No | 118357 | |
著者(漢字) | 山根,謙一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマネ,ケンイチ | |
標題(和) | Transforming Growth Factor β情報伝達系に対するTumor Necrosis Factor αの阻害作用とその機序 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118357 | |
報告番号 | 甲18357 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2164号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序 Transforming Growth Factorβ(TGFβ)は皮膚線維芽細胞において(1)コラーゲンをはじめとする細胞外マトリックス産生を強力に促進し、(2)コラゲナーゼなどの細胞外マトリックス分解酵素産生を抑制し、(3)プロテアーゼ抑制因子合成を促進する。汎発性強皮症をはじめとする線維化疾患においてTGFβは重要な役割を果たしている。TGFβ情報伝達系についても近年明らかにされてきており、TGFβは細胞膜上に存在するII型TGFβ受容体に結合すると、I型受容体とヘテロ4量体を形成する。II型受容体のkinase domainは恒常的に活性化されておりTGFβが結合するとI型受容体のGS domainをリン酸化し、I型受容体のserine/threonine kinaseが活性化される(5)。その結果細胞質内に存在するSmad2あるいはSmad3はリン酸化され、Smad4とともに核内に移行して標的遺伝子の転写を調節する(6、7)。また、I型受容体はTGFβ-activated kinase1(TAK-1)を介してP38、JNKなどのMAPキナーゼfamilyを活性化する。TGFβ-Smad情報伝達系によって、抑制型SmadであるSmad7の発現が誘導される。Smad7はI型受容体と結合して、I型受容体-Smad2/3複合体形成を阻害することによりTGFβ-Smad情報伝達系を抑制するいわばNegative Feedback Loopを形成する。 TNFαは炎症性サイトカインであり、関節リウマチ、変形性関節症などの炎症性疾患の病因に関与している。TNFαは26kDの不活性型から17kDの活性型となって3量体を形成し、55kDのI型TNFα受容体と75kDのII型TNFα受容体と結合する。主にI型TNFα受容体が細胞内にシグナルを伝え、NFKBやAP-4などの転写因子の作用を介して生理的機能を発揮する。 TGFβに対してTNFαが阻害作用を呈する現象がこれまで多数報告されているが、TNFαがどのようにTGFβ情報伝達系を阻害しているかはこれまで明らかにされていない。TGFβは細胞外マトリックスであるI型コラーゲンやエラスチン産生を促進するが、TNFαはこの作用を阻害する。TGFβに対するTNFαの阻害作用の機構を明らかにすることは創傷治癒過程、線維化疾患をはじめとする病態の解明に有用であると考えられている。皮膚線維芽細胞を用いてTGFβによる細胞内シグナル伝達や遺伝子発現調節へのTNFαの影響を検討し、その阻害作用の機構を明らかにすることで、創傷治癒過程や線維性疾患におけるTGFβ、TNFαの役割についての理解を深めるために本研究を行った。さらに線維性疾患である汎発性強皮症皮膚線維芽細胞を用いて、TNFαの効果を検討した。 結果と考察 皮膚線維芽細胞におけるTGFβによって発現が促進されるα2(I)collagenとTIMP-1遺伝子発現に対するTNFαの影響を調べるためNorthern Blottingを行ったところ、TGFβによるα2(I)collagenとTIMP-1遺伝子発現誘導をTNFαは濃度依存的に抑制した。次にTGFβによって活性化される細胞内シグナル伝達分子であるSmad3やp38、JNK1のリン酸化へのTNFαの影響を検討したところ、TGFβによるSmad3やp38、JNK1のリン酸化をTNFαは濃度依存的に抑制した。これらの結果より、皮膚線緯芽細胞においてTGFβによる細胞内シグナル伝達と遺伝子発現調節をTNFαは阻害すると考えられた。この阻害作用の機序を検討するため、まずTGFβに対するTNFαの阻害作用がSmad7の誘導を介するか検討したが、皮膚線維芽細胞においてTNFαはSmad7を誘導しなかった。一方TNFαはII型TGFβ受容体蛋白発現量を抑制するが、II型TGFβ受容体遺伝子発現量、遺伝子転写活性は抑制されなかった。また、II型TGFβ受容体を過剰発現させると、TGFβに対するTNFαの阻害作用は補正された。これらの結果から、TGFβに対するTNFαの阻害作用の機序として、II型TGFβ受容体発現抑制が関与することが明らかとなった。TGFβ受容体発現抑制機構については長い間不明であったが、本研究では、TNFαによるII型TGFβ受容体発現抑制がプロテアーゼを介する機構によることを明らかにした。 TGFβは細胞膜表面にある受容体と結合してその生理的機能を発揮する。TGFβ受容体発現調節は創傷治癒、癌や線維化病変の進展に重要な役割を果たしていることが知られている。例えば、線維性疾患として知られている汎発性強皮症は皮膚および内臓諸臓器に線維化を来たし、その結果皮膚および内臓諸臓器に硬化が認められる。その病因はいまだ明らかとなっていないが、皮膚ではI型コラーゲンを主とする細胞外マトリックスが沈着し、本症の病態を形成している。最近、汎発性強皮症ではTGFβ受容体発現が亢進しており、TGFβによる細胞外マトリックス産生作用が増強されている可能性が示唆されている。我々は汎発性強皮症においてTGFβ受容体発現が亢進しており、抗TGFβ抗体、TGFβ antisennse oligonucleotideでTGFβシグナルを阻害すると、亢進していたα2(I)collagen遺伝子発現量や遺伝子転写活性が減弱することを明らかにし、汎発性強皮症においてTGFβ受容体発現亢進によるautocrine TGFβが関与していることを報告している。本研究ではTGFβに刻するTNFαの阻害作用がII型TGFβ受容体発現抑制を介していることから、汎発性強皮症皮膚線維芽細胞におけるTNFαの影響を検討したところTNFαは亢進しているII型TGFβ受容体発現を抑制し、さらにα2(I)collagen、TIMP-1遺伝子の発現亢進も抑制した。 本研究では皮膚線維芽細胞において、TGFβによるSmad3、p38、JNKを介した細胞内シグナル伝達やα2(I)collagen、TIMP-1遺伝子発現亢進をTNFαは抑制することを示した。また、このTGFβに対するTNFαの阻害作用は、プロテアーゼによるII型TGFβ受容体分解による発現抑制を介していることが明らかとなった。さらに、汎発性強皮症皮膚線維芽細胞においてもTNFαはII型TGFβ受容体発現を抑制することによって、α2(I)collagen、TIMP-1遺伝子発現亢進を阻害することが示された。汎発性強皮症をはじめとした種々の線維化疾患において、TGFβ受容体発現調節と細胞外マトリックス産生の関連を今後さらに明らかにすることは、これらの疾患の病態解明、治療法の開発につながることが期待される。 まとめ TGFβは細胞外マトリックスの産生を促進するが、TNFαはこの働きを抑制する。皮膚線維芽細胞においてTGFβはSmad、p38、JNKの情報伝達系を活性化させ、α2(I)collagen、TIMP-1遺伝子発現を亢進させるが、TNFαはTGFβの効果を抑制する。TNFαの阻害作用の機序を検討するため抑制型SmadであるSmad7の発現を検討したが、皮膚線維芽細胞においてはその上昇を認めなかった。一方TGFβ受容体発現に対するTNFαの影響を検討したところ、I型TGFβ受容体発現量に変化はなかったが、II型TGFβ受容体発現量は時間依存的・濃度依存的に減少した。しかし、II型TGFβ受容体遺伝子発現量に変化はなく、また転写活性にも影響はみられなかった。クロスリンク免疫沈降法により、細胞膜上のII型TGFβ受容体が減少していることが明らかとなった。さらに皮膚線維芽細胞に一過性にII型TGFβ受容体を過剰発現させると、TGFβに対するTNFαの阻害作用が補正されたことから、TNFαの阻害作用がII型TGFβ受容体発現量減少によることが示唆された。TNFαによるII型TGFβ受容体発現量減少の機序について検討したところ、TNFαの細胞内情報伝達系であるNFKB、MEK/ERKの関与は見出せなかったが、プロテアーゼによる分解を介することが明らかとなった。汎発性強皮症皮膚線維芽細胞においてTNFαはII型TGFβ受容体発現量、α2(I)collagen、TIMP-1遺伝子発現量を抑制した。本研究は皮膚線維芽細胞におけるTGFβ情報伝達系に対するTNFαの阻害作用の機序を明らかにし、汎発性強皮症をはじめとする線維化疾患におけるTNFαの有用性が示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は正常皮膚線維芽細胞、汎発性強皮症患者由来皮膚線維芽細胞における線維化の制御機構を明らかにすることによって、汎発性強皮症をはじめとした線維化疾患の病態の解明、治療法の開発を目的として、培養皮膚線維芽細胞におけるTGFβ情報伝達系に対するTNFαの阻害作用とその機序を調べることを試みたものであり、以下の結果を得ている。 (1)正常皮膚線維芽細胞において、TGFβによるα2(I)collagenとTIMP-1遺伝子発現誘導をTNFαは濃度依存的に抑制した。 (2)正常皮膚線維芽細胞において、TGFβによるSmad3やp38、JNK1のリン酸化をTNFαは濃度依存的に抑制した。 (3)正常皮膚線維芽細胞において、TNFαはII型TGFβ受容体発現量を抑制するが、II型TGFβ受容体遺伝子発現量・遺伝子転写活性への影響は見られなかった。またTNFαはSmad7、I型TGFβ受容体発現量への影響を認めなかった。 (4)正常皮膚線維芽細胞におけるTGFβに対するTNFαの阻害作用はII型TGFβ受容体過剰発現によって補正された。 (5)プロテアーゼ阻害剤であるALLNはTNFαによるII型TGFβ受容体発現抑制を阻害した。 (6)強皮症線維芽細胞において、TNFαはTGFβ受容体発現を抑制した。さらにTNFαはα2(I)collagen、TIMP-1の発現亢進を抑制した。 以上、本論文にて、正常皮膚線維芽細胞におけるTGFβ情報伝達系を介した細胞外マトリックス産生促進をTNFαが阻害する現象とその機序を明らかにし、また、汎発性強皮症患者由来線維芽細胞における細胞外マトリックス産生亢進をTNFαが抑制することを明らかにした。本研究によって、皮膚科の臨床領域における線維化疾患である汎発性強皮症、限局性強皮症、ケロイドに対する、病態の解明、治療法の開発にあたり有力な理論的裏付けになると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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