学位論文要旨



No 118341
著者(漢字) 狩野,博嗣
著者(英字)
著者(カナ) カノ,ヒロツグ
標題(和) エルシニア菌由来スーパー抗原YPMによるトキシックショック誘導機序の解析
標題(洋) Analysis of the pathogenicity of Yersinia pseudotuberculosis-derived mitogen (YPM)
報告番号 118341
報告番号 甲18341
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2148号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 講師 小島,俊行
 東京大学 講師 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

 エルシニア属の病原性細菌としては、Yersina pestis, Yersina enterocolitica, Yersina pseudotuberculosisの3種が知られている。このうち、Yersina pseudotuberculosisは、腸間膜リンパ節炎の患者の腫大したリンパ組織から最初に発見されたグラム陰性桿菌で、ノネズミやノウサギに寄生し、これらの動物の糞便によって汚染された飲料水や食肉、野菜を通じて経口感染する。臨床症状としては、腹痛・下痢・嘔吐といった消化器症状を引き起こすのみならず、冠動脈瘤、関節炎、急性腎不全などの続発症をもたらすことがある。これらの急性期症状および続発症の発症機序は不明だが、近年発見されたYersina pseudotuberculosis由来のスーパー抗原(YPM)が関与する可能性が論じられている。

 細菌由来の主たるスーパー抗原としては、黄色ブドウ球菌の腸内毒素群とトキシックショック症候群毒素、A群β溶連菌の発熱性外毒素群が一つのファミリーを形成しており、いずれもヒトやマウスT細胞に対して強い活性化作用を示し、極めて微量で細胞増殖やサイトカインの産生を誘導する。

 今回私は、YPMの病原的意義をより明らかにするために点突然変異を導入したmutant YPMを作製するとともに、YPMのスーパー抗原性が、生体内において、黄色ブドウ球菌やA群β溶連菌の発熱毒素群と同様に急性のショック誘導作用をもつのか否か、その機序はいかなるものかを明らかにするために、マウスを用いた動物実験モデルを作成した。さらに、抗YPMモノクローナル抗体を用いてショック誘導の予防効果について検討した。

 今回の実験に用いたマウスは、6-12週のBALB/cマウス、C.B-17/lcr.scid/scidマウス、更にBALB/cマウスのT細胞を移入したC.B-17/lcr.scid/scidマウスである。用いた抗原は、wild-type YPM(wYPM)と、ヒトPBMCに対する細胞増殖刺激活性がwild-typeの75%以上あるL7Q(7番目のアミノ酸をロイシンからグルタミンに置換したmutant YPM)、wild-typeの25%以下であるD88G(88番目のアミノ酸をアスパラギン酸からグリシンに置換したmutant YPM)である。抗YPMモノクローナル抗体は、ヒトPBMCに対する細胞増殖を完全に抑制するYSA8E3と、部分的にしか抑制できないYSA12B8を用いた。

 実験プロトコールは、各マウスにまずD-galactosamineを30mg腹腔内投与し、その30分後にYPMまたはmutant YPMを100μg静注した。モノクローナル抗体を用いた実験では、2種のモノクローナル抗体を、YPM静注の2時間前、同時、2時間後の計3回、各1mgずつ腹腔内投与した。YPM静注7日後まで生存のモニタリングを行うとともに、一部のマウスでは静注後12時間時における病理組織の検討を行った。また、静注2時間後の血漿TNF-α値および4時間後の血漿IFN-γ値,IL-10値の測定を行うとともに、末梢血、脾臓、リンパ球において静注後24時間以内のT細胞Vβレパートリーの推移をみた。

 BALB/cマウスは、wYPM, L7Q, D88GおよびPBS投与により、それぞれ6/7(86%),5/7(71%),1/7(14%),0/7(0%)例が死亡した。中和活性を有するMAb YSA8E3を用いた時には、死亡は0/6例となった。C.B-17/lcr.scid/scidマウスは6例全例死亡に到らなかったが、BALB/cマウスのT細胞を移入したC.B-17/lcr.scid/scidマウスは、4例全例死亡した。病理組織学的検索では、wYPMを投与されたBALB/cマウスにおいて、肝臓および脾臓の細胞壊死や鬱血、心外膜における石灰化を顕著に認めた。MAb YSA8E3を同時投与されたBALB/cマウスでは、組織変化が軽減されていたが、一方T細胞を移入されたC.B-17/lcr.scid/scidマウスでは、wYPM投与によりBALB/cマウスとほぼ匹敵する組織変化を示した。

 BALB/cマウスにおいて静注4時間後の血漿IFN-γや2時間後の血漿TNF-αの産生は、wYPMで最も亢進しており、以下L7Q、D88G、PBSの順で、細胞増殖刺激活性の強弱と相関していた。MAb YSA8E3を同時投与された際には、静注4時間後の血漿IFN-γや2時間後の血漿TNF-αの産生は低下した。C.B-17/lcr.scid/scidマウスにwYPMを投与した際の血漿IFN-γ値および血漿TNF-α値は、BALB/cマウスに投与した時に比して有意に低値であり、T細胞を構築されたC.B-17/lcr.scid/scidマウスに投与した際の血漿IFN-γ値および血漿TNF-α値は、T細胞欠損のC.B-17/lcr.scid/scidマウスに投与した時に比して有意に高値であった。また、T細胞抗原レセプターの可変領域(Vβ)にYPMに反応するVβ8遺伝子ファミリーを持つT細胞が、YPM静注後ごく早期から末梢血中より著明に減少するという現象(very early deletion)がみられ、しかもこのT細胞は、主として肝臓に移行し、炎症性サイトカインを産生し、組織障害をもたらしたものと思われた。Very early deletionの程度は、wYPM、MAb YSA12B8+wYPM、L7Q、MAb YSA8E3+wYPM、D88Gの順に顕著で、この現象が致死作用と強い関連をもつという注目すべき結果が得られた。

 結論として、YPMも他の発熱毒素群と同様に急性ショックを誘導することが明らかになり、その機序としてT細胞の存在やT細胞から産生されるIFNγの関与、更にはYPM反応性活性化T細胞の末梢血中から肝臓などの2次組織への移行が重要であることが示された。また、感染初期に十分量の中和抗体を投与することで、スーパー抗原によるトキシックショックを回避できることが示され、治療への応用も可能になると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は細菌性スーパー抗原毒素による急性致死作用の機序を明らかにするため、エルシニア菌由来スーパー抗原Yersina pseudotuberculosis-derived mitogen(YPM)をBALB/cマウスおよびC.B-17/lcr.scid/scidマウスに静注することにより、トキシックショックを誘導する実験モデルを作成して解析を試み、下記の結果を得ている。

1.YPMの病原的意義をより明らかにするために点突然変異を導入した2種のmutant YPM(L7Q, D88G)を作製した。L7Qは、ヒトPBMCに対する細胞増殖刺激活性が、wild-typeの75%以上、D88Gは、25%未満のmutantである。BALB/cマウスは、wYPM, L7Q, D88GおよびPBS投与により、それぞれ6/7(86%),5/7(71%),1/7(14%),0/7(0%)例が死亡した。中和活性を有するanti-YPM mAb YSA8E3を用いた時には、死亡は0/6例となった。C.B-17/lcr.scid/scidマウスは6例全例死亡に到らなかったが、BALB/cマウスの脾臓T細胞を移入したC.B-17/lcr.scid/scidマウスは、4例全例死亡した。

2.wYPMをBALB/cマウスに静注した際にはIFN-γやTNF-αの産生亢進がみられた。中和活性を有するanti-YPM mAb YSA8E3を用いた時には、IFN-γやTNF-αの産生は低下した。wYPMをC.B-17/lcr.scid/scidマウスに投与してもIFN-γやTNF-αの産生亢進はみられなかったが、BALB/cマウスの脾臓T細胞を移入したC.B-17/lcr.scid/scidマウスに投与した場合にはIFN-γやTNF-αの産生亢進がみられた。

3.T細胞抗原レセプターの可変領域(Vβ)にYPMに反応するVβ8遺伝子ファミリーを持つT細胞が、YPM静注後ごく早期から末梢血中より著明に減少するという現象(very early deletion)がみられ、しかもこのT細胞は、主として肝臓に移行し、炎症性サイトカインを産生し、組織障害をもたらしたものと思われた。この所見は、YPM静注12時間後に致死せしめて検索した肝臓の病理組織学的所見と合致すると考えられる。Very early deletionの程度はwYPM, YSA12B8+wYPM, L7Q, YSA8E3+wYPM, D88Gの順に顕著で、この現象が致死作用と強い関連をもつということが示された。

4.今回、中和活性を有するanti-YPM mAb YSA8E3を、YPMを投与する2時間前、同時、2時間後と3回用いることにより、YPMによるトキシックショックを回避することができたが、トキシン投与後のみに中和抗体を用いても効果があれば、より臨床応用が容易になると思われる。

5.今回は、トキシックショックを誘導するモデルということで、YPMを静注する系を作製したが、エルシニア菌は食中毒の原因菌にもなり得るので、YPMを経口投与する系での検討も興味深いと思われる。

 以上、本論文は、YPMも黄色ブドウ球菌や溶蓮菌が産生する他の発熱性スーパー抗原毒素群と同様にトキシックショックを誘導することを示した。その機序の解析において、スーパー抗原静注ごく早期に反応性のT細胞が、末梢血から肝臓に移行したことを示す論文は今までみられず、また移行を阻止することでトキシックショックに対する治療応用も期待できることより、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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