学位論文要旨



No 118347
著者(漢字) 末松,義弘
著者(英字)
著者(カナ) スエマツ,ヨシヒロ
標題(和) 心臓外科領域における超音波の術中応用
標題(洋)
報告番号 118347
報告番号 甲18347
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2154号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 講師 平田,恭信
 東京大学 講師 竹中,克
 東京大学 講師 佐藤,元
内容要旨 要旨を表示する

 心臓超音波検査は、超音波を生体内に送り、音響的境界からの反射波を利用し心臓の形態および動態を知る方法である。従来は経胸壁エコー法が一般的であったが、軽食道エコー法が導入されてからは、かつては描出困難であった情報も得ることができるようになり、心臓外科手術における術前・術後診断のみならず術中のモニターとしてもその有用性を発揮するに至った。また、探触子を術野で使用するダイレクトエコー法も、術者の持つプローブ直下の情報が得られるため、軽食道エコー法と同様に術中における有用性は高く、解離性大動脈のエントリーの検索や送血管挿入部位の位置選定に有用である。このように心臓外科領域では超音波エコー法の用途は広がりつつある。そこで、今回我々は心臓手術のqualityの向上と心臓手術の低侵襲化を目指し、その中で新しい超音波エコー法の用途として以下の2つの提案を行った。ひとつは低侵襲冠動脈バイパス術における術中リアルタイム超音波イメージング法の開発及びその有用性の検討であり、もうひとつは独自に開発したリアルタイム3次元超音波システムを用いることによる拍動下心臓内手術の試みである。

(I)低侵襲冠動脈バイパス術(MIDCAB)や拍動下冠動脈バイパス術(OPCAB)は人工心肺による炎症反応の惹起、脳塞栓の危険などの悪影響を受けないため、近年広く施行されるようになってきた。しかし、従来の人工心肺を使用した冠動脈バイパス術と比較し、これらの方法は手術を技術的に難しいものとする。そのため、術中に吻合の質的評価を行うことは非常に重要である。High-frequency epicardial echocardiography(HEE)は、冠動脈の形態や冠動脈狭搾の性状が評価できる方法として報告されており、心筋内走行の冠動脈の同定なども可能である。一方、Power Doppler imaging(PDI)は、術中の冠動脈の開存性を評価することが可能である。しかし、未だこれらをMIDCABやOPCABにおいて評価した報告はない。そこで本研究にて、1)拍動心での冠動脈および内胸動脈の評価がHEEにて可能か否かを実験的に検討し、2)PDIにてOPCABモデルにおけるバイパス吻合部の評価の妥当性を評価するとともに、3)HEEおよびPDIの有用性を冠動脈造影との比較により臨床例にて検討した。【方法】超音波装置はアロカ社製SSD-5500を使用し、10MHz(7x2cm)の中心周波数を有する超音波探触子を用いた。動物実験:計20頭の雑種犬をランダムに抽出し、バイパス吻合部に狭搾を有さない「コントロール群」(n=10)と、吻合部狭搾を意図的に作成した「狭搾群」(n=10)に分けた。全身麻酔下に胸骨正中切開を行い、左内胸動脈と左前下行枝を剥離した後、ヘパリン(1mg/kg)を静脈内投与した。スタビライザーにて静止野を作成した後、一時的な遮断下に7-0プロリーンにて左内胸動脈と吻合した。狭搾群においては8-Oプロリーンによる追加針をバイパス吻合部先端にかけた。その後、超音波により吻合部長軸径の評価を行った。その後血管をバリウム・ホルマリン・ゲラチン混合液にて灌流固定した。標本はVerhoeff-van Gieson染色を行い、HEE・PDIによる最大血管径と組織学的に計測された血管径を比較検討した。臨床試験:MIDCABもしくはOPCABを施行した12例の患者(MIDCAB:4例、OPCAB:8例)、計20本のバイパスグラフトを対象とした。患者の平均年齢は67.3±7.2歳、男女比は10対2、1例は再手術症例であった。使用グラフトはそれぞれ左内胸動脈8本、大伏在静脈9本、胃大網動脈1本、橈骨動脈2本であり、吻合冠動脈は左前下行枝11本、右冠動脈5本、左回旋枝2本、対角枝2本であった。手術は全身麻酔下に胸骨正中切開もしくは左第4肋間開胸にて行った。吻合冠動脈の固定にはスタビライザーを用い、HEEにて冠動脈の性状の評価を行った。バイパス吻合後、吻合の形態評価をPDIにて行い、術後の冠動脈造影所見と比較した。【結果】動物実験:HEEにて計測した左内胸動脈の内径および冠動脈内径と組織学的内径に統計学的有意な直線相関を認めた(左内胸動脈内径:HEE=.082+.978xHisto、P<.0001/冠動脈内径:HEE=.005+1.027xHisto、p<.0001)。同様に冠動脈血管断面積においてもHEEと組織学的評価に統計学的有意な相関を認めた(冠動脈血管断面積:HEE=.032+1.042xHisto、p<.0001)。狭搾群はすべて診断可能であり、PDIによるバイパス吻合部の内径評価はコントロール群、狭搾群ともに組織学的評価と統計学上有意な直線相関を示した(コントロール群:PDI=.0453+.886xHisto、p=.0001/狭窄群:PDI=.074+.991xHisto、p<.0001)。臨床試験:血管内粥腫や石灰化の検出以外に、心筋内走行の冠動脈も吻合前に診断可能であった。また、PDIによる吻合部評価も容易であり、穿通枝の評価も行い得た。すべてのグラフトで明らかな狭搾を認めなかった。術中PDIにて得られたバイパス吻合径と術後冠動脈造影によるバイパス吻合径に、統計学的有意な直線相関を認めた(PDI=.106+1.018xAngio、p<.0001)。【まとめ】左内胸動脈の内径計測・冠動脈内径計測・冠動脈血管断面積それぞれにおいてHEEと組織学的評価に統計学的有意な相関を認め、拍動心での内胸動脈および冠動脈の評価がHEEにて可能であった。また、故意に作成された狭搾はすべて診断可能であり、PDIによるバイパス吻合部の内径評価はバイパス吻合部の評価として妥当であることが示唆された。さらに、臨床上MIDCAB、OPCABにおいてもHEEおよびPDIは冠動脈の病変検索および吻合部の評価が可能であり、術中評価法として極めて優れた診断法であると考えられた。

(II)心臓内の循環血液により心臓内の疾患に対する手術は人工心肺装置をもってのみ行うことが可能であった。この人工心肺装置とは、心臓のポンプ作用が停止している間、これに代わって全身の臓器の血液灌流を行い、同時に、肺の呼吸機能を代行して血液のガス交換を行う装置である。しかし、人工心肺装置には、脳障害、肺機能障害、腎機能障害などの様々な合併症惹起の可能性が常に存在する。そのため拍動下冠動脈バイパス術と同様に、心臓内手術にも人工心肺を用いない手術の応用が求められているが、残念ながら現時点においては拍動する心臓および循環血液という大きな壁があるため従来の技術では不可能であると考えられている。一方、近年の超音波機器の進歩に伴い、3次元超音波法が臨床に応用されはじめているが、本法の治療手段としての応用は未だ報告されていない。そこで今回、超音波3次元画像表示システムを用い人工心肺装置を使用しない拍動下心内修復術の可能性を検討した。【方法】心房中隔欠損症(Atrial Septal Defect: ASD)を対象疾患とした。リアルタイム3次元超音波は、アロカ社製SSD-5500に内蔵された高速3次元レンダリングユニットと中心周波数6MHzのマイクロコンベックスアレイ振動子を有する経膣用3次元プローブを用いて行った。3次元画像のフレームレートは画像の分解能に依存し、5〜10frame/secの間で変化させることが可能である。さらに、手術をより容易にすべくプロトタイプsemi-automatic suture deviceとsuture cutting deviceを考案した。動物実験は計12頭の雑種犬を用いた。全身麻酔下に胸骨正中切開を行い、右房を数針のstay sutureにより上方へ吊り上げ、エコープローブを右房表面に直接固定させた。ヘパリン(100U/kg)を全身投与した後、右心耳にdilating tip trocarを挿入した。以後の心内操作はすべてこのtrocarを通して行った。術者は常にリアルタイム3次元エコーをモニターしながら、すべての心臓内操作を行った。最初にバルーンカテーテルを用い卵円窩経由にてBalloon atrial septectomyを行った。次にKerrison Bone Punchを用い心房内交通孔を拡大しASDの面積を計測した。さらにsemi-automatic suture device、ノットプッシャー、suture cutting deviceを用いてASDを縫合閉鎖した。最後に心臓を摘出後、これらの心内操作の成果を観察した。またすべての縫合糸を取り除きASDを再度広げて実際の面積を測定した。【結果】すべての動物でASD作成術が可能であった。またkerrison bone punchにてASDを容易に拡大でき、その効果は2次元カラードップラーにて確認することができた。これらの操作はリアルタイム3次元超音波システムによりASDとその他の構造物(三尖弁、冠状脈洞など)の位置関係を把握しながら行うことで、およそ数分で行うことができた。ASDはsemi-automatic suture deviceにより結節縫合を行うことで閉鎖することができ、全ての縫合糸はノットプッシャーとsuture cutting deviceで結切断可能であり、本操作の成功は摘出心により確認された。すべての動物で適切な心房内交通が確認でき、trocarからの空気塞栓を一切認めなかった。術後の残存シャントを最初の2例に認めた。この原因として、ASDのサイズに比して縫合糸の数が少なかったことによるものと考え、以後は縫合糸を出来る限り多くかけるよう注意した。その結果、最初の2例以外はASD閉鎖後のシャントはすべてnone又はtrivialであった。リアルタイム3次元超音波システムにて計測されたASD面積(平均82.5±38.6mm2)は、摘出標本から直接計測された面積(平均81.6±38.2mm2)と統計学的有意な直線相関を示した(超音波計測=1.007x直接計測+0.337, p<.0001)。【まとめ】動物実験モデルにおいて人工心肺を用いない拍動下ASD閉鎖術に成功した。摘出心ですべての縫合糸は許容範囲内に縫合され、かつ縫合糸の弛みも認めなかった。

 以上、心臓手術のqualityの向上と心臓手術の低侵襲化に対し、新しい超音波エコー法の応用を検討した。その結果、第一に低侵襲冠動脈バイパス術において我々の開発した術中リアルタイム超音波イメージング法の妥当性・有用性が示唆された。第二に、動物実験モデルにおいてリアルタイム3次元超音波をモニターすることにより人工心肺を用いない拍動下心房中隔欠損孔閉鎖術に成功した。両者とも超音波診断装置及び超音波プローブとも初期の段階にあり、さらに臨床応用していくためには今後さらに超音波機器、手術機器ともに改良していく必要がある。しかしながら、上記の試みは従来にない発想であり超音波診断・超音波治療でのBreakthroughであると信じている。現在、医療技術やコンピューター技術の進歩は日進月歩である。したがって本研究が臨床の場において実際に活用され、多くの患者がその恩恵を得られることを願う次第である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は心臓外科領域における超音波の新しい術中応用法を確立するために(1)低侵襲冠動脈バイパス術における術中リアルタイム超音波イメージング法の開発、および(2)独自に開発したリアルタイム3次元超音波システムを用いることによる拍動下心臓内手術の開発を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1-1.拍動心での冠動脈および内胸動脈の評価がHigh-frequency epicardial echocardiography(HEE)にて可能か否かを実験的に検討した結果、HEEにて計測した左内胸動脈の内径および冠動脈内径と組織学的内径に統計学的有意な直線相関を認めた(左内胸動脈内径:HEE=.082+.978xHisto、P<.0001/冠動脈内径:HEE=.005+1.027xHisto、p<.0001)。同様に冠動脈血管断面積においてもHEEと組織学的評価に統計学的有意な相関を認めた(冠動脈血管断面積:HEE=.032+1.042xHisto、p<.0001)。

1-2.拍動下冠動脈バイパス術(OPCAB)モデルにおいて計20頭の雑種犬をランダムに抽出し、バイパス吻合部に狭搾を有さない「コントロール群」(n=10)と、吻合部狭搾を意図的に作成した「狭搾群」(n=10)に分け、Power Doppler imaging(PDI)にてバイパス吻合部の評価の妥当性評価を行った結果、狭搾群はすべて診断可能であり、PDIによるバイパス吻合部の内径評価はコントロール群、狭搾群ともに組織学的評価と統計学上有意な直線相関を示した(コントロール群:PDI=.0453+.886xHisto、p=.0001/狭窄群:PDI=.074+.991xHisto、p<.0001)。

1-3.HEEおよびPDIの有用性を冠動脈造影との比較により臨床例にて検討した結果、血管内粥腫や石灰化の検出以外に、心筋内走行の冠動脈も吻合前に診断可能であった。また、PDIによる吻合部評価も容易であり、穿通枝の評価も行い得た。すべてのグラフトで明らかな狭搾を認めなかった。術中PDIにて得られたバイパス吻合径と術後冠動脈造影によるバイパス吻合径に、統計学的有意な直線相関を認めた(PDI=-.106+1.018xAngio、P<.0001)。

2-1.超音波3次元画像表示システムおよびバルーンカテーテルを用い、人工心肺装置を使用しない拍動下のBalloon atrial septectomyを行った結果、すべての動物で心房中隔欠損(ASD)作成術が可能であった。

2-2.同様に、超音波3次元画像表示システムモニター下にKerrison Bone Punchを用い先の心房内交通孔を拡大した結果、ASDを容易に拡大でき、その効果は2次元カラードップラーにて確認することができた。これらの操作はリアルタイム3次元超音波システムによりASDとその他の構造物(三尖弁、冠状脈洞など)の位置関係を把握しながら行うことで、およそ数分で行うことができた。

2-3.さらにsemi-automatic suture device、ノットプッシャー、suture cutting deviceを用いてASD縫合閉鎖を試みた結果、ASDサイズに比し縫合糸の数が少なかった最初の2例以外は、すべて問題なくASD閉鎖を行うことが可能であり、閉鎖後の残存シャントはすべてnone又はtrivialであった。

2-4.心臓を摘出後、すべての縫合糸を取り除きASDを再度広げて実際の面積(平均81.6±38.2mm2)を測定した結果、リアルタイム3次元超音波システム上にて計測したASD面積(平均82.5±38.6mm2)と統計学的有意な直線相関を示した(超音波計測=1.007x直接計測+0.337, p<.0001)。

 以上、本論文において低侵襲冠動脈バイパス術において術中リアルタイム超音波イメージング法の妥当性・有用性が示唆された。さらに、動物実験モデルにおいてリアルタイム3次元超音波をモニターすることにより人工心肺を用いない拍動下心房中隔欠損孔閉鎖術に成功した。本研究は新しい発想に基づく超音波の応用法であり、今後の心臓外科領域での低侵襲診断治療法に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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