、臓器移植後の免疫抑制剤を使用している患者にみられる後天型、HIV-1感染症に合併する流行型に分類される。比較的まれな疾患であったが、HIV-1感染症の蔓延により流行型が急増してきている。 HHV-8 DNAがKS組織から検出されていることから、HHV-8がKSの発生に深く関与していると考えられるが、全てのHHV-8感染者にKSが発生するわけではなく、宿主の免疫能やサイトカイン産生もKSの発生に重要な役割を演じるものと考えられる。 これまでの研究から、HHV-8ゲノムには高率に変異をもつORF-K1が存在し、この遺伝子多型によりHHV-8はサブタイプA、B、C、Dの4つに分類できることが明らかになっている。また近年、HHV-8ゲノムのORF26に、ORF-K1の遺伝子多型に連鎖するsingle nucleotide polymorphisms(SNPs)が存在することが報告されている。 [目的] 日本人のHIV-1感染者に由来するHHV-8の分子生物学的特徴を解析した。 [方法] 日本人HIV-1感染者の末梢血単核球およびカポジ肉腫組織からnested-PCR法を用いてHHV-8のORF-K1とORF26遺伝子多型を解析した。 [結果] 27名のPBMCs DNAを用いてORF-K1のnested PCRを行ったが、ORF-K1 DNA断片は27名のうち2名からしか得ることができなかったが、KS組織由来DNAでは4名全例で得ることができた。これら6名のHHV-8のサブタイプは、A1(1名)、A1'(1名)、A4(2名)、A5(1名)、C3'(1名)に分類することができた。 ORF-K1を標的にしたPCRの感度が低いため、ORF-K1の遺伝子多型に連鎖するORF26 SNPsを解析した。ORF26 DNA断片は、PBMCs DNAからは59名全員、KS組織DNAからも4名全員得ることができた。各症例のORF26のSNPパターンから類推されるHHV-8のサブタイプは、A3が37名、C2'が2名、C3が4名、AまたはD(A/D)が13名と分類することができた。 59症例のHHV-8のORF26 SNPsの変異パターンは、8つのタイプに分類され、ORF26 SNPsタイプ1は日本人のHIV-1感染患者において最も多く、次にタイプ2が多く認められた。タイプ3から8は少人数ではあったが、KSに罹患した患者はタイプ1やタイプ2よりも高率に認められた。ORF26の遺伝子多型とHHV-8感染症の臨床病態の関係を検討するために、ORF26 SNPsパターンの8タイプを系統樹解析を用いて分類した。ORF26 SNPsパターンは、グループI(タイプ1、2)、グループII(タイプ4、5、6)、グループIII(タイプ3、7、8)の3グループに分類することができ、これらの3グループにおいて、各グループ間の患者の臨床パラメーターを比較したところ、KSを罹患した患者数において、グループIとIIIの間で統計学的差異が認められた(p=0.0435)。 さらに、ORF26多型性とKS発症の関連を、ORF26の8箇所の各SNPで比較検討し、KSに罹患した患者と罹患していない患者を各SNPs間で比較すると、1032番のC→A変異と1055番のG→T変異を有するHHV-8感染者では他のSNPsよりもKS罹患が多いことが統計学的に認められた(p=0.0106)。 [考察] ORF-K1を標的としたPCRは効率が悪く末梢血単核球由来のDNAからはシークエンスを得ることが困難であったが、ORF26を標的とした場合は全例でシークエンスを得ることができた。59例のHHV-8 ORF26の塩基配列を解析した結果、多くの日本人におけるHHV-8が米国に多いサブタイプAに分類され、日米間のHHV-8の疫学的関係が明らかとなった。 ORF26 SNPsタイプ3、7、8(グループIII)のHHV-8感染患者は他のSNPsタイプよりも高頻度にKSを発症することが認められた。KS発症に注目して各々のSNPsを単独で比較検討してみたところ、互いに連鎖する1032番のC→A変異と1055番のG→T変異が存在するSNPsタイプ3とタイプ8に高率にKSの発症が認められた。 現在のところ、ORF26 SNPs 1032番と1055番がKS発症に影響するメカニズムは不明であるが、HHV-8についての分子生物学的知見から以下のような仮説を考えることができる。 <仮説>ORF26の遺伝子多型と連鎖する他の機能遺伝子多型の存在 (1)HHV-8の病原性の変化 (2)背景にあるHIV-1感染症への影響 ORF26 SNPsとKS発症のメカニズムを明らかにするためには、HHV-8ゲノムの多型性を広範に解析し、さらに多くの症例において我々のORFの遺伝子多型とKSの関係について比較検討する必要があると考える。 HHV-8の遺伝子多型と生物学的特性や臨床的表現型については、過去にいくつかの報告がなされているが、KSの発症頻度に言及した報告はなく、本研究はHHV-8の遺伝予多型とKS発症の関連を示す最初の報告と考えられる。本研究で明らかにしたようにORF-K1を標的としたPCRが低効率のために、従来のORF-K1遺伝子多型を解析するにはKSなどの腫瘍組織由来のDNAを用いてPCRを行う必要がある。これに対し、ORF26 SNPsによるHHV-8の遺伝子多型の解析は、末梢血を用いて行うことができるため、KSの有無にかかわらず全HHV-8感染者において可能である。このことより、ORF26 SNPsを用いた研究は、異なる地域における多数のHHV-8感染者を解析するための有益な方法になると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究、日本人のHIV-1感染者に由来するHHV-8の分子生物学的特徴を明らかにするためにHHV-8遺伝子の多型性を解析することにより、本邦におけるHHV-8の分子疫学を明らかにしたばかりでなく、HHV-8遺伝子の多型性とHHV-8感染症の臨床病態の関連についても新たな知見を得ている。 1.ORF-K1を標的としたPCRは効率が悪く末梢血単核球由来のDNAからはシークエンスを得ることが困難であったが、ORF26を標的とした場合は全例でシークエンスを得ることができた。59例のHHV-8 ORF26の塩基配列を解析した結果、多くの日本人におけるHHV-8が米国に多いサブタイプAに分類され、日米間のHHV-8の疫学的関係が明らかとなった。 2.ORF26 SNPsタイプ3、7、8(グループIII)のHHV-8感染患者は他のSNPsタイプよりも高頻度にKSを発症することが認められた。KS発症に注目して各々のSNPsを単独で比較検討してみたところ、互いに連鎖する1032番のC→A変異と1055番のG→T変異が存在するSNPsタイプ3とタイプ8に高率にKSの発症が認められた。 現在のところ、ORF26 SNPs 1032番と1055番がKS発症に影響するメカニズムは不明であるが、HHV-8についての分子生物学的知見から以下のような仮説を考えることができる。 <仮説>ORF26の遺伝子多型と連鎖する他の機能遺伝子多型の存在 (1)HHV-8に病原性の変化 (2)背景にあるHIV-1感染症への影響 ORF26 SNPsとKS発症のメカニズムを明らかにするためには、HHV-8ゲノムの多型性を広範に解析し、さらに多くの症例において我々のORFの遺伝子多型とKSの関係について比較検討する必要があると考える。 3.HHV-8の遺伝子多型と生物学的特性や臨床的表現型については、過去にいくつかの報告がなされているが、KSの発症頻度に言及した報告はなく、本研究はHHV-8の遺伝子多型とKS発症の関連を示す最初の報告と考えられる。本研究で明らかにしたようにORF-K1を標的としたPCRが低効率のために、従来のORF-K1遺伝子多型を解析するにはKSなどの腫瘍組織由来のDNAを用いてPCRを行う必要がある。これに対し、ORF26 SNPsによるHHV-8の遺伝子多型の解析は、末梢血を用いて行うことができるため、KSの有無にかかわらず全HHV-8感染者において可能である。このことより、ORF26 SNPsを用いた研究は、異なる地域における多数のHHV-8感染者を解析するための有益な方法になると考えられる。 以上、本論文は、HIV-1感染患者でカポジ肉腫罹患歴のある患者もしくはHHV-8抗体陽性者を対象として、HHV-8の遺伝子多型とカポジ肉腫の発症との関連を研究したものであり、多くの日本人におけるHHV-8が米国に多いサブタイプに分類され、日米間のHHV-8の疫学的関係を明らかにし、KSの発症に2ケ所のORF26 SNPs変異が影響することを明らかにした。特に、末消血単核球を試料として、カポジ肉腫発症者と非発症者を比較した点は、本論文における新規性として評価できるものであり、本研究は異なる地域における多数のHHV-8感染者を解析するための有益な方法になると考えられ、内容的にも学位論文に値するものである。 | |
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