No | 118359 | |
著者(漢字) | 黄,錦鴻 | |
著者(英字) | Huang,Jinhong | |
著者(カナ) | ファン,ジンホン | |
標題(和) | アクチンストレスファイバーの形成、細胞運動および形質転換におけるCrk結合基質の蛋白質ドメインの機能解析 | |
標題(洋) | Functional Analysis on Domains of Crk-associatcd Substrate in Actin Stress Fiber Organization, Cell Migration and Transformation | |
報告番号 | 118359 | |
報告番号 | 甲18359 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2166号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | I緒言 Cas(Crk associated substrate)はもともと癌遺伝子v-src、v-crkによる形質転換に伴ってチロシンリン酸化するタンパク質としてクローニングされたが、その後インテグリン刺激によってチロシンリン酸化を受け、さまざまなシグナルを伝えていることが判明した。CasはN末端にSH3領域、続いてYxxPモチーフ(YQxPモチーフ4つ、YDxPモチーフ9つなど)が15回繰り返し出現する基質領域(substrate domain)、Src結合領域からなっており、さまざまなシグナル分子を結合するドッキングタンパク質の1つと考えられている(図1)。CasのSH3は、チロシンキナーゼであるFAK、CAK(PYK2)、チロシンホスファターゼであるPTP-PEST、交換因子C3Gなどと結合する。基質領域に15回繰り返し出現するYxxPモチーフはチロシンキナーゼの基質となり、特にこのうち9回繰り返すYDxPモチーフは、CrkおよびNckのSH2の結合コンセンサスであるため、リン酸化によりこれらの分子と実際に結合する。その下流にあるSrc結合領域は、YDYVモチーフとプロリン豊富配列を持ち、それぞれ、Src、FynなどSrcファミリーのチロシンキナーゼのSH2とSH3に結合する。Srcはこの領域に結合することによって、基質領域のSrcによるチロシンリン酸化が効率よく行われる。 II研究目的 Casはインテグリンが刺激された際に、SrcおよびFAKの働きにより、接着斑に引き寄せられてリン酸化を受けていると考えられている。細胞によっては、Srcファミリーの他のチロシンキナーゼであるFynやFAKファミリーのPYK2がCasの細胞内局在やチロシンリン酸化に関与している場合もある。接着斑に局在するCasはそこでドッキングタンパク質としてCrk、Fak、PTP-PESTなどのタンパク質と結合し、巨大なシグナル複合体を形成し、細胞の接着、移動を制御する。一方、CasはSrcの基質であることから、SrcのSH2領域と結合し、v-Srcによる形質転換においてもCasとSrcが協調的に働くことが予想されていた。さらにCasのノックアウトマウスに由来する線維芽細胞においては、細胞を横切るような長いストレスファイバーの形成は認められず、細胞の移動能も阻害されていた。Cas-/-の細胞に活性型Srcを入れると、野性型の細胞やCasを入れ直した細胞の場合と異なり、形態的に不完全な形質転換を示し、ソフトアガーにおける足場非依存性の増殖も認められなかった。つまり、Casは、細胞のストレスファイバーの形成、移動とSrcによる形質転換に必須であり、これらの生物過程を制御する一連のシグナルの拠点のような役割を果たしているものと思われる。Casから下流へのシグナルはCasに結合する多くのタンパク質のうちの1つを介しているのではなく、複数のタンパク質が同じ方向あるいは微妙に異なる方向へのシグナルを伝えているだろう。Casがどのドメインを介してどのようにそれぞれのシグナルを伝達するか、どうやって異なる方向へのシグナルを伝えるか、またこれらのシグナルがどのようにアクチン制御やそのほかの生命現象につながるかの解明することが本研究の主目的である。 III研究方法 Casのドメイン機能を明らかにすることを目的としてCas蛋白質の種々の欠損変異体を作製し(図2)、Casを欠失する線維芽細胞に導入して発現させることにより、Casの機能ドメインのうち細胞がん化に不可欠な領域を同定するとともに、アクチンストレスファイバーの形成と細胞移動能などがこれらの変異体によりどれだけ正常化するかを調べた。Casのノックアウトマウスより樹立したCas欠失線維芽細胞及びこれに活性型Srcを導入した線維芽細胞に、Cas全長、Casの上流のSH3を取り去った変異体(△SH3)その下流に存在する基質ドメイン全体の欠損変異体(△SD)その中に9つ存在するYDxPモチーフをすべて取り去った変異体(△YDxP)、4つ存在するYQxPモチーフの欠損変異体(△YQxP)、C末のSrc結合ドメインの欠損変異体(△SB)などの9つの変異体のそれぞれを発現ベクターで導入してブラストサイジン選択により既に各々複数の安定発現株を分離した。Cas欠失線維芽細胞では、これらの変異体によりアクチンストレスファイバーの形成と細胞移動能がどれだけレスキューされているか、またこれに活性型Srcを導入した線維芽細胞で軟寒天培地によるコロニー形成能がどれだけレスキューされているか、を解析した。 IV結果および検討 表1と図3に示されたように、ストレスファイバーの形成、細胞運動とSrc形質転換に関わるCasの各ドメインの役割が明らかになった。Casの各ドメインは微妙に異なる形でそれぞれの細胞機能のシグナリングを制御していることが分かった。 1.基質領域に9回繰り返しているYDxPモチーフはCrkIIとの結合を介して、ストレスファイバーの形成と細胞の運動を制御していることがわかった(表1)。 2.YDxPモチーフは細胞の運動にとっても重要であるが、この場合、Src結合領域の役割も不可欠である(図3)。他の変異体と比べて、Src結合領域の欠失変異体のチロシンリン酸化はかなり低くなっていることが認められ、また、接着斑に局在せず、主として細胞質に存在することが認められた。このことから、CasがSrcによりチロシンリン酸化を受け、接着斑に引き寄せられることは細胞の運動にとって不可欠であることが示された。 3.ストレスファイバーの形成と細胞の運動に関わっているRhoファミリGTPaseのシグナルはCasの上流ではなく、下流にあることが示唆された。 4.SH3ドメインの欠失変異体は細胞のストレスファイバーの形成能と細胞運動能ともに影響がほとんどなく、Fakとの結合も保持された。これまでに提唱されていたようにCasがSrc結合領域を介してFakと間接的に複合体を作る可能性が示唆された(図3)。 5.Cas-/-の細胞に活性型SrcとCasのそれぞれの領域の変異体を共発現し、ソフトアガーにおける足場非依存性の増殖能を調べることで、Srcによる形質転換能におけるCas各領域の機能を解析した。Src結合領域の欠失変異体は他の変異体と異なりソフトアガーにおける足場非依存性の増殖は認められなかった。つまり、活性型Srcによる形質転換や足場非依存性の増殖能を獲得に際して、Src結合領域が必要であるが示唆された。更に、活性型SrcによるCasのそれぞれの領域の変異体のチロシンリン酸化を調べた結果、Src結合領域の欠失変異体においてリン酸化が著明に低下していることが分かった。活性型Srcによる形質転換や足場非依存性の増殖のメカニズムは複雑であるが、SrcによるCasのチロシンリン酸化が不可欠であることが始めて証明された(表1)。 図1:Casの主要ドメインおよび各ドメインの結合蛋白質 図2:Casの種々の領域欠損変異体 表1:Casの変異体によりCas欠失繊維芽細胞のストレスファイバーの形成、細胞運動および足場非依存性の増殖能の回復 "-"レスキューされていない;"+"レスキューされている;"++"過剰にレスキューされている。"N"解析されていない。 図3:Casの各ドメインによりストレスファイバーの形成および細胞運動のシグナリング模式化図 | |
審査要旨 | 本研究はドッキング蛋白質Casのドメイン機能を明らかにすることを目的として、Cas蛋白質の種々の欠損変異体を作製し、Casを欠失する線維芽細胞に導入して発現させることにより、Casの機能ドメインのうち細胞がん化に不可欠な領域を同定するとともに、アクチンストレスファイバーの形成と細胞移動能などがこれらの変異体によりどれだけ正常化するかを調べた。下記の結果を得ている。 1.基質領域に9回繰り返しているYDxPモチーフはCrkIIとの結合を介して、ストレスファイバーの形成と細胞の運動を制御していることがわかった。 2.YDxPモチーフは細胞の運動にとっても重要であるが、この場合、Src結合領域の役割も不可欠である(図3)。他の変異体と比べて、Src結合領域の欠失変異体のチロシンリン酸化はかなり低くなっていることが認められ、また、接着斑に局在せず、主として細胞質に存在することが認められた。このことから、CasがSrcによりチロシンリン酸化を受け、接着斑に引き寄せられることは細胞の運動にとって不可欠であることが示された。 3.ストレスファイバーの形成と細胞の運動に関わっているRhoファミリGTPaseのシグナルはCasの上流ではなく、下流にあることが示唆された。 4.SH3ドメインの欠失変異体は細胞のストレスファイバーの形成能と細胞運動能ともに影響がほとんどなく、Fakとの結合も保持された。これまでに提唱されていたようにCasがSrc結合領域を介してFakと間接的に複合体を作る可能性が示唆された。 5.Cas-/-の細胞に活性型SrcとCasのそれぞれの領域の変異体を共発現し、ソフトアガーにおける足場非依存性の増殖能を調べることで、Srcによる形質転換能におけるCas各領域の機能を解析した。Src結合領域の欠失変異体は他の変異体と異なりソフトアガーにおける足場非依存性の増殖は認められなかった。つまり、活性型Srcによる形質転換や足場非依存性の増殖能を獲得に際して、Src結合領域が必要であるが示唆された。更に、活性型SrcによるCasのそれぞれの領域の変異体のチロシンリン酸化を調べた結果、Src結合領域の欠失変異体においてリン酸化が著明に低下していることが分かった。活性型Srcによる形質転換や足場非依存性の増殖のメカニズムは複雑であるが、SrcによるCasのチロシンリン酸化が不可欠であることが始めて証明された。 以上、本論文はアクチンストレスファイバーの形成、細胞運動とSrc形質転換に関わるドッキング蛋白質Casの各ドメインの役割を明らかにした。また、Casは各ドメインを介してそれぞれの細胞機能のシグナリングを制御する分子メカニズムも示された。本研究は癌におけるドッキング蛋白質Casの機能の解明にだけではなく、細胞のアクチンストレスファイバーの形成、細胞運動とSrc形質転換の分子メカニズムの解明にも貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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