学位論文要旨



No 118332
著者(漢字) 谷ケ崎,博
著者(英字)
著者(カナ) ヤガサキ,ヒロシ
標題(和) 我が国におけるFanconi貧血の遺伝子解析
標題(洋)
報告番号 118332
報告番号 甲18332
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2139号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 講師 千葉,滋
内容要旨 要旨を表示する

背景

Fanconi貧血(FA)の特徴

 遺伝性再生不良性貧血のFAは、100万人あたり5人前後という稀な常染色体劣性遺伝疾患で、遺伝的には異なる8群(A, B, C, D1, D2, E, F, G群)に分類される。小児期に再生不良性貧血を発症し、その後高率に骨髄異形成症候群や急性骨髄性白血病に移行する。先天的な骨格系の異常や悪性腫瘍の合併など臨床的表現型とmitomycin C(MMC)のようなDNA架橋剤により染色体断裂が著明に誘発されるという細胞表現型によりFAと診断される。

FAの分子経路

 FA遺伝子のうちA, C, D2, E, F, Gの6群は2001年までにその責任遺伝子がクローニングされた。これら遺伝子産物は共通の分子経路を形成していると考えられている。経路の下流に位置するFANCD2は、細胞がDNA障害を受けると上流の蛋白複合体(FANCA, C, E, F, G)に依存してユビキチン化により活性化される。活性型FANCD2はBRCA1と相互作用し、相同組み換えによるDNA修復機構に関与することが示唆されている。ごく最近、FAのD1群においてBRCA2の両アリルにおける変異が見い出されたこともこの考えを支持している。

FA遺伝子変異の民族差とfounder変異

 これまでFA遺伝子変異は欧米を中心に広範に解析され、全体ではA群が65-70%,C群が約15%、G群が約10%を占める。各遺伝子で様々な変異が同定されているが、民族によって変異遺伝子の頻度やタイプに特徴が見られる。FAの頻度が高いことで知られる白人系南アフリカ人の集団では、ほとんどすべての患者がFANCAの3種類の変異のどれかを持つと報告されている。また、アメリカに移住した東欧系ユダヤ人(ashkenazi-jewish)では、FANCCのイントロン4の変異が約80%を占めている。このような変異は一人の祖先に由来する変異が小さい集団の遺伝子プール内で増幅する現象、すなわちfounder効果として説明されるが、FA遺伝子変異でそれを証明した研究はまだ少ない。

目的

 我が国におけるFAの遺伝的特徴を明らかにするため、既に報告したC群8家系を除く45家系について、FANCAおよびFANCG遺伝子変異の解析を行い、この2つの遺伝子変異の特徴および起源について新たな知見を得た。

FANCAの解析

 FANCAは16番染色体のテロメア近くに存在し、約80kbという大きな遺伝子で、43のエクソンがある。これまでにFANCAの変異は100種類以上報告され、日本でも佐々木らのグループから14例の報告がある。その特徴は、(1)変異が遺伝子の全域にわたり、特定のhot spotがない、(2)ミスセンス変異、ナンセンス変異、欠失、挿入、スプライシング変異などの多種多様な変異が認められる、(3)ゲノムの広範な欠失(large deletion)の頻度が高いことである。

解析方法

 まずゲノムDNAの各エクソンとその近傍のイントロンを含む断片と6つの領域に分けたcDNA断片を増幅し、ダイレクトシークエンスした。このようなルーチンの解析法では少数の塩基の変化や、スプライシング異常を検出できるが、FANCAに多いとされるlarge deletionを検出するのは困難である。そこで、シークエンシングにより変異が見つからない例では34個のエクソン領域と3'非翻訳領域に作成したTaqmanプローブを用いて、DNAのコピー数を定量的PCRで測定し、large deletionを検出した。1アミノ酸の置換を引き起こす変異については良性多型と鑑別するために、機能解析を行った。すなわちこれらの変異cDNAを作成し、レトロウイルスベクターを用いてFANCAを欠損した細胞に発現させ、MMCに対する感受性とFANCD2のユビキチン化を測定した。

結果と考察

 (1)FANCAの変異を45家系中26家系で検出した。2546del Cは8家系で検出され、変異アリルの18%を占めた。これが立花、佐々木らが報告したように日本人に特徴的で、頻度の高い変異であることが確認された。しかしその他の変異は極めて多様であり、6種類のミスセンス変異、1種類のナンセンス変異、6種類の1-5塩基の欠失、1種類の1塩基挿入、7種類のスプライス部位の変異、7種類のlarge deletionであった。検出された変異の50%以上の変異は、世界でもこの一家系でしか検出されていない、'private mutation'であった。本研究で同定した新規の変異は22あった。

 (2)large deletionが疑われた30アリル中、7アリルでlarge deletionを検出した。このうち2アリル(FA52, FA25)において、切断点を同定した。定量的PCRにより、FA52はエクソン24からエクソン28までのlarge deletionと推定されたため、この領域をはさむプライマーで、PCRを行った。シークエンシングした結果、イントロン23とイントロン28における切断点を見い出した。その切断部を含む前後約300bpはAlu配列と呼ばれる相同性の極めて高い繰り返し配列であり、このlarge deletionはAluを介した組み換えによって生じたと推定された。

 (3)4つの変異体(P1194L, R1055W, T724P, 1339Ldel)を導入した細胞はいずれも細胞表現型を補正せず、病的変異であることが確認された。

 (4)FA67において、エクソン37にある5塩基の欠失(3720-3724del)をゲノムDNAで検出した。RT-PCR産物の解析より、この変異はエクソン37のskipを引き起こしていた。エクソン内の配列がスプライシングに重要な役割を果たし、その部分の変化がスプライシング異常を引き起こす例の報告が増加している。FA67でも同様のメカニズムが推測される。

FANCGの解析

 FANCGは9番染色体短腕にある、ゲノムで約6kbの遺伝子で、14のエクソンから構成され、これまでに20以上の変異が報告されている。日本では佐々木らのグループから2例のみ報告されている。

解析方法

 遺伝子全長のRT-PCR産物をダイレクトシークエンスした。その結果、変異の疑われた領域をさらにゲノムDNAで確認した。FANCGに変異を検出した10家系の患者及びその両親についてハプロタイプ解析を行った。すなわちFANCGの近傍にある9つのマイクロサテライトマーカーを選び、CAリピート数による多型をタイピングし、ハプロタイプを構築した。次に遺伝子変異とハプロタイプとの関連を統計学的に検定した。

結果と考察

 (1)非血縁関係にある10家系においてFANCGの変異を認めた。このうち9家系でイントロン3のスプライス部位の変異IVS3+1G>Cを認め、このうち4家系は、ホモ接合体、3家系は1066C>Tとの複合ヘテロ接合体、2家系は今回新しく検出した91C>T(ナンセンス変異)および194del Cとの複合ヘテロ接合体であった。1家系で1066C>Tのホモ接合体を認めたが、興味深いことにその両親とも韓国出身であった。我が国におけるFANCG変異の大部分が2つの特定の変異(IVS3+1G>Cと1066C>T)で説明できた。

 (2)IVS3+1G>C, 1066C>Tという変異は欧米では報告されていない。これらがfounder変異であるのか、何らかの原因でhotspotになっているのかを明らかにするために、ハプロタイプ解析を行った。IVS3+1G>Cをもつアリルはすべて同じハプロタイプを共有し、一方、1066C>Tを持つアリルではハプロタイプを共有していた。その他の変異はいずれとも異なるハプロタイプのアリル上にあった。IVS3+1G>C, 1066C>Tのいずれも持たない日本人対照78例(156アリル)について同様にハプロタイプを推定したところ、IVS3+1G>Cに特徴的なハプロタイプは比較的頻度の高い(2.56%)タイプだったが、1066C>Tに特徴的なハプロタイプの頻度は(0.64%以下)、日本人には極めて稀なタイプだった。統計学的にこの2つの変異と各々のハプロタイプとの相関は有意であり、founder変異であることが証明された。以上の結果を総合すると、IVS3+1G>Cは比較的古い時代に日本民族の祖先に発生した変異で、一方、1066C>Tは朝鮮民族の祖先に発生し、比較的後期に日本に伝わった変異と推測される。

臨床表現型との関連

 拇指の異常の割合はG群で82%と、A群の33%より有意に高率であった(P<0.01)。低身長もG群で有意に高率であった(P=0.024)。発症平均年令はG群で3.3才と、A群の5.4才より有意に低かった(P=0.016)。

 一方、MDS/AMLへの移行については、造血幹細胞移植が早期に行われるようになったため、十分な解析ができなかった。また、FANCAでは'private mutation'が多く、さらに患者の多くが、複合ヘテロ接合体であることから、各遺伝子型による表現型の比較は困難であった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は我が国におけるFAの遺伝学的特徴を明らかにするため、既に報告したC群8家系を除く45家系について、FANCAおよびFANCG遺伝子変異の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

FANCA遺伝子について

1)45家系中、26家系でFANCAの変異を見い出し、45の変異アリルを同定した。うち22は新規の変異であった。

2)2546delCは8アリル(18%)で認めたが、欧米では報告されていない。一方、50%以上の変異は'private mutation'であった。

3)ミスセンス変異蛋白については、MMCに対する感受性とFANCD2のユビキチン化の測定により病的変異であることを証明した。

4)Real time PCRはexonのコピー数を決める信頼性の高い方法であり、欠損したexonの同定に有効であった。

5)(4)の方法により、7アリルにおいてlarge deletionを検出し、そのうち2アリルで、break pointを同定した。1つはAlu-mediated recombinationによるものと考えられた。

FANCG遺伝子について

1)45家系中、10家系でFANCGの変異を同定した。IVS3+1G>Cと1066C>Tが変異アリルの90%を占めた。

2)ハプロタイプ解析の結果、IVS3+1G>Cを持つアリルと1066C>Tを持つアリルはそれぞれ固有のハプロタイプを有し、founder変異と考えられた。

3)IVS3+1G>Cは日本人の祖先に由来する比較的古い変異であり、1066C>Tは韓国人の祖先に由来し、比較的後期に日本に伝わった変異であろうと推測された。

臨床表現型との関連

・我が国のG群患者では、A群患者より発症年令が若年であり、拇指奇形および低身長の割合も有意に高率であった。

 本論文は最多数の日本人FA患者の遺伝子解析である。解析の結果、日本のFAは欧米とは大きく異なる遺伝子型から構成されていることが判明した。FAについての基礎的データに乏しかった我が国において、本研究はFA遺伝子診断のスクリーニング法の開発や遺伝子型-表現型相関の解析の基盤として有用である。さらに臨床医に対しても、FAの診断、予後予測、治療法の選択について、欧米の解析からでは得られない重要な情報を提供するものである。

 また、本論文は世界的にも単一民族で、FANCAとFANCGを対比させた初めての研究であり、この2つのFA遺伝子変異の特徴の解明に重要な貢献をなしたと考えられる。

 以上より、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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