学位論文要旨



No 118356
著者(漢字) 三井,浩
著者(英字)
著者(カナ) ミツイ,ヒロシ
標題(和) 表皮ランゲルハンス細胞におけるToll-like Receptorの発現および機能解析について
標題(洋)
報告番号 118356
報告番号 甲18356
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2163号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学医科学研究所 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 滝澤,始
 東京大学 講師 竹内,直信
 東京大学 講師 小宮根,真弓
内容要旨 要旨を表示する

 免疫機構は生体の生存に不可欠なホメオスターシス機構である。その中で特に重要なのは感染免疫である。これまでは主にT細胞やB細胞を中心とした、リンパ球の遺伝子再構成によって多種多様な抗原を特異的に認識する獲得免疫(acquiredimmunity)の研究に重点が置かれてきた。しかしながら、生体は常にさまざまな病原体にさらされており、しばしばその侵入に対して速やかな認識、排除の機構が必要となる。このような免疫機構は自然免疫(innate immunity)とよばれ、宿主免疫担当細胞と病原体との直接の作用より機能するため、非常に短時間で病原体の認識と反応が起こる。また、自然免疫はショウジョウバエなどの下等動物にも存在し、直接ゲノムにコードされた機構である。自然免疫を行う細胞は、病原体に共通した分子構造を認識するレセプターを持ち、レセプターからの一次的な刺激によってnuclear factor(NF)-kBが活性化され、tumor necrosis factor(TNF)-α,IL-6などの炎症性サイトカインやNOが産生される。近年、この自然免疫についてToll-like Receptors(TLRs)が中心的な役割を担っていることが分かった。現在までにヒトおよびマウスにおいてTLR1-10の10種類のファミリー構成分子が報告されており、それらに対応するリガンドも明らかになっている。例えばTLR2はグラム陽性菌のStaphylococcus aureus Cowan l(SAC)やペプチドグリカン、TLR3はウイルスの二本鎖RNA、TLR4はグラム陰性桿菌のlipopoiysaccharide(LPS)、TLR7はimidazoquinolineが合成するimiquimod、TLR9は細菌の非メチル化CpG DNAを認識する。また、それぞれのレセプターは各免疫細胞で異なる発現様式を示している。これらのTLRファミリーは共通して細胞内部分にMyD88を介するシグナル伝達ドメインを持つ。また、TLRファミリーには属さないが、TLR4と同じようにLPSを認識するレセプターとしてRP105が知られている。RP105は細胞内シグナルドメインを有さないという点でTLRファミリーと異なっている。

 皮膚は紫外線や異物・微生物の侵入に対して単に物理的なバリアーとして機能しているだけではなく、ひとつの大きな免疫器官として種々の生物学的役割を演じている。例えばランゲルハンス細胞(Langerhans cells, LC)は皮膚の最外層を構成する表皮に存在し、強力な抗原提示能を有するDCとして皮膚での免疫調節において重要な役割を担っている。LCは通常immatureな状態で表皮に存在し、この状態では抗原を取り込む機能が強い反面、T細胞への抗原提示能は弱い。しかし細菌やウイルスなどの病原体と接触すると活性化されてmatureな状態となり、co-stimulatorymolecules(B7-1およびB7-2)や1-Adの発現が増強する。同時にT細胞の活性化に必要なサイトカインの産生量も大きく変化し、形態的にも細胞が大型となり樹状突起を伸ばすようになる。単離された直後のLC(fresh LC)は形態的にも機能的にもimmature LCに類似し、2-3日in vitroで培養したLC(cultured LC)はmature LCに相当する。今までの報告ではTLRsへの刺激がDCのmaturationに大きく影響していることが示されており、一般にヒトDCではTLRsへの刺激によりIL-12、IP-10などのTh1系サイトカインやIL-6などの炎症性サイトカインの分泌が増強し、TARCなどTh2系サイトカインの分泌は減弱する。さらにヒトDCにおいてはmaturatbnと共にTLR4の発現が増強することも報告されている。

 DCによる多様な免疫調節機構はDCのsubset/lineageの多様性によって支えられている。例えば、マウスのDC subsetsについては現在までに少なくとも5つの表現型に分類されている。そのうち3つのポピュレーション(CD11c+CD11b+CD4-、CD11c+CDllb+D4+、CD11c+D8α+CD11b)は脾臓に存在し、残り2つのポピュレーション(CD11c+CD11blo CD8α-D4-、CD11c+langerin+)は所属リンパ節、皮膚などに存在する。近年、第6のポピュレーションとしてplasmacytoid DC precursor(CD11cintGr-1+B220+)がリンパ組織や血液中に見つかっている。これら6つのsubsetにおけるTLRsの発現様式は多様であることが分かっている。しかし、他のポピュレーション、例えばLC(CD11c+langerin+E-cadherin+)におけるTLRsの発現様式については検討されていない。また、同一のTLRが異なる2つのDC subsetに発現している場合でも、そのレセプターを介する同一刺激に対して異なった反応がみられることも知られている。そこで今回、主に細菌感染を念頭に置いて、LCにおけるTLR2、4、7、9の発現につき検討を行った。さらに、各リガンドにより細胞に刺激を加え、IL-6、IL-12、IP-10、TARC/CCL17の産生量の変化についても検討を行った。現在DCの研究の多くはCD34+血液幹細胞や単球といった前駆細胞にサイトカイン(GM-CSFやIL-4)を加え、in vitroでDCを誘導する手法を用いている。実際このような方法によって大量のDCを得ることが可能となり、DCの研究は飛躍的に進歩した。しかしこのようにして作成したDC類似細胞がin vivoでの実際のDCと全く同一であるという保証はない。この問題を解決するために、panning法によりマウス表皮より直接LCを採取しauthentic LCとして解析の対象とした。さらに、LCのDC subsetの中での位置づけを明確とする目的で、LCと同様に生体内のresident cellであるsplenic CD11c+DCを脾臓より採取してLCと比較した。LCは上述したポピュレーションのうちCD11c+langerin+に相当し、splenic CD11c+DCは脾臓における3つのポピュレーション(CD11c+CD11b+CD4-、CD11c+CD11b+CD4+、CD11c+CD8α+CD11b-)をまとめたものに相当する。

 今回の研究で、マウスLCにおいて細菌感染に関わるTLRsの発現と機能を調べることにより次のような結果を得た。

 1)Fresh LCにおいてTLR2、4、9、RP105のmRNAの発現が認められたが、TLR7の発現は認められなかった。

 2)Fresh LCにおいてTLR2、4、RP1O5の蛋白の発現が認められた。

 3)Cultured LCにおいてTLR4の発現量をfresh LCと比較したところ、有意差はみられなかった。

 4)SACの刺激によりLCおよびDCにおいてIL-6、IL-12p40、IP-10の産生が増強した。同刺激によりLCではTARCの産生が抑制されたが、DCでは変化はみられなかった。

 5)LPSの刺激によりLCおよびDCにおいてIL-6、IP-10の産生が増強したが、LCのIL-12p40は変化なく、TARCの産生は抑制された。またDCではIL-12p40の産生が抑制されたがTARCの産生には変化はみられなかった。

 6)CpGの刺激によりLCおよびDCにおいてIL-6、IL-12p40、IP-10の産生が増強した。LCではTARCの産生が抑制され、DCでは変化がみられなかった。

 7)SAC、LPS、CpGの刺激によりしLCおよびDCにおける1-Ad、B7-1、B7-2の発現量に変化はみられなかった。

 以上から、(1)マウスLCにおけるTLRsの発現様式はマウスsplenic DCの一部を構成しているCD11c+CD11b+CD4-と最も類似していることから、これに近いlineageに属するものと考えられた。また、(2)マウスLCはヒトLCと同様に、in vitroでは免疫反応をおおむねTh1系へ誘導することを明らかにした。しかし、(3)TLR4への刺激によりマウスLCにおけるIL-12p40の産生が増強されず、この反応はヒトLCにおける反応とは異なっていた。さらに、(4)マウスLCにおけるIL-6やIL-12の産生はsplenic DCに比べると少なく、TARCの産生はsplenic DCに比べLCで強いことを明らかにした。自然免疫はその性質が子孫へ直接遺伝していくこと、獲得免疫の発動を補完する形で感染初期から機能することを考えると極めて重要なシステムである。その中心となっているTLRsは、さまざまな菌体成分に対して多様な反応性を有しており、さらにそれらが複雑に関係しあっている。これらの機序を解明することで、将来的には人類の様々な疾患に対する予防や治療に結びつくものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はマウス表皮ランゲルハンス細胞において細菌感染に関わるTLRsの発現と機能を調べることにより、以下の結果を得ている。

 1)Fresh LCにおいてTLR2、4、9、RP105のmRNAの発現が認められたが、TLR7の発現は認められなかった。

 2)Fresh LCにおいてTLR2、4、RP105の蛋白の発現が認められた。

 3)Cultured LCにおいてTLR4の発現量をfresh LCと比較したところ、有意差はみられなかった。

 4)SACの刺激によりLCおよびDCにおいてIL-6、IL-12p40の産生が増強した。同刺激によりLCではTARCの産生が抑制されたが、DCでは変化はみられなかった。

 5)LPSの刺激によりLCおよびDCにおいてIL-6の産生が増強したが、LCのIL-12p40は変化なく、TARCの産生は抑制された。またDCではIL-12p40の産生が抑制されたがTARCの産生には変化はみられなかった。

 6)CpGの刺激によりLCおよびDCにおいてIL-6、IL-12P40の産生が増強した。LCではTARCの産生が抑制され、DCでは変化がみられなかった。

 7)SAC、LPS、CpGの刺激によりLCおよびDCにおける1-Ad、B7-1、B7-2の発現量に変化はみられなかった。

 以上から、(1)マウスLCにおけるTLRsの発現様式はマウスsplenic DCの一部を構成しているCDllc+CD11b+CD4-と最も類似していることから、これに近いlineageに属するものと考えられた。また、(2)マウスLCはヒトLCと同様に、in vitroでは免疫反応をおおむねTh1系へ誘導することを明らかにした。しかし、(3)TLR4への刺激によりマウスLCにおけるIL-12p40の産生が増強されず、この反応はヒトLCにおける反応とは異なっていた。さらに、(4)マウスLCにおけるIL-6やIL-12の産生はsplenic DCに比べると少なく、TARCの産生はsplenic DCに比べLCで強いことを明らかにした。自然免疫はその性質が子孫へ直接遺伝していくこと、獲得免疫の発動を補完する形で感染初期から機能することを考えると極めて重要なシステムである。その中心となっているTLRsは、さまざまな菌体成分に対して多様な反応性を有しており、さらにそれらが複雑に関係しあっている。本研究はこれらの機序を解明することで、将来的には人類の様々な疾患に対する予防や治療に結びつくものと期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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