学位論文要旨



No 118346
著者(漢字) 長谷川,潔
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,キヨシ
標題(和) 一回換気量の低下による肝離断中の出血の抑制に関する無作為化比較試験
標題(洋) Effect of hypoventilation on bleeding during hepatic resection : a randomized controlled trial.
報告番号 118346
報告番号 甲18346
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2153号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 西山,友貴
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 助教授 国土,典宏
 東京大学 講師 大西,真
内容要旨 要旨を表示する

*目的

 一回換気量を抑制することが肝切除中の出血の軽減に寄与するかを無作為化比較試験により検討する。

*背景

 出血をいかに少なく抑えて、肝切除を行うかは肝臓外科医の最大の関心事である。流入血の遮断法の適用により肝切除は比較的安全な手術となったが、それだけでは肝静脈由来の出血には対応できない。肝静脈由来の出血をコントロールするため、流入血と流出血を同時に遮断するTotal vascular exclusion法が模索されてきたが、一般的ではない。一方、中心静脈圧(CVP)が低いと離断中の出血は少なくなるという報告をもとに、薬物や輸液の制限によりCVPを下げる方法も行われてきたが、調節性に乏しいという欠点がある。本研究では人工呼吸器の一回換気量を下げることにより、右房圧およびCVPを低下させ、離断中の出血を減らすことができると考え、この方法の有効性について無作為化比較試験により検討した。

*方法

 対象は高度の呼吸機能障害を有する患者と胆管切除を予定された患者を除く、東京大学肝胆膵外科で肝切除を予定された全症例とし、それらを最小化法により以下の2群に割り付けた。通常換気群:10mL/kgX10回/分、低換気群:4mL/kgX15回/分とした。呼気終末二酸化炭素(CO2)分圧が60mmHgを越えた場合は呼吸条件を変更することにした。肝切除はclamp crushing法またはCUSAを用いて、流入血遮断下(Pringle法または片葉阻血法)に行い、出血量、離断時間、CVP、呼気終末CO2分圧、気道内圧、術中輸液量、術後肝機能、術後在院日数、術後合併症、術死率をendpointに設定した。

*結果

 1999.7月〜2000.3月に肝切除を施行した80人を割り付け、開腹後に肝切除を中止した1例を除く、低換気群40例、通常換気群39例について検討した。両群いずれの背景因子に差はなかった。術中総出血量は中央値(範囲)で低換気群630mL[120-3520]、通常換気群630mL[72-3600](p=0.44)、離断中出血量は低換気群478mL[90-2594]、通常換気群383mL[40-3079](p=0.51)、離断時間は60分[13-157]対63分[9-169](P=0.62)といずれも有意差がなかった。術後肝機能、合併症など含め経過に両群間で差は認められなかった。離断中のCVPは低換気群の方が有意に減少した(-0.7cmH2O[-1.8〜3.0]対-0.2cmH2O[-2〜4.0]、P=0.007)。最大呼気終末CO2分圧は低換気群で有意に高くなり(50mmHg[28-66]対37[27-66]mmHg、P<0.001)、低換気群40人中7人で呼吸条件を変更した。

*考察

 一回換気量の低下により肝切除中の出血量は変化しなかったが、CVPは、幅は小さいものの低換気群の方が有意に減少した。これは、今回の仮説を一部支持するといえる。出血量に差がでなかった理由として、輸液をしぼり、筋弛緩薬を十分に投与するなどの術中管理によって、すでに低CVPが得られていたことが考えられる。一回換気量の低下により、呼気終末CO2分圧は高くなったが、60mmHgをこえない範囲ではとくに問題はなかった。さらに両群で術後の経過に差はなく、一回換気量を下げる我々の方法の安全性は確かめられた。

*結論

 一回換気量の低下は肝離断中の出血量の減少に寄与しなかった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、肝切除中に人工呼吸器の一回換気量の設定を下げる方法が、右房圧の低下を介し中心静脈圧を低下させ、肝静脈由来の出血の軽減をもたらす簡便かつ有効な方法と考え、この仮説を無作為化比較試験によって検討したものであり、以下の結果を得ている。

1.一回換気量の低下により、術中の総出血量や肝離断中の出血量は変化せず、この方法の有効性は証明できなかった。

2.しかし、一回換気量を下げることにより、中心静脈圧はわずかながらも有意に減少することが確かめられ、研究者らの仮説は一部証明されたと考えられる。

3.呼気終末CO2分圧は換気量の制限により、予想通り有意に上昇することが確かめられたが、研究開始前に決められた基準値(60mmHg)に達し、呼吸条件を緩和したのは低換気群40人中7人であり、いずれも条件を調整することにより、とくに合併症は生じなかった。また、術後の経過に両群で差はなく、一回換気量を低下する方法は呼気終末CO2分圧をモニターして60mmHg以下に保つ限り、安全であることが示された。

 以上、本研究は肝臓外科医にとって主要な命題ともいえる、"いかに肝離断中の出血をコントロールするか"というテーマに対し、一回換気量の制限という方法で答えようと計画された。その結果、今回の設定条件では出血の抑制効果は直接証明できなかったが、出血量に強く関わる中心静脈圧を低下させる効果があることが示され、条件によっては臨床的に有用である可能性が示唆された。この方法が従来のやり方にくらべ、簡便で調節性に優れていることを考慮すると、さらに研究を積み重ね、よりよい方法を模索するべきである。今後につながる本論文の知見は臨床的な意義が大きいと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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