学位論文要旨



No 118343
著者(漢字) トアン ジェップ トラン
著者(英字) Tuan Diep Tran
著者(カナ) トアン ジェップ トラン
標題(和) 炭酸ガスレーザー刺激法を用いたヒトC線維伝導速度および誘発大脳反応
標題(洋) Peripheral and spinothalamic-tract conduction velocity, and cerebral activity following C02 laser stimulation of cutaneous C-fibers in humans
報告番号 118343
報告番号 甲18343
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2150号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 助教授 岩波,明
 東京大学 助教授 上妻,志郎
 東京大学 講師 難波,吉雄
内容要旨 要旨を表示する

 痛覚を感受し伝達する末梢神経は二種類に分けられる。すなわち、有髄のAδ線維と無髄のC線維であり、前者は鋭い痛み(first painあるいはsharp pain)、後者は鈍い痛み(second painあるいはburning pain)に関与するとされている。現在、痛覚あるいは侵害受容器を刺激するための痛覚研究には、炭酸ガスレーザー光線刺激法は理想的な方法と言われている(Mor and Carmon, 1975; Carmon et al. , 1976; Kenton et al. , 1980; Bromm 1984; Kakigi et al. , 1991; Plaghki, 1997)。しかし、C線維を選択的に刺激する事は非常に困難であり、そのためC線維に関する研究はこれまでほとんどなされてこなかった。強いレーザー光線刺激を皮膚に与えればAδ線維に加えてC線維も興奮するかもしれないが、体性感覚誘発電位(somatosensory evoked potential, SEP)ではC線維を上行するような長潜時の反応は記録されない。これは、Aδ線維を上行する信号による抑制効果(gating)によるためではないかと考えられている(Price et al. , 1977; Bjerring and Arendt-Nielsen, 1988)。これまで、C線維を選択的に刺激するために、いくつの刺激法が提案されてきたが、いずれの方法を用いても手技が困難であるか、または全員に明瞭な反応が誘発される方法ではなく、簡便で一定した反応は記録されなかった。

 本研究では、私達はたくさんの小さい穴をぎっしりとあけた薄いプレートを空間フィルターとして用いて極めて狭い範囲に照射することにより、C線維を選択的に刺激する方法を開発した。この方法を用いて三つの実験を行った。

 第一実験では、SEPにてAβ線維、Aδ線維、C線維の末梢神経伝導速度を測定した。Aβ線維を刺激する場合には通常行われている電気刺激を用いて(electric SEP)、Aδ線維およびC線維を刺激する場合には特注の炭酸ガスレーザー光線発射装置を用いた(laser evoked potentials: LEP)。但し、Aδ線維を刺激する場合には薄いプレートは使わず(late LEP)、C線維を刺激する場合には薄いプレートを使った(ultra-late LEP)。計算された末梢神経伝導速度は、electric SEP(Aβ線維)では69.1±7.4m/秒、late LEP(Aδ線維)では10.6±2.1m/秒、ultra-late LEP(C線維)では1.2±0.2m/秒であった。本方法を用いて末梢神経伝導速度を測定した結果は、これまでの報告(別々の実験で行われたAβ線維、Aδ線維、C線維の伝導速度を計測した結果)と矛盾はないが、今回のように同一部位を刺激して、Aβ線維、Aδ線維、C線維の伝導速度を計測した報告は世界で初めてである。したがって本研究により、私達が新たに開発した方法がC線維の研究に有用であると証明すると同時に、同じ末梢神経の中のAβ線維、Aδ線維、C線維の3つの異なる線維の末梢伝導速度を測定する簡便な方法も紹介することができた。

 第二実験では、本方法(極めて狭い範囲に照射してC線維を選択的に刺激する方法)を用いて、脊髄伝導速度を計測した。計測された脊髄伝導速度は2.9m/秒である。C線維を上行する信号の脊髄伝導速度(C-CVSTT)の報告は私達のものが世界で初めてである。2.9m/秒という極めて遅い伝導速度は、この信号が脊髄側索の無髄線維を上行することを示している。

 第三実験では、私達は脳磁図を用いてC線維刺激に対する誘発脳磁場(ultra-late laser evoked fields: ultra-late LEF)を初めて記録した。信号源推定を行ったところ、刺激対側半球(対側)の第一次体性感覚野(SI)に推定と両側半球の第二次体性感覚野(SII)に位置推定された。対側SIとSIIの潜時には有意差は無く、両者はほぼ同時に活動することが分かった。対側SIとSIIは痛覚刺激に対する大脳の初期反応と考えられる。また、誘発脳電位(ultra-late LEP:脳波)と誘発脳磁場(ultra-late LEF:脳磁図)の潜時が異なる事などより、それぞれの信号源が異なると提案した。

 この報告において、私達は極めて狭い範囲に炭酸ガスレーザー光線を照射してC線維を選択的に刺激する方法を開発した。基礎研究とともに臨床応用にも極めて有用と思われ、今後の大きな課題である。有髄のAδ線維は鋭い痛み(first painあるいはsharp pain)に関連しており、無髄のC線維は鈍い痛み(second painあるいはburning pain)に関連している。痛覚認知には情動の効果も大きいと考えられている(Price et al. , 1977)。私達が開発した新しい方法は、Aδ線維とC線維という2つの痛覚関連線維の機能の相違を明らかにすると同時に、慢性疼痛の病態生理を解明するための有用な方法と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は鈍い痛みsecond painについての一連のものであり、C線維を選択的に刺激する方法の開発、C線維の末梢神経伝導速度と脊髄伝導速度の測定、C線維刺激に対する誘発脳磁場(ultra-late laser evoked fields: ultra-late LEF)の解析、を含んでいる。

1.C線維を選択的に刺激する新しい方法を開発した。すなわち、たくさんの小さい穴をぎっしりとあけた薄いプレートを空間フィルターとして用いて極めて狭い範囲にレーザー照射することにより、C線維を選択的に刺激する方法である。この方法を用いて三つのレベルで(末梢、脊髄、大脳)実験を行った。

2.第一に、SEPにてAβ線維、Aδ線維、C線維の末梢神経伝導速度を測定した。Aβ線維(SEP)とAδ線維(late LEP)を刺激する場合には通常行われている方法を用いたが、C線維を刺激する場合には上記の薄いプレートを使った(ultra-late LEP)。末梢神経伝導速度は、SEP(Aβ線維)では69.1±7.4m/秒、late LEP(Aδ線維)では10.6±2.1m/秒、ultra-late LEP(C線維)では1.2±0.2m/秒であった。本研究のように同一部位を刺激して、Aβ線維、Aδ線維、C線維の伝導速度を計測した報告は初めてである。

3.第二に、本法(極めて狭い範囲に照射してC線維を選択的に刺激する方法)を用いて、脊髄伝導速度を計測した。計測された脊髄伝導速度は2.9m/秒であった。このように極めて遅い伝導速度は、信号が脊髄側索の無髄線維を上行することを示す。本研究はこのことの生理学的根拠を初めて示した。

4.第三に、C線維刺激によって生じる誘発脳磁場(ultra-late laser evoked fields: ultra-late LEF)を初めて検討した。信号源として、刺激対側半球(対側)の第一次体性感覚野(SI)と両側半球の第二次体性感覚野(SII)が推定された。対側SIとSIIの潜時には有意差は無く、両者はほぼ同時に活動することが分かった。対側SIとSIIは痛覚刺激に対する大脳の初期反応と考えられる。また、誘発脳電位(ultra-late LEP:脳波)と誘発脳磁場(ultra-late LEF:脳磁図)の潜時が異なることなどより、それぞれの信号源が異なると提案した。

 以上、本論文は極めて狭い範囲に炭酸ガスレーザー光線を照射してC線維を選択的に刺激する方法を開発し、基礎研究とともに臨床応用に極めて有用であるという結果を示した。この新しい刺激方法は、Aδ線維とC線維という2つの痛覚関連線維の機能の相違を明らかにすると同時に、慢性疼痛の病態生理を解明するためにも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク