学位論文要旨



No 118354
著者(漢字) 内田,宏昭
著者(英字)
著者(カナ) ウチダ,ヒロアキ
標題(和) 大腸癌の遺伝子治療に関する基礎的研究 : アポトーシス誘導療法の検討
標題(洋)
報告番号 118354
報告番号 甲18354
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2161号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 助教授 真船,健一
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 講師 大西,真
 東京大学 講師 宮田,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景および目的]

 切除不能大腸癌症例に対し化学療法や放射線療法が施行されることが多いが、その効果は満足できるものではなく、より効果的な治療法の開発が必要である。近年、アポトーシス促進性遺伝子を用いた遺伝子治療法の開発が試みられ、有望なストラテジーであると考えられている。アポトーシス関連遺伝子の中でも特にcaspase-8は各種癌細胞に対し強力な殺細胞効果を有し、臨床応用を目指したさらなる検討に値すると考えた。アデノウイルスベクターは種々の癌細胞に効率よく遺伝子導入することが可能であることから、癌の遺伝子治療用ベクターとして有用であると考えられる反面、大量投与により重篤な全身性副作用を生じうることが報告されている。したがってさらなる臨床応用を進めるためには、十分な治療効果を確保しつつ使用するベクターの量を最小化するための新しいアプローチが求められる。そこでアデノウイルスベクターによる遺伝子導入に既存の治療法を併用することによる効果を検討することとした。本論文では、それ単独ではほとんどアポトーシスを生じない少量のcaspase-8発現アデノウイルスベクターに5-FUあるいはX線照射を併用することにより、大腸癌細胞DLD-1に強いアポトーシスを誘導することが可能であることを報告する。

[方法]

 大腸癌細胞株DLD-1を用いて各実験を行った。細胞への遺伝子導入はすべてアデノウイルスベクターを用いて行った。アデノウイルスベクターAdv-Casp8、Adv-P21、Adv-P27、Adv-bcl-xL、Adv-LacZ、Adv-GFPは目的遺伝子(それぞれcaspase-8、p21WAF1/CIP1、P27kip1、bcl-xL、lacZ、GFP)発現カセットを挿入したコスミドベクターとアデノウイルス5型DNA-末端蛋白複合体を293細胞にコトランスフェクションすることにより作製した。caspase-8発現アデノウイルスベクターの作製に際しては、293細胞への傷害を避けるためCre/loxPシステムを用いた。アデノウイルスベクターによる遺伝子発現の強度を評価するために、Adv-LacZあるいはAdv-GFPを感染させ48時間後にX-gal染色あるいはフローサイトメトリーを行った。生細胞の検出はMTTアッセイに準じて行った。細胞死の程度の評価は、トリパンブルー染色による死細胞の割合の測定と、DNA断片化を検出する染色後のフローサイトメトリーにより行った。caspase-3、8、9、PARP、p21、p27、TRAF-1、2、cIAP-1、2、cFLIP、bcl-2、bcl-xLの発現量の評価はウエスタンブロット解析にて行った。特にcaspase-3、8、9、PARPについては、切断型フラグメントを認識しうる抗体を用いることにより、カスパーゼの活性化の評価を行った。

[結果]

 DLD-1細胞は5-FUに高度な耐性を示し、100μMの2日間処理を行っても細胞増殖抑制効果はみられるものの殺細胞効果はほとんど生じなかった。そこで以下の実験での5-FU処理に際しては、すべて100μMの濃度を用いた。MTTアッセイにより、DLD-1細胞に対するAdv-Casp8感染後の殺細胞効果を5-FU処理併用の有無で比較検討したところ、5-FU処理併用によりDLD-1細胞のAdv-Casp8に対する感受性が増強した。50%生存とするために必要なAdv-Casp8の量が、5-FUの併用により非併用の約3分の1に減少した。またこの実験により、Adv-Casp8感染単独で明らかな細胞死が生じるウイルス量はMOI10以上であることがわかったため、以下の実験でのAdv-Casp8感染に際してはすべてMOI3のウイルス量を用いた。DLD-1細胞に対するAdv-Casp8感染と5-FU処理の併用による細胞死誘導効果を検討したところ、それぞれ単独処理ではわずかな死細胞を生じるのみであったのに対し、併用処理後には著明な細胞死が生じ、かつその細胞死にはアポトーシスの特徴であるDNA断片化を伴っていることがわかった。また併用処理によりcaspase-3およびその基質であるPARPの切断が認められ、カスパーゼの活性化が確認された。Adv-Casp8のMOI3での感染により、procaspase-8の発現量は内因性発現量の約2倍に増加した。切断型caspase-8を認識する抗体を用いたウエスタンブロット解析では、caspase-8の活性化に伴う完全切断型フラグメントは併用処理後においてのみ認められた。アデノウイルスベクターによる感染48時間後のレポーター遺伝子lacZおよびGFPの導入発現は5-FU処理の存在により増強し、Adv-GFP感染による1細胞あたりのGFPの平均蛍光強度は約2〜3倍に高まった。Adv-Casp8感染と併用するパートナーを5-FU処理からP21あるいはP27の過剰発現に代替しても、DLD-1細胞にDNA断片化を伴う強い細胞死を誘導し、この細胞死には。caspase-8の活性化を伴っていた。5-FU処理によるDLD-1細胞のTRAF-1、2、cIAP-1、2、cFLIP、bcl-2、bcl-xLの蛋白発現量に明らかな変化は認めなかった。

 DLD-1細胞に2.5Gyあるいは5GyのX線を照射したところ、わずかな細胞死を生じるのみであった。これにMOI3でのAdv-Casp8感染を併用したところ、線量依存的に強い細胞死を誘導し、この細胞死にはDNA断片化を伴っていた。X線照射単独では部分的なcaspase-8の活性化を生じるにとどまったが、Adv-Casp8感染の併用により線量依存的に強いcaspase-8の活性化が認められた。X線照射単独によりわずかながら生じたDNA断片化とcaspase-8、9の活性化は、bcl-xLの過剰発現により消失した。Adv-Casp8感染とX線照射の併用処理による強いDNA断片化とcaspase-8、9の活性化は、bcl-xLの過剰発現により抑制された。

[考察]

 大腸癌に対する化学療法の第一選択薬は5-FUであるがその治療効果は不十分である。今回検討に用いたDLD-1細胞は5-FUに対し高度耐性を呈するが、その背景として変異型p53の存在や、細胞内のbaxのbcl-xLに対する発現量比が低いことが指摘されており、このような分子生物学的特性を有する癌細胞の存在により腫瘍の5-FU抵抗性が生じるものと考えられる。したがってこのような癌細胞に効率よくアポトーシスを誘導するための新規治療法の開発が強く望まれ、本論文に報告したストラテジーはきわめて有用であると考える。それぞれ単独ではほとんど細胞死を生じない条件で、Adv-Casp8感染と5-FU処理の併用はDLD-1細胞に強力なアポトーシス誘導を伴う細胞死を生じた。5-FU処理によるcaspase-8の活性化や抗アポトーシス分子の発現量の変化は検出されず、併用効果の主なメカニズムは、5-FUの細胞増殖抑制効果が、導入されたprocaspase-8遺伝子およびその産物が細胞分裂に伴い分配・希釈されるのを阻害し、その結果として1細胞あたりの遺伝子導入発現量を実質的に増加させることであると考えられた。

 Adv-Casp8感染との併用効果を検討する既存の治療法としてX線照射も検討に含めた。DLD-1細胞へのX線照射により、弱いながらもミトコンドリアを介するアポトーシス経路の活性化が認められた。これに比較的少量のAdv-Casp8感染を併用することにより強いcaspase-8の活性化を伴うアポトーシスを誘導し、この現象はミトコンドリアを介するアポトーシスシグナルを遮断することにより抑制された。DLD-1細胞には内因性procaspase-8が豊富に存在し、その約2倍程度の過剰発現によりX線照射後に著明なcaspase-8の活性化が生じたことから、過剰発現されたprocaspase-8は内因性procaspase-8よりもX線刺激を受けたミトコンドリアの下流で活性化されやすい状態にあるのかもしれない。この併用処理はX線照射に耐生を示す大腸癌に対する有効なアプローチである可能性がある。

 本論文ではウイルス量依存的に強力なアポトーシス誘導能を呈するAdv-Casp8を比較的少量用い、これに既存の治療法を併用することにより、強い殺細胞効果が得られることを報告した。このストラテジーにより、十分な治療効果を得るためのアデノウイルスベクターの使用量の削減が可能となり、癌の遺伝子治療の有効性と安全性を高めることが期待できると考える。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は大腸癌の遺伝子治療に関する基礎的研究として、アポトーシス関連分子caspase-8の遺伝子導入と5-fluorouracil処理あるいはX線照射の併用効果を検討し、アポトーシス誘導効果の増強とその機序について解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.大腸癌細胞DLD-1に対してcaspase-8発現アデノウイルスベクターの感染と5-fluorouracil処理を行ったところ、それぞれ単独ではほとんどアポトーシスを生じない条件で、併用処理により強いアポトーシスを誘導した。この併用効果の主なメカニズムは、5-fluorouracilの細胞増殖抑制効果によりアデノウイルスベクターによる1細胞あたりの遺伝子導入発現量が増強された結果、caspase-8の強い活性化が生じたためであると考えられた。

 2.大腸癌細胞DLD-1に対してcaspase-8発現アデノウイルスベクターの感染にX線照射を併用したところ、線量依存的に強いcaspase-8の活性化およびアポトーシスを誘導した。この併用効果の主なメカニズムは、比較的少量ながらも過剰発現されたprocaspase-8が、X線照射による刺激を受けたミトコンドリアの下流で効率よく活性化されたためであると考えられた。

 以上、本論文は5-fluorouracilやX線照射に抵抗性を示す難治性大腸癌に対する新しい治療法の可能性を提示するとともに、既存の治療法を併用することにより十分な抗腫瘍効果を得るための遺伝子治療用ベクターの使用量を削減することを可能とし、治療の安全性を高めうる方法論を提示したことから、学位の授与に値すると考えられる。

 尚、審査会時点から、論文の内容中、以下の点が改訂された。

 1.検討に用いた大腸癌細胞DLD-1を選択した理由が、頻用される大腸癌細胞株の中で特に5-fluorouracil処理およびX線照射に対する抵抗性が高いためであることを「研究の背景および目的」の部分に明示した。

 2.caspase-8遺伝子導入と併用する治療法として5-fluorouracilとX線を選択した理由が、大腸癌補助療法として一般的であるためであることを「研究の背景および目的」の部分に明示した。

 3.フローサイトメトリーによるDNA断片化の検出における陽性細胞の定義を「方法」の部分に明示した。

 4.検討に用いた遺伝子導入発現系は腫瘍細胞に対する特異的標的化がなされていないため、正常細胞にもアポトーシス促進性遺伝子が導入されてしまうと考えられる点、およびこの問題を克服するためにどのような研究が必要であると考えられるか、に関して「考察」の部分で議論した。

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