学位論文要旨



No 118348
著者(漢字) 柴田,講
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,コウ
標題(和) ドップラーエコーを用いた肋間動脈血行動態解析によるCritica1 Intercostal Arteryの同定 : 胸腹部大動脈瘤手術における新しい脊髄保護法
標題(洋)
報告番号 118348
報告番号 甲18348
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2155号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 助教授 森田,明夫
 東京大学 講師 竹中,克
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 胸腹部大動脈瘤手術は心臓血管外科手術の中でも最も侵襲の大きい物の一つである。近年の手術手技や補助手段の進歩によりその手術成績は改善しつつあるものの、未だに種々の合併症を高率に併発する。なかでも術後の対麻痺は最も重篤な合併症の一つであり、患者のQuality of Lifeを著しく損なうのみならず生命予後にも悪影響を及ぼすことが知られている。対麻痺の予防にはその原因たる術中の脊髄虚血を防止することが重要であり、そのためには脊髄に血流を供給するcritical intercostal artery(CIA)を温存あるいは再建することによりその血行を維持することが必要である。しかしこのCIAの分布は個体間の変異が大きく、どこにCIAが存在するかを症例ごとに同定する必要がある。我々はドップラーエコーによる肋間動脈の血行動態解析に基づいてCIAを同定する新しい方法を2種の動物モデルを用いて検証した。

実験1

(方法)犬を用い、全身麻酔下に左開胸として胸部下行大動脈を露出した。手術用のエコープローブを使用し、下行大動脈に直接プローブをあて肋間動脈を描出した。ドップラーエコーにて各肋間動脈の血流速度を測定し、胸部下行大動脈下端での大動脈遮断による血流速度増加を算出した(図1)。

 左鎖骨下動脈直下での30分間の大動脈遮断中、血流速度増加が最大の肋間動脈(L-artery)のみを一時シャントチューブを用いて選択的に灌流し(Group L:図2)、48時間後の下肢の運動機能をTarlov分類(補記)を用いて評価した。血流速度増加が最小の肋間動脈のみを選択的に灌流した群(Group S)、および肋間動脈の選択的灌流を行わなかった群(Group N)と下肢の運動機能を比較した。

(結果)ドップラーエコーにより全例において肋間動脈血流速度を測定することが可能であった。血流速度増加が最大の肋間動脈の選択的灌流をした動物はしなかった動物に比べて有意に良好な下肢運動機能を示した(表1)。

実験2

(方法)豚を用い、全身麻酔下に左開胸とし胸部下行大動脈を露出した。手術用のエコープローブを使用し、ドップラーエコーにて各肋間動脈の血流速度を測定した。左鎖骨下動脈直下での40分間の大動脈遮断中、血流速度が最大の肋間動脈のみを一時シャントチューブを用いて選択的に灌流し、48時間後の下肢の運動機能をTarlov分類を用いて評価した(Group L)。血流速度が最小の肋間動脈のみを選択的に灌流した群(Group S)、および肋間動脈の選択的灌流を行わなかった群(Group N)と下肢の運動機能を比較した。

(結果)ドップラーエコーにより全例において肋間動脈血流速度を測定することが可能であった。血流速度が最大の肋間動脈の選択的灌流をした動物はしなかった動物に比べて有意に良好な下肢運動機能を示した(表2)。

 組織学的にも血流速度が最大の肋間動脈を選択的に灌流した群では腰髄の運動ニューロンが保たれていた。

結論

 ドップラーエコーにより肋間動脈の血流速度を測定することが可能であった。肋間動脈の血行動態に基づいてcritical intercostal arteryを同定することができた。肋間動脈の血行動態は動物種によって異なっており、ヒトの肋間動脈の血行動態に関して今後臨床例における検討が必要であると考えられた。ドップラーエコーによる肋間動脈血行動態の解析は胸腹部大動脈瘤手術における対麻痺予防の新しい方法となる可能性がある。

補記:Tarlov分類

 Grade0:下肢の動きは全く見られない(=完全対麻痺)

 Grade1:わずかに下肢の動きが見られる

 Grade2:下肢は動かすが起立はできない

 Grade3:起立はできるが歩行はできない

 Grade4:起立し歩行することができる(=正常)

図1.胸部下行大動脈下端での大動脈遮断による血流速度増加の測定

図2.一時シャントを用いた肋間動脈選択的灌流の模式図

表1.48時間後の神経学的所見

表2.48時間後の神経学的所見

審査要旨 要旨を表示する

 胸腹部大動脈瘤手術は心臓血管外科手術の中でも最も侵襲の大きい物の一つであり種々の合併症を高率に併発する。なかでも術後の対麻痺は最も重篤な合併症の一つであり、患者のQuality of Lifeを著しく損なうのみならず生命予後にも悪影響を及ぼすことが知られている。本研究は胸腹部大動脈瘤手術における対麻痺を予防するための新しい方法として、ドップラーエコーを用いてcritical intercostalを同定する方法を2種の動物モデルにおいて検討したものであり以下の結果を得た。

1.犬と豚において、全身麻酔下に左開胸として胸部下行大動脈を露出した。手術用のエコープローブを使用し、下行大動脈に直接プローブをあて肋間動脈を描出し、ドップラーエコーにて各肋間動脈の血流速度を測定することが可能であった。

2.犬においては通常の状態では肋間動脈の血流速度に差は見られなかったが、胸部下行大動脈下端での大動脈遮断によって生じる血流速度増加には差が見られた。左鎖骨下動脈直下での大動脈遮断中、血流速度増加が最大となった肋間動脈のみを一時シャントチューブを用いて選択的に灌流することで対麻痺を予防することができた。

3.豚においては通常の状態で肋間動脈血流速度に差が見られた。左鎖骨下動脈直下での大動脈遮断中、血流速度が最大となった肋間動脈のみを一時シャントチューブを用いて選択的に灌流することで対麻痺を予防することができた。

4.これらの結果からドップラーエコーを用いて肋間動脈の血流速度を測定することによって対麻痺予防に重要なcritical intercostal arteryを同定する方法が実験的に見いだされたと考えられる。

 本論文は、ドップラーエコーを用いて肋間動脈の血流速度を測定し、その差異から肋間動脈の重要度を評価するという、これまでにない全く新しい手法についての報告である。臨床応用にあたっては人間におけるデータの検討が必要であろうが、今後、胸腹部大動脈瘤手術における新しい脊髄保護法となる可能性があると考えられ、学位の授与に値する物と考えられる。

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