学位論文要旨



No 118358
著者(漢字) 大内,邦枝
著者(英字)
著者(カナ) オオウチ,クニエ
標題(和) 胎盤細胞を用いた血管新生に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 118358
報告番号 甲18358
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2165号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 朝戸,裕貴
 東京大学 講師 宮田,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

 慢性閉塞性動脈硬化症などの虚血性疾患の血管新生治療は、血管内皮成長因子(vascular endothelial growth factor;VEGF)、肝細胞成長因子(hepatocytegrowth factor;HGF)などの血管新生因子をプラスミド、ウイルスベクターにより導入し行われているほか、実験的には間葉系幹細胞、血液幹細胞、血管内皮前駆細胞などの細胞移植が報告されている。これらの細胞移植に用いられる細胞は多くは骨髄由来の単核球や末梢血単核球である。骨髄液の採取には全身麻酔が必要であり、末梢血を材料とした場合は十分な細胞を採取するために血球分離装置によるアフェレーシスが必要となり、患者のリスクも無視できない。よってより簡便で安全な治療が求められる。

 近年分娩に際して得られる臍帯血が骨髄移植に利用されるようになっており、臍帯血バンクも設立されている。これまで臍帯血を利用するのみで胎盤そのものは廃棄されていたが、羊水中の細胞によるtissue engineeringの可能性の報告に続き、胎盤由来の細胞でも同様の報告が存在する。正常ヒト胎盤から得られる間葉系細胞をin vitroで神経・骨への分化誘導を行ってみたところ神経細胞、骨への分化が認められたという報告もあり、胎盤由来細胞は再生医療への臨床応用に非常に有用な細胞である可能性がある。また胎盤が血管に富み、短期間に成長する器官であることから、私たちのグループは胎盤由来細胞自体に何らかの血管新生因子の産生能などがあるのではないかと考え、本研究を行った。

 まずin vitro実験として、いくつかの血管新生因子を測定してみたところ胎盤由来細胞から高濃度のVEGFが産生されることを見出した。HUVEC、正常ヒト繊維芽細胞、ヒト大動脈平滑筋細胞、293細胞、HeLa細胞など他の細胞と単位細胞あたりのVEGF産生量を測定したところ、胎盤細胞はばらつきがあるものの16.27-93.47pg/mlと非常に高濃度のVEGF産生が認められた。これは腫瘍由来細胞株であるHeLa細胞の24.03pg/mlと比較しても高値であると考えられる。さらに本細胞が産生しているVEGFが生理活性を有するものか否かを確認するためにHUVECを用いた3H・サイミジン取り込み能を調べたところ、培養上清中VEGF量に相当するhuman recombinant VEGFを添加したものとほぼ同等の細胞増殖刺激が認められた。

 次に本細胞の細胞移植治療への可能性の検討として臨床上問題となる血清病、アレルギー、未知病原体の感染、ヒトアジュバント病のリスクを減らすための無血清培養条件の検討を行った。10%ウシ胎児血清添加培地とほぼ同等の結果が得られる培養条件(DMEMに以下を添加する:L-glutamine2mM,ITS-X100分の1容、vitamin E 10μM,dexamathazone, hydrocortisone 10pM, HSA5mg/mlおよびbFGF10ng/ml, EGF10ng/ml, PDGF-AB10ng/ml)を得た。この条件下での培養上清中のVEGF値は血清添加培地と20日間の長期培養後も同等であった。フローサイトメトリーを用いて無血清培養を行った細胞と血清添加培養を行った細胞での表面マーカーの違いを検討したが、CD105、CD73などの間葉系系細胞に認められる表面マーカーには著明な変化は認められなかった。

 in vivo実験は片側大腿動静脈の結紮を行って作製したマウス後肢虚血モデルを用いて行った。ELISAによりVEGFの産生が確認された胎盤細胞をI型コラーゲンに浮遊させ、モデル動物の虚血側大腿の皮下、筋肉内に移植したところ虚血の改善が認められた。また細胞移植部組織よりtotal RNAを抽出し、ヒトmRNA量をreal time RT-PCRで検討したところ、マウスに移植投与した細胞は少なくとも5日間はヒトVEGFを産生していることが明らかとなった。

 これらの結果は胎盤細胞が血管新生治療を目的とした細胞移植治療において遺伝子導入によらないVEGFベクターとして非常に有望な細胞である可能性を有していることを示すものである。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は正常ヒト胎盤由来間葉系細胞(以下胎盤細胞)が血管新生を目的とした再生医療分野における可能性を明らかにするために、in vitro実験として胎盤細胞の産生する血管内皮新生因子(VEGF)の測定、無血清培養下での細胞増殖能の測定、in vivo実験として胎盤細胞を免疫不全マウスヘの移植を行い、下記の結果を得ている。

 1.ヒト胎盤細胞が培養上清中に単位細胞あたり16.27-93.47pgと非常に高濃度のVEGFを産生していることが示された。測定した限りにおいてはヒト由来正常細胞では有意に胎盤細胞に比べVEGF産生量は低値であり、胎盤細胞と同等と考えられるのは悪性腫瘍由来細胞であるHeLa細胞のみであり、これはELISA法による測定と共に免疫染色によっても示された。

 2.ヒト胎盤細胞から得られるVEGFはHUVECの3H・サイミジン取り込みではヒトリコンビナントVEGFタンパクと同等のHUVEC増殖刺激活性を有しており、生理活性を有したVEGFであることが示された。

 3.ヒト胎盤細胞は無血清条件下でも培養可能であることが示された。ELISA法による培養上清中VEGF濃度は10%仔ウシ血清添加培地での培養と有意差が認められないことが示された。

 4.ヒト胎盤細胞は無血清培養を行った後もCD73、CD105陽性であり、分化誘導可能な間葉系細胞である可能性がフローサイトメトリーによって示された。また胎盤細胞はclassI抗原を発現し、classII抗原を発現していないこともフローサイトメトリーにより示された。

 5.マウス後肢虚血モデルヘのヒト胎盤細胞移植により血流の改善がレーザードップラー血流計による観察で示された。

 6.移植組織から抽出されたRNA中のヒトmRNA量をreal-time RT-PCR法で定量を行い、移植後5日の時点で移植ヒト胎盤細胞がヒトVEGFを産生している可能性が示された。

 以上本論文は満期産正常胎盤から得られるヒト胎盤細胞が高いVEGF産生能を有しており、ウイルスベクター、プラスミドなどによる遺伝子導入を伴わない血管新生治療に大きな可能性を有する細胞であることを明らかにした。本研究はこれまでの細胞移植治療とは異なり、ドナーに対して移植細胞の採取を目的とした侵襲を加えることなくHLA抗原の検索を終えた細胞が大量に得られる点、移植細胞が無血清培養によってもVEGF産生能が低下しない点、遺伝子導入を伴わない血管新生治療の可能性がある点で、血管新生治療の臨床応用において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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