学位論文要旨



No 118360
著者(漢字) 藤原,久子
著者(英字)
著者(カナ) フジハラ,ヒサコ
標題(和) Poly(ADP-ribose)glycohydrolase(Parg)欠損マウスES細胞株のDNA損傷に対する感受性亢進
標題(洋)
報告番号 118360
報告番号 甲18360
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2167号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 講師 依田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

 Poly ADP-ribosyl化反応とは、poly(ADP-ribose)polymerase(Parp-1)によって細胞内のNADを基質としてポリ(ADP-リボース)を生成し、DNA修復応答、クロマチン構造の維持などに関与している生体反応である。ポリ(ADP-リボース)は、poly(ADP-ribose)glycohydrolase(Parg)によって分解されるが、未だにPargの有用な阻害剤がないために、Pargの機能については未だに不明な点が多い。

 本研究では、poly(ADP-ribose)glycohydrolase(Parg)遺伝子欠損マウス胚性幹(ES)細胞株を樹立し、それを用いてPargのDNA損傷に対する応答能について調べた。

 マウスES細胞J1のParg遺伝子のエクソン1を両アリル共に破壊し、Parg+/-ES細胞及びParg-/-ES細胞を作製した。まず、片方のアリルのPargエクソン1内のNarI切断部位にネオマイシン耐性遺伝子カセットを挿入してエクソン1を破壊したParg+/-ES細胞株を単離した。

 更に、Parg+/-ES細胞株のもう片方のPargエクソン1内のNarI切断部位にピューロマイシン耐性遺伝子カセットを挿入して両アリルとも破壊したParg-ES細胞株を樹立した。このようにして得られたParg+/-及びParg-/-ES細胞株について性状解析を行い、さらにDNA損傷に対する応答を調べ、Parg遺伝子がどのような働きをしているのかを調べた。

 まずParg+/+ES細胞株およびParg-/-ES細胞株の増殖能を調べた。その結果、増殖速度及び飽和密度は各細胞間で有意差はなく、Pargの欠損は細胞増殖に影響を及ぼさないことが分かった。

 ノーザンブロット法により、Parg遺伝子のmRNAの発現を調べたところ、Parg ES細胞株ではParg+/+ES細胞株と比較して約6分の1に低下していた。また、RT-PCRを行ったところ、Parg-/-ES細胞株で、targetingを行ったエクソン1内のNarI切断部位より下流部分のみから転写されているtruncated型Parg mRNAが残存していた。

 細胞の粗抽出液を調製し、Parg活性を計測したところ、野生株と比較してParg-/-ES細胞株ではADP-ribose産生量は約50%に低下しており、Parg ES細胞株では、未消化の長鎖ポリADP-リボースが認められた。残存するParg活性は、Parg遺伝子由来のtruncated mRNAに由来する可能性と、他のPargファミリー分子による可能性がある。

 Poly(ADP-ribose)はPargによりADP-riboseへ、phosphodiesteraseによりphosphoribosyl AMPおよびAMPに分解される。Parg-/-ES細胞株においてもParg+/+ES細胞株と同様に、phosphoribosyl-AMPの産生は全く認められなかったことから、細胞内でのpoly(ADP-ribose)の分解は、phosphodiesteraseではなくPargが担うことが示唆された。

 ES細胞のタンパク質のpolyADP-ribosyl化を抗(polyADP-ribose)に対するウェスタンブロット法により検討したところ、無処理状態では、Parg+/+及びParg-/-ES細胞株の間で差異は認められなかったが、アルキル化剤methylmethanesulfonateを添加して1時間後、Parg-/-ES細胞において顕著なpoly(ADP-ribosyl)化の上昇が認められた。

 更に、得られたParg++、Parg+/-及びParg-/-ES細胞株を用いて、アルキル化剤であるmethylmethanesulfonate、過酸化水素及びγ線照射によるDNA損傷後の生存率をコロニー形成能で測定した。その結果、過酸化水素に対してはParg-/-ES細胞株は野生株と同様の致死感受性を示したが、methylmethanesulfonate及びγ線照射に対しては、Parg-/-ES細胞株ではParg+/+ES細胞株と比較して、約1.5-2.0倍致死感受性が亢進していることが分かった。

 次に、Pargの欠損によるMMS処理後の致死感受性の亢進の原因を検討した。MMS処理後、Parg+/+及びParg-/-ES細胞共に、約24時間後からG2/M期停止とDNAの断片化を伴うアポトーシスが起こり、約48時間後からPI染色性という特徴を示すネクローシスが主に観察され、Pargのgenotypeによる差異は認められなかった。しかし、前述のように、MMS処理1時間後、タンパク質のpolyADP-rilbosyl化が顕著に亢進していた。また、細胞内NADレベルをHPLCを用いて定量したところ、Parg ES細胞株では無処理状態で細胞内NADレベルがParg+/+ES細胞株の約4倍に上昇していた。また、MMS処理後5時間後では、Parg+/+ES細胞株では無処理状態と変わらなかったのに対して、Parg-/-ES細胞株では、無処理状態の約19%、MMS処理5時間後のParg+/+ES細胞株のNADレベルの約38%と低下していた。細胞内NADレベルの低下が、Parg-/-ES細胞のMMSに対する致死感受性と関連することが示唆される。

 以上のように、Parg-/-ES細胞では、Parg+/+ES細胞と比較して、アルキル化剤処理後にpoly(ADP-ribose)Polymerase(Parp)によって形成されたポリ(ADP-リボース)の分解が遅く、また細胞内NADレベルが低下していた。

 よって、PargもまたParp-1と同様にDNA損傷からの回復に関与していることが強く示唆された。Pargは、ポリ(ADP-リボース)を分解して細胞内NADレベルを回復することによって、DNA修復後の細胞の生存に関与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 PolyADP-ribosyl化反応とは、Poly(ADP-ribose)polymerase(Parp)によって細胞内のNADを基質としてタンパク質をポリ(ADP-リボース)鎖で修飾する反応であり、DNA修復応答、クロマチン構造の維持などに関与する生体反応である。ポリ(ADP-リボース)は、poly(ADP-ribose)glycohydrolase(Parg)によって分解されるが、Pargの有用な阻害剤がないために、Pargの機能については未だに不明な点が多い。

 本研究では、poly(ADP-ribose)glycohydrolase遺伝子(Parg)欠損マウス胚性幹(ES)細胞株を樹立し、それを用いてPargのDNA損傷応答能における役割について検討した。

 まずマウスES細胞J1のParg遺伝子のエクソン1を両アリル共に破壊し、Parg+/-ES細胞及びParg-/-ES細胞を作製した。まず片方のアリルのPargエクソン1にネオマイシン耐性遺伝子カセットを挿入してエクソン1を破壊したParg+ES細胞株数株を樹立した。更に、Parg+/-ES細胞株のもう片方のPargエクソン1にビューロマイシン耐性遺伝子カセットを挿入して両アリルとも破壊したParg-/-ES細胞株を2株樹立した。このようにして得られたParg+/-及びParg-/-ES細胞株について性状解析を行い、さらにDNA損傷に対する応答を調べ、Parg遺伝子の関与について検討した。

 Parg--ES細胞株は、次のような性状を示した。

1.細胞の増殖能については野生型ES細胞株と差異はなかった。

2.Parg mRNAの発現レベルは約6分の1に低下しており、残存するParg mRNAは全てエクソン1欠失型であった。

3.Poly(ADP-ribose)分解活性は、ADP-riboseの産生量を指標として約50%に低下していた。

4.MMS処理後、細胞内ポリADP-リボシル化タンパク質の蓄積が認められた。

5.MMSおよびγ線に対する感受性は亢進した。

6.MMS処理後、アポトーシスによるDNAの断片化が野生株よりも早く約5時間後から起きることがわかった。

7.MMS処理後、12時間後から経時的にDNA量の減少したアポトーシスをおこした細胞の割合が増加していた。

8.細胞内NADレベルは、約3倍に亢進しており、またMMS処理1時間後、無処理状態の約1/7に急減し、変動しやすくなっていた。

 よって、PargもまたParp-1と同様にDNA損傷からの回復に関与していることが強く示唆された。そして、Pargはポリ(ADP-リボース)を分解して細胞内NADレベルを回復することによって、DNA修復後の細胞死の抑制に関与していることが示唆された。

 本研究は、未だに報告のないParg+/-及びParg-ES細胞株を樹立し、その性状解析を行っており、その意義は高く学位審査に十分値する論文である。ただ、申請者が当初提出していた学位請求論文においては、Parg--ES細胞におけるParg遺伝子の発現レベル、Parg活性レベル、アルキル化剤に対する感受性の亢進の結果のrawdataおよび基準となる計算式について記載がなかったこと、本研究においてES細胞を使用した意義についての言及がなかったため、これらの事項を補足した後、審査員の全員一致で最終試験に合格と判定した。

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