No | 118352 | |
著者(漢字) | 鄭,懐穎 | |
著者(英字) | Zheng,Huai Ying | |
著者(カナ) | ズェン,ファイイン | |
標題(和) | JCウイルスの進化と伝播様式に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118352 | |
報告番号 | 甲18352 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2159号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.はじめに JCウイルス(JCV)は1971年にPadgettらにより進行性多巣性白質脳症(PML)の患者の脳からはじめて分離された。その後、JCVに対する血中抗体の調査が行われ、このウイルスはヒト集団で蔓延していることが判明した。1990年にKitamuraらは、JCVが頻繁に健常人の尿中に排泄されていることを発見した。その後、尿中JCV DNAを用いたJCVに関する様々な研究が行われた。以下にその概略を述べる。 尿JCVを用いて、JCVの伝播様式が検討された。例えば、Kunitakeらは7家族の親と子から尿を採取し、尿JCV DNAの610bp配列を解析した。家族が異なると、塩基配列に違いがあったが、同じ家族の子と親(父または母)の間では塩基配列が一致する例が半数に達した。この研究と他の伝播様式に関する研究(Katoら,1997;Suzukiら,2002)から、子供は通常、一緒に生活している成人(普通は親)の排出するJCVに感染することがわかった。 PML患者の脳からのJCV DNAの調節領域(以下、PML型調節領域という)は多様に変化している。Yogoらは尿から分離されるJCV DNAは一定の調節領域(原型調節領域)を持っていること、そして、多様なPML型調節領域は原型調節領域から塩基配列の再編成(欠失や重複)により作られることを明らかにした。 Sugimotoらは世界各地から集められた尿から回収されたJCV DNAを分子系統解析することにより、世界中のJCVは10以上の地域特異的なゲノム型に分かれることを明らかにした。JCVゲノム型の分布パターンは、JCVがヒト集団に伴って分化し、移動したことを示していると考えられた。このことから、JCVゲノム型がヒト集団の移動や成り立ちを解析するための指標となることが示唆された。 以上の研究成果を背景にして、JCV研究を一層発展させるために、日本人・韓国人とアメリカ先住民から検出されたJCVの系統関係の解明(研究1)とJCVの宿主個体内変異と伝播の解明(研究2)を行った。 2.日本人・韓国人とアメリカ先住民が保有するJCVの系統解析(研究1) 特異な地理的な分布パターンを示すMY型JCVの系統関係を明らかにするために、日本人、韓国人、メキシコ、グアテマラ、ペルー先住民族(以上Amerind語族)、カナダの先住民族(Na-Dene語族)の尿から全長JCV DNAをクローニングし、各ヒト集団あたり4-6個のJCV DNAクローンの全長塩基配列を決定した(計26個)。これらの配列やアメリカ合衆国のNavaho族(Na-Dene語族)からのMY型JCV配列や他のゲノム型に属する世界中のJCV全長配列から近隣結合法により分子系統樹を作成した。 この系統樹において、MY型JCVの大部分は7クラスター(MY-a〜MY-g)に分かれた。各クラスターに対するブートストラップ確率(BP値)はいずれも高かった(96〜100%)。MY-aとMY-bは日本、韓国からの株のみを含んだ。MY-cは主にメキシコ先住民からの株を含んだ。MY-dはNavaho族からの株のみを含んだ。MY-eは主にグアテマラ先住民からの株を含んだ。MY-fはペルー先住民からの株のみを含んだ。MY-gは主にカナダ先住民からの株を含んだ。 本研究結果は、ヒト集団の分岐と移動に伴ってMY型JCVが進化したことを示唆している。JCVがヒト集団にリンクして進化した例はMY以外のゲノム型においても観察されている。例えば、以前、ヨーロッパと地中海沿岸地域に特有なゲノム型と思われていたEU-aが、北東シベリア、北極圏、日本にも分布することが最近明らかにされた。SugimotoらはEU-aに属する世界中のJCV株を系統解析し、EU-aが各ヒト集団に特有なクラスターへと細分化されたことを示した。本研究結果及びSugimotoらの結果を基に、私は人類集団とJCVの進化との関連を次のように推定した。「人類集団は移動の際にいつもJCVと連れ添った。人類集団が別々の集団に分岐するときは、JCVはそれぞれの集団に分かれて付いていった。そして、長い年月の間に、JCVはそれぞれの集団の中で独特なゲノム型へと進化した。」 アメリカ先住民はAmerind、Na-Dene、Eskimo-Aleutという3語族に分類される。しかし、AmerindとNa-Deneから同じゲノム型(MY)が検出されたことは、固有のJCVからは、AmerindとNa-Deneは区別されないことを示している。一方、AmerindとNa-DeneがMYを持つのに対して、Eskimo-AleutはEU-aを持つ。JCVを3型(A、B、C)に分ける大分類によると、MYはB型に属し、EU-aはA型に属す。したがって、固有のJCVによって、Amerind/Na-DeneとEskimo-Aleutとは明瞭に区別された。 3.JCVの宿主個体内の変異と個体間の伝播(研究2) JCVが親から子へ伝播したと思われる親子のペア(5家族)を選択し、親と子の尿から全長JCV DNAをクローニングし、得られた多数のクローンの全長配列を決定した。親、子それぞれにおいて、個体内JCV全長配列の比較を行い、また、親子間での全長塩基配列の比較を行った。また、親子のJCV株の間の系統関係を解明するために、親子からのJCV全長塩基配列(調節領域を除く)から近隣結合法により分子系統樹を作成した。また、一症例ではあるが、PML患者の中枢神経系におけるJCV DNAの変異についても検討した。 (1)5家族のうち4家族の親と3家族の子で、塩基置換または再編成有する株(変異株)が検出された。(2)5家族のうち4家族で原株が子供に伝播し、1家族で変異株が子供に伝播した。以上の結果から、原株が次世代へ伝播する場合と変異株が次世代へ伝播する場合があるが、原株が伝播することが多いと示された。 PML患者の脳の3領域(後頭葉、小脳、脳幹)からクローニングされた多数のクローンの塩基配列を解析し、以下の結果を得た。(1)脳から5つの再編成型調節領域(I〜V)が検出された。(2)少数の例外を除いて、調節領域の配列が違っても、コード領域の配列は全く同じであった。(3)調節領域Iを持つJCVDNAクローンは脳の領域全てから得られた。これらのクローンの間で、コード領域の塩基配列は完全に一致した。以上の結果から、JCVが原型からPML型へ変化する過程でも、JCV感染が中枢神経系で拡大する過程でも、JCVゲノムのコード領域にはほとんど変異が起きないことが示された。 4.まとめ 全長配列を用いた系統解析により、日本人・韓国人とアメリカ先住民から検出されたMY型JCV株は7つのクラスター(MY-a〜MY-g)に分かれた。日本人と韓国人から分離された株はMY-aとMY-bに属し、アメリカ先住民から分離された株はMY-c〜MY-gに属した。このことから、JCVがヒト集団と共に分化し、移動したことが示唆された。 宿主個体内で持続感染しているJCV株(原株)から時として変異株が出現することが明らかになった。原株が次世代へ伝播する場合と変異株が次世代へ伝播する場合があるが、原株が伝播する場合が多いことも明らかになった。PML型JCV DNAの調節領域は劇的に変化するが、そのコード領域は安定であることが示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は2つに分けられている。研究1は日本人・韓国人とアメリカ先住民から検出されたMY型JCVの間の系統解析を試みたものである。研究2はJCVの宿主個体内変異と個体間の伝播の解明を試みたものである。以上2つの研究から下記の結果を得ている。 1、日本人、韓国人、アメリカ先住の尿からMY型JCV全長DNAをクローニングし、その全長塩基配列を決定した(計26個)。これらの全長配列の系統解析の結果により、MY型JCVの大部分は7クラスター(MY-a〜MY-g)に分かれた。各クラスターに対するブートストラップ確率(BP値)はいずれも高かった(96〜100%)。MY-aとMY-bは日本、韓国からの株のみを含んだ。MY-cは主にメキシコ先住民からの株を含んだ。MY-dはNavaho族からの株のみを含んだ。MY-eは主にグアテマラ先住民からの株を含んだ。MY-fはペルー先住民からの株のみを含んだ。MY-gは主にカナダ先住民からの株を含んだ。 2、MY型JCVがいくつかのヒト集団に特異的なサブクラスターに分かれることが示唆されている。この結果と以前の知見(JCVは主に親から子へ伝播すること、各JCVゲノム型はほぼヒト集団の分布に対応した分布域を持っていること)によって、JCVはヒト集団と共に進化してきたことが示唆された。 3、アメリカ先住民はAmerind、Na-Dene、Eskimo-Aleutという3語族に分類される。AmerindとNa-Deneが持っているJCVはMY型であることが本研究で明らかにされた。一方、杉本らの研究により、Eskimo-AleutはEU-aを持っていることが明らかにされた。同じ型JCVを持っているAmerindとNa-Deneは区別されないことが示された。一方、全く違う型のJCVを持っているAmerind/Na-DeneとEskimo-Aleutは明瞭に区別されることが示された。 4、宿主個体内での変異JCV株の出現と変異株の次世代個体への伝播がどのくらいの頻度で起きるかを解明するために、JCVが親から子へ伝播したと思われる親子のペア(5家族)を検討した。その結果、5家族のうち4家族の親と3家族の子で、塩基置換または再編成有する株(変異株)が検出された。5家族のうち4家族で原株が子供に伝播し、1家族で変異株が子供に伝播した。以上の結果から、宿主個体内で持続感染しているJCV株(原株)から時として変異株が出現すること、原株が次世代へ伝播する場合と変異株が次世代へ伝播する場合があるが、原株が伝播することが多いと示された。 5、また、一症例ではあるが、PML患者の中枢神経系におけるJCV DNAの変異についても検討した。PML患者の脳の3領域(後頭葉、小脳、脳幹)からクローニングされた多数のクローンの塩基配列を解析した。その結果、(1)脳から5つの再編成型調節領域(I〜V)が検出された。(2)少数の例外を除いて、調節領域の配列が違っても、コード領域の配列は全く同じであった。(3)同じような調節領域を持つJCV DNAのコード領域の塩基配列は異なる領域でも完全に一致した。この結果から、JCVが原型からPML型へ変化する過程でも、JCV感染が中枢神経系で拡大する過程でも、JCVゲノムのコード領域にはほとんど変異が起きないことが示された。 以上、本論文では、日本人・韓国人とアメリカ先住民から検出されたMY型JCV株の間の系統解析により、MY型JCVの進化パターンを明らかにした。また、今まで未知に等しかった、JCVの進化ステップの一部(宿主体内で変異株が出現し、その一部が次世代へ伝播すること)を明らかにした。さらに、PML型JCVのコード領域は安定であることを明らかにした。本論文の研究はJCVの進化と伝播の解明に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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