学位論文要旨



No 118340
著者(漢字) 金井,孝夫
著者(英字)
著者(カナ) カナイ,タカオ
標題(和) 胎盤トロホブラストに発現するHuman leukocyte antigen(HLA)-Gの妊娠維持における役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 118340
報告番号 甲18340
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2147号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 講師 高見沢,勝
 東京大学 講師 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 母体にとって胎児は、その半分が父親由来の同種移植片であり、免疫学的に異物である。しかしながら胎児は本来母体の免疫系からの拒絶を免れて9ヶ月もの間、母体体内で発育する。こうした特殊な移植免疫反応が起こるブラックボックスは母児の組織が接触する胎盤であり、どのような免疫現象が胎盤で起こっているかを解明することが、妊娠維持の免疫学的機序を解明する上で重要である。臓器移植において、移植免疫反応を決定するのは、移植片のヒト白血球抗原[human leukocyte antigen(HLA)]型と、それに対するレシピエントの反応であり、移植片のHLA型がレシピエントのHLA型と異なる場合、急激な拒絶反応が起こって、移植片は排除されることになる。しかし、妊娠においてはHLAの母児一致性が要求されることはない。

1.胎盤トロホブラストに発現するHLA-G

 1987年にGeraghtyらにより発見されたHLA-Gは、非古典的クラスIに属し、母体と胎児の接点である胎盤のトロホブラストに発現している。HLA-Gの遺伝子多型は、わずかに6つのみが認められている。さらに、HLA-Gは、選択的スプライシングにより膜型蛋白のほか酸性の可溶型蛋白としても分泌されている。

 胎盤のトロホブラスト上にはHLAの古典的クラスIもクラスII抗原も発現しておらず、そのかわりに主HLA抗原としてHLA-Gが発現している。母体免疫細胞と直接接するトロホブラスト上に、多型性の乏しいHLA-Gが発現することで、母体の免疫細胞から「異物=他」と認識されないように働いているとも考えられている。また、可溶型HLA-G蛋白は、羊水中に認められている。可溶型HLA-G蛋白が、母児免疫にどのように関わっているか不明であるが、HLA-Gは選択的スプライシングによって膜型蛋白および可溶型蛋白を作り出し、トロホブラスト上の主要組織適合複合体[major histocompatibility complex(MHC)]の役割をひとり二役で果たしていると考えられる。

2.妊娠維持とサイトカイン

 妊娠維持の機序として、母体リンパ球が、胎盤の抗原を認識し、種々のサイトカインを分泌し、トロホブラストの発育・分化を調節しているというイムノトロピズムの考え方が提唱されている。近年、ヘルパーTリンパ球は、その分泌するサイトカインにより、T helper1(Th1)細胞とT helper2(Th2)細胞とに分類されている。前者はInterferon(IFN)-γやTumor necrosis factor(TNF)-βを分泌し、マクロファージを賦活して、細胞性免疫を促進する。一方後者は、Interleukin(IL)-4、IL-5、IL-10やIL-13を分泌し、抗体産生を賦活して、液性免疫を促進している。妊娠は、Th1/Th2サイトカインバランスにおいて、Th1サイトカイン分泌が抑制されTh2サイトカイン優位になっている現象と考えられている。

3.子宮脱落膜組織に存在する母体リンパ球

 末梢血のリンパ球のサブセットを調べると、妊娠の有無に関わらず、75%をCD3+T細胞が占めている。一方NK細胞については、末梢血ではCD16抗原を発現するCD16+NK細胞が主体をなすが、脱落膜中にはCD16-CD56brightNK細胞が脱落膜単核球の85%を占め、主体をなしている。CD16-CD56brightNK細胞は、末梢血中には1%しか認められない。以上より、末梢血の単核球と脱落膜中の単核球では、構成も妊娠維持にかかわる働きも異なると考えられる。

目的

 以上を踏まえ、私は、胎盤のトロホブラストに特異的に発現しているHLA-Gが、母体単核球からのサイトカイン分泌にどのような影響を与えて妊娠維持に関わっているか、Th1/Th2サイトカインバランスの観点から、膜型HLA-G、あるいは可溶型HLA-G蛋白を認識した際の母体単核球からのサイトカイン分泌が、末梢血単核球と、母児免疫の接点である脱落膜に存在する脱落膜単核球においてどのような影響を受けるのか明らかにすることを目的として研究した。サイトカインは、Th1サイトカインであるIFN-γ、Th0サイトカインに属するが、細胞傷害性を有しTh1サイトカインと同様と考えられているTNF-α、またTh2サイトカインであるIL-4、IL-10、トロホブラストの発育や分化を促進させる働きのあるIL-3について検討した。

対象と方法

1.末梢血単核球の調整

 末梢血単核球は正常未妊婦6人(年齢:28.8±1.2歳mean±S.D.)(実験1)、および7人(年齢:28.6±1.8歳mean±S.D.)(実験2)の静脈血から採血後、Ficoll-Paqueに重層し、1000×G、10分間の遠心分離し、界面に存在する単核球を回収した(Ficoll-Paque法)。

2.脱落膜単核球の調整

 脱落膜組織は、妊娠5〜9週にかけて人工妊娠中絶を施行した7人(年齢:26.2±5.2歳mean±S.D.)(実験2)、および14人(年齢:28.2±4.2歳mean±S.D.)(実験3)からインフォームドコンセントを得て採取した。脱落膜組織をphosphate buffered saline(PBS)で数回洗浄した後、メスにて充分細切したのち0.1%コラゲナーゼ合むRPMI1640に37℃下に30分間融解させた。融解後、100μmメッシュにて濾過し、濾液をFicoll-Paque法により分離し回収した。

3.細胞株

 HLAクラスI抗原を有さないBリンパ芽球細胞株721.221(.221)とその細胞株にHLA-G1のcDNAをレトロウイルスベクターであるpLNCXを用いてtransfectした細胞株(.221-G1)を膜型HLA-G発現細胞として用いた。

4.可溶型HLA-G蛋白

 可溶型HLA-G蛋白として、大腸菌により産生されたリコンビナント可溶型HLA-G蛋白を用いた。膜型HLA-G1の細胞外領域であるα1からα3部位をコードしたcDNAを大腸菌に組み込んで培養し、培養上清中に産生されたHLA-G蛋白長鎖(細胞膜貫通領域と細胞質領域を欠如)を、HLA-Gに対する特異抗体87Gを用いて精製した。得られた蛋白にβ2-ミクログロブリンとHLA-Gへの結合が報告されているペプチド"KGPPAALTL"を組み込んでリコンビナント可溶型HLA-G蛋白を得た。

5.母体単核球と.221細胞および.221-G1細胞との共培養

 100Gy放射線を照射した1×106個の.221細胞または.221-G1細胞を、1×106個の末梢血単核球または脱落膜単核球と、10%ウシ胎児血清および1mM sodium pyruvateを添加したRPMI 1640培地中で、37℃、5%CO2下で48時間培養し、培養上清中のサイトカイン濃度を測定した。また、リコンビナント可溶型HLA-G蛋白を250、500、1000ng/mlの濃度で各培養系に添加して、各濃度における培養上清中のサイトカイン濃度を測定した。

6.サイトカイン濃度測定

 サイトカイン濃度は、酵素抗体法(Enzyme linked immunosorbent assay, ELISA)により測定した。

7.統計学的検定

 2群間のサイトカイン濃度の有意差(P<0.05)については,Wilcoxon法により検定した.

結果

1.膜型HLA-Gが末梢血単核球および脱落膜単核球からのサイトカイン分泌に与える影響について

 末梢血単核球を.221-G1細胞と共培養した場合、.221細胞との共培養に比べ、TNF-α、IFN-γの分泌が有意に低値となり(P<0.05)、IL-4、IL-3の分泌が有意に高値であった(P<0.05)。IL-10の分泌では有意な差は認めなかった。

 脱落膜単核球を.221-G1細胞と共培養した場合、.221細胞との共培養に比べ、TNF-α、IFN-γの分泌が有意に低値となり(P<0.05)、IL-10、IL-3の分泌が有意に高値であった(P<0.05)。IL-4の分泌では有意な差は認めなかった。

2.可溶型HLA-G蛋白が末梢血単核球および脱落膜単核球からのサイトカイン分泌に与える影響について

 末梢血単核球を.221細胞および.221-G1細胞との共培養中に可溶型HLA-G蛋白を添加した場合、無添加の対照群に比べ、TNF-α、IFN-γ、IL-10の分泌が有意に高値となり(P<0.05)、IL-3の分泌が有意に低値であった(P<0.05)。さらに、それらの変化は、添加した可溶型HLA-G蛋白の濃度に依存していた。IL-4の分泌では有意な差は認めなかった。

 脱落膜単核球を.221細胞および.221-G1細胞との共培養中に可溶型HLA-G蛋白を添加した場合、無添加の対照群に比べ、TNF-α、IFN-γ、IL-10、IL-3の分泌が有意に低値となった(P<0.05)。ただし、末梢血単核球で見られたような添加濃度に依存する変化は見られず、低濃度から明確な変化が生じていた。IL-4の分泌では有意な差は認めなかった。

考察

 末梢血単核球が膜型HLA-Gを認識すると、IFN-γ、TNF-αの分泌を低下させ、IL-4、IL-3の分泌を増加させるが、IL-10の分泌は変化しない。また、脱落膜単核球が膜型HLA-Gを認識した場合は、IFN-γ、TNF-αの分泌が低下し、IL-4の分泌は変化しないものの、IL-10とIL-3の分泌が増加する。つまり、末梢血、脱落膜単核球いずれもが、膜型HLA-Gを認識すると、Th1/Th2サイトカインバランスをTh2優位とし、妊娠維持に有利なサイトカイン環境を創出していることがわかった。IL-4やIL-10の分泌における、末梢血単核球と脱落膜単核球の相違点は、構成する単核球のサブセットの違いが影響していると考えられる。具体的には、末梢血においてはCD3+のT細胞が単核球の75%占める一方、脱落膜では末梢血で1%しか認められないCD16-CD56brightNK細胞が85%存在するためと思われる。

 次に、末梢血単核球が可溶型HLA-G蛋白を認識すると、膜型HLA-Gの有無にかかわらず、添加濃度依存性にTNF-α、IFN-γ、IL-10の分泌を増加させ、IL-3の分泌を低下させた。しかし、IL-4の分泌には何らの影響を与えなかった。つまり、可溶型HLA-Gは、膜型HLA-Gとは反対に、妊娠維持にネガティブに働くIFN-γやTNF-αをむしろ増加させ、ポジティブに働くIL-3の分泌を低下させるといった、妊娠にはおおよそ不利な環境を創出しており、膜型HLA-Gに対して、アンタゴニストの如く作用していることがわかった。膜型HLA-Gを末梢血単核球が認識しても、IL-10分泌が変化しないことから、可溶型HLA-G蛋白は、妊娠に優位なIL-10の分泌を増加させることで、膜型HLA-Gの働きを補完している可能性が考えられた。

 脱落膜単核球が膜型HLA-Gを認識すると、IFN-γ、TNF-αの分泌が低下し、L-10、IL-3の分泌は増加し、IL-4の分泌は変化せず、全体として、Th1/Th2サイトカインバランスをTh2優位としているが、可溶型HLA-G蛋白を認識すると、妊娠維持に不利なIFN-γ、TNF-αの分泌が低下するだけでなく妊娠維持に有利なIL-3、IL-10の分泌も低下することがわかった。IL-4の分泌は変化しなかった。

 つまり脱落膜単核球が、膜型HLA-Gと可溶型HLA-G蛋白それぞれを認識した場合のサイトカイン分泌の変化は、IFN-γ、TNF-α、IL-4は同一であるが、IL-3とIL-10は相反していた。ただし、末梢血単核球で見られたような添加濃度に依存する変化は見られず、低濃度から明確な変化が生じていた。

 受精卵が子宮内膜上に接着したあと、トロホブラストは、脱落膜に変化した子宮内膜へ浸潤し、母体脱落膜単核球は免疫担当細胞としてトロホブラストを認識する。しかしながらトロホブラストは多型性の殆どないHLAクラスI抗原である膜型HLA-Gおよび可溶型HLA-Gを発現しており、脱落膜内のキラーT細胞やNK細胞からの攻撃は起こらない。その一方で、膜型HLA-Gを認識した脱落膜単核球は、TNF-α、IFN-γの分泌を低下させ、IL-10、IL-3の分泌を増加させて、トロホブラストの増殖に有利な環境を作り出す。可溶型HLA-Gは、TNF-α、IFN-γの分泌を低下させてトロホブラストを保護する一方、IL-10、IL-3の分泌も低下させて、トロホブラストの一方的な増殖が起こらないようコントロールする。やがて、侵入トロホブラストは母体血管壁を突き破ると同時に、母体末梢血単核球の認識を受け、その浸潤および増殖を止め、直ちに分化して絨毛および胎盤血管系が構築され、胎盤が形成される。末梢血単核球は、膜型HLA-Gを認識して細胞傷害性サイトカインであるTNF-α、IFN-γの分泌を抑制するが、一方で可溶型HLA-G蛋白を認識して、逆に拮抗的にこうした細胞傷害性サイトカインの分泌を増加させる。言い換えると、膜型HLA-Gは脱落膜、血管内いずれにおいても、トロホブラスト増殖に対しアクセル作用を有するが、可溶型HLA-G蛋白はその場に応じてアクセル作用だけでなく、ブレーキの作用を発揮し、トロホブラストの浸潤・増殖をコントロールしていると考えられる。仮に、可溶型HLA-G蛋白が膜型HLA-G同様にアクセルの作用のみを有していたなら、トロホブラストは、母体免疫細胞からの寛容を常に受け、止まることなく浸潤と増殖を繰り返し、母体を蝕み、癒着胎盤などの重大な合併症の原因となりうる。

 以上より、HLA-Gは膜型および可溶型蛋白の2形態で、母体免疫細胞と時間的・空間的に作用して、妊娠維持に優位なサイトカイン環境を整えていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は妊娠維持の免疫学的機序において重要な役割を演じていると考えられるHuman leukocyte antigen(HLA)-Gと、それを認識した母体単核球の分泌するTh1/Th2サイトカインバランスの変化を明らかにするため、膜型HLA-Gを発現するBリンパ芽球細胞株(721.221-G1)および対照群(721.221)、可溶型HLA-G蛋白と母体単核球(末梢血単核球・脱落膜単核球)を混合培養する系において、分泌されるサイトカインの変化を解析したものである。サイトカインは、Th1サイトカインであるIFN-γ、Th0サイトカインに属するが、細胞傷害性を有しTh1サイトカインと同様と考えられているTNF-α、またTh2サイトカインであるIL-4、IL-10、トロホブラストの発育や分化を促進させる働きのあるIL-3について検討し、下記の結果を得ている。

1.末梢血単核球が膜型HLA-Gを認識すると、IFN-γ、TNF-αの分泌を低下させ、IL-4、IL-3の分泌を増加させるが、IL-10の分泌は変化しない。また、脱落膜単核球が膜型HLA-Gを認識した場合は、IFN-γ、TNF-αの分泌が低下し、IL-4の分泌は変化しないものの、IL-10とIL-3の分泌が増加する。つまり、末梢血、脱落膜単核球いずれもが、膜型HLA-Gを認識すると、Th1/Th2サイトカインバランスをTh2優位とし、妊娠維持に有利なサイトカイン環境を創出していることがわかった。IL-4やIL-10の分泌における、末梢血単核球と脱落膜単核球の相違点は、構成する単核球のサブセットの違いが影響していると考えられる。

2.末梢血単核球が可溶型HLA-G蛋白を認識すると、膜型HLA-Gの有無にかかわらず、添加濃度依存性にTNF-α、IFN-γ、IL-10の分泌を増加させ、IL-3の分泌を低下させた。しかし、IL-4の分泌には何らの影響を与えなかった。つまり、可溶型HLA-Gは、膜型HLA-Gとは反対に、妊娠維持にネガティブに働くIFN-γやTNF-αをむしろ増加させ、ポジティブに働くIL-3の分泌を低下させるといった、妊娠にはおおよそ不利な環境を創出しており、膜型HLA-Gに対して、アンタゴニストの如く作用していることがわかった。膜型HLA-Gを末梢血単核球が認識しても、IL-10分泌が変化しないことから、可溶型HLA-G蛋白は、妊娠に優位なIL-10の分泌を増加させることで、膜型HLA-Gの働きを補完している可能性が考えられた。

3.脱落膜単核球が可溶型HLA-G蛋白を認識すると、膜型HLA-Gの有無にかかわらず、妊娠維持に不利なIFN-γ、TNF-αの分泌が低下するだけでなく妊娠維持に有利なIL-3、IL-10の分泌も低下することがわかった。IL-4の分泌は変化しなかった。

 つまり脱落膜単核球が、膜型HLA-Gと可溶型HLA-G蛋白それぞれを認識した場合のサイトカイン分泌の変化は、IFN-γ、TNF-α、IL-4は同一であるが、IL-3とIL-10は相反していた。ただし、末梢血単核球で見られたような添加濃度に依存する変化は見られず、低濃度から明確な変化が生じていた。

 この研究において、膜型HLA-Gおよび可溶型HLA-G蛋白が、単核球からのサイトカイン分泌にどのような影響を与えるかについてTh1/Th2サイトカインバランスの観点から初めて報告した。つまり、HLA-GがNK細胞傷害活性を抑制する働きの他に、膜型HLA-Gおよび可溶型HLA-G蛋白各々が、単核球からのサイトカイン分泌を調節する機能を持つことを付加したのである。以上より、HLA-Gが膜型および可溶型蛋白の2形態で、母体免疫細胞と時間的・空間的に作用して、妊娠維持に優位なサイトカイン環境を整えていることが示唆され、妊娠維持のサイトカインネットワークの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク