学位論文要旨



No 118337
著者(漢字) 岡田,智志
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,サトシ
標題(和) Laser capture microdissectionを用いた上皮性卵巣癌の組織型特異的allelotypeの検討
標題(洋) Histology-specific allelotype of common epithelial ovarian cancer by laser capture microdissection and PCR-LOH analysis
報告番号 118337
報告番号 甲18337
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2144号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 仁木,利郎
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 上皮性悪性卵巣腫瘍は卵巣悪性腫瘍の80〜90%を占めるが、主に漿液性腺癌、粘液性腺癌、類内膜腺癌、明細胞腺癌の4種類からなる。これらは抗癌剤に対する感受性や予後といった点で臨床的に性格が異なる。しかし上皮性卵巣癌の研究は卵巣癌の大部分を占める漿液性腺癌が中心で、明細胞腺癌の遺伝子異常は殆ど検討されていない。

 明細胞腺癌は上皮性卵巣癌の5〜12%を占めるとされ、欧米よりも日本で頻度が高い。またプラチナベースの全身化学療法に抵抗性であり、他の組織型の卵巣癌よりも予後不良の傾向がある。

 他の多くの固形癌と同様、卵巣癌も発癌遺伝子活性化及び腫瘍抑制遺伝子不活化の多段階を経て発生する。腫瘍抑制遺伝子の不活化機構には塩基配列の点突然変異や遺伝子全体を含む染色体領域の欠失がよく知られている。後者の欠失は、父母由来の一対のヘテロな染色体の一方が消失するという意味でヘテロ接合性の消失(loss of heterozygosity, LOH)と表現される。

 各染色体短腕ないし長腕上のLOHの存在様式を総合的に把握して各々の腫瘍の特徴を明らかにしようという研究はallelotype解析と名付けられている。言い換えるとallelotypeは各々の腫瘍で不活化される腫瘍抑制遺伝子のプロファイルを大まかに表すものである。

 卵巣癌におけるallelotype解析の多くは既知の腫瘍抑制遺伝子が位置する特定の染色体に焦点を絞りLOHに関するデータを蓄積してきた。これらの検討により、卵巣癌で高頻度にLOHを認める染色体領域として1p,4p,5q,6p,6q,7p,8p,8q,9p,9q,11p,11q,12p,12q,13q,14q,15q,16p,16q,17p,17q,18q,19p,21q,22q,Xpが報告された。また17p13.1に位置するp53遺伝子の変異は卵巣癌でもしばしば認められる。しかしこれらの研究の殆ど全ては漿液性腺癌を対象としたものであり、他の組織型でのallelotype解析は検討されていない。卵巣癌の組織型ごとに関与する癌抑制遺伝子が異なるならば、LOHを高頻度で認める染色体領域や腫瘍抑制遺伝子変異のパターンも組織型で異なるはずである。

 Laser capture microdissection(LCM)は組織切片中のある特定の領域から必要な細胞集団だけを確実に選別する方法であり、PCRなどを利用した高感度増幅法によりさまざまな検討を行うことができる。本研究では、上皮性卵巣癌45例から腫瘍DNAをLCMにより採取し、ほぼ全領域の染色体上腕・短腕に位置する55の多型性マーカーを用いてLOHを正確に同定した。組織型特異的な染色体異常をスクリーニングするために明細胞腺癌16例、漿液性腺癌13例、類内膜腺癌11例、粘液性腺癌5例のLOH頻度のパターンを解析した。特に明細胞腺癌と漿液性腺癌のLOH分布を比較することで、最も予後不良な組織型である明細胞腺癌に特徴的な染色体異常を同定しようと試みた。

【実験方法】

1.使用検体;国立がんセンター中央病院で手術施行した原発性上皮性卵巣癌45例(明細胞腺癌16例、漿液性腺癌13例、類内膜腺癌11例、粘液性腺癌5例)の癌部と非癌部(卵管または子宮漿膜)組織。

2.癌組織のDNA抽出;検体から採取した組織を-80℃に凍結し、5〜10μmに薄切、ヘマトキシリン・エオジン染色切片からLM200 laser capture microdissection systemを用いて腫瘍組織のみを摘出。DNA抽出にはQiaAMP DNA Mini Kitを用いた。

3.非癌部DNAの調製:フェノール・クロロホルム法を使用した。

4.PCR-LOH法:55個の多型性マーカーをprimerとしPCR法にてDNAを増幅、productsをABI377または310 sequencerで電気泳動しGeneScanプログラムで解析。非癌部DNAで2本の増幅バンドを認めるものをinformative caseとし、それらのうちで癌DNAのバンドの1本が50%以上減弱したものをLOHありと判定した。

5.PCR-SSCP法による遺伝子変異解析;p53遺伝子のexon5-8の変異を解析した。

6.免疫組織化学染色;ホルマリン固定パラフィン切片を用いてp53蛋白の核内異常蓄積をavidin-biotin complex法により免疫組織化学的に検討した。

7.統計学的解析;Fisher法を用いP<0.05を統計学的に有意とした。

【結果】

1.染色体領域別のLOH頻度の一覧を図に示す。

2.卵巣癌45例全体でLOH頻度が40%以上であった染色体は1p,8p,13q,17p,19p,Xp。早期癌(I・II期)よりも進行癌(III・IV期)でLOH頻度が高い傾向があったが、早期癌でも30%以上の頻度だった。

3.漿液性腺癌と比較した明細胞腺癌のLOHパターンの特徴は1p33-36でLOH頻度が高いことと5q,12q,13q,17pでのLOH頻度が有意に低いことであった。

4.類内膜腺癌では明細胞腺癌より7pのLOH頻度が高い傾向があるが有意ではなかった。漿液性腺癌に比べると12q,13q,15q,19pのLOH頻度が有意に低かった。

5.粘液性腺癌は明細胞腺癌や類内膜腺癌よりも有意に17pのLOH頻度が高く、漿液性腺癌や明細胞腺癌に比べて1pのLOH頻度は有意に低かった。漿液性腺癌に比べると1p,5q,13q,19pでのLOH頻度は有意に低かった。

6.p53遺伝子exon5-8の変異は明細胞腺癌では認められなかったが漿液性腺癌では64%に認められた。

7.p53蛋白の核内異常蓄積は明細胞腺癌では7%のみに見られたが漿液性腺癌では45%に認めた。

【考察】

 本研究により、上皮性卵巣癌では組織型の違いによりLOHが高率に見られる染色体領域のパターン(allelotype)に大きな相違があることが明らかになった。初期卵巣癌より進行期卵巣癌の方がLOH頻度が高い傾向があるが、進行期別で特異的なLOHはなかった。従って組織型毎にそれぞれの発癌過程に関わる癌抑制遺伝子が異なっていることが示唆された。

 明細胞腺癌では1p33-p36でのLOH頻度が特に高く、8p,11q,13q,18q,19pで頻度が30%以上であった。1p33-p36に位置する癌抑制遺伝子が明細胞腺癌の発癌に関与している可能性がある。

 漿液性腺癌では17個の染色体短腕ないし長腕でLOH頻度が50%以上であったが、これまでの報告中の最大数でLOH頻度も最も高い。以前の報告では30%以上の頻度でLOHを検出した染色体領域数は全体の40%であり、50%以上のLOH頻度の領域の割合もわずか6%であった。本研究で30%以上のLOHを検出した領域の割合は54%で、50%以上のLOH領域も39%であった。従来の研究では非癌組織の混入のために卵巣癌におけるLOH頻度が過小評価されていた可能性がある。新鮮凍結組織からLCMを用いて癌のみを分離し検討する方法で、これまで正確な評価を妨げていた限界を克服したといえる。

 漿液性腺癌ではこれまでの検討で5q,9q,12q,13q,17p,18qのLOH頻度が50%以上であり、本研究でも同様であった。これらの染色体短腕ないし長腕のLOHは漿液性腺癌の発癌と進展に関与する癌抑制遺伝子の不活化に重要である可能性がある。

 17番染色体のLOHは上皮性卵巣癌で一般的であり、高悪性度または進行期の漿液性腺癌にほとんど例外なく関連することは以前に示されている。p53が位置する17pやBRCA1が位置する17qのLOHは進行期漿液性腺癌にしばしば認められるが、明細胞腺癌や漿液性境界悪性腫瘍では頻度が低い。本研究でも同じ結果であった。多くの上皮性悪性腫瘍と同様、上皮性卵巣癌でしばしば異常を呈するp53遺伝子は17p13.1にあるが、明細胞腺癌ではp53遺伝子・p53蛋白の異常の頻度が低いことが特徴であった。

 類内膜腺癌では7pでLOHの頻度が高く12q,13q,15q,19pのLOH頻度が低かった。粘液性腺癌では17pのLOHの頻度が高く5q,13q,19pのLOH頻度が低かった。本研究では粘液性腺癌の症例数が少なく更なる検討が必要である。

 本研究ではLCMを利用して純粋な癌DNAを抽出しallelotypeの検討を行った。そしてこれまでの漿液性腺癌の検討中最大数の染色体短腕ないし長腕でのLOHを同定し、明細胞腺癌で特異的に高頻度で欠失する染色体領域を同定した。組織型が異なるとLOH分布も異なることは、発癌に関わる癌抑制遺伝子がそれぞれの組織型で異なることを示唆している。1p33-p36のLOHが高頻度なのは明細胞腺癌と漿液性腺癌とで共通であるが、17p13.1のLOH及びp53遺伝子変異の頻度が低いことは明細胞腺癌で特徴的であった。明細胞腺癌の発癌・進展にはp53が関与しておらず、1p33-p36上の癌抑制遺伝子が重要な役割を果たしている可能性が示された。明細胞腺癌に特異的な癌抑制遺伝子を検出するために更なる研究が必要である。3764字

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、上皮性卵巣癌のallelotype解析を通じて、上皮性卵巣癌の組織型により発癌に関与する癌抑制遺伝子が異なることを明らかにしたものである。上皮性卵巣癌45症例からlaser capture microdissectionにて腫瘍DNAのみを選択的に採取し、ほぼ全領域の染色体上腕・短腕に位置する55の多型性マーカーを用いてLOHを正確に同定することで下記の結果を得た。

1.上皮性卵巣癌では組織型の違いによりLOHが高率に見られる染色体領域のパターン(allelotype)に大きな相違があった。組織型が異なるとLOH分布も異なることは、発癌に関わる癌抑制遺伝子がそれぞれの組織型で異なることを示唆している。

2.漿液性腺癌では17個の染色体短腕ないし長腕でLOH頻度が50%以上であったが、これまでの報告中の最大数でLOH頻度も最も高かった。従来の研究と異なり新鮮凍結組織からlaser capture microdissectionを用いて癌のみを分離し検討することにより、これまで正確な評価を妨げていた限界を克服したといえる。

3.漿液性腺癌と比較した明細胞腺癌のLOHパターンの特徴は1p33-36でLOH頻度が高いことと、5q,12q,13q,17pでのLOH頻度が有意に低いことであった。類内膜腺癌では漿液性腺癌に比べると12q,13q,15q,19pのLOH頻度が有意に低かった。粘液性腺癌は漿液性腺癌に比べると1p,5q,13q,19pでのLOH頻度は有意に低かった。

4.PCR-SSCP法によりp53遺伝子の遺伝子変異を解析した結果、p53遺伝子exon5-8の変異は明細胞腺癌では認められなかったが、漿液性腺癌では64%に認められた。免疫組織化学的検討においても、p53蛋白の核内異常蓄積は明細胞腺癌では7%のみに見られたが、漿液性腺癌では45%に認めた。これらの結果より明細胞腺癌ではp53遺伝子が発癌に関与していないと考えられた。

 本研究により、上皮性卵巣癌では組織型の違いによりallelotypeに大きな相違があることが明らかになった。さらに、明細胞腺癌の発癌・進展にはp53遺伝子が関与しておらず、1p33-p36上にある癌抑制遺伝子が重要な役割を果たしている可能性が示された。

 上皮性卵巣癌の発癌機構の解明において、本研究は重要な貢献をしているのみならず、上皮性卵巣癌の中でも臨床的に重要な明細胞腺癌の発癌に関与する遺伝子領域を同定しており、学位の授与に値するものと考えられる。

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